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魔界へようこそ! 展開通り?

 「さぁ、(みな)さん。目を開けて周りを見てください」


 私の姉の言葉に誘導されるように、姫様やカルメラちゃん、シルルは目をゆっくりと開いた。


 「ようこそ、魔界へ」

 「ここが魔界にゃ?」


 3人が困惑するのも無理はないだろう。理由は簡単だ。さっきの見ていた風景と変わらない平原の中。風がそよぎ、若葉はゆれ、青々とした空にゆっくりと流れる雲。


 カルメラちゃんは周りを見渡し、空に顔をあげる。姫様も同じ行動をとる。それでもここが魔界だとは信じられないといった様子だ。


 「ここが魔界……? (にわ)かには信じられませんが」

 「メイサ、ここは魔界なの?」

 「はい、そうで御座いますよ。お二人は何か疑問をお持ちで?」

 「え、あの。師匠、ここは先ほどの平原ではないのですか? 私にはここが魔界とは思えなくて」

 「いえいえ、ちゃんと魔界に到着してますよ。ほら、あそこに建物がありましたか?」


 私は指をさし、二人の視線を誘導させる。


 「あ……え、あんな建物はなかったです……すごい古城ですね」

 「私の実家です」

 「え、ええええええええ!?」

 「メイサのおうち? すごい、おっきい!」

 「おま、あんにゃところに住んでたのかにゃ!? 想像できないにゃ……」


 この猫は何を想像してたのか。素直に驚くカルメラちゃんに、はしゃぐ姫様。連れて来て正解でしたかね。


 「メイ、私は先に行ってお父様に報告してくるから、後はよろしく頼むわよ」

 「それは勿論、ゆっくり行きますので、姉さんはお先にどうぞ」

 「メイ……」

 「はい?」

 「あとでフルボッコな」


 姉は表情を変えることなく不吉な言葉を残し、一人で古城に歩いていった。怖いわぁ! やべぇだ、なにか激昂に触れるようなことをしたのだろうか? いや、しているから宣告されているわけで……。


 「メイサ、私はどうしたらいいのかしら?」

 「レニーもきますか? 父に話ぐらいはあるのでしょう?」

 「そうね、監視と護衛の件は報告しなければならないのだけども……いえ、必要はないのかもしれないわね」

 「すでに深界からの使者がということですか? まぁ、ありうる話ですね」

 「えぇ、では監視はやめて、護衛に専念するわ。近辺に危険な動物でもいたらお姫様が危険ですもの」

 「それは助かります。ん? シルルはどこにいきました?」


 はて? シルルの姿が見えませんが……いきなり迷子になるというわけでは――。


 「師匠、シルルさんなら辺りを走り回ってますよ」

 「あ――。酔ってるかも……」

 「酔う? お酒を飲んでいるようには見えませんが」

 「いえ、魔界の空気に酔っているのです」

 「空気に?」

 「魔界の空気は人間界の空気とは違います。魔界の空気は高濃度の魔瘴気(ましょうき)が含まれます。妖怪種であるシャムシェは魔物に近いですから、空気酔いをしているのでしょう」

 「人間には影響ないのですか? それに魔族であればシャレルも……」

 「人間は空気酔いはしませんので大丈夫ですよ。姫様は人間に近いのでそこも大丈夫です」


 しっかし、猫のはしゃぎようが半端ない。飛び跳ね全力で走り回ってる。表情はもう昇天しそうな勢いでやばい感じだ。


 「レニー、あの猫を止めてくれますか、じゃないと昇天しそうな勢いなので」

 「あら、もったいない。召されたら召されたで地界(地獄)に連れて行くのに」

 「それは姫様がマジ泣きしますので勘弁してください」

 「残念ね、気を失わせればいいのね?」

 「お願いします」


 レニーは腕を垂直に伸ばし「ふっ」と一息かけると、シルルは白目を()いて草原に倒れこむ。便利だなと思う反面、一瞬で気絶させる技に恐怖を感じた。


 (あれを人間界で使いまくってたのか……死神って恐れられる存在なのだと再確認できる)


