約束しましょう! だめよ私、泣いちゃだめ!
カルメラちゃんはもう少し休養が必要でしょう。まだ、幼いながらも半数の村人の治療を行ったのですから反動が来てもおかしくはない。この場合の反動とは潜在的な魔力の枯渇。魔力が底をつくと魔法が使えないのは当たり前ですが、潜在的な魔力の枯渇は二度と魔法が使えない体になってしまう。
私がいる限りは、潜在的な魔力の枯渇が起ころうとも、治療は可能なので問題ないのですが――。
普通の魔法使いがこの潜在的な魔力の枯渇の状態に陥ると、現役の引退を考えなければならなくなる。人間の限界ということだ。その為、30代半ばで現役を引退するものは多い。おそらくは人間の限界値がその年齢なのだろう。
さて、話は戻して。今は村長の家にお邪魔している。昨夜の出来事絡みだろう。あぁ、シルルには極上の猪を贈りましたが、解体は自分でどうぞ。私はこちらの用件が重要だからだ。
「私はメイサ、旅の道中に偶然出会ったのが経緯」
「その偶然に感謝したいものです。メイサ様達が来られなければ、我々は連れて行かれていたでしょう」
「困っていればお互い様と言うことで本題に入りたいと思います」
「本題? メイサ様は何を?」
「今の現状では次の侵攻が予測されるからです。相手も今回の一件で警戒はしているとは思いますが、再度、村に兵士を派遣するでしょう」
「そ、それは間違いないのですか?」
私の言葉におびえる老人。この手の話は刺激が強いのは分かってはいるが、伝えておかなければ危機感も生まれない。ここで下がれば間違いなく今度は多くの兵士で村が蹂躙されるだろう。
「えぇ、間違いはないでしょう。失礼、脅しているのではなく実際に起こりうる事態をお伝えしているだけです」
「我々の村はここの領主様に目をつけられるほどに重要な土地なのでしょうか?」
「いえ、土地が欲しくてこの村を襲ったのではありません。むしろ、狙いは村人達。あなた方が『森の住人』と呼ばれる特殊な民族だからです」
「しかし、我々はそんなに珍しくもないただのリーフ。国籍を持たない人種です。そこにどんな目的が?」
『リーフ』と言ったか? ふむ……カラリジェはあまり聞いた事はなかったが、リーフという種族に関してはどこか効き覚えがある。
「あなた方の森を開拓できる能力です。普通の人間では無理な森での生活に、あなた方は順応できる。田を耕し、作物を育て、自活した生活をおくれる。現代人には無理でしょうね。しかも、他に移り住み開拓することは、リーフの培ってきた経験と技術が必要。彼らはこの点を狙っている」
「そ、そんな……我々は昔からの方法を大事にしているだけで得意的なものはありません。そこにどんな価値があるのでしょうか?」
「思い出しましたよ、『リーフ』という名前をそして昔からの方法という言葉で。あなた方は今は絶滅してしまった『エルフ』の子孫ですね」
「エルフ? 聞いた事のない言葉ですが?」
「そうでしょうね、エルフは先も話しましたが絶滅してしまった森の民です。森を開拓し、居住地を作り、独自の文化を築いていた種族です。その子孫があなた方ということです。エルフという言葉が違う形に変化して『リーフ』と呼ぶようになったのでしょう」
「我々は人間とは別に祖先がいると?」
「はい、森に愛され、豊かな土地を作り出す技術。それらはあなた方の中に蓄積された経験と本能。子供でも教えなくとも農具を正しく使うことが出来るのではないですか?」
「何故それを? 確かに4歳にもなると自分で鎌を器用に使えるようになりますが、我々はそれが当たり前だと……」
「あなた方の常識は外の世界では非常識になりますよ? 4歳の子供に鎌を与えたとしても、何のための道具か知らないでしょう。まぁ、大人たちの行動を真似ただけとも捉えることも出来ますが」
「なるほど……ですが、エルフという民族は聞いたことが御座いません」
「そうだと思います。エルフは絶滅した種族ですから、聞いたことはないでしょう」
失われた民族の子孫ともなればもっと目に付くだろう。今は虐げられ差別的な意味を込めて『カラリジェ』と呼ばれていても、この村の価値と、村人自身の価値はそこいらの奴隷よりも高価だ。だが、ここの領主は知りはしないだろう。ん? レモニードが兵士の親玉を殺したのはこれが理由なのではないか? 歴史的にも文化的も価値のある古来の子孫を保護することが目的ならば地界や……いや、この場合は天界が間に入ってきてもおかしくはない。
