悪女と呼ばないで 自己防衛です!
窓から朝が来たことを告げる日差しが、カーテンの隙間からこぼれる。多少、薄暗い部屋ではあるけども、昼間はほどよく日光が部屋を明るくする。
さてさて、昨日は色々と楽しかったのですが、お風呂の後に姫様が眠ってしまい、おんぶして帰ることに。でも、でも、子供が発する独特な甘い香り……幸せで御座いました。
私は嬉しさのあまり、ベッドから飛び起き跳躍でもと思ったが、理性がそれをとめる。
こんなところで踊っては姫様が目を覚ましてしまう。まぁ、それはおいといて。寝巻きから、短パンに履き替え、白いシャツの上に物がしまいこめる万能ジャケット(主に短刀などですが)革の靴に黒いタイツが映える。グローブを装着し、ぎゅ、ぎゅっと感触を確かめる。
「よーし、準備万端」
眠る姫様の顔に微笑がこぼれるが、私は大切な使命があるため、出かけなければならない。このまま姫様の寝顔を観察していたいが、そうもいかない。
ちょっぴり寂しいけど、人間の中で生活をするのには仕事をして賃金を貰わなければならない。当然のこととは分かっていても、割り切れない部分もある。
『デスパレス』での生活では優雅に暮らせていた事を思うと、切なさも残る。でも、なくなってしまったものは仕方がない。魔物は滅びたのだ――姫様だけを残して……。
十分な暮らしをさせてあげたいと思うのは自然だろう。私は姫様のお傍で教育係としてもお使えしていたのだから。
おっと――、浸ってる場合じゃない! 早く行かないと!
ゆっくりとドアを閉めて、私はパタパタと廊下を走り階段をジャンプしてのショートカット、無事に着地は出来たが、かかとが痛い。
外に出ると、まだ太陽は昇りきってはいない時間。人間の姿もまばらだ。商人や、農夫達だろう。
私が向かうのは冒険者組合。ここで私は依頼をこなして賃金を得ている大切な収入源だ。
他の仕事も考えたが、長期に滞在するわけでもないため、短期の仕事が向いている。
でも、なぜに私が急いでいるかというと、その答えは簡単だ。『この世から魔物がいなくなった』ということに関係がある。
昔の冒険者組合の9割は魔物の討伐依頼のものばかりであった。しかし、時代は一変し、今は護衛任務や賊の討伐などになる。他には害獣駆除や山菜取りといった食料に関係するものだろう。
世界から魔物がいなくなっても人間というものは愚かな生き物だと思わせてくれる。人間が人間を襲う。それも金品目当て、奴隷としての人攫いだ。やれやれと無意識に溜息がこぼれるほどに浅ましい。
まぁ、それでも姫様との大事な生活があるわけで、文句は二の次だ。
そして今日も組合の入り口に立つ。
組合の朝は私の起床よりも早い。それは、早朝に出発する商人や、急な依頼を持ち込む者がいるからだ。そういった事に対応するために、日の昇らないうちから、入り口の扉を開けている。
さっそく中に入ると、私は掲示板に目もくれず、受付嬢の立つカウンターにまっすぐ歩いていった。
いやぁ、掲示板で探すの面倒くさいじゃん?
それに早朝だというのに、仕事を探す人間の山、山、山! あんなところには近寄りたくないのが正直な理由だ。
「あ、メイサさんおはよう御座います」
「おはよー」
満面な笑顔で出迎えてくれる受付嬢。少しふくよかで、眼鏡がキラリと光る。だが、私はこの受付嬢が憎い。
いや、魔族を滅ぼした人間を直接的に憎んでいるわけではない。だったらどうして? という疑問もあるだろう。それは歩くたびにポヨンポヨン弾む胸の大きさだ!
