まさか譲られるとは
馬車乗り場に着き、馬車がいくつか並んだ端に座っていた、男性に声をかける。
「こんにちは、明日出発する馬車の目的地をお聞きしたいんですが」
「明日出る馬車だな、ちょっと待ってくれ」
紙を懐から出し、少し頭皮が心許ない男性が教えてくれた。
「明日出る馬車は、『テーレ』『モーナ』『メアジータ』『タン』の四つだぜ」
「モーナ、メアジータ、タンだと、どの街がおすすめですか?そこへは行った事なくて」
「おっ、それなら俺の故郷タンがおすすめだぜ!大きくない街だが、海の近くだし丘からの眺めは最高だぜ」
海か、良いねー暑くなってきたし!
「海は良いですね、行ってみようかな。ちなみにここからだと何日くらいですか?」
「こっからだと、五日だな。途中村で二泊するぜ」
「まだ空きはありますか?」
「ああ、今の所一人も希望者がいないから運行を取りやめる予定だったぜ」
なんと、乗客がいなくても運行するとかは無いのか。
でもそうなると高くなるのかな?
「乗客が一人の場合は高くなりますか?」
「いや、大丈夫だぜ、その分向こうの街に物資を届けて商いするからよ」
「じゃ、乗ります!何時出発です?」
「明日の昼だぜ、またここへ来てくれ」
運賃は銀貨四枚。
前払いで布チケットを預かる。
そして馬車乗り場から出ると、昨日対応してくれた兵隊長さんを見つける。
なんとなく声を掛けた。
「隊長さん、こんにちは」
「ああ、良いところで会った。丁度探していたんだ」
嫌な予感はしないけど、私を探してたのはなんでだろう?
「昨日連れてきてくれた兵士の遺族が礼を言いたいと詰所に来ていて、急だがこのあと空いてるか?それと……」
ん?何か言いづらいことでも?
「昨日手当てしてくれた馬なんだがな、一向に餌を食べないんだ。それと鳴くばかりで」
クリフ君だっけ?
名前からして男の子っぽいから君付けたけど女の子だったらごめんね。
飼い主がいなくて寂しいのか?
とりあえず、時間は大丈夫と伝え、隊長について行く。
隊長は私を探して人気の宿を手当たり次第に聞いてたとか。
それ、隊長の仕事か?
ここで会えて良かったですねぇ。
♢♢♢
昨日来た詰所に着き、隊長室に通された。
ソファに座るよう促され、隊長自らお茶を出してくれた。
無くなった兵士の遺族に、私が来たと別の兵士が伝言しに行ってくれてるみたい。
程なくして、隊長室の扉がノックされる。
隊長が入室を許可すると、一人の女性が入ってきた。
年はまだ二十代前半だろうか。
「初めまして、クレインの妻のターシャと申します。この度は主人を連れ帰っていただ……」
そこで奥さんは泣き出してしまった。
私もその涙に胸が締め付けられる。
この若さで未亡人か。
「ユエと申します。心中お察し致します」
「クレインは昨年結婚したばかりだったんだ……」
隊長が補足する。
新婚だったのか……余計胸が痛い。
「危険な仕事と分かっているつもりで覚悟しておりましたが、あまりにも唐突で」
隊長がターシャさんをソファに座らせ、お茶を促し落ち着かせる。
「取り乱してしまい申し訳ありません。今回は本当にありがとうございました。主人の顔を見てお別れが言えました」
「そうですか……」
そうか、そう言うのも大事か。
死を受け入れるのは辛いけど、遺体がないと生きているかもと中途半端に気持ちの整理がつかない可能性もある。
「それで不躾なお願いを一つ聞いていただけないでしょうか?」
ん? なんだろう?
そう言って、隊長とターシャさんに連れられ隊長室から厩舎へ場所を移動した。
そこにはクリフ君がいた。
ヒヒーン!
あれ? 水も餌も食べないって言ってたけど、元気そうじゃない?
クリフ君と目が合うと大きな声で鳴いてくれた。
クリフ君に近寄り、撫で撫で。
馬のお世話なんてした事ないけど、顔を擦り寄せてきたら撫でても良いよね?
「やはり貴方には懐いていますね。クリフは昨日から食事を取らなくなりまして」
「仰ってましたね。お水あげても良いですか?」
「お願いします」
もちろん厩舎には立派な桶に並々と水が入っていたし、牧草も用意されていたがそれに口を付けないようだ。
私はストレージから鍋と水の魔道具を出し、水を注いで出してあげた。
すると嬉しそうに水を飲み始める。
ん? 鍋で飲む水が良かったのかな?
「あれ?飲みますね?」
私が疑問に聞くと、
「クリフは、クレインがこの隊に昇格した時購入した馬だと聞いている。本来隊の馬から選ぶんだが、クリフを見つけたクレインが気に入って自腹で購入したと」
じゃ、クレインさんの遺産と言うことか。
で、不躾なお願いって?
