新たな旅路です! そんなに怖くないですよ?
「今日はここで野宿をしましょうか」
半日以上歩いただろうか、私達は街道から少し離れた草原に、私は焚き火を準備する。毛布は異次元から取り出し、食料も川魚がありましたね。異次元では物が腐らないので重宝します。
焚き火を囲い、魚を食べる3人。私は木の実で十分なのですが、レモニードの食事がありませんね。
「レモニードは何か食べますか?」
「私に食事というものは必要ないわ」
「そういえば昔からあなたが何かを食べている姿を見たことはありませんね」
「私は霊体と似た体。それに、物を食べるという行為は非効率なのよ。それよりもお酒はあるかしら?」
「ご飯は食べなくてもいいのに、お酒は呑むのですね……んー、ぶどう酒くらいならありますが」
「それでいいわ」
私は栓があいてない瓶をレモニードに渡すと、彼女は素早い手つきで栓を抜いた。相変わらずの素早さ。死神が護衛とは心強い。この先で何があるかは分かりませんからね、戦力は多いほうが助かります。
「お魚おいしいぃ」
「姫様……ボロボロとこぼしてますよ」
「あちゃちゃ」
「師匠、これから向かうのはペネウス領のサドスですか?」
「地図をみるとこのまま進むと確かにサドスというところに着きますね。王都の中間くらいといったところでしょうか。ですが……」
正直なところペネウス領の街に立ち寄りたくはない。ひと悶着もありそうな予感がするからだ。もしかしたら指名手配もされているかもしれない。それを考えると迂回した道を通るのが安全だろう。
「王都が目的地なのね」
「えぇ、私はそのつもりで旅をしていますから」
「でも、やめておいた方がいいわよ?」
「なにか問題でも?」
「今の王都はまともではないわ、メイドーサと会う前に王都で200人ほど殺したから」
200人!? なんて数の人間を殺してきたんだ。それだけ罪人がいたというのか……レモニード言う様に、今の王都は危険なのかもしれない。ん? そういえば――。
「あなたは指名手配されてるのですか?」
「死神が指名手配されることなんてありはしないわ。だって姿を見られることなく殺すのですもの」
「なんか怖い話をしてるにゃ」
「シルルさん、相手は死神です。怖い話をしてても何の不思議もありません」
姫様以外は警戒してるなぁ。やれやれ、これは困る。
「猫に興味はないけど……ムシュラは何匹か殺したわ」
一瞬だがシルルの表情が変わる。どういう関係かは分からないが、ムシュラとシャムシェの関係は悪いようだ。カルメラちゃんは何か知っているだろうか?
「カルメラちゃん、ムシュラという種族は知っていますか?」
「傭兵を生業にしているムシュラでしょうか? 詳しいことまでは分かりませんが、シャムシェとは少し違うと聞いた事はありますが詳細はそんなに……」
ん? シャムシェとは『化け猫』という意味だがムシュラは『化け犬』どういうことなんだ? 同じ妖怪種ではないのか? だがシルルの様子が変だ。この話はいったん置いておこう。下手に刺激すれば厄介だ。
「シルル、はいコレ」
「にゃ? パンかにゃ?」
「シルルのために火であぶったの」
「うにゃぁ、シャレルは良い子なのにゃ」
「くすぐったいよ」
頬をスリ寄せて懐く仕草は猫そのものだ。だが、ここは姫様の気転で救われた。流石は姫様、猫の扱いに長けている。だが、いま猫は姫様を『シャレル』と言った。いつもなら『ご主人』のはず……無意識に忘れるほどムシュラを意識していたのか。
日も落ち、あたりは暗闇の静寂に包まれる。
「さてさて、子供と猫は寝る時間ですよ」
毛布に包まる3人。私は火の番をしなければならないのだが――。
「メイドーサは寝ないのかしら?」
「私は火の番がありますから、火が消えては獣が寄ってくるでしょう?」
「火なら私が見ているわ。私に睡眠という行為は必要ないもの」
「寝ることもないのですか!?」
「そんなもの私には必要ないのよ、相手が隙を見せるまで尾行し、独りになったところを殺す……その為には睡眠や食事は私とって邪魔だもの」
「死神も大変なのですね。少しの間なら付き合いますよ。一人で呑む酒は不味いでしょう?」
