村を開放せよ! って、またお前か!
飛び出したシルル体は虹色に輝き、まるでオーラを纏っているように見える。肉体強化に防御の加護。雑兵ごときならば容易に蹴散らせるだろう。
「うにゃにゃにゃにゃ!」
シルルは兵士に一直線に向かい、兵士の一人にとび蹴りを喰らわせる。鉄のめり込む音にシルルの肉体強化は完璧だ。この短期間で成長するカルメラちゃんは凄いと思わせる。暴風のように戦う猫も凄いが。
「うにゃっ!!」
「なんだアイツは!?」
「おい、人員をかき集めて、アイツを仕留めろ!!」
(この程度の魔法でうろたえる雑兵になにができるのか)
「剣がきかねぇ!!」
「駄目だ、強すぎる!」
「にゃふーん、今の貴様たちはウチにかてにゃいにゃ、よわよわちゃんはおねむにゃ!」
図に乗ってる猫はほっておいて、村人の救出に行きましょうか。あの強さなら大丈夫でしょう。お亡くなりになったら墓標くらいは……あ――。これは姫様が泣いてしまいますね。死ぬなよシルル。
「カルメラちゃん、今のうちに村人を誘導します。シルルが調子に乗っている今が好機ですから」
「わかりました!」
私達も森から抜け出すと、急いで集められている村人のところに駆け足で向かった。両腕に姫様とスエスちゃんを抱えた状態だが、私も裏で肉体強化の魔法をかけているので楽チンだ。
「師匠、また無詠唱で……」
「あはっ、気が付きました?」
「あの時点でどこにそんな時間が……師匠には勝てる気がしません」
「まぁまぁ、私を越えることは出来なくとも、人間基準の大魔法使いくらいなら余裕で越せますよ」
「嬉しいような残念なような……」
「ささ、カルメラちゃん。今は村人の解放と安全な場所に誘導が先決です。シルルの戦いに巻き込まれては面倒ですから」
「それもそうですね。いい囮になってくれていますし」
カルメラちゃんも猫の扱いに長けてきたようで『猫は投げるもの』を教訓にいきましょう。目の前に現れた私達に村人は目を丸くした。
「あなたたちは一体?」
「助けにきました、今は語り合ってる場合ではありません。戦闘が行われている場所から離れましょう。この近くに安全なところはありますか?」
「そ、それなら村の端に納屋があります」
「わかりました。では、皆さんで納屋に避難しましょう」
拘束されている縄を切り、村人を解放すると、カルメラちゃんは率先して納屋に避難させる。
「カルメラちゃん、傷の手当と焼印を消してあげてください。焼印は傷の部類に入るでしょうから、今は火傷として治療できます。時間が経つと体の一部となって焼印を消すことは難しいですから」
「わかりました。師匠はどうするおつもりですか?」
「私はシルルのところに向かいます。今は暴れていますが、いずれは体力を消耗して立てなくなるでしょう」
「師匠の魔法がみたいです……」
「それはまた今度にしましょう。色々と教えてあげますから。ではシャレル様と、この中にスエスちゃんの親もいるかもしれませんのでお願いします」
「……わかりました。でも、気をつけてください。相手の数は分かりませんが、どこかに腕の立つ隊長はいるはずです」
「なんとかなる手段は持っていますので大丈夫です。カルメラちゃん、心配してくれてありがとうございます」
私は村人の誘導が終わると、外で叫んだ。
「レモニードいるのでしょう!? 出てきなさい!!」
「あら、ばれてたの?」
闇の中から音もなく現れるレモニード。こいつが来ている事には確信があった。レモニードは昔からそうだ。私の後を付回し獲物を探す。その方が効率がいいからだ。今、地界が動いているのならば尚の事。当然深界も動く。一蓮托生の仲でもあるからだ。
「あなたが私の後をつけるのは昔から変わらないですからね。どこかで息を潜めていると思っていましたよ」
「流石はメイドーサ。私の行動を予測できるのはあなたくらいなものよ? 愛の力かしら?」
「うぇ、気持ちの悪いことは言わないでください。私はあなたの偏執狂(ストーキング行為)の趣味は知っていますからね」
