さて行きますか なんじゃその倶楽部!?
さて、二人の寝顔を拝みながら。かしこみー、かしこみー。しかし、可愛い寝顔で心が癒されます。一体どんな夢を見ているのでしょうね。
ドアをゆっくりと閉め。近くに待機していたメイドに説明をする。
「今は静かに二人が寝ているので、起きたらお願いします」
「かしこまりました。あの、お嬢様は?」
「私は私用でワワンさんに会いに行かなければなりませんので朝食はいりませんよ」
「左様でございますか……では、お客様が起きたタイミングで、ご朝食をお持ちします」
「そうしてください。お願いしますね」
そう言うと、メイドはかしこまった様子で一礼し、私は手を振りながらニコリと笑って自室を離れた。
さぁてと、転移陣の部屋にでも行きましょうか。歩きなれた実家を迷うことなく転移陣の部屋にまでたどり着く。
ドアを開けると、光る円陣にモヤがかかる。
この転移陣は事前の申請が必要となる。理由は転移する場所の固定や、頻繁な利用は次元を歪めてしまう。次元に歪みが発生すると、対処が難しい。
では、何が起こるのかということだが、たいていは違う場所に飛ばされたり、天界や地界といった別の次元に飛ばされてしまう。だが、それだけならば大きな問題にはならないだろう。歪みの大きな問題。それは、他の利用者と融合してしまう危険性があるからだ。
一見、融合すればさらに力をつける事ができると考えがちだが、そうではない。
ひとたび融合をしてしまえば、人格や身体はおろかその存在までもが書き換えられてしまう。ようは、別の生き物として転移先に召喚されてしまう。
こうなっては手の施しようがない。引きはがそうにも魂までもが融合しているので、簡単にはいかないというわけだ。事例はいくつかあるが、融合した生き物がその後どうなったのかは闇の中だ。おそらく殺処分だろう。
では、ワワンさんの所に行きましょうか。と、私は転移陣の上に足を乗せ、白い光に包まれる。瞬きを終えた時にはすでに別の場所に転移している。
私が転移した場所は、石で組まれた祭壇のような遺跡。そして目の前に広がる広大な景色。緑藻の平野が広がり、草を食む動物達。
ここは自然保護区域となるワワンさんの管理している特別地区だ。私は人間界でこの自然保護地区から動物を召喚してしまったというわけだ。我ながら苦い経験だ。
背後にはワワンさんの住む城よりは狭い、とはいってもそこは貴族の屋敷。広さはそれなりだ。白い外壁に、実家のような防壁はない。珍しいのは丸い屋根、造形には詳しくはないが、これもワワンさんの趣味だろう。そう思いながら私は屋敷に向けて歩いていった。
丁度、門の手前だろうか、一人の若い女性のメイドが出迎えてくれる。
「メイドーサ様で御座いましょうか?」
「あ、はい」
「旦那様が奥の間でお待ちしております。ご案内いたしますので、どうぞこちらに」
「お、お願いします」
どっほぉ、すでに待機中ですか……それは怒りを買っている証拠なのだろうか? 穏便には済ませたいのが本音だが……まぁ、禁忌を犯した罪人だからねぇ。
メイドに案内され、緊張した面持ちでワワンさんの目の前に立つ。
大きな巨体にブヨンブヨンなお肉の体。いかにもという出で立ちなワワンさん。ちなみにハゲてます。一本もありません。そんな情報はいらないと? いえいえ、体格だけでは不十分でしょう。
私は硬直し、叱咤されることを覚悟に、頭を腰辺りまで下げる。
「申し訳ありませんでした!」
すると、ワワンさんは目をぎょろりと動かし、私に視線を向ける。
「はっはっは、気にするなメイドーサ」
「え?」
「何か事情があってのことだろう? この件は不問としている。騒がれても困るものでな」
「あ、あのですね……旅先で……」
小さくなる私を前に、ワワンさんはニコリと微笑んだ。
「なぁに、問題はない。こちらの自然保護観察員が慌てていただけの事。こちらは気にはしていない。むしろこれからはワシが個人的に開いている牧畜から召喚すればよいだけの話。それよりもルトバルル閣下はお元気か?」
「え、あ……はい、父は元気ですが……」
え、これって無罪ってか認めてくれて、尚且つ専用の牧場から調達していいということ?
