猪突猛進! うわぁ、きたぁぁ!!
私の嫌な予感は的中することとなる。なぜかって? それは――。
昼食を終えた私達は、満腹感にひたり、幸せな時間を過ごしていた。しかし、事はそれだけでは終わらなかったからだ。
「師匠、先ほどから顔色が優れませんが?」
「ははは、いやぁ……この後に起こることを予想するとあまり元気が出ないといいますか、正直に恐ろしいといいますか……」
「え?」
カルメラちゃんには分からない様子。それはそうですよね。と、思っていた矢先。街道の先に見える人影がひとつ。
その人影は、猛烈な勢いで叫びながらこちらに向かってくるではありませんか。
「こぉんの馬鹿メイがああああああああ!!」
うわ、早速来たよ……予測はしてましたけどね。
土埃をあげながら勢いよく走ってくる影は、私達の前で急なブレーキをかけてズザザと足を止める。
両手を腰にあて、仁王立ちするドレス姿の女。顔のつくりは私と然程変わりはなく、黒髪の波打つロングヘアーに白い肌。八重歯をむき出しに怒る表情のその女に私は覚悟した様子で舌打ちし口元を尖らせる。
「ちっ、姉さん……」
「あんた、今、舌打ちしたでしょ!?」
「いえいえ、してませんよ?」
「あら、ローリさん。お元気ですか?」
「元気よ、ってレモニード!?」
「師匠のお姉様ですか?」
「はい……」
カルメラちゃんや姫様達には会わせたくはなかったなぁ。こんな姉。
一見はどこかの令嬢かと思わせる風貌。でも、その鬼面顔にはそんな風格は伝わらないだろうさ。あー面倒クサッ。
すると、姉は私の襟首を掴んでガックンガックンと揺さぶり、荒い鼻息で睨み付ける。
「この愚妹がぁ! お父様にどれだけの恥をかかせるのよ!! おかげでルトバルル家はいい笑い者だわ!!」
「と、言われましても、食料がなかったものですから……」
「それで魔界の動物を召喚したの!? おどれはなにしてくれとんじゃぁ!!」
「凄い姉にゃ、あのメイサが小さく見えるにゃ」
雷が鳴り出しそうな剣幕で叱りつける様子に、周りはタジタジだ。あのレモニードさえ、どこか避けて遠慮している。そうだよねぇ……こんな荒くれが実の姉なのかと。
「で、姉さんはそれを言いに人間界へ?」
スパァン! と、私の頭を平手で一発。
「お姉様でしょうが!!」
そこに問題が?
「痛いです。暴力反対」
「暴力ではないわ、躾よ! し・つ・け!!」
「左様ですか、姉さんも暇な人ですね。この程度の事で人間界に来るのですから」
スパァン! と、もう一撃。
「あんだと!? お前が不甲斐ないから、来たのでしょう!! もういい、お前は魔界に連れて帰る」
「それは無理ですよ。魔王様の契約は続いてますから、無理に連れて帰るのは、姉さんが逆に父から叱られてしまいますが?」
「う……貴様ぁ、揚げ足をとるとは知恵が回るわね」
「ほほほ、悪知恵に関してはルトバルルで私に適う者はいませんよ? たとえ、姉だとしても」
勝者になったつもりで私はあざ笑う。そんな時、レニーは指を口にあてる。
「確かに、メイサに知恵で適う相手はいないかしら」
「それはどういう意味かにゃ?」
「あら、知らないの? メイサは魔界の学院で在籍中はずっと首席の優等生だったのよ。それも他を寄せ付けないほどにね」
「そういう話は聞いた事がないにゃ。あの少女好きは頭がいいのかにゃ……すこぶる勿体無いにゃ」
「師匠はそんなに頭がいいのですか……あ、いつも師匠の予測は当たりますよね。なんだか先を見越して話してることもしばしば」
ははは、そうです。私が毎年主席の優等生です。変態とおもってました? いえいえ、それは世を忍ぶ仮の姿! 本当は選ばれし……そういうのはいらない? あ、はい変態です。少女大好きです。コレデイイデスカ?
