もっと素直になれよ!
都市フロイゾル、魔界でも名を聞かない者はいないほどの都会。いま、私たちはそのフロイゾルに着ている。それにしてもここまで発展しているなんて……。
これでは人間の破壊された文明の再起ではないか、ベルトトス大公はこのことについては良くない印象を持っていると先輩は言う。それもそうだ、人間社会の発展が1000年戦争の引き金となったのだから、悪魔が滅んだ文明の真似事など大公が許すはずはない。
私は疑問に思いながら頭を悩ませる。ヘナティア公は何のためにここまで……。
「メイサ、メイサ」
と、服を引っ張る姫様の姿に、我にかえる。
「どうされましたか?」
「あのね、あいす食べたい!」
「あの珍妙な食べ物ですね?」
「うん!」
「わかりました、買ってまいりますので少々お待ちください。カルメラちゃんとシルルは?」
「わ、私も食べてみたいです……」
「食うにゃ」
カルメラちゃんは恥ずかしそうに、うつむき加減で目線をそらしていた。うひひ、可愛らしいですね。それにしても……。
まぁ、とりあえずは買ってきましょうか。
「先輩は?」
「我はよい。冷え性なのでな」
「ん? そ、そうですか」
冷え性には堪える食べ物なのでしょうか? 疑問が残りますね。
私は疑問を胸に、屋台に立つと、威勢のいいおじさんが「いらっしゃい!」と声をかけてくる。
「あの……あいすが欲しいのですが」
「ソフトでいいかい?」
「それは人気のあるものなのでしょうか?」
「まぁ、一番売れてるね」
「じゃぁ、それを4つお願いします」
「あいよ。ちょっと待ってなね」
そう言うと、おじさんは黄色い駄菓子だろうか? 見慣れない円錐型の物体を逆さにし、圧縮機のレバーを操作し、白い固形物と言うには柔らかそうな物体を土台にクルクルと巻きながら作ってゆく。
あの機械は学院で見たことがあるな……確か空気圧を調整する機械だが、と考えているとおじさんは「おまちどうさん! 銅貨4枚だ」そう言われ、私はルトバルルのカードを取り出す。
「ひぇっ!? それは……ルトバルル公爵閣下の……ということは、お嬢さんは……」
「ご想像の通りです」
「あ、いや、お代は結構です! どうぞ!」
まるで印籠だな。使いたくはなかったんだけど、今は手持ちがこれしかない。
ちなみにこのカードは32貴族のそれぞれの紋章と名前が書かれている。魔界でこれを持っているのは極少数というわけだ。数を合計すれば100枚くらいか。で、なにを驚いてるのかというと、このカード、実は現金と同じかそれ以上の役割を果たす。身分の証明や、タダでなんでも購入できる恐ろしい代物。
普段ではお目にはかかれない。この分だと先輩も携帯しているはず。
「すみません、ありがとうございます」
「いやぁ、いいのでございますよ」
お店の人には悪いことをしたかな? なんか片言だったし。うーん、こうやって権力者だと誇示するのは苦手だ。でも姉は違う。公爵の娘ならば権力の誇示など当り前だと言うだろう。その分、民の生活を安定させる事に尽力をしているのだから。でも慣れない。
私は4つのアイスを持ち、自分の手に冷たいと感じる違和感に両手に持つアイスに疑問を持つ。妙にひんやりとして甘い匂いがする。
手に持つアイスを姫様やカルメラちゃんに渡していった。
「わぁ、つめたい!」
「こ、これが食べ物……?」
「シルル、あなたのですよ」
「うにゃ」
「ふむ……」
何か腑に落ちない。そう思っていると先輩は笑った様子で「はやくせんと溶けるぞ?」と言う。溶ける? どういうことだと思っていると、渡された時より形が変形している。
姫様とカルメラちゃんは一口食べると声を合わせて「おいしぃ!」と喜ぶ。シルルは警戒しているのか、アイスをジッと見つめたままだ。そんな時、シルルに通行人がぶつかると、その振動でシルルのアイスは地面に落ちてしまう。
「にゃっ!?」
気付いた時には手遅れだった。どよーんとした空気が流れる中で、先輩は笑いながら「ベタな奴じゃのう」とシルルを笑う。
ベタベタ過ぎて何も言えないのは確かだ。とは言ってもこの気まずい雰囲気を察したのか、先輩は姫様とカルメラちゃんに話かける。
「どうじゃ、そこの娘達。服を買ってやるぞ? そのままだと浮いてしまうわい」
