キャンプを楽しみましょう! って親父!?
街から抜け出すように私達は王都へ向けて旅にでる。だが、問題はこの旅には計画がまったくない行き当たりばったりなもの。もう少し計画を立てる時間があればよかったのですが……。
今は、手持ちの食料も水もつき、当てのない旅をすると思われた。しかし、運よく川を発見し、2日ほど川辺に滞在している。
「今日も洗濯日和ですねぇ」
のん気に4人分の服を洗い、ツタを利用した物干しに洗濯物を干してゆく。まぁ、たいした量ではないので苦痛ではないですが。
「シルル、そっちにいったよ!」
「任せるにゃ!」
姫様とシルルは食料の調達係として川魚を捕っている。適材適所でしょうね。シルルの運動神経はなかなかなもので、魚を手づかみでひょいひょい川辺に投げ込む。
「シルル、またビショビショだね」
「しかたないにゃ、でも今日もご飯はいっぱいにゃ。ふふんにゃ」
「魚捕りとが上手いのは意外な一面ですね。食料に困らなくて助かりますよ」
「どうにゃ、どうにゃ? ウチも役に立つにゃ、ご主人には苦労はさせないにゃ」
「でも、いつも濡れてるから風邪とかはひかないの?」
「大丈夫にゃ、このくらいはへっちゃらにゃし、水も滴るいい女になるにゃ」
「どういうこと?」
「うにゃ? さっぱりにゃ」
「フフ……変なシルル」
まぁ、仲がいいのはいいですが、意味もわからず例えられても正直困りますね。バカ猫は健在か。
ちなみにカルメラちゃんは、魔法の修行として毎回ですが火をおこしてもらっています。ただ、ここのところ不調なのが心配です。
「『我が前に……』でもないなか……うーん、どうすれば師匠のように上手く詠唱できるのかしら?」
「おや、カルメラちゃん。また試行錯誤ですか?」
「はい! 私も師匠のようにぱぱっと魔法が使えればと思っているのですが……」
「なかなか上手くはいかないと?」
「……はい。色々と詞には気をつけてはいるのですが、ぱっとは使えなくて困っています」
「ふむ、詠唱は神の子に力を貸してくださるように頼む詞です。本来は短縮や無詠唱でも簡単なものは問題なく使えます。精霊が邪魔をしているのでしょうか?」
「精霊が邪魔を?」
「はい、精霊は気分やですからね、妖精と変わらない側面を持っています。あとは……神の子の不在でしょうか」
「そんなことがあるのですか!?」
「えぇ、実際にみれば分かるでしょう」
そう言い、私は初心者でも扱える魔法を披露した。
「『アバス』……」
勿論、詠唱は抜きで小枝に着火させる火の魔法を使ったが、私でも火を出すことはできなかった。
「やはり駄目ですね」
「師匠でも……」
「これは第4階級の火の神であるアバトス伯父さんが留守なのでしょう。こうなると世界中で火の魔法は今は使えてないでしょうね」
「なるほど、時に師匠はアバトス様を伯父さんと言っていますが、師匠とはどういった関係なのでしょうか?」
「あはは、気になりますよね。アバトス伯父さんは私の父であるルトバルルの兄にあたる方です。私の父は第6階級の風の神ルトバルルですので」
「師匠はその娘になるのですよね」
「えぇ、魔界ではアバトス伯父さんに火の魔法を使う時に力を貸してもらったのですが、勢いあまって家屋を一つ全焼させてしまい、父に2人とも怒られた記憶があります」
「壮大な話でありますわね。神の子から直に力を借りるなんて、流石は師匠」
「さて、この状況でカルメラちゃんはどうしますか? 手で火をおこしますか?」
「そんな無茶が……でも、方法は見つかりませんし」
2人で話をしていると、姫様とシルルは名前を呼び昼食の準備が出来たことを告げる。しかし、火がおこせない状況でご飯にありつけるわけでもなく、私は試練としてカルメラちゃんの可能性に賭けてみる。
