世界の理 いえ、真面目な話です。
私は自分の部屋のベッドで仰向けになり、天井を見つめていた。
わからない。よくよく考えれば不自然なことがある。魔物の巣窟である強固なデスパレスが人間ごときの力で壊滅させられるだろうか? 単純に考えれば答えは簡単だ『無理』だということだ。
だが、現実にデスパレスは崩壊し、魔物は自然界から姿を消した。魔水晶の破壊により。しかし、納得はいかない。人間と魔物の力量の差は幅がある。オークやオーガなどの初級から中級に分類される魔物は駆逐できても、デスパレスに陣取る大型や上級の魔物はそう簡単に倒せるものではない……あの時からすでに魔水晶の力は弱まっていたということか? それならば説明はできる。
それでも、魔王様ならばそのことにいち早く気づいていたはずだ。何かが引っかかる。
私は、喉に小骨が突き刺さる違和感に疑問を拭えないでいた。その時、コンコンとドアから音がする。
「はい、どなたでしょう?」
「あ、あの……」
ドアの隙間から現れたのは、薄い絹の糸で編まれたワンピースのネグリジェを着たカルメラちゃんだった。
おほっ、透けて視えるその肢体……これはアリですね! お忘れか! 私は少女が大好きであることを! 知ってるのであればいいのですフフン。え、威張るなと?
「どうかしましたか?」
「いえ、寝付けなくて……それで……お邪魔でしょうか?」
「いえいえ、カルメラちゃんを排するなど、私がそんな薄情者にみえますか?」
「そんなことは、師匠はお優しい方ですね」
ははは、いや本音はじっくり眺めたいだけです。下心が丸見えですが、今は猫はいない……ふっ天敵がいなければ思う存分――!
「あの、会食で……」
「その前に私のそばに座って話しましょう」
どこか表情の暗いカルメラちゃん。どうしたのでしょうか? ふぅむ、思い当たる節はありませんね。
「どうしました?」
「いえ、ルトバルル様にお話を伺うことができなかったので。師匠ならと」
「多少の疑問であればお答えしますよ」
「本当ですか!」
笑顔に変わるカルメラちゃん。いいね! また親父に何かを言われそうですが、プライベートまでは覗き見はしないでしょう。
「で、深刻そうですが、何を聞きたいのですか?」
「えっとですね、聖霊の存在についてなのですが、あとはレペルの騎士の事も」
「ほほぅ、私は存在の事については知ってはいますが1000年戦争の事については知りませんので、そこはあらかじめ了解してもらえると助かります」
「あ、はい!」
「聖霊とは太陽神フォレヴォの第一眷属です。このエディアという大地を作り出したのがフォレヴォです。そして、自然界、いわば人間界を作り出したのは聖霊。大地を作り出した聖霊・モロタボティエト。大地に流れる水を作り出した聖霊・アパタトティトモト。木々の種を運ぶ風を作り出した聖霊・ムロタボティエト。火の文化を象徴する聖霊ケイノロパティアト。そして、監視役として月の聖霊であるヒピポロレス。この五人がフォレボの第一眷属となります」
「悪魔の存在は?」
「悪魔の親玉はこの世界よりも上の存在であるすべての創造主である全能神モレクです。『汝、暗闇より生まれいでた太陽神フォレヴォ、全能神モレクは世界を創造する力を与えたもう』この詩は知っていますか?」
「それはこの世界でもっとも古い文献の一文。確か……『闇にすまう眷属はフォレヴォを亡き者とし、戦いを挑む』でもそれが?」
「えぇ、悪魔はモレクの側近であるベルトトス大公が生み出した種族です。フォレヴォに対抗するために」
「その後、フォレヴォは自分の分身として『人間』を作り出し、聖霊たちは動物を作り出した。こうして自然界という一つの世界が誕生します。ですが、ベルトトス大公はそれを疎ましく思い、魔界を天界との間に造ります。これは天界から自然界への干渉を遮断する目的があったとか」
「そのベルトトスという方は何が気に入らなかったのでしょう?」
「んー、所説ありますが、大公はもともとモレクの側近、闇から生まれた存在。逆にフォレヴォは光から生まれた真新しい存在としてモレクから可愛がられていた。そのことに嫉妬した大公は、フォレヴォを恨んでいました。世界を創造する力を与えられ、全能神からも寵愛を受けることに苛立っていたのでしょう」