「そうか、それならばいい。皆に伝えよ! これよりはワシの牧畜の使用許可をだすと。監察官にも伝達をしておけ」
「かしこまりました」
ふひゅー、別に怒っているわけではないのか、それならば安心したが。
「メイドーサ。人間の住む世界で生活していると聞いている。よもや大変な思いをしているのではないか?」
「あ、いえ。それなりに生活ができていますから、なんとか……父には怒られましたが」
「ルトバルル閣下も厳しいお方だからな。幼き頃よりしるメイドーサの苦労も承知している。立場が立場であるからな」
「そこまで斟酌していただきますと、かえって恐縮いたします」
「ははは、小さい頃はワシに臆していた少女が今ではそこまで気を配るような淑女のになったか」
過去を持ち出されては恥ずかしいの一辺倒。敵いません。ん? 背後に気配が……それもメイドではない力のある。そう思い私は後ろを振り返り唖然とした。
「メイドーサ様、お久しぶりで御座います」
目の前に現れたのは美青年という言葉が相応しいほどにさわやかな笑顔と、軍服にも似た正装。
「まさかオビオン君ですか?」
「はい先輩。元気なご様子でなによりです」
「はぁ、立派に育ちましたね……一瞬、誰かわかりませんでしたよ。面影が残っていたくらいで」
「はは、そう言っていただけると嬉しいです。今日はメイドーサ様に会えると父も喜んでおりました」
「これ、オビオン! それは言うでない。ワシが恥をかいてしまう。それよりも保護地区の役員としての働きがあるだろう?」
「父上、報告書はお渡ししたはずです。本日中には回答を得られることを望んでいるのですが?」
そんな和やかな雰囲気のなか。
ドゴォン!
え、なに怖い……。
音のした方角へ首を回すと、そこには一人の女が……壁を右手拳でつきやぶっていた。
「あら、やだぁん。お父様、壁がもろくなっておりましてよ?」
「はて? その壁は修繕したばかりだが?」
「姉上……」
うわぁ、問題児のシャテラがきたよ。
「ひ、久しぶりシャテラ……」
「やだ、メイドーサ様じゃありませんか!」
「あのメイドーサ様、僕は逃げますね」
「うん、そうしたほうがいいかな? お仕事頑張ってね」
「はい!」
「もう、メイドーサ様が来ておられるならお父様隠す必要なんてひどいです」
ドォン、ドォン!
叩くな、叩くな! 天井から藻屑が降ってきてるわ。これが学院での友人のシャテラ。豊満な肉体に揺れるバスト、ツインテールのよく似合う童顔ときたもんだ。
学院時代にはモテモテだったんだよね……色気がというか小悪魔じみた性格で淫魔かお前はと突っ込みを入れたくなるほどだった記憶がある。
「黙っていたわけではない。それにお前は知っていたはずだが?」
(あ――。こういう性格だったわ)
「メイドーサ様。一つお伝えしたいことがございますの」
「なんでしょう?」
するとシャテラもどこかで見たように両手を頭で交差させ、もの惜し気な瞳で私に訴える。
「メイドーサ倶楽部ナンバー4、純愛のシャテラ」
「ふぅん」
「あら、反応が薄いですわね」
「いえ、昨日同じことをするバカを見ましたので。これで二人目か」
「バカでもいいの、愛さえくれれば私は満足なの」
「近寄らないでくれるとこちらも満足です」
「塩対応がゾクゾクと背中を撫でるわ……これが愛の波動」
「いえ、変の間違いじゃないですか?」
「すまないメイドーサ。ワシの娘が困惑させるような事を……このことは内密にしてはもらえないだろうか?」
「話せる内容ではないので大丈夫です。他言はいたしませんので……」
話したら変態の度合いにさらに磨きがかかる。猫にも注意されてるしな……。というか『メイドーサ倶楽部』とはなんぞや?
「ところでその不気味な倶楽部はなんですか? ちょいちょい気になるのですが」
「あら、知らないのぉ? これは学院時代に設立された『メイドーサを愛する会』の倶楽部なのぉ」
うぉぉぉ、寒気が。背筋がゾクゾクしましたよ。なんちゅー倶楽部を作っているのやら。
「首謀者は誰ですか?」
「それはヒミツよ。それに今頃はルトバルル領に到着していると思うわ」
「ほぅ、それはそれは……」
「さぁ、メイドーサ様! 私とお茶を飲みながら愛を語り合いましょう!」
「遠慮します、すぐ帰ります!」
「メイドーサ、ここはワシが食い止める、早く屋敷の外へ!」
「ワワン様! すみませんお願いいたします!」
「あぁん、メイドーサ様ぁ!」
私は全力で走り、転移陣の遺跡まで息を切らせて到着する。なにが起ころうとしているのだ。早く帰らねば!




