犯人は誰だ!? 待っていたのは…
さて、どうしたものか。孤児を装いボロボロの布切れに身をつつみ、街を闊歩するのだが……肌着と姫様のドロワだけでは寒い。だが、身なりが小奇麗というのも怪しいだろう。
私は泥で顔を洗い、衣服に泥水を服にかけ、いかにもといった格好に身をやつす。
「こんなもんでしょうね」
汚れきった私の格好は、街を彷徨う孤児そのもの、これでひきつけることが出来るかどうかですが……人の多い場所を避ける。人気のいない裏路地、そこが私の目的地となる。
(ふむ、このあたりは……)
周囲を見渡すと、そこらかしこにボロの布切れに身を包む同業者というのもおかしいが、似た者が寄り添う表参道とは違う雰囲気の暗い闇の一端が垣間見れる場所であった。
(いかにもといった場所ですね、獲物を狙うとすれば条件の整った場所といえるでしょう)
人の話にも耳を傾けない浮浪者のたまり場。こんな場所は姫様にはお見せできない。人間というのは陰陽がハッキリとした側面を持っているのだと実感させられる。
(さてと、人の姿もまばらなこの場所に座りますか)
私が選んだのは、人気の少ない昼間でも日陰におおわれる石段の隅。ここで待っていれば、誰かが接触してくるでしょう。さてさて、暇もありますし、パンでもかじっていましょうか。
日も暮れ、日の光が街を夕焼けに染める。それに対し路地裏はさらに薄暗くなり、気配でしか人を認知できない。そんな暗闇が染めたてていった。
「ん?」
私は人が近づくことを察知すると、すぐに壁の隅に身を潜める。カツコツと響く足音に耳をすませ、来たかとソっと足音のする方向へ目線を向ける。
そこには棒切れを無邪気にカンコンと壁を軽く叩く衛兵の姿が2人。見回りか? 何かを探すようにあたりを警戒しているようにも見えるが、一体何を?
しばらくは放流した魚の後を追うように放置していた。衛兵は人影を見つけると、取調べを行うように浮浪者の1人1人に言葉をかける。ふむ、一応は不審者がいないか確認しているのか……様子がおかしい点はない。そう思い、私は衛兵が通り過ぎるのを息を潜めてやり過ごした。
異常がないの確認したのか、衛兵は裏路地から姿を消し去った。すると、どこからともなく布で体を包んだ塊が周囲から湧き出てくる。『これは一体?』と静観し様子を伺っていると1人の男がかごにパンを敷き詰めて、路地裏に現れる。身なりはまともな服装だが何者なのだ?
辺りを確かめ、男は鈴を取り出し、チリンチリンと数回鳴らす。すると男の周りに小さな影が集まってくるではないか、アイツが人攫いか? 私もその鈴の音にひかれ、男の近寄った。
「おー、ガキ共、メシの時間だ」
集まった布の塊は年齢はばらばらだが少年少女達だった。やはりこの男か? パンをせがまれる男は1人1人にパンを配っていった。
だが、男は不思議なことを口走る。
「今日も誰も欠けてないな、よしよし、いいかぁ誰かが攫われたらちゃんと言えよ」
(どういうことだ?)
そう思い、私も男のもとへ行くと、男は新参者の私に気が付いたのか声をかける。
「お前は見ない顔だな。ほぉ、身なりは最近ここに来たって感じだな、親にでも棄てられたか?」
不思議なことを言う奴だ。『親に棄てられた』とはまた珍妙な……ん? まて、親が子を棄てるだと? 冷静に考えると人間は子を棄てるのか? どいうことだ。
「あ、あの……」
「無理に話さなくていい。ほれ、お前のメシだ」
差し出されるパンを受け取ると、私は咄嗟に口にだした。
「あなたが人攫い?」
「ん? 何を言ってんだ。人攫いは衛兵だろ。俺は冒険者で、こうやってパンを配ってる偽善者だ」
自らを偽善者という男の言葉に混乱する。人攫いが衛兵? バデムは人攫いを探しているといっていたが、目の前の男は『人攫いは衛兵』と言っている。
「お前は新参者だから気を付けねぇーと、ほいほい捕まって騙されるぞ」
「どういうことか伺いたい」
私のセリフに男は眉をひそめる。
「お前、ただの新参者じゃないな。ちょーっと話をしてもいいか?」
「かまわない、私も情報が欲しい」
場所を移し、崩れた教会にの中に入る。中はグチャグチャだ。壊れた長椅子に腰掛けると、男は立った状態で話しかけてくる。
「ただの子供ではなさそうだな、目的は何だ?」
「私は人身売買が行われている件で捜査している。とはいってもあなたは人攫いというわけではなさそうだ」
「俺はグリスア、ここでガキ共にメシを配っている偽善者だ」
