大恥を回避しても
んっ?
何故、今ヒースさんは私の前に背中を向けてしゃがんでいるのだろうか?
「ヒースさん何してるんですか?」
「いいぞ」
「何が?」
「私がユエを背負って走るから、乗っていいぞ」
「……流石に……恥ずかしいんですけど……」
ヒースさん、いいぞじゃないよ!
背負って走るって、おんぶするって事でしょ?
それさあ、その体勢になったらヒースさんが私のお尻に触れるって事だよね?
しかもヒースさんの背中に密着する事になるのよね?
事も無げに私の前にしゃがんでるけど、ヒースさんはそこら辺全然気にしないのか?
そう思ったら、何だか私ばかり考えすぎで、自意識過剰なんじゃ無いかと思えてきたわ。
そこまで意識すらされてないって事ね。
ちょっとだけ悲しい。
「失礼致します」
そんな事を考えていたら、いきなり体がブワッと浮いた。
「!? ちょ、ちょっと! 何してるんですか! バオさん!? 降ろしてください!」
何故か許可していないのに、バオさんの腕に横抱きにされた状態の私。
「御使様が、ヒース様に背負われる事に抵抗がある様でしたので。私がお連れ致しま」
「横抱きも同じです!!」
「しかし、御使様をこのまま歩かせてしまう訳にもまいりません。どうか、ご理解頂けますでしょうか」
「出来ません! 私の精神衛生上大問題です! 全然歩きますし、ちょっとは走りますから降ろしてください!」
その後何分かバオさんに横抱きにされたまま、ヒースさん、バオさんと押し問答したが、私が歩く事に何とか折れてくれ、私を地上に降ろしてくれた。
この何分か、恥ずかしくて死にそうだったわ!
話し合いの最後の方、バオさんが他の黒ハン族の一人に目で合図をすると、一人が走っていってしまった。
物凄い速さで。
既に影すら見えない。
先に里へ報告しに行ったのかな?
じゃ、さっきの隊列は何だったのかと思ったけど、まあこの羞恥体験から解放されたから良いや。
しかし、さっきのバオさんの横抱きは凄かった。
私が暴れても全く動じないし、何ならガッチリホールドされていてびくともしなかったもんね。
日本人女性の平均体重よりは痩せている私だが、人一人抱えるって、かなりの力が必要なはずなのに、全くそれを感じさせない上、「御使様は葉よりも軽いですから」なんてサラッと言ってきたバオさん。
葉より軽いなんて事はあり得ないのに、恥ずかしげもなく言われるもんだから、そうなのかとうっかり納得しそうになってしまった。
危ない危ない。
「じゃ、行きましょう!」
「御使様、しばらくお待ち頂けますでしょうか? 直ぐに準備は出来ますので」
「? 歩くだけですよね? 私の準備は大丈夫ですよ?」
「申し訳ございません。私共の準備の問題でご迷惑をおかけ致します。今暫く、今暫くお待ち下さいませ」
「? わかりました」
何だろう?
バオさん達は現地に住んでるし、ここまで来てるんだから道はわかるよね?
まあ、彼らにも彼らのルールとか何かがあるのかもしれないしね。
「緊張から解放されたら喉が渇いたな……バステト様とヒースさんもお茶飲みます?」
「にゃにゃっ!」
「ああ、頂こう」
「……御使様、今バステト様と仰いましたか?」
「っ!?」
えっ!?
私今言った!?!!
バステなんて呼び慣れてないし、さっきの動揺をまだ引きずってバステト様って言ってしまったのか!!
「ああ、バステは我が国で祀られているバステト神の像に瓜二つなのだ。ユエは、大の猫好きで、バステト神を崇拝しているから日頃からバステト様と呼んでいる。ただ、他の者には無礼だと言われてしまうのでな、外ではバステと呼んでいるが、今は動揺しているのだろう」
ヒースさん!!
やはりあなたが神か。
ヒース神、あざっす!!
「もう、私にはこの神々しい姿がバステト様にしか見えなくて……」
「確かに毛並みと良い、飾りと良い、とても美しい猫ですからね」
「はい! バステは最高です!」
「は、はい」
あっ、バステト様の事を褒められて前のめりになり過ぎたか。
ちょっとバオさんを引かせてしまった。
「スミマセン。バオさん達も待っている間お茶飲みます?」
「お気遣い頂き、恐悦至極でございます。しかし、」
「はい、どうぞ。毒は入ってませんから。あっ、お茶苦手でしたら残してくださいね。お水出しますから」
「み、御使様っ、」
「はい、ヒースさんもどうぞ」
先にバステト様にお出しして、バオさんがきっと畏れ多いとか言って断りそうな雰囲気出すから、手に持たせてしまう。
お茶が苦手だったら申し訳ないけど、待つ間にぼーっとしてるのもね。
だが、バオさん達は渡した木のコップを持ったまま、固まってしまっている。
「勝手にお出ししてスミマセン。バオさん達もそんなに畏まらないで下さい。私はただの人間ですから。人から敬われる様な存在では無いんです。本当、ただの一般人なんです……」
あまりに慣れなさ過ぎる敬われ方で、疲れてきちゃったのが本音。
御使様、御使様言われるのも精神的にね。
恐悦至極とかどんな単語だよって思っちゃったら、もうその先を聞くのも面倒になってしまった。
「出来れば、他の里の方にも普通に接して頂けるように伝えてもらえませんか? あまりに過剰だと辛くなってしまいそうで」
元々貴族とかさ、王族とか敬わられるのが当たり前の人なら良いけど、本当ただのパンピーだから私。
「配慮が足りず、申し訳ございませんでした。御……トウコ様とお呼びしても宜しいでしょうか」
「はい。本当は様も要らないんですけどね」
「敬称はお許し下さい。では、こちらを頂戴致します」
うーん、やはりまだ堅い。
バオさん達からしたら、敬って当たり前と思われてるのかもしれないけど、ずっとこの調子じゃ私が辛いんだもん!