「そうなんですか……あれ?牧草食べ出しましたね?」
「……やはり。ユエさん……クリフを引き取って頂けませんでしょうか?」
ん? 何でそうなる?
「はい?ターシャさん今なんと?」
「私一人では働きながらクリフの面倒を見るのは難しいんです。それに私のあげる餌を食べないとなると、餓死してしまうのが目に見えていますし」
私が来たから食べたって事なの?
そう、心の中で言いながらクリフ君を見たけど、美味しそうに餌を食べてる。
クリフ君はクレインさんの馬だから必然的にターシャさんが相続する。
ただ、未亡人となると生活が苦しくなる。
軍からいくらか恩給は出るけど、馬を飼うほど余裕はない。
しかもターシャさんに懐いていないとなると……
私に懐いているらしいクリフ君。
とても心苦しい。
でも大きな問題があるんですよ皆さん!
「あの、私馬に乗れないんです。それに世話の仕方も知りません……」
「そうですよね。しかし隊で引き取ったとしても餌を食べてくれるとは限らず、みすみす衰弱していくのを見るのも辛くて」
と、ターシャさんがまた泣きそうになる。
うーん、簡単に命を預かるとも言えないんだよね。
実家で猫を飼ってた時、お別れがあまりにも辛かった。
本当に胸が引き裂かれるんじゃないかってくらい。
もちろん引き受けるなら最後まで面倒を見るけど、猫しか飼ったことないんだよ。
馬と猫じゃ勝手が違いすぎるよね?
あっ、でも予定スキルでオート乗馬にオートお世話出来るかも?
それで体で覚えてそのうち予定を解除するとか?
「すみません、ちょっと考えても良いですか?」
この考えがまず実行できるかが問題だ。
引き取れるなら引き取ってあげたい。
それに、今までの旅で同乗者はいたものの結局私は一人。
ここまで懐いてくれるクリフ君に私も一緒にいて欲しいと思い始めている。
なら出来るだけのことはやってみよう。
二人に背を向け、スマホを取り出し予定を入力する。
ーーーーー
イベント:馬のクリフに乗り、目的地へ向かう
日時 :開始 3152年7月8日 16時28分
終了 ーー
場所 :なし
繰り返し:なし
アラート:なし
ーーーーー
【消費魔力は「5」です。実行しますか?】
【はい・いいえ】
ーーーーー
イベント:馬のクリフに必要な世話をする
日時 :開始 終日
終了 ーー
場所 :なし
繰り返し:なし
アラート:なし
ーーーーー
【消費魔力は日毎に「1」です。実行しますか?】
【はい・いいえ】
どちらも実行が可能だ。
しかも魔力消費量も少ない。
なんとかなりそうな気がしてきた。
スキル頼りなのは情けないけど、覚えて行く事にする。
二人に向き直り伝えた。
「ターシャさん、隊長さん、クリフ君を譲り受けます」
私が話を急転換したから2人ともビックリしてた。
ヒヒーン!とクリフ君は喜んでるようだったけど。
言葉わかるの?
「ありがとうございます」
と、ターシャさんが深々と頭を下げる。
でも、クレインさんの形見だよね……良いのかな?
「あの、このまま譲り受けるというのも気が引けるので、何か必要なものはないですか?」
「いえ、良いんです。クリフの傷も治してくださったと伺いました。それだけで十分です」
どうしよう……何かお返ししなきゃって考えてしまうのは日本人気質なのかな?
でも、私大したもの持ってない。
あっ!これなら良いかも。
「あの、これ良ければ……」
ストレージから取り出したのは、日本で働いていた雑貨屋の木製の手鏡。
大凡直径二十㎝位の丸鏡が埋め込まれた物。
鏡裏側の木彫りも凝っている。
こっちの世界で鏡を見る事が殆どないから、差し上げるには良いと思って。
しかもこの手鏡、召喚当日に買ってた物。
新品未使用です。
それをターシャさんに手渡す。
「えっ……?か、がみですか?」
「はい。大した物ではないのですが、貰っていただけると嬉しいです」
そんなに高価な物でもないし、馬の価格がいくらかわからないけど、全く釣り合っていない事ぐらいはわかってます。
「……いえ、こんなに大きくて、はっきり写る手鏡を見たのは初めてです。むしろ頂くのが申し訳ないです」
あれ? かなり良い物だと思われてる?
「本当に大した物ではないんです。気にしないで下さい」
その後もいやいや頂けません、いやいや貰ってくださいの応州。
隊長が間に入ってくれて、何とか貰ってもらえた。
クリフ君に比べたら月とスッポンですよ。
ターシャさんに改めてお礼を言い、クリフ君を厩舎から出してその場を去った。
ブックマーク、評価してくださった方、本当にありがとうございます!