しばしの沈黙の中で、目の前の老人はうつむいたまま口を開く。
「図々しく勝手なお願いだと承知しています。どうか、我々を守ってはくれませんか?」
「えぇ、そのつもりです。ただし、こちらも条件を出してもよろしいでしょうか?」
へぇぇえ、面倒だけど、のっかったら降りられないよね。相手も真剣だし、これ以上おじいちゃんに心臓の悪い話はできない。そして、こちらの条件がどのようなものかを息を呑んで待っている。
「この村に滞在する許可と、我々への食料の提供がこちらからの条件です」
「……は?」
一つは向こうも望む条件、そしてもう一つは食べ物の確保。これは向こうも無条件で提供してくれることを前提にしたどちらも向こうの都合に合わせられる条件だ。そりゃ訊いたら気も抜けるわな。
「そ、そのような条件でよろしいのですか? むしろ我々が望む形の話、断る理由がどこにありましょうか」
「では、この件が解決するまで、よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ……!」
互いに深々と頭を下げあい、交渉はうまくいった。というよりは向こうの本願に沿った条件という建前で話をしたのだけども……しばらくは、皆でゆっくりできそうですね。さてと、姫様の様子を伺いに参りましょうか。
「では、失礼します」
「はい。村の者には話はしておきますので、御用があれば遠慮なく申し付けてください」
「お心遣い感謝いたします」
さて、姫様ー、姫様ー。あ、いましたね。子供達と遊んでいますが何をしているのでしょう?
「シャレル様ー!」
「メイサっ!」
「皆さんで何をして遊ばれているのですか?」
「あのね……メイサしゃがんで目を閉じて」
「こ、こうですか?」
ふむ、なにか悪戯でもされるのでしょうか? それはそれでいいなっ! おし、どんとこい! するとふわりと頭に妙な感触が――。
「メイサ、目を開けてもいいよ」
「これは……」
目の前で微笑みかけてくれる姫様。私の頭にのせたのは花の冠。泣いていいですか? でも、自然に目から汗が滲む!! だめ、だめよメイサ! あたいは泣いてはいけない女。(どんな女か尋ねたい)
「姫様――!!」
「メイサが泣いてる……調子が悪いの?」
「ズズーッ、いえ、嬉しさのあまりに涙が」
「おねえちゃん、鼻水もすごいよ?」
「あぁ……これは失敬」
「さっきシャレルのこと『姫様』って言ってた! シャレルお姫様なの?」
「うん! ま――ムグッ!」
私はとっさに姫様の口を両手でおおった。迂闊にも『姫様』と口走ってしまったのは失敗だ。村も小さいし、噂が広まるのは早そうだ。だがまだ4人程度の男女の子供ならば御しやすかろう。
「あのね、君たち。シャレル様が姫様なのは黙っててもらえるかなぁ?」
「なんで?」
「でもお姫様がこんなところにはいないわ」
お、グットな女の子。そう、そこ大事。
「あ、そうか、そうだよな」
「ビックリした――」
「向こうで石渡して遊ぼうぜ」
「メイサいってくるね!」
「気をつけて遊んできてください」
ちなみに、少々謎に思うかもしれませんが、カルメラちゃんは13歳とちょっとおませな性格であることは承知のことと思います。では、姫様は人間で言えばどの辺りかといいますと……10歳前後になります。実際の年齢より精神年齢が低いのは魔族特有の性質にあるでしょう。特に寿命の長い魔王様の娘ならば尚の事。
身長の伸びる速度も人間とは違いますが、姫様は混血児、身長はカルメラちゃんと同じほど。これって精神年齢が低いという突っ込みがありそうな……ノータッチで!
今朝のカルメラちゃんの告白の『好き』と姫様の『好き』というのは別物なのだろうか? 姫様の寵愛を受けられるのならば、犬のようにおすわりして、お手をしつつハァハァするのですが――。
あぁ、いかん! カルメラちゃんの告白を受けてしまった私は罪深い悪魔……悪魔ならよくないか? よくないか。(駄目なほうね)
さて、のんびりと日向で居眠りでもしますか……あ、シルルは猪を解体できたのか?
「コレ無理にゃ――!!」