くぅ……自分の胸のなさに悲壮感が漂うが――。
「今日は何があるの?」
私は早速ではあるが、世間話も脇に放り投げ、単刀直入にどんな依頼があるのかを話しかける。
「メイサさん、護衛とかあるのですが……」
「護衛は受けたくないのだけど?」
「それが、指名の案件でして、報酬は金貨2枚の隣町までという内容でして」
私は手のひらを縦に左右に振る。嫌だって合図だ。それを理解してか、受付嬢は残念そうに他の案件を探す。
「メイサさんは中級冒険者以上の経歴ですので適任かと思ったのですが」
「護衛なんて面倒なだけだよ? それに隣町までなんて金貨は5枚ほしいね。指名だったらなおのこと」
「そうですか、ではこの仕事は他の方に」
無理なものは無理だ。安請け合いをしては面倒事になる。それに、私をアゴで使っていいのは姫様だけと決めている。わがままを言っているのは承知だ。でも、受けられないものは受けられない。
「昨日の害獣関係とかでいいのだけど?」
「そうですね……あれは特別な案件だったので、討伐となりますと……今、手元にあるのは、山賊の討伐や小鬼などでしょうか」
「小鬼ってことは悪魔種か……うーん」
「えぇ、はい」
小鬼って厄介なんだよね。数は多いし、血は臭いし。べらべらと喋ってイライラする。でも、人間界で小鬼は珍しいかもしれない。魔界では群れているが、下級より下の最下級悪魔だから人間界に……。
「あ、でも、この小鬼の討伐は上級任務ですね……金貨8枚」
「お、いいね。でも小鬼は低級悪魔だから討伐の証拠になる物は落とさないのだけど?」
「そうなんですか? 本件は討伐依頼の他に建造物の安全確認となっています」
「小鬼の弱点は知ってるから楽勝、ただ物件の安全確認ってのは気になるね」
「最初は下級に指定されていたのですが、挑戦する冒険者が幾度も帰ってこないために、難易度があがったようです」
「ほほぅ、訳あり案件か」
ニヤリとしている私の顔が気になるのか、それとも心配をしてくれているのか――どっちでもいいけどね。
「目的としては建物の安全確認が主となるないようですが……それに弱点とは?」
「おっと、秘密だけどね」
まー『自分が悪魔種なんで』って言えるわけはないのだけど。そんなこと言ってたら大混乱ですわい。
「では、特例として承認しますが……班を組まれたほうがよろしいのでは?」
「報酬減るし、金貨8枚の仕事なら死人が出るよ? それなりの腕っぷしの立つ奴がいるかもしれないし」
「それなら尚の事、メイサさんだけでは!?」
要らぬ心配大きなお世話。面子なんて揃えてちゃ、報酬も減るし、何より死人が出たら困りものだ。勿論、私は依頼書が『ただの小鬼』だとは思ってはいない。金貨8枚も乗せる話だからだ。それに片道切符の依頼は裏がある。
カウンターの裏側で、受付嬢が話をしているが、面倒なのが出てこなきゃいいけどっとおもったら出てきましたよ主任さんが。
「メイサ様、確かにあなたは中級以上の特待冒険者ですが、この任務をお1人でというのは、当組合でも承諾の判断をしかねます」
「なら、ここにいる冒険者を全て蹴散らせばいいのかな? そうすれば認めてくれる?」
そんな私の挑発聞いていた冒険者の1人が私の肩を力強く握る。おや、生きのいい人間がいますね。階級票は下級か。山菜摘みの仕事がお似合いだ。
「てめぇ……足腰たてなく――」
「デソルト」
パチンと指を鳴らしてみると、冒険者の腕は中を舞った。こんなの相手にしてたら限がない。本当に馬鹿な奴だ、喧嘩売る相手を間違えているのではないか?
瞬時に相手の腕が切り飛ぶ、そんな光景を前に、目の前の主任は驚きを隠せない様子。
「ルト系魔法を指先一つで……しかも無詠唱!?」
ふふん、驚いてる、驚いてる。そりゃそうだよね。魔法は人間が使うと詠唱なんて面倒な行動が必要だもんね。そんな面倒ごとを省いて魔法が使える魔法使いに理解がある人間は驚く。
「お、俺の腕が!? いででええええええええ!!」
切り口は綺麗にスッパリ、これだけ綺麗に素早く胴体から切り離されちゃ痛覚も麻痺して、意識的に認識しないと痛みは出てこない。
「つないでほしけりゃ銀貨3枚で請け負うよ? どうする?」
男は震えながら銀貨3枚をを差し出すと私は「リメアス」と唱え、腕をくっけてやる。ありがたいと思えよと、心の中でにやけていた。意地悪をしているのではない。売られた喧嘩を買い取っただけだ。
「メイサ様は何者なのですか!?」
おー、主任さんが額に汗をためて驚いてるよ。そだよねー、ここにいる冒険者のほとんどは肉体派だもんね。いやぁ脳筋はごめんだよ。
「いたって普通の冒険者です」
「しかし、無詠唱でルト系やメア系の魔法。しかも、それを無詠唱に扱えるなんて……」
ちょっと悪目立ちが過ぎたか。いかんいかん、これ以上の披露はかえって危険だ。他の奴等に目でもつけられたら、姫様が危ない。
「で、これでも任務は受けさせてはもらえないと?」
「い、いえ……メイサ様は特例中級者ですので上級者扱いされても問題はなく……」
はっきりしろい、べらんめぇ!
「問題がないなら承諾は得られると解釈してもいいのですね」
「えぇ、はい。メイサ様は本当に何者なのでしょうか?」
主任は引き気味だが、でも引かないでおくれよ。私は悪魔種の魔王様の片腕として働いていたことを忘れてしまっては困ります。姫様以外には意地の悪い女ですけどね。
主任の疑問に対して私は「ヒミツ」と一言だけ答えた。