魔法の講義です! ちょっと退屈かも・・・
翌日、私は休暇を決めていましたが、突如として現れた一人の少女の師匠として、魔法を教えなければならなくなりました。
現在、私達が滞在している街は、マデロア王国の領内である街。カルメラちゃんはこの国の貴族だという。貴族といっても爵位は低い貧乏貴族。領地も王国に没収され、まともな収入を得ない。詳しい話は彼女の口から聞いたほうがいいでしょうね。
広い平原にたたずむ二つの影。
「なるほど、マデロア国王の命令で領地を返還したと。それでは没落してしまいますね」
「えぇ、シュパード家は代々国王に仕える魔法騎士団を生業にその権限を有していたわけです」
「しかし、問題が発生した」
「はい……本来ならば魔法騎士団を養成するために、シュパードの当主は魔法に長けていなければなりません。ですが、現当主である父にその才能はなく、兵士の育成が困難であり、そればかりか魔物のいなくなった世界では、シュパード家の騎士団の必要性が問われ、いかに優秀な騎士団を派遣したとしても無意味だと国王は先代の魔法騎士団を解散させました。それと同時にシュパード家の領地を返還する様に命じ、御取り潰しに……」
「しかし、人間同士の国摂り合戦は終わったわけではない。むしろ、これからより強固で力のある騎士団を育成しなければならという必要性を説いた」
「ですが、私はまだ13歳の若輩者、私の声に同調する者は皆無でした。日を重ねるごとに力の衰える家に苛立ち、旅に出てもっと大きな力を得て騎士団を再編成する……」
「国王に売り込むということでしょうか?」
「その通りです。いくら魔物が姿を消したとしても、魔物より厄介な敵はいるというのがアタシの見解です」
なるほど、将来性を見据えての行動というわけですね。家の再興をするには今の地位や権力だけでは国王に取り入れない。
「ふーむ、13歳でその事に気が付くのは流石は貴族のお嬢様。これより始まるのは、人間同士の抗争です。外敵がいなくなったという考えを持つのは200年以上の平和が維持できてから言うことでしょうね」
まぁ、魔界の平和も1000年以上続く32貴族のおかげでありますから、人間の世界で考えると200年が妥当な線でしょう。
しかし、人間は未だ理解していないのは魔法の構造にあるでしょうね。魔法は我々悪魔配下にある精霊からの力を借りてが基本になります。ですが、人間は悪魔を神の子として崇拝しているという形容しがたいところが厄介でしょうか。
「では、基本の魔法は理解していると考えてよろしいですか?」
「はい、基本の3属性であるルト系・アバ系・ヒポ系で補助魔法で使用されるムド系・ヘナ系・メア系の6個ほど」
「ふむふむ、残念ですね」
「えっ!? どういうことでしょうか?」
「確かに人間の多くが使用している魔法はその6つの系統ですが、他の系統を含めると、32系統の属性に分けられます」
「そ、そんなに!? でも、どんな魔法書をみてもそんな魔法はどこにも……師匠、どういうことでしょうか?」
「うーん、簡単に言えば、人間は数多くの魔法を使用していると思っていますが、どれもが6つの系統の応用でしかないということです」
「つまりは、人は魔法の一端にしか触れてないということですか!?」
「まぁ、そうなりますね」
知らなくて当然でしょう。32系統の魔法は人間の現代書籍には記されてはいません。
「師匠! どうか32系統の魔法を教えていただけませんでしょうか!!」
「焦らずいきましょう。急に32系統の魔法を覚えられる者はいません。ですので能力向上魔法を教えます」
魔法は32系統存在し、魔界貴族の数は32貴族と同数。しかし、人間が悪魔の大貴族である6系統の魔法しか知らない面があるためです。小貴族の部類はほとんどが知られていないのが現状であり、本当に知らないのだ。そして、これらの魔法は門外不出というわけではない。
魔族を通じて広まった魔法という概念は、人間に新たな恩恵を授けたが、人間が魔法を好んで使うようになったのは近代からで、歴史は浅い。
「是非お願いします!」
「では、簡単なイリ系を教えましょう」
「イリ系? 聞いたことがありません。それはどんな魔法でしょうか?」
「イリ系は力の能力向上系です。イリ系を司るのは第23階級である剛毅のイリアネスです」
「ですが、能力の向上ならアバ系で補えるのでは?」
「確かに人間は能力の向上にアバ系を多様しますが、純粋な能力向上は各系統に分類されます。では、アバ系でこの石を握りつぶして下さい」
私はそういうと、彼女の手のひらに納まる程度の石を手渡した。さてさて、どういう詠唱か楽しみだ。
「わ、わかりました……『火の精霊よ我が声に応えよ、流れる赤き血に宿る力を糧にし、汝らの声を聞かせたまえ……我が身をアバの神に捧げる事をここに誓う……右手に集い、その力を示せ!』」
相変わらず長い……。しかもアバトス伯父さんの名前もない。そりゃ力も貸さないわ。
「ぐううううううっ」
カルメラちゃんの手は赤く光って能力向上しているという証明はできてはいるが、本来の使い方ではないために、旨くコントロールできないのだろう。
「だ、駄目です……」
「そんなにしょげないで下さい。ちゃんと能力の向上はしていたのですから」
「うーん、そうでしょうか?」
「手が赤く光っていたのは、能力の向上が出来たという証です。ですが、やはりアバ系では無理なのです。それに詠唱に問題があります」
「ふぅ……詠唱に問題? 分からないです。では、そのイリ系というのは?」
「では、復唱してください。『我望む、力を纏いしイリアネスの名において我に力を』……さてこれを」
短い詠唱に疑問を感じているのか首をかしげながらカルメラちゃんは復唱する。
「『我望む、力を纏いしイリアネスの名において我に力を!』」
ビキッ、バキィン!