「私はメイドーサの小児愛癖はどうかと思うの。成人同士で愛し合うなら同姓でも私は構わないわ」
「今はあなたと性癖を語っている暇はありません! ここを襲った兵隊の中にあなたの標的がいるのでしょう?」
「鋭いのね、私はあなたのそういうところが好きでたまらないわ。でも、本当に勘の鋭いメイドーサ」
「それで、その標的は!?」
「あなたの飼い猫が戦っている相手よ。罪状は――」
「そんなの訊かなくても予想はつきます!」
こいつにゃんにゃ? 周りの雑魚とは違うにゃ……殺気がすごいにゃ。
「仲間たちが迷惑をかけたな。こちらは侯爵様の命を受けての仕事。いかに猫といえども邪魔をすることは罷りならぬ」
「お前達がやっていることは間違いにゃ!!」
「先ほども言ったな、私は主の命令で動いているだけだ。誤った行動かを判断するのは私ではない。残念だが貴殿には死んでもらう」
こいつ……許さにゃい。でも肉体強化をしているシャムシェの動きを目で追えるのは面倒だにゃ。にゃけどここで退けばご主人達が狙われる……。
「わるいにゃけど倒れてもらうにゃ!!」
「その程度の動きで私の前に立つか若輩者よ! 程度の低い街の冒険者ならば一太刀で屠ってくれよう!!」
くそ、いくら攻撃しても盾で防がれるにゃ……隙を突いての足蹴りも読まれてるにゃ。こんなに強い奴がこの世にはいるのかにゃ!?
「シルル! 大丈夫ですか!?」
「メイサにゃん!?」
「ほう、仲間がいるのかならば全員――」
そいつはセリフを喋りつつ、白目をむいて倒れ込んだにゃ。何が起こっているか訳が分からなかったにゃけどもなんとか勝利できたかにゃ?
「セリフの途中でごめんなさいね。あなたには地界に来てもらうの」
「誰にゃ!?」
「あぁ、私の古い友人です。特に気にしないで下さい」
「いにゃいにゃ、気になるにゃ! それに赤いコートの下は全裸にゃんよ!? メイサ並みの変態さんかにゃ?」
「同列に扱ってほしくないですね……」
「あらん、冷たいメイドーサ、色んなことをして遊んだ仲じゃない。激しいメイドーサはとても魅力的よ?」
「激しい!? お、お前らそんな仲にゃ!?」
「誤解を招く発言はやめていただきたい! 彼女は死神のレモニード。シルルが相手をしていた人間の魂を求めていたのです」
「そうかにゃ……死神にゃか……死神ッ!?」
ウチは目が飛び出そうになったにゃ、死神と聞いて驚かない奴はいないにゃ。ウチの村でも死神の伝承については子供の頃から聞かされるにゃ。その本物が目の前に……ウチの命をとりに来たのかにゃ!?
「まぁ、驚くのも無理はないでしょうね」
「そうね、死神なんてそうそうに出会えるわけでもないし、会えるとすれば、死の間際くらいよね」
「他の兵士は狩らないので?」
「ん――、リストに載っているのは今の男だけよ。他は窃盗や強請くらいなもので狩るほどの魂はないわね」
「ふむ、この男が狩られる対象と言うことは勿論その親玉も?」
「貴族は私の管轄外よ。他の者がするから分からないのよ。それに貴族をひょいひょい狩ってたら治安も悪化するわ。私達は適度に邪魔な存在と卑しい恩恵を受けている大罪人が標的だから」
「そうですか、確かに貴族を安易に狩れば、あなたの言うとおり治安は悪化しますね。そこは色々と考えてると」
「本当は狩りたいの。貴族の魂は極上に美味しいし、罪を重ね続けるから味が濃くなって美味よ?」
「美食家感覚で言われても知りませんよ。それよりシルルはがんばりましたね。約束どおりにお肉となる動物を調達してきましょう」
「おお! 肉にゃ!? 歯応えのあるヤツがいいにゃ!!」
「考慮しておきましょう」
こうしてあっという間に村は開放されたにゃ。気絶している兵士達は街道に捨ててくるとメイサは言ってたにゃけど、ボコボコにしちゃったから死んでないか心配にゃけども。それにしても人間はいくら強くても死神には逆らえにゃいのは正直おどろきにゃ。これも自然の摂理というやつかにゃ? よくわからにゃいにゃ。