「服みるー!」
「あの、私も!」
「じゃぁ、メイドーサ後はよろしくな」
「あ、ちょっと先輩!」
こんな気まずい雰囲気に残される身にもなってくださいよ……それよりも。
「シルル、これ」
「にゃ? これはお前のにゃんにゃ」
「私は興味ありませんから、あげます」
「……」
シルルは私から黙ってアイスを受け取ると、ペロペロと白いソフト部分を舐め始める。
「うまいにゃ……」
小さな声で、感想を言うと、私は気になっていた事をシルルに尋ねる。
「姫様となにかあったのですか?」
「いにゃ、何もないにゃ」
「だったら、なぜそんなに不機嫌そうな素振りをするんですか?」
「何もにゃいからなにゃ」
「ん?」
妙に落ち込むシルルの表情に疑問を感じたが、本人がその理由を語るまではと私は口を閉ざした。
「魔界に来てから、ご主人と遊べてないにゃ。ウチはちょっと寂しいにゃ」
なるほど、不機嫌な理由はそこにありましたか、確かに姫様は魔界に来てからはシルルと遊んでいる様子はない。そこが、シルルにとっては不満だったのか。
「で、それで不機嫌だと?」
「……うにゃ」
シルルはアイスを舐めながら素直に頷く。
「ご主人はもうウチと遊んでくれにゃいのかにゃって心配してるにゃ」
「それで塞ぎ込んでは、かえって距離を広げるだけでしょうね」
「どうすればいいにゃ?」
「折角の旅行を楽しめばいいじゃないですか、事は単純ですよ? 姫様は純粋に楽しんでいる。あなたはその隙間に入ろうとしないだけで拒絶している」
「拒絶なんてしてないにゃ!」
「だったら自分の感情に素直になって、姫様と楽しんだらどうですか? それとも後ろめたさがるのですか?」
「そんなのはないにゃ!」
「それだけ否定ができるのなら、尚の事」
「わかったにゃ……」
「自分の感情に素直に行動するのはあなたの性格でしょう。ここにきて急に自重されては、姫様も気にしてしまいます。それでもいいのですか?」
「それは嫌にゃ、ご主人には笑っていて欲しいにゃ! 本当にゃ!」
「だったら、不愛想に不機嫌さを露骨に見せるのは逆効果ですよ?」
「そ、そうにゃのかにゃ……ウチは焼き餅をやいていたのかにゃ……」
やれやれ、大人なのか子供なのかわかりませんね。しかし、シルルでも悩むことはあるということですか。
そんなやり取りの中、姫様の声が聴こえる。
「メイサ! シルルー!」
大きく手を振る姫様はいつもの白いドレスから着替えたのか、淡い桜色のチェックの入ったワンピース姿に。
ダッシュで駆け寄って、スリスリしたいところだが、ここはシルルに譲ってあげましょう。
そして、私はシルルの背中をソッと押した。
「おまえ……」
シルルは一歩前に出ると、こちらに振り向き、『えっ』という表情をみせる。
「私が行きたいところですが、代わってあげますよ。大好きなご主人なのでしょう?」
「当り前にゃ!」
そう言い残し、シルルは駆け寄り、姫様を抱き上げると頬を摺り寄せる。
「ご主人は何を着ても似合うにゃ!」
「シルルくすぐったいよぉ」
(今日は譲ってあげますよ。私はカルメラちゃんを待ちますけどね!)
あっちがダメならこっち的な理論です。浮気じゃないです。
すると、先輩はカルメラちゃんを引き連れてくる。ゴシックな魔法使い風な白と黒の調和を協調としたシックな姿、今にも見えそうなギリギリのミニスカート! うぅんエッチですねぇ。
「どうじゃ、我のコーディネートは?」
「攻めますね先輩」
「は、恥ずかしい……」
すそをグイグイと下に伸ばすも、逆らうことはできないその反発力(?)。流石は先輩、私の趣味をよく理解している。
「似合ってますよ(性的な意味でも)」
「本当ですか?」
「流石は先輩」
「フッ、これでもメイドーサ倶楽部の会長じゃ。お前の趣向なぞとうに理解しておるわ」
「あー、メイサがデレデレしてる!」
「変態はほっとくにゃ」
「もう、師匠!」
「堪能するのは悪いことではありません。似合っているからこそのデレ顔なわけですし」
「メイドーサの少女趣味も悪癖じゃのぅ」
「なっ! 善幸な趣味と理解していただきたい!」
「でも、師匠は真面目に言ってますけど、鼻血がでてます!」
「出るものは止まらない。自然の節理ですよ」