「なッ!?」
「ね、簡単でしょう? 魔法の詞にはまず誰が力を求めているのかを示す主詞。そして、32系統の誰の力が借りたいのかが命名詞。最後に誰に使うのかを示す指名詞となります。この3つの詞を変えて使います。より正確に使用するなら、どんな魔法かを伝える具現詞や、補足をするための関節詞になります。流れとしては、主詞、命名詞、具現詞か指名詞の3節構成です関節詞は主詞より後ならどこに付け足してもかまいません。詠唱を飾るものだと思えばいいのです。かっこいい詠唱をするなら補助詞を使いまくればより飾れるでしょう。大事なのは主詞と命名詞です」
手のひらにあった石は砕け散り、唖然とするカルメラちゃんを見ていると、人間はまだまだ魔法を理解していないのだと思う。精霊の力は借りるが、誰の精霊の力を借りたいのかを、明確にしなければならない。
「なぜ、こんな事が……イリ系……初めて知る魔法……しかもこんなに簡単に使えるなんて」
「先ほどの詠唱は主詞から始まり、関節詞が補助し、命名詞をつなげて、そして指名詞の4節構成です。まぁ、石を破壊するというイメージもありますので指名詞と具現詞が同じになっていますね」
「なるほど……あ、私の詠唱は……命名詞から主詞……そして関節詞から命名詞で、もう一度関節詞が何度もはいっている……順列がバラバラの重節構造だ」
カルメラちゃんは、いいところに気付きましたね。これは見込みがあるかもしれません。
「そして、アバ系は火属性の攻撃を主体とした系統です。ですがイリ系は筋力を増強させる単純な魔法です。しかし、大きく違うのはアバ系を能力強化に使用する際は、変換させなければなりません。その点、イリ系は変換することなく直接強化できます。無理に変換すれば、十分な効力を得ることはできません」
「ですが、魔法は精霊の力を借りるものでは?」
うーん、ついに来たか返答に困る質問。悪魔の配下である精霊に力を借りていますよなんてのは、口が裂けても言えない。どうしたものかぁ。
あっ!
「力を借りる神の子に直接頼めばいいのです。配下となる精霊の力を人間が使うための許可をもらうこと。重要なのはアバ系を使う時はなるべく第4階級の神の子であるアバドスの名前を詠唱に組み込むことです」
「するとどうなるのですか?」
「いいですか、『我、アバドス公に求める』……『アバドレア』」
目の前にゴゥッと小さな炎の竜巻が空に舞い上がる。それをみていたカルメラは目を丸くする。
「たったそれだけの詠唱で!? 本当に主詞と命名詞だけ……一応、具現詞もすこしだけ入ってる」
「本来はあまり詠唱をしませんが。詠唱は声に出し、配下にある精霊に力を貸してもらうための呼びかけです。必要な行動ではあるのでおろそかにはできませんが、『アバ』とは火属性の精霊を指す二文字です。肝心なのは、配下にある精霊の真名を呼ぶより、親分にあたるアバドスという真名を呼ぶことが重要なんです」
「知らなかった……師匠は何者なのですか? こんなの大魔法使いでもで知りません。それに無詠唱もできるなんて……どうすればそこまでできるのでしょうか?」
「人間で無詠唱が出来るのは『血の契約』をおこなえば一応は出来るようになります。他にも意識を読み取ってもらえれば可能ですよ」
(まぁ、これがまた難関なんだけどね……)
「師匠はそれを!?」
「ま、まぁそこそこに……ははは。魔法は具体的なイメージと正しい詞の配列、主に関節詞と具現詞で飾りまくると威力を高めることが可能です。ですが、これには研究が必要ですけども」
乾いた笑いしか出ないが、カルメラちゃんもなにやらメモを取りながら真剣だ。これなら師匠としての威厳は保てるだろう。さて、腹も空いた。
「カルメラちゃん、お昼も近いですし、私達はご飯を食べますが、カルメラちゃんはどうされますか?」
「おひる? 異国の文化でしょうか?」
「あぁ……お昼とは朝と夕方の間に食べる食事ですよ。間食感覚なものですね。この地方ではお昼の文化はないようで」
「では、ご一緒いたします」
あぶねぇ、魔族の文化ですなんていえないわい。でもここまで純真な子は珍しい。普通は疑いはするだろう。まぁ、考えすぎるのは取り越し苦労だ。