いけ! シルル一号!!
ふむ、不覚にも皆の手前で鼻血を出していたことに気付かなかったのは不覚ですが。
暗い森の中をシルルの目をあてにし、獣道を進む。地図にはない村でしょうか? ですが、汚れているとはいえ、抱っこしているこの子の服装はそれなり……寂れている場所ではないということですね。
「シルル、どうですか? このあたりに村はありそうですか?」
「にゃんとも言えないけど、微かに人間の匂いはするし、そこに切り株があるにゃ」
「ん? 本当ですね……自然に折れたというより、斧で切り倒した様子。ふむ……ところであなたのお名前はなんですか?」
私に抱っこされる幼女は、私の言葉に反応し、自分のことを訊かれているのかと視線を私に合わせる。はわわ、クリッとしたおめめが、そんなに見詰められると、はぁはぁしますね。
「……スエス……」
「そうですか、スエスちゃんですね。かわいいお名前でよきかな、よきかな」
それでも警戒しているのか名前を呟くだけで、目線をすぐに逸らす。
「師匠、その子はカラリジェではないですか?」
「カラリジェですか……確かに森の中を一人で動けるのは変だとは思っていましたが。森の住人と呼ばれる種族ならば問題なく暗い森の中でも生きていける。流石はカルメラちゃんですね」
「い、いえ……えへへ……」
おや、、頬を紅色に染めて照れていますが、脈ありってことで、こちらも意識していいってことですよね!? 師弟愛が生まれるのも時間の問題。ふふふ、顔がにやけますね。
「む、そこの悪魔。悦るにゃ」
「心外な、浸っていたのですよ」
「どっちも変わらないにゃ。それよりもカラリジェは差別的な言い方にゃ。ウチ等シャムシェとは違うにゃ」
「森に住む人間の事を指した名称ですから、差別的ではありますね。同族でも違う言い方で分類するのはあまりいい気分のするものではないとは思いますが」
人間は時々だが不思議な行動をする。なぜ同じ人間を区別するのかという点だ。ただ、森に住んでいるというだけで生物としては差異はないだろうに。シルルのように猫の耳をもち尻尾があるならそれば別の種族として認知もされるだろうけれども――。
ん? カラリジェも人間とはいえ、同族とはどこか一線をひいている。気になることは沢山あるが。
「カルメラちゃん、カラリジェは国の領民として指定認知はされているのですか?」
「いえ、カラリジェはシャムシェ同様に領民として数えられてはいません。なので税の徴収をおこなうことはないのですが、カラリジェの立ち位置の問題でしょうか」
「問題ですか?」
「立場上、カラリジェは国家に属さない遊牧民扱いです。彼等に国境という概念はありませんし、自由に森を開拓するという……!?」
カルメラちゃんは話ながら、ひとつの疑問にたどり着いた。もちろん私もカルメラちゃんの話を聞いた上で嫌な予感を感じた。
「師匠! まさか!?」
「状況は分かりませんが、狙われる理由はあるということです。考えても見てください。私が今は食料が不足しているという話をしました。そのことから導き出される答え……村が襲われる理由」
「略奪を目的とした村人の強制連行!?」
「今は平時ではありません。どこの国も領土の拡大を考えているでしょう。そこに国に縛り付けられない開拓民がいればどうしますか? しかも彼らは森の開拓知識においては経験は豊富です」
「開拓された村を領地として接収と農地の拡大を目的とした労働力の確保……カラリジェならば森を農地に変えることができる」
「どうも前の街から人間の悪い面が強調されるような出来事が多い気がします。このままではスエスちゃんの村の人達は国に連行されるでしょうね」
「いえ、師匠。ここはペネウス候の領地です。国王が直に命令を下したのならその考えもありますが、領地を任せられているペネウス候の実績作りと考えた方が」
「頷けるということでしょうか?」
「2人とも静かににゃ!」
「ん? どうしました?」
「人間の匂いが濃くなってるにゃ、それに酷い臭いがするにゃ」
「酷い臭い?」
いつの間にか私達は村の付近まで来ていたことに気付かされる。だが、シルルの言う『酷い臭い』とは何を指してのことなのだろうか? 虐殺? いや、だとすればシルルは『血の臭い』がするというだろう。ではなにが……?
「人間がいるにゃ」
「どこに?」
暗がりでよくは見えないが、シルルの目には人間が映っている様子。
「シルルさん、兵士はいますか?」
「ちょっと待つにゃ……甲冑を着たやつがいるにゃ、人数までは確認できにゃいけども」
「左肩に紋章はありますか?」
「紋章……紋章、あれかにゃ? 赤いにゃんかの動物の顔と植物が書いてるにゃ」
「動物と植物……しかも赤い。間違いないですね、ペネウス候の私兵です。何をしているか分かりますか?」
「うにゃ? う――。何か押さえつけて左肩に何かを押し付けてるにゃ。これが臭う理由だったのかにゃ?」
「焼印ですね。カラリジェを自分の私物として扱うための印です。師匠の予感は的中ですか……」
息を殺し、近場で隠れて様子を伺ってはいるが……このままでは村人が連行されてしまう。何か手を打たねば……。
「シルル、シャレル様は一時、私が預かります。あなたに肉体強化の魔法をかけますのでひと暴れしてきてください」
「師匠! その役目は私がします!」
「カルメラちゃん」
なんて真剣な目だ。自分のいままで学んできた事を試したいのか、それとも目の前で起こっている悪行を正したいのか……どちらかは分かりませんが、カルメラちゃんに任せましょう。
「カルメラちゃん、お願いしますね。私は補助のイプ系を使います」
「シルルさん、いきますね! 『我の願いに応えたまえ、力の象徴であるイリアネスの加護をかの者に!』……」
「おぉ、何か凄い力が沸き立つにゃ、これが肉体強化にゃん?」
「見事ですカルメラちゃん。では私からも贈り物を、『我が命、イプニャルトよ力を貸せ!』……さて、どうですか? これで剣も槍も効きませんよ」
「相変わらず師匠の詠唱は短いですね」
「まぁ、使役する立場ですから、ははは……」
(ごめんと言いたい。イプニャルトさんには後で何かを贈っておこう)
「無敵になった感じにゃ!」
「さぁ行くのです! 英雄になれますよ」
「うにゃ――ッ!!」
森の中から飛び出す強力な獣となったシルル。期待してますよ英雄さん。