シルルよ元気になぁーれ
宿屋の窓を蹴り割り、飛び込んできた。現場を見渡し、瞬時に状況を理解する。なんとか最悪の事態は避けられたが……涙を流し、ボロボロなシルルの姿に私の胸の奥にしまわれた怒りという感情が爆発する。
「貴様等、覚悟はできているのだろうな?」
「なんだこのガキは!?」
「こいつも冒険者の連れか?」
攫うのが目的か。こいつらもレモニード狩られる運命にあるのだろうか? いや、狩られなければならない魂の持ち主か。だが、それよりも先に私が殺しそうな雰囲気だな。さて、どうするか……まずは姫様とカルメラちゃん達ですね。
「おい! こいつも捕まえろ!」
「姫様、カルメラちゃんは目を瞑りなさい!」
残酷な場面を見せるには早すぎるお年頃ですからね、少しは配慮しませんと。そして拳を向けてつっかかる1人の衛兵。あなたの最後の言葉は、その覇気に満ちた雄たけびでしょうか?
「このガキがああああああああ!!」
「未熟な……」
一陣の風が私の振り下ろす手とうからスゥっと殴りかかる衛兵の首を通過する。するとあら不思議、衛兵の首と体は二つに分かれました。手品じゃありませんよ?
事の一部を目撃していたのか、カルメラちゃんは目を丸くして「師匠……」と言葉に詰まっている様子。それはそうですよね、無詠唱で殺傷能力のある風の刃を披露したのですから。さて、残るは四人だ。
「1人死にましたね。勇敢なのか無謀な愚か者なのか、あぁー。この場合は後者がお似合いですね」
「お、おい……このガキやばいぞ……」
「聞いてないぞ、俺はガキを攫ってこいとだけしか!?」
「何が起きたんだ!?」
おーおー、焦ってますね、さてと……姫様達を解放してもらいましょうか。
「そこの死体のようになりたければ、そのままじっとしていればいいですよ? 苦痛はありませんから……」
徐々に声に圧をかけて喋る子供を目の前にたじろぐ衛兵達。このままでは命を摂られると思って声もでなくなったのでしょうか?
「さて、どうします?」
「こ、殺しはなしだ……た、頼む」
この言葉を筆頭に、衛兵達は姫様達を解放すると焦る様子で死体をそのままに部屋から出て行った。
「メイサ――!!」
事が終わった後に姫様は、自分よりも低い身長の私に抱きついた。おほっ、幼百合ってやつですね。姫様の体温がつたわるぅ!
「そこ、悦ってないで助けろにゃ……ボコボコにされてあちこちが痛いし、動けないにゃ」
「おやおや、助けてくださいご主人様でしょう?」
「お前の主人になった覚えはないにゃ!!」
「はいはい。シルル、ちょっとジッとしてなさい。今すぐ回復魔法をかけてあげますから」
私は倒れているシルルに回復魔法をかける。顔や体が痣だらけではないですか、でもあなたには感謝していますよシルル。
またまたカルメラちゃんは目を丸くして、今度は息を呑むようにゴクリと喉を鳴らす。はて、何か驚くようなことが?
「シルル、ありがとう御座います。姫様とカルメラちゃんを守ってくれて」
「ウチはお前がいにゃいから……でも、何もできなかったにゃ……あいつらにいいようにボコボコにゃ」
「いえ、時間を稼いでもらっただけでも、こちらとしては感謝しています。もし、連れ去られれば、捜索は困難となったでしょう」
「どういうことかにゃ?」
「この街自体が子供の人身売買の場所になっていたんです。気付くのが遅すぎました」
「それはカルメラが言ってたにゃ」
「カルメラちゃんが? 本当ですかカルメラちゃん?」
ふとカルメラちゃんを視界に入れた時、彼女は何か恐ろしいものを見るような眼差しで私に視線を向けていた。当然のことでしょうね。無詠唱で攻撃魔法や回復しているのですから――。
「師匠……あなたは一体……」
「黙っていてもいずれはばれますし、疑心暗鬼にもなるでしょうからご説明いたします」
ゴクリともう一度喉を鳴らすカルメラちゃん。心の準備はできた合図でしょうか?