「さて、私なら他の方法で火をつけますが、勿論魔法で。カルメラちゃんはどうされますか?」
腕を組んで、頭をかたむけ考える仕草のカルメラちゃん。眼福眼福。姫様のあどけなさのあるかわいさと、ちょっとツンツンとした純朴なかいさのカルメラちゃん。いやいや甲乙つけがたいですね。
「はっ、そうか!」
「おや、何かを気付かれました?」
「アバ系を使うにしても、なにもアバトス様だけの力を借りることはない。師匠も誰かに力を貸したりするのですよね?」
「時と場合によりますが、当主が不在の時は私たちが力を貸します。当主よりは劣りますけどね。ですが、よく気付きましたね」
「いえ、そんな感じを受けたので、もしやと思って尋ねたのですが」
「正解です。ではこの場合はどのように当主以外の者から力を借りるかですが、『ラ』の詞を付け加えます。この『ラ』には『子』という意味に変換されるので、簡単な着火魔法である『アバス』の頭に『ラ』付け加えます」
「『ラ・アバス!』……ほっ!?」
カルメラちゃんが魔法を唱えた瞬間、枯れ木に火がボッと燃え移る。カルメラちゃんは新たな魔法を覚えたことに歓喜していたが、そのほかに詠唱を行わずに魔法を使えたことを忘れていた。
そして、焚き火を囲み、串に挿した魚が焼けるまで他愛もない話をしていた。
「師匠できました!」
「カルメラちゃんは見事に習得できたわけですが、もう一つ、カルメラちゃんは詠唱をせずに魔法を使いました。気付いてました?」
「あ……私、詠唱していない……はわわ!?」
「にゃんの話にゃ?」
「カルメラちゃんが無詠唱で魔法を使ったのです」
「おぉ、凄いにゃ。カルメラは出来る子にゃ……にゃ?」
うん、気付いたか猫よ。むくれる姫様の姿を。私がカルメラちゃんばかりにかまけているので姫様はご立腹なのだ。人気者は辛いね! って言ってる場合じゃない。
「シャレル様?」
「メイサはカルメラのほうが好きなんだもんね」
あちゃー、これはかなりこじらせてるよ。どうしたものか……。
「そういうわけではありませんよ、シャレル様も魔法を勉強してみますか?」
「私も魔法が使えたらメイサの役に立てる?」
「勿論ですとも!」
「本当! だったら私も魔法を勉強する!!」
「あなたのように魔力の低い人間が魔法を勉強するなんて無駄もいいとこよ」
「使えるもん、使えるようになるもん!!」
あぁ、また少女の戦いが始まる……ん? いがみ合っている最中にシルルは私に視線を向け、私の隣を指差した。
「そいつ誰にゃ?」
「え?」
私の隣にはあまりにも場違いな服装、というか正装をした痩せ型の男が1人。顔を確認するために覗き込むと私は一筋の汗を流した。
「親父ッ!?」
「え?」
「にゃ?」
「師匠?」
姫様とシルル、そしてカルメラちゃんは疑問を感じたが私は心臓が飛び出るかと思った瞬間だった。
「駄目だよメイドーサ、姫様に嘘を教えては、姫様にあるのは魔力の核だ。魔法は使えない」
「なッ!? 突然現れて駄目出しか! このクソ親父!!」
「美味しそうですね、おじさんにも別けてくれないでしょうか?」
「話を聞け!!」
「メイサのお父さん?」
「かっこいい親父さんだにゃ」
「か、かかかか神の子のルトバルル様ぁ!?」
「いかにも、皆さんにはウチの娘がお世話になっているようで。ありがとう」
「よ、用件はなんだ!?」
「メイドーサに話がある」
「その名で呼ぶな! 私は『メイサ』だ!!」
「ではメイサ、少し話をいいかな?」
私と親父は3人から離れた場所で、川辺に立っていた。
「ほっほっ、あつつ。うん、新鮮で美味しいですね。いいですね大自然に囲まれての食事は、心が和みます」
「用件は魚が目的ではないでしょう?」