「ほんっとにメイはお父様に迷惑ばかりかけて! 少しは自重するとか反省するとかはないの!?」
「いやぁ、そんな自制心があればとっくに」
あーだこーだと姉の言うことを避けて身をかわす。面倒事だとは思いながらもふと閃きが――。
「ふむ、魔界に里帰りも悪くはありませんね」
「不気味に頷いて、急にどうしたのよ?」
「いえ、私はこの先の街には立ち寄りたくはないので魔界を通じて、そのまま別の国へ向かえるかなと」
「ま、魔界にゃ!?」
「えぇ!? 師匠!?」
「?」
一人だけ状況が飲み込めていないのか、姫様は人差し指をくわえて、得意の『頭から?ポンポン』が炸裂。かわいいは正義。これは譲れない。
「駄目でしょうか? 私としてはいい案だと思ったのですが」
「でもねぇ無理よメイサ。このまま全員で魔界に行くにしても、お姫様達は途中にある次元の境目で肉の塊になってしまうわ。それでもいいのかしら?」
「レニー、そこは心配無用です。血の呪印を使えば問題なく通過できます。それに一度はご案内したいですし」
ぐふふ、これならサドスの街に寄らなくて済む。うむ、我ながらいい考えだ。だが、レニーの冷めた目付きが気になりますが。
「メイサ、あなた――」
「違いますよ、けっしてサドスに行きたくないわけではありませんよ。皆さんに私の故郷をお見せしたいだけで」
「チラリと本音がうかがえるにゃ。っていうかおまえ、さっき『立ち寄りたくない』と言ってたにゃ」
ちっ、勘の鋭い猫めが、覚えていたか。だが、私の姉は両手をパチンと合わせ、にこやかに言う。
「そうね、そうしましょう。全員とも魔界にご案内するのがいいかもね。妹にはワワン様に直に頭を下げてもらわないとだし」
「ですよね姉さん」
スパァン! 今日何度目だ。(3度目です)
「お・ね・え・さ・ま。でしょうがぁ!!」
「はいはい、わかりましたお姉様」
「それでいい」
くそぅ、ふんぞり返って威張り散らして、ましてや、かわいい(?)妹の頭を平手打ちするなど……まぁ、ここは一歩引くべきか。
「では、賛成の方は挙手を」
私の言葉にすぐに反応したのは姫様だった。
両手を挙げて、ピョンピョンと飛び跳ねてコレでもかと主張する。あぁん、姫様かわいいん。
「いきたい! いきたい!」
「師匠の故郷……興味はあります」
「ご主人が行きたいのにゃら、仕方がないにゃ」
「では……アレ? レニーは?」
「私? 私は賛成でも反対のとちらでもないわ。監視と護衛が仕事だから」
「そうですか、では全員が賛成ということで決まりですね」
こうして私は故郷の魔界に帰ることとなるが、旅の途中の寄り道と考えれば気分も楽ですし、楽しみもあるでしょう。
「では、皆さんに血の呪印をします。一人ずつ手を出してください」
すると姫様の小さなおててがスッと目の前に。おぉう、チャレンジャー。
私は携帯ナイフで自分の右手人差し指の先端をスパッと切り、赤い血をジワリとあふれさせる。
差し出された手の甲に、あふれた血で小さな円を描き、その中に人間界ではまず目にしないだろうと思われる歪な記号をひとつ。
「はい、姫様、これで終わりです」
「これでまかいに行けるの?」
「えぇ、では残りの二人にも」
「レニー、これってなに?」
「そうねぇ、なんて説明したらいいのかしら。その血で描かれた記号はルトバルルの印になるの。そして、お姫様は一時的にメイサの眷属になるのよ……わかるかしら?」
「ううん、わかんない」
姫様がレニーと話してる間にカルメラちゃんとシルルの手の甲にも同じ呪印が描かれる。
「なるほど、私は一時的に師匠の眷属となって悪魔になるわけですね」
「うにゃぁ……変態の血にゃぁ……」
「はい、そこ正解! そこは露骨に嫌な顔をしない!」
「メイ、準備はできたの? こっちはいつでも飛べるわよ」
「では、お姉様よろしくお願いします」
「ふふん、よろしい。じゃ、みんなは準備できてるわね? 緊張しなくても目をあけたらそこはもう魔界だから。ではみんな目を閉じてぇ、開け魔界の門、シャララララララァ」
「うっわ、ダサッ。年齢考えてください」
スパァン! 本日四度目です。痛い……。