ちょっとずつで良いから堅さが抜けてくれると良いな。
まあ、そんなに長くこの大陸に居るわけではないんだけどね。
「これは、私達が飲んでいる“葉茶”によく似ていますね。とても美味しく頂きました」
「似た味の物があって良かったです」
「……トウコ様、申し訳ございません。先に発った者に、駕籠を持ってくるよう申し伝えておりまして、お乗り頂きたいのですが……」
「え? 先触れの為じゃ無かったんですか!?」
「それもありますが、トウコ様をお連れする手段をと思いまして」
「なんと……でも、もう呼びに行っちゃったんですよね? 乗るしかないのか……」
「申し訳ございません」
「あ、そんなに謝らないで下さい! バオさんは良かれと思って手配して下さったんだろうし、気にしないで下さい! ご迷惑掛けますが、乗らせてもらいます……」
流石に私のために手配してくれたのに、乗らないと突っぱねることも出来なかった。
断りきれない小心者。
♢♢♢
「さ、どうぞこちらからお乗り下さい」
「……」
「これはまた、豪奢だな」
こらこら、豪奢過ぎるだろ!
駕籠って言ってたから、木や藁で作られた簡素な駕籠かなって思ってたのに、ガッツリ裏切られた。
駕籠というか神輿じゃないかこれ?
日本で見た事のある神輿程ギラギラしてはいないけど、神輿台は赤く、屋根や柱は金色と黒で彩られている。
しかも、前二人、後ろ二人の四人で担ぐスタイル。
てか、神輿って人が乗って良いんだっけ?
神輿ってぐらいだから神様が乗るものでは?
いや、こっちの世界ではこれを神輿とは言わないのかも。
駕籠って言ってたぐらいだし。
人が乗るための乗り物なのだと思えば良いのでは無いか?
まあ、さっき乗りますよって言った手前乗るけどさ。
「重たいかもしれませんが、宜しくお願いします」
乗る前に、私を運んでくれるであろう駕籠の横で待機している四人に頭を下げる。
「「「「っ!?」」」」
「御使様! 頭をお上げ下さい! 精一杯快適にお送り出来るよう尽力致します!!」
四人が私の言葉に驚き、ザッと四人同時に跪いた。
そして駕籠を呼んで来てくれた黒ハン族の人が慌てて私に顔を上げるように言う。
「ヒィ、ごめんなさい! そんなつもりで言った訳じゃなくて! とにかく宜しくお願いします!!」
まさか声をかけた事で跪かれると思わなくて、慌てて駕籠の中に乗り込んだ。
ああ、この対応に慣れない……
「あれ、ヒースさんは?」
「私は走って行くから気にするな」
「え? 一人?」
「では、出発致します。出発!!」
「「「「エェーイ」」」」
駕籠の簾が下ろされ、バオさんの号令と共に、駕籠が浮き上がる。
しかし、浮き上がる際、揺れを殆ど感じなかった。
それは走り出してからも然程変わらなかった。
どうやって訓練したらこんなに揺れが少なくできるのだろうか?
四人で息を合わせるのは勿論、同じ高さで駕籠を持ち、スピードを合わせる。
並大抵の訓練で出来るものじゃ無い。
もちろん走っているから揺れるけど、左右に大きくグラつく事が殆どない。
人力なのに素晴らし過ぎる。
そんな賞賛を心の中で送っていたら、いつの間にか揺れがなくなり、一瞬の浮遊感を感じたので、駕籠が地に降ろされたのだと感じた。
「ユエ様、到着致しました」
駕籠の外から声がし、駕籠の簾が上げられた。
「ようこそお越し下さいました」
私が駕籠から降り、前を向いた瞬間言葉が飛んできた。
そして、私の目の前に広がった光景に驚愕する。
恐らく広場のような開けた場所に降ろされたのだろう。
私と駕籠を中心として、一定距離離れた場所に、円を描くように沢山の人が跪いている。
しかも、円の半分は黒色の民族衣装を着た人たち、もう片方の半円部分には白い民族衣装を着た人達と見事に白黒分かれているのだ。
「……はい?」
え?
ちょっと、最近自分の状況について行けないんだけど。
そして、ヒースさんはどこ?
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