始まりは突然に 開幕です!
「はぁはぁ……」
私の周りに転がる害獣の屍骸。害獣の正体は大型のイノシシである。これは冒険者組合からの依頼で、農地を荒らす害獣として駆除の依頼が掲示板に張り出された任務だ。
「レバリオ」
そう言い、私は右手を伸ばして、害獣の屍骸を亜空間にしまい込む。
息が乱れているのは、相手が強敵でもあった事。体格は普通のイノシシよりもふた周り以上も大きく、依頼の難易度は中級に分類される。
そのため、3時間ほどの時間を掛けて、討伐したのだが、息をつく暇もないとはこのことだろうか、害獣は暴れ周り、周辺の木々はめちゃくちゃだ。
「これで金貨3枚頂き!」
報酬は破格の金貨3枚。中級依頼としてはなかなかの報酬だ。
報酬を受け取ることを想像すると、胸が高鳴って仕方がない。
これだけあればなどと妄想にもふけってしまう。だって金貨3枚だよ!? 金貨3枚もあれば当面の生活は安泰だからだよ。ご飯に服、1週間分の宿代を払ってもお釣りがくる。
浮かれた様子ではあったが、私はふと、3ヶ月前の事を思い出す。
心の中では(あんなことがなければ……)と後悔と言う文字が頭を過ぎる。
――3ヶ月前。
人間は魔物の最後の拠点と言われる古城の『デスパレス』。その拠点が大勢の人間によって滅ぼされた。別に魔王様が人間の手によってお倒れになったわけではないのだ。
問題は拠点にかまえる城の奥地に存在する『魔水晶』と呼ばれる大きな禍々しい陰を帯びる球体。これは魔物の生命維持活動に必要な力が蓄えられている。逆を言えば、この水晶が破壊されれば、魔物生命は奪われ、生きていくことが出来なくなってしまう。
そして、それは現実となった。
水晶は破壊され、かろうじて生き残っていた魔物も生命を奪われ、その場に朽ち果てていった。それは魔王様も同じで、水晶の力を失った魔王様は逃げる際に、絶命に瀕した。一人娘を残して――。
幼い姫様は姿を消してゆく魔王様の体に、泣きじゃくりながらしがみつく。何も出来なかった私に魔王様は最後の言葉を残された。
「メイサよ、その方は魔族といえども悪魔種。水晶が破壊されたとしても生きる事は可能だ。そこで頼みがある」
「はい! 魔王様何なりとお申し付けください!!」
「うむ……私の一人娘であるシャレルを護って欲しい。この子は人間との間に産まれた混血。ゆえに水晶が破壊されても、魔力は尽きるが、人間として生きることが出来る」
「私が姫様を!?」
「シャレルはお前に一番懐いておる。それに我々魔族は、この世から全て消えてしまう……後の事を考えると、娘が不憫でならない」
私は消えゆく体の魔王様に、涙が止まらなかった。そして私は決意する。
「畏まりました! 必ず姫様を御守りいたします!!」
あふれる涙をぬぐって魔王様の前で誓いを立てる。
すると魔王様は「頼もしい限りである……」そういって魔王様の体は光を放ち、小さな光の粒子が空へと昇っていった。
「うわぁぁぁん! お父様――!!」
大声を挙げて泣く姫様の姿に私は自分の無力さを感じざるを得なかった。それでも、亡き魔王様の遺言を遂行すべく、私は姫様を脇に抱え、燃え盛る城を負い目に感じながらも『デスパレス』から遠ざかった。
『姫様を御守りする』それが私に与えられた使命であり、重要な任務であると思いながら――。
それが3ヶ月前の出来事であった。魔物のいなくなった世界は平和に満ち溢れる。世界中の人間は夜通しで三日三晩の宴をひらき、朝まで躍りあかした。
と、まぁ、事の詳細はこれくらいにして、組合に獲物を持っていくことにしよう。
鼻歌を歌いながら、上機嫌な私は森を抜け中規模の街『テリオル』の冒険者組合に直帰する。
人口は分からないけども、都会に匹敵する広さ。流石は地図にも載る街だけのことはある。レンガが積み上げられた門をくぐり、街の中へと進む。
私はそのままレンガ造りの家々を通り過ぎ、街の中央広場に構える『ナズル冒険者組合』に足早に駆け込む。
開けれているドアを通り抜け、カウンターの受付嬢に依頼の完了報告を済ませると、受付嬢は笑顔で「お疲れ様です」と労いの言葉をかけてくれると、私を中庭へと案内する。
首をかしげながら、疑われでもしているのだろうかと思う。まぁ、一人で中級の依頼を請け負ってはいるのだ、如何に腕が立つ冒険者でも一人でというのは無謀かもしれない。
しかし、受付嬢は口を開き説明してくれる。