「私は悪魔のメイドーサ。魔界ではメイドーサ・デニロ・ルトバルルという名前があります。人間界ではメイサで通していますけど」
「悪魔族……でも、アタシは魔除けをつけているのになぜ効果がないの?」
「それは、身に着けている魔除けが低級悪魔を退けるものなだけで、私には通用しません」
「そんな……アタシの師匠は悪魔……」
「偽るつもりはありませんでしたが、結果としてあなたを騙してたことになりますよね」
「でも! 師匠は私達を助けてくれた恩人です! それにルトバルルは神の子の名前……師匠は神の子!?」
「まぁ……恥ずかしながらそうなってしまいますね。事実を知ったのなら――」
「すごい……アタシは神の子が師匠であることに感動しています!!」
うぅん? その反応は予測してなかった。普通なら逃げたりするのですがね。なぜが好意的に捉えてる時点でだみだこりゃ。ということは……。
「師匠! 一生ついていきます!!」
マジか――、そうきたか――。いや、別に問題ないのですがね。と、私の胸で泣く姫様の頭を撫でながら思う。
(こりゃ本格的に姫様の素性は明かせないな。どうしたもんかね)
「で、これからどうするにゃ? このままだとさっきよりも多く衛兵がくるにゃ」
「いえ、それはないでしょう」
「にゃんでそう言い切れるかにゃ?」
「先ほど古い友人に会いましてね。その人の話ではこの街の衛兵は殺されるでしょう」
「物騒だし、お前友達いたのかにゃ」
「失礼な猫ですね。友人くらい……アレって友人枠なのかなぁ」
自問自答するが答えは出ない。でも、一つだけは言える。
「皆さん、今からこの街をでます。このままでは悪くなる一方でしょう」
「ですが師匠、どこに行くのですか?」
「とりあえず王都に向かいましょう。今はそれだけです。場当たり的な事だとは思いますが、ここにいるよりかはマシです」
「ついに冒険かにゃ!?」
「そんなにがっついても楽しいものではないですが? 何の期待をしているのです?」
「わかりました師匠!」
「ご飯はどうするにゃ?」
「適当になるようにいきましょう。計画のない旅になるのですから。それに道中には小さな村くらいはあるでしょうし」
こうして、朝日が昇る頃には私達は街を出て行くことになった。この街がまともになるのか先のことは分からない。だが、孤児達はどうなるだろうか……そのあたりは心配事として残るが、領主の考えが変わらなければ何も変わらないだろう。それに、領主もレモニードに殺されることを思うとこの先の未来は暗い。人間の自らが招いた結果だ。街がひとつ地図から消えても誰も気にしないだろう。
これで最後ね。私は暗い路地を裸足でヒタヒタとあるく、冷たさの伝わるこの石畳、まるで死体を思わせる。それは職業柄に精通するものだとおもうのだけど。
この先に居るのが最後の目標。グリスア・モデア……メイドーサの意を汲んで最後に回したのだけど。
そいつは路地裏の廃屋のなかに何かを待つように座っていた。身構える様子もないし、疲れきった表情をみせている。
「グリアス・モデアか?」
「いかにも、あんたは?」
「お前を殺しに来た死神だとでも言えば信じるかな?」
「いよいよお迎えか、いいぜ。殺してくれ」
「いやに素直なのね、抵抗されないと満足は出来ないのだけど? まぁいいわ」
「死神さんに聞きたい」
「なにかしら?」
「俺が死んだら、ここら一帯に隠れ住んでいる孤児達はどうなる?」
「そんなことは私達の管轄外よ。残念だけど死神はそこまで慈善的ではないの」
この男は自分の死後を心配している。そんなのは誰でも思うことだ。だけど、決められた事は曲げることは出来ない。
「そうか……だが……いや、自分のやってきた事に悔いはない。親に棄てられるのは子供にとっては絶望に近い、だから――」
「だからお前は親殺しの罪を背負った。同情はしないわよ? それはあなたが自分で決めて実行した行為なのだから」
「頼みごとをはいいか?」
「簡易的なことだけならね」
すると男は私の目の前に金の詰まった袋を取り出した。
「こいつを組合に渡してくれ、孤児たちが組合に行けば、パンを渡してくれるように頼んであるし、ここいらの孤児達にもそう言ってある『腹が空いたら組合にいけ』ってな」
「それがあなたにとっての贖罪の表れというわけなの?」
「いや、そんな考えはねぇよ。ただそうしたいと思っただけだ。それ以外に考えはない」
「それなら特別に協力してあげる。最後に残しておきたい言葉ある?」
「いや……何もない」
「そう」
私は男の心臓につめを立て、心臓の鼓動を止める。一瞬酸欠になるために男は大きく目を開いたが、その後は前のめりに倒れこみ、動かなくなった。開いた瞼をふさぐように手をかけ瞼を閉じさせる。
人間というものは分からない。損か得かの判別はつくはずだ。それでもこの男は損な道を自ら進んだ、死ぬために。そこがこの男の願いであり、終着点でもあったのかもしれない。
感情というものには流されない、それが死神だ。生きる者の命を奪うことが目的に感情など必要はないが、判別のつかないこともある。この男のした行為のように――。