 「さて、あれは執事に処理させましょうか」

 「どこにそのような方が!?」

 「さっきから後ろにいますよ?」


 そう、人間界から飛んできた瞬間からその人物はその場に待機していた。流石はルトバルル家のバトラー(上級使用人)デアボラ(蜘蛛の悪魔)恐れ入るよ。


 「お嬢様、お帰りなさいませ」


 皆が振り向くとそこには、ヒョロリとした体格の白髪の老人が一人。胸に手をあて、礼儀作法の叩き込まれた様子が伺えるほどに映えるお辞儀姿で言葉を待つ。


 「あんたのその姿は久々にみた気がする」

 「左様で御座いますか、お嬢様もお元気そうで何よりで御座います」

 「執事まで……流石はルトバルル公爵家、シュパード家とは雲泥の差です」

 「カルメラちゃん、あまり気にし過ぎると疲れてしまいますよ? 気楽に行きましょう」

 「はい!」

 「デアボラ、あそこに転がってる猫をお願いしてもいいかな?」

 「かしこまりました。お嬢様」

 「ん?」

 「旦那様が首を長くしてお待ちしております。それと御友人の方が」

 「友人?」

 「私のことかしら?」

 「違うでしょう」


 苦笑いを浮かべ、レニーの冗談に付き合うが、誰かが尋ねてきているということか……ワワンさんとこのシャテラぐらいしか思いつかない。


 「シャテラかな?」

 「いえ、フリササ侯のご息女でありますレイビー様で御座います」


 うわ、面倒クサァ……。


 「ねぇメイサ。立ち話をしていると、お姫様のご機嫌が悪くなる一方だわ」

 「え? おぉう……」


 頬を膨らませて何かを訴える姫様。小動物のように小刻みに震えている。これは限界の合図だ! いかん、早く行こう。


 「姫様、行きましょうか」

 「うん! てぇつないで」

 「あ、ずるいです! 私も師匠と手を繋ぎたい!」

 「ははは、手は二本あるから心配はご無用! さぁ、行きましょう!!」

 「メイサの少女趣味にも困ったものね」

 「ほめるなぁい」

 「褒めてないわ、呆れてるの」

 「左様で」


 私達は少し距離のある古城まで徒歩で向かった。空を飛べばいい? そんな魔法はありませんよ? 徒歩でもいいじゃないですか。


 「師匠、人間の世界は3次元層と書物に書かれていたのですが」

 「ほう、カルメラちゃんは物知りですね」

 「師匠ほどでは……」

 「ちなみにこの世界、『エディア』は第七階層構造です。上から順に神界(しんかい)・天界・魔界・死海・自然界・地界・深界という構造です。神界と死海は特別ですが」

 「神界はなんとなく想像できますが、死海とは?」

 「死海は自然界で生きるもの全てが死後に集まる場所です。このあたりはレニーが詳しいでしょう」

 「死海は魂のみが(つど)う場所よ。『死の海』そのままの意味で、寿命を終えた魂が向かうの」

 「それでは地界の意味が……?」

 「地界は現世で死神に目をつけられた魂のゆく場所になるの。普通に死を迎えるとそのまま死海の世界にいけるわ。そして、魂と記憶を洗い流され、また自然界へと戻されるの」

 「なるほど、悪魔は?」

 「そうねぇ……魔界は魔界で転生の輪廻が繰り返されるわ、それは天界に住む者も一緒よ」

 「疑問に思うのですが、天界とはどのような世界なのですか?」

 「今は閉鎖された世界ね。人間の文献にも太陽神フォレヴォのことは書かれているとは思うわ」

 「はい、それは知っています」

 「その神、神界から降り立ち天界に5人の騎士を産み出す。このくだりは知っているかしら?」

 「それは有名な(うた)として残っています」

 「5人の騎士とは聖霊のことを示すの。そして、人間は自然界での独占によってフォレヴォの怒りを買い、5人の騎士と共に滅ぼされかける」


 カルメラちゃんはゴクリと喉を鳴らし「1000年戦争……」と呟いた。


 「よく勉強してるわね。そうよ人間と悪魔が手を組んで神に抗った1000年戦争。その被害は自然界から生物を消し去りかけたほど。でも、悪魔の王、ベルトトスがフォレヴォと5人の騎士を地界に堕とした――」

 「その後の天界は力を失ったと?」

 「そうね、そんなとこかしら。詳しい話はメイサのお父様に聞くのが一番よ。私の知識だけでは怪しいところもあるから。そうでしょメイサ」

 「そうですね、当事者から聞いたほうがいいかもしれませんね」


 私達はいつの間にか古城の門の前に立っていた。門が開くと、入り口までズラリと並ぶ使用人の

列。それは一斉に口を開き、声を揃える。


 「お帰りなさいませ、メイドーサお嬢様」

 「うわぁ……すごい……」

 「ひとがいっぱいいるの」

 「ははは、やはり落ち着きませんね……」

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