「さて、本題です」
なんて威圧された空気を出すんだ。流石は第6階級の当主ということか……化け物ってこういう人を言うのだろうな。
「お前もアバトス公爵には気付いていると思う。なんせ魔法が使えないですからね」
「それは知っている。アバトス伯父さんに何かあったのだということは嫌でもわかる。だけど何が原因かは知らない」
「お前も公爵の娘ならば覚悟を決めなければならない時もある」
「話が見えないぞ親父」
「人間が聖霊の蘇りの計画を企てているのです」
「なっ!?」
「その事で悪魔界と地界が動いている。世界のバランスを崩す聖霊の存在はこの世界では禁忌とされている。それは分かっているでしょう?」
「聖霊の出現は混沌を呼ぶ。小さい頃に嫌でも教えられたよ。で、その聖霊を使って人間は何を企む? 魔界への進行か?」
聖霊。聞こえは良いかも知れないが、悪魔と対をなす存在。今は悪魔が人間に力を貸していたりと共存しているが、聖霊は違う。人間を廃し、地上の秩序を守る管理者のような存在だ。
「それも考えたが、聖霊は人間に力を貸さない。むしろこの世の秩序を守るために人間の敵になるだろう」
「無謀なことを……聖霊は太陽神フォレヴォの眷属、まさか人間界での1000年戦争を繰り返すつもりなのか?」
「いや、聖霊は我々の統括者ベルトトス閣下に封じられている。フォレヴォ神がベルトトス閣下の手によって地界に堕とされたのは知っているだろう?」
「じゃぁ伯父さんは一体!?」
「アバトス公爵は聖霊の瘴気に充てられたと噂が広がっている。現在は療養中で身動きが取れない。代わりに息子のシマイネ公子が代役を勤めているが、力は未熟。この世界で火の魔法を使うのは難しくなるだろう」
「一大事じゃないか、でもどうやって伯父さんを? 聖霊は5大元素の神の子。悪魔が元素を扱う以前の話だし、聖霊にそんな芸当が出来るやつがいるのか?」
「5人の聖霊にはいないだろうな、この機に乗じて、聖霊の眷属であるレペルの騎士が動いたのかもしれない。今は調査中だ。ベルトトス閣下が我々を邪険するとは思えないというのが結論」
「大公までが出てくる話か……とんでもないな」
ベルトトス大公。我々の統括者であり、魔界の頂点に立つ人物。1000年前以前に悪魔を72貴族に別けた張本人。
「メイサは姫様を連れてこのまま旅をしていればいい。話はデアボラから聞いている。護衛が魔王との契約なのだからな」
「わかった。でもどうするんだ?」
「なにがですか?」
「前世代の聖霊は強いと聞く、もし姫様の素性がばれることになれば……」
「心配はない、聖霊を召喚したい理由は他にもある」
「どんな理由だ?」
「今は魔物が消えた世界。この世界で人間は聖霊の復活とその力を有し、戦争を画策しているのかもしれないな」
「懲りないことで」
「悪魔が神の子として代等してきた偽りの世界だ。それでも平和と繁栄ができたのは聖霊の封印にある。皮肉なものだ。世界を貶めたのは前世紀に崇拝されたフォレヴォ神でありその眷属の聖霊だ」
「それで、私は旅を続けるだけでいいのか? このままだとバカ共に世界が滅ぼされるぞ」
「お前はまだ子供だ。大人の事情は大人が解決する。心配せずに姫様と旅を続けるといい。姫様は最後の魔族なのだからな、誰かが寄り添って差し上げなければならない」
「それは分かってはいる」
「まっ、伯父さんの心配より、姫様の心配が一番だ。頼むぞメイドーサ」
「だから、その名前で呼ぶな!」
「えぇー、お父さん寂しいなぁ」
「しるかっ!」
その時は事の重大性はあまりわからなかった。それでも聖霊が復活すれば、また世界は二軍する戦いになる。それが人間を滅ぼしかけた理由なのだから――。