「私はメイサです。ところで、自らを『偽善者』と例えるのは不思議ですね」
「深い意味はねぇよ。やってることは偽善だろ?」
「偽善とは偽りの善意です。あなたの行っているのは本当に善意で行っている行動ではないのですか?」
「どっちもかわらねぇよ。だがな、俺は人身売買やら人攫いじゃねぇ、それだけは言っておく」
「最初は餌付けでもしてるのかと思いましたがね。ですが気になるのは、あなたは人攫いは衛兵だと言っておられました」
「子供にしちゃ頭がまわって、口が達者だな。本当に何者だ?」
「その件については後ほどご説明します。それよりも私の質問に」
グリスアはため息をついて、私を見ると、星が輝き始める穴の開いた天井を見詰める。
「この街は腐ってやがる。保護施設といって子供を受け入れているが、実際は子供を無理やり施設に閉じ込めて番号で管理してる。名前なんてあってないようなものだ」
「私のもらったわずかな情報と行き違っていますね。私は人身売買が行われていることの調査を任されたのですが?」
「騙されてるな」
「どういうことですか? 話が見えてきませんが?」
「お前も見たんじゃないのか? 衛兵が路地裏に来るのを」
「えぇ、確かに目撃しました。それが何か問題があると?」
「だからそいつらが子供を見つけて保護って名目で施設に軟禁してる。俺はそうならないように毎日のように見回りをしているんだ」
(衛兵のバデムの言葉には偽りがあるというのか?)
「派閥があるのさ」
「派閥? 衛兵にも二分するような構造があるということですか?」
「あぁ、まともそうな衛兵とそうでない衛兵だ。まともじゃない奴はここの領主から金をもらっている。一介の衛兵じゃ贅沢は出来ないからな」
「ただそれだけの理由で子供を売り買いしているのですか? 自らの保身のために子供を?」
「保身? それだけで食っていける経済状況じゃないんだ。この街は一見、賑わっているように見えているが、裏はそうじゃない。食料が不足している事が経済の圧迫の要因だ」
「なぜ、そのような事態に?」
「魔物だよ魔物。魔物がこの世から消えたことによって捕食対象の魔物が消えたんだ。確かに平和は訪れた、魔物がいなくなったことによってな。だが、問題はその後だ。魔物がいなくなれば組合の仕事は減る。もちろん捕食対象の獲物もいなくなる。そのおかげで経済は滞る、それがこの街を衰退させる原因になった」
「なんとも本末転倒な話ですね。人間は魔物を脅威としていたのですから、魔物が消えれば喜ぶはずですが?」
「それがそうじゃなかったんだ。喜んだのはつかの間の一時だが、人は魔物がいなくなることがどういうことを引き起こす事まで頭が回らなかった。だから生活を維持しようと色々と闇の家業に手を出した」
なんとも間抜けな話だ。忌み嫌っていた魔物が消えた世界に平和が訪れると誰もが想像していたのに、それとは別の世界に成り果てた。では魔物の存在価値は不覚にも必要だった。人間の世界では――。
「お前はどうなんだ? 魔物がいなくなって稼ぎが減った家庭から放りだされたんだろ? 違うか?」
「残念ながら違います。ですが、そんな理由で子供を棄てるのですか?」
「どこの家庭も生活に必死だ、その中で一番に削れるものはなんだ? 誰しも子供の養育費が頭を過ぎるだろう。むなくそわりぃが子供が一番の被害にあうんだ。今は戦争中と変わらない。子供の面倒を見るほどに裕福じゃないんだ」
「……まさか!?」
「へぇ、気付いちまったのかよ」
「考えたくはないのですが……」
「お前の考えは正解だ。買われた子供の金の一部は子供を棄てた家にも入ってくる。これがどういうことかわかるか?」
まさかそんな……組織なんて生易しいものじゃない。この街全体が売買場になっているんだ! では衛兵のバデムもこの事を知った上で、私を泳がせていたということになる。表向きは調査を要求しておいて……逆だ、逆なんだ、身の潔白を表したい、そして自分の正当性を。だから……だとすると。
「俺はお前が何者かはわからねぇ。だが、今すぐこの街を出て行くことをお勧めするぜ」
「ご心配ありがとう御座います!!」
「じゃぁな」
私は走った、そう私の泊まっている宿屋には姫様とカルメラちゃんがいる! そして、その事は相手にもばれているし、2人はかっこうの商売道具になる。姫様は孤児、カルメラちゃんは貴族の娘。姫様は施設行きだろう。カルメラちゃんは身代金目当ての材料となる……早く戻らなければ!!