「やさしいのね。だから好きよ、あなたは昔から差別的に物事を見ない。死神を恐れている悪魔も居るわ。それでもあなたは怖がらない。昔から……ねぇ、どうして怖くないのかしら?」
「ふむ、妙な質問をしますね。私は別に怖がりはしませんよ。幼い時から死神の統括者であるアコーデオさんとお話をしていましたからね。だからでしょうか、死神にそこまで意識しないのは」
「アコーデオ様とお知り合いなの? それは初耳だわ。そう、幼い時からなのね」
「私もおねぇさんは怖くないよ?」
「あら、お姫様も優しいのね。だから魔物は滅んだのかしら? あら失礼」
「?」
意味深なセリフだけど、姫様は理解してはいない様子だ。まぁ、ギリギリといったところでしょう。ですが他の2人には聞こえている……後日の反応が楽しみですね。
「おねぇさん」
「なぁに?」
「おねぇさんは一人で過ごして寂しくないの? 夜は一人だと寂しいから」
「寂しくはないわね。夜は私に色々なものを見せてくれて聴かせてくれる。だから好きよ。寂しいなんて事は思ったこともないのよ」
「どういうこと?」
「暗くなった夜空に輝く星は命の象徴、その瞬きは私に生のあり方を教えてくれる。静寂に耳を澄ませば虫の鳴き声が私の魂を洗ってくれる。だから私は夜が好きなの。人の魂を狩ることを仕事にしている私達の魂は人間よりも穢れているのかもしれない。だから少しでも救われたいの」
「ふぅん」
「お姫様は小さな命に気が付くかしら?」
「小さな命?」
「この世は大小の様々な命が幾つもあるの。その中でお姫様は小さな命というものを感じられるか、そうでないかということね」
「よくわからないの」
「ふふっ、少し酔ってるみたい。いま言ったことは忘れても構わないわ。いずれは気が付くことでしょうし。その時がくるまではね」
「いやに哲学的ですね。死神とは単純に命を狩るだけかと思っていましたが」
「偏見ねメイドーサ。私は手当たり次第に命を狩っているわけではないわ。人間担当の私としてはね。でも、着実に狩る数は増えているのよ……」
その時、私はレモニードの役目の重さに気が付いた。彼女に人間の道理などは通用しない。裁かれる人間を裁いているだけだと決め付けていた。でも、いまの彼女の表情から汲み取ると、それは使命感からくる足枷。
「ところでレモニード」
「なぁに?」
「私の事はメイサと呼んでください」
「わかったわ。それが人間界での名前なのね。では私も名前が欲しいわ」
「そうですね……難題をふっかけてきますね……うーん、突然のことですから対応に困ります」
すると、小さな声で『レニーがいい』と聞こえる。声の主は姫様だった。
「レニー……呼びやすい名前ね。感謝するわお姫様、そしておやすみなさい」
「ではレニーで決定ですね。私もその方が呼びやすいですし」
「素敵な名前をありがとう。私も所帯じみたのかしら? 変よね死神が名前をもらって喜ぶなんて」
「そうでしょうか? むしろ自然体でいい事ではないですか。仕事で私達の護衛につく以上は、家族という枠内で旅をしましょう。きっと楽しいですよ」
私はレニーに微笑むと、レニーは一瞬の戸惑いを見せたが、落ち着く様子で微笑み返し「そうね」と一言。
「では、お言葉に甘えて眠らせていただきます。野宿で寝るのは本当に久しぶりなので助かります。おやすみなさいレニー」
「気にしないで、おやすみなさいメイサ」
朝日が昇り、大きなあくびをする私。野宿では良く寝た部類にはいるだろう。レモニード改め『レニー』に感謝しなければならない。
「ありがとうご……」
私は火の番をしていたレニーに感謝の言葉をおくろうとした。だが彼女は座ったままの姿勢で目を閉じ、静かな息遣いで眠っていた。
(なんだ、あなたも寝るじゃないですか、死神失格ですがこれからを供にする仲間としては合格ではないですか?)
少しはにかむように笑う私。でも本人は自覚してはいないのだろうなぁなんて思ったり。本当は眠れないのではなく寝るという行為を忘れてしまった種族なのかもしれませんね。
「あぁ……朝食、保存食はあったかな?」