「そんな理由で……まるで家庭内での兄弟喧嘩ですね」
「まぁ、そんなところです」
「でも悪魔はベルトトスが作り出したのなら魔物はいったい誰が……?」
ふむ、難しい質問が飛んできたぞい。
「魔物は1000年戦争以前には存在しませんでした」
「え?」
「私も詳しいわけではないのでなんとも言えませんが。昔に伯父から聞いた話です」
「伯父様というとアバトス様からから?」
「そうです。私は父に何度も1000年戦争の事を尋ねました。ですが、父は一向に教えてくれる気配はありませんでした。しかし、伯父は違いました。伯父は私の気持ちを汲んでくれてか、さわり程度に教えてくれましたよ」
「そ、それで魔物とは?」
「カルメラちゃんは魔水晶はご存じですか?」
「話には聞いたことはあります。なんでも魔物の生命の源だとか」
「えぇ、正解です。ただ、1000年前に魔水晶は存在してはいません」
「どういうことですか?」
「魔水晶の出現は1000年戦争の後期頃になります。ここから先の話は聞いたら驚くことでしょう」
「……は、はい」
カルメラちゃんはゴクリと喉を鳴らすと、覚悟を決めた表情をする。そう、肝心なのはこの先なのだ。
「私は魔水晶は後期に出現したと言いましたね。それには理由がありました」
「理由?」
「1000年戦争は聖霊が自然界から生物を一掃するために自然界を攻めたことから始まります。それに対抗したのは人間と悪魔。当初は数年で終わると思われていた戦争も気が付けば600年以上も経過をしていました。その間に自然界の生物は滅びかけ、魔界もダメージを受けてこれ以上の被害を出すことを恐れた」
「……」
「そして、第2階級のヘネティア公は新たな策を生み出した。それは光の眷属に対抗するために新たな命を生み出すこと。しかし、ベルトトス大公以外では、その方法を使うことはできなかった。そのため生命を生み出す触媒が必要となった。それが魔水晶の誕生です。600年以上も地上に蓄積された怨念は魔水晶に吸われ、ヘネティアの実験は成功し、人間や動物の負の思念を実体化させる事に成功し、魔物という新しい生物を生み出します。それは光の眷属と対抗する新たな兵士ともなりました。徐々に追いやられるフォレヴォを含めた聖霊たち、そして200年後、3つの勢力として戦った、人間族、魔族、悪魔族は自然界を取り戻したのです」
「過去にそんなことが……」
「私が話せるのはここまでです。父ならもう少し詳しく聞けるかもしれませんが、あまり1000年戦争の話題には触れたくはない様子ですので」
「ん? 魔物は死んだ者たちの負の思念」
「なにか?」
「師匠、魔物はもともと人間と同じ……」
「こんな話をすれば嫌でも気が付くでしょうね。そうです、魔物は人間の思念が生み出した生き物。人間と近い存在なのです」
「では、今の人間は同族を滅ぼしたと……」
「残念ですが、結果的にはそうなってしまいますね。ですが、1000年戦争から時が経ちすぎ、人間側も魔族側も忘れて敵対する関係になってしまった。悲しいことではありますがね」
長い話をしていると、再びドアからコンコンという音が聞こえると、ドアが開き私の様子を伺う姫様の視線が。
姫様もカルメラちゃんと同じ服装で鼻血がでそうで困る。妄想もはかどる。
「カルメラもいるの? お勉強中?」
「あーっと、そのですね……」
「シャレルはどうしたの?」
「うん……広いお部屋で寝れなくて……寂しいから一緒に寝ようかなって……」
おほほほほ! こいつぁたまんねぇな! 久しぶりに私の心の邪心は微笑んで迎えておりますよ?
「師匠、シャレルと一緒に寝てもいいですか? 私もその……落ち着かなくて」
おうよ、なんぼでもきんさいな!え、方言が混じってる? きにすんねぇ!
「では、皆で一緒に寝ましょうか」
「わぁい!」
「やたっ!」
二人とも喜んでますね。うんうん、一番喜んでるのは私ですけどね!
さて……明日はワワンさんに謝らないと、転移陣の許可は父から貰ってますし、すぐに行ってささっと帰りましょうか。