「すみません、本来でしたら証拠となる牙などをお持ちいただくのですが、依頼書には討伐対象の亡骸をとありますので……」
あぁ、そうだった。大型イノシシなんて物を組合のカウンターにポンと出せるわけはない。出したら最後、カウンターは滅茶苦茶だ。
私は受付嬢の言葉に頷き、言葉を返す。
「ここに屍骸を出せばいいのですね?」
「はい、お願いします」
返事を受け取ると、私は中庭に屍骸を出そうとする。収納魔法は魔族が考えた魔法なのだが、いつの間にか人間の間にも浸透しているは不思議だ。コレについては諸説あるが、一番納得がいく説としては、力を借りる必要がない稀な魔法という点だ。そのため魔法が使える人間は気軽に使える。見よう見まねでも簡単にというわけだ。
「リ・レバリオ」
ドスンと音を立てて、重みのある巨躯が地面に姿を現した。
受付嬢は大型イノシシの屍骸に近づき口を開き、姿かたちを確認する「フンフン、なるほど、これは大きいですね」と独り言を呟きながら鑑定している。
こちとら逃げ回りながらの格闘だったからな……くぅ、今日が年に一度のアノ日でなければもう少し楽に始末できたのだが。
「大変だったのではないですか?」
「まぁ、3時間ほどかかりましたが、なんとか倒す事はできましたよ」
内心、大きすぎて焦ったけど……それに、動き回るから面倒ではあったのは確かだ。そのせいで全身から湯気が立つほどに疲れた。
受付嬢は立ち上がると「解体はこちらで請け負いますので、報酬をお支払いしますね」ニコリと笑う受付嬢の笑顔が眩しい。でもこれで報酬が受け取れる――。
心は踊り、討伐の披露も吹き飛ぶお言葉。冒険者組合万歳などと思いながらも、顔はキリリとした表情で固まっていけど、内心はにやけてるのが正直なところ。
組合のカウンターで受付嬢から3枚の金貨を受け取ると、懐の巾着袋にチャリンと仕舞い込み、一礼してその場を去った。
さてさて、こうしてはいられません。私は急ぎ足で宿泊している宿へと向かった。通行人の小さな歩幅でゆっくりと歩く。だが私はその速度よりは3倍は出ていただろう、それには重大な理由があったからだ。
宿泊している宿に到着すると、今度はダッシュで階段を駆け上る。
ドタドタドタッと足音を鳴らしながら急ぐ。迷惑なのはわかっている! だが、譲れないものがこの先にはあるのだ! と、心の内で言い聞かせ、私は一つのドアの前に立つ。
コンコンとノックし、中の様子を探ろうとしたとき、ゆっくりとドアが自動的に開く。
ドアの隙間からクルリとした碧眼の瞳、朝の露草の雫のように透明感のある金色の長い髪の毛の少女が顔を覗かせる。
「メイサ!」
少女は私の姿を確認すると、微笑み声を出して私の名前を呼んだ。
天使とはこの事だろう。いや魔族なんですけどね。
私は少女の背丈にあわせるようにしゃがみこみ、一呼吸置いて、意識は破裂した――。
少女に獣のように襲い掛かり、強く抱きしめる。まぁ、他から見れば、ただの変質者となんら変わらない……のはわかっている! だが、変態上等! 名誉である!!
「姫様! 姫様! 姫様あぁぁぁ!!」
姫の胸元に頭をうずめ、グリグリグリと頭をさせる。もう、どちらが子供なのかわからない始末。それでもグリグリスンスンと頭をおしつけ、匂いを嗅ぐ。嗜好やぁ……。
すると姫様は私の頭を優しく撫でてくれ「お仕事ご苦労様、メイサ」と優しく言葉までかけてくれる。
私の意識は吹き飛び、空のかなたの星達が私の意識を無限の悦楽の園へと誘う。あぁ、幸せ。
――そんな時だった。
顔をうずめていた姫様の腹部からは『ぐぅぅ』とお腹の虫が空腹を訴える。そこで私の意識は正常さを取り戻し、姫様に目線を合わせる。
「姫様、ご昼食は?」
「まだ食べてないの、だって……メイサが仕事中に1人だけで食べるのは寂しいもん」
もじもじしながら恥ずかしそうに理由を話す。その言葉を聞いた私は、口を手でふさぎ、感動のあまりに涙がこぼれる。たっはー、天使がいるよ! いや、魔族なんだけどね! この際はどっちでもいいよ!!
「姫様、お昼にしましょう」
「うん!」
姫様は大きく頷く、そして私は脳内で興奮し鼻血を吹く。どっちもどっちだかまわねぇ!
空に輝く魔王様、申し訳ありません。姫様が愛おし過ぎますので、興奮が止まりません。
幻聴だろうか、天に昇った魔王様の言葉が聞こえる。
『メイサよ鼻血は拭いておきなさい』と。