鑑定の儀?
「何かえらいことになったねぇ……」
私の隣を歩いているお婆さんが声をかけてきた。
さっき案内された部屋はシェーマスと言う宰相の執務室らしい。
そこから今は王様がいる部屋に案内されている。
「そうですね、あまりに非現実的な話でついて行けません」
「そうだね、これから私たちはどうなるんだろうね。日本に帰れるんだろうか?早く帰らないとお父さんが心配してしまうよ」
「私も仕事がありますし、家族が心配していないか不安ですね……早く帰りたい」
私は独身一人暮らしだから、家で待ってる人はいないけど、実家には父も母も妹もいる。
いきなりいなくなったと知ったら、普通心配するだろう。
職場もそうだ。引き継ぎも何もしていなくていきなり行方不明になったら迷惑でしかない。
あぁ、同僚にも取引先にも申し訳ない……
お婆さんはお爺さんと二人暮らしだから、お爺さんを一人残しておくのも心配なんだそうだ。
きっと家事はお婆さんがやってたんだろうし、急に高齢者を一人残すのは不安だよね。
前を歩く男子高校生とサラリーマンは何やら興奮して話しているようだけど、お婆さんと私は不安で一杯だ。
廊下をしばらく歩き、行き着いた先は横幅三メートルは有りそうな巨大な扉の前。
明らかに格式ある広間の入口であることは一目見てわかった。
中から声が聞こえたと共に大きな扉が開かれ、中に入るよう促された。
これまた豪華な赤い絨毯の先に階段があり、一段高い位置にある椅子には高貴なオーラを纏い、一際豪華な衣装と冠をつけた男女が座っていた。
はい、あなたが国王様ですね。その隣は王妃様ですか?
案内した宰相は既に国王の隣に立ち、私たちへ階段下まで進み、そこで膝をついて頭を下げろと言った。
階段下まで行き、四人一列横に並び跪く。
いや、なんで勝手に呼んどいて私たちが跪かなきゃいけないの?
思うところはいっぱいあるけど、そんなこと言ったら大変なことになりそうなのはわかるので口にはしない。
「面をあげよ。異界よりよう来た。世はワンド王国国王ハルムディヒト二世である。まずは其方らの名を聞こう」
「私は、ヒデオ・カジと申します」
「僕は、シコン・アガツマです」
「トウコ・スズキです」
「私は、イノ・テラツカと申しますわ」
国王の言葉の後、宰相に促され右端のサラリーマンから男子高校生、私、お婆さんの順で名乗った。
最初のカジさんにつられて皆ファーストネームから答える。
男子高校生はキラキラネームだねーなんて暢気なことを思っていると、
「うむ、早速だが宰相よ、四人の鑑定を頼む」
「御意に」
名乗ってすぐ要件ですかー。
感じ悪い。勝手に呼び寄せた謝罪もないし、助けて欲しいわりに強引だし、お茶も出さないし。
そんなことを思いながら待っていると、銀色のプレートが何枚か載ったお盆を持って奥から人が出てきた。
それを宰相に渡し、まずはサラリーマンの前に宰相が立った。
「カジ殿、このプレートを持って“ステータス・オープン”と唱えてくだされ」
「ハイッ、……ステータス・オープン!」
サラリーマン改め、カジさんが立ち上がり右手でプレートを受け取り、唱えた。
顔は見えないけれど、声色は明るいしここから見える左手はガッツポーズになってるから嬉しいんだろう。
▽▽▽
名前 :ヒデオ・カジ
職業 :賢者
レベル :1
HP :1,500/1,500
MP :2,500/2,500
スキル :水魔法・火魔法・風魔法・土魔法・魔力自動回復・魔力消費軽減
経験値二倍・アイテムボックス・鑑定
ユニーク:ーー
その他 :魔法神の加護
△△△
カジさんの持っているプレートから半透明の液晶画面が浮き出した。
そこにはカジさんの情報が表示されているようで、表示されたと同時に会場内がざわつき始めた。
本人は日本でも魔法使いだったからこっちでは賢者かとかなんとかブツブツ聞こえる。
あの都市伝説の魔法使いって事?
隣のアガツマ君は、僕は魔法使いにはなれないのかとかブツブツ。
「なんと!賢者とは素晴らしい!!」
「誠に。HPも MPも桁違いですな。これは期待できますな!」
「「「おぉ〜!!」」」
国王と宰相の言葉に次いで広場内が喜びの声と拍手に包まれる。
その喜びのまま宰相が隣のアガツマ君にプレートを渡す。
▽▽▽
名前 :シコン・アガツマ
職業 :勇者
レベル :1
HP :2,700/2,700
MP :1,500/1,500
スキル :聖魔法・剣聖術・物理攻撃耐性・魔法攻撃耐性
経験値二倍・アイテムボックス・鑑定
ユニーク:絶対領域
その他 :闘神の加護
△△△
「なんと、其方が勇者か!」
「ユニークスキルの『絶対領域』とは?」
「「「おぉ〜!!!」」」
何となくだけど、アガツマ君が勇者って職業は納得できる。
正義感が強そうだから。
表示された数値がどのくらいすごいのかわからないけど、会場内の盛り上がり方からして二人とも異常値なのではないかと推察。
次は私だけど、なんで勝手に人前で晒されないといけないのか疑問に思う。
宰相に立つよう促され、プレートを渡される。
「(はいはい)ステータス・オープン」
▽▽▽
名前 :トウコ・スズキ
職業 :販売部
レベル :1
HP :250
MP :400
スキル :鑑定
ユニーク:予定
その他 :
△△△
「ん?どういう事だ?」
「職業の販売部とは聞いたことがないですな?それにしても数値が……」
「「「……」」」
いや、それは私が聞きたい。
販売部ってなんだー!!
私のステータス情報を見た国王と宰相は、さっきまであんなに喜んでいた顔が真顔になり、無言で隣のお婆さんの前へ。
お婆さんに立つように促し、プレートを渡す。
オイオイ、私はシカト?
いきなり見えなくなったのか?
「ス、ステータス・オープン?」
▽▽▽
名前 :イノ・テラツカ
職業 :聖女
レベル :1
HP :1,200/1,200
MP :2,800/2,800
スキル :聖魔法・魔力消費軽減・魔力制御
経験値二倍・アイテムボックス・鑑定
ユニーク:聖域展開
その他 :医神の加護
「聖女だと!?」
「これまた教会になんと言われるか……」
「「「わぁーーっ!!!」」」
えぇ……
私の時とは大違いで、また会場内が湧き上がる。
明らかに私のステータスという情報の数字だけ、他の三人の十分の一程度。
いい加減な気持ちでステータス・オープンって言ったから?
そんなわけないと思いたい。
カジさん、アガツマ君は現在自分のステータス情報に夢中。
テラツカさんだけ、小声で大丈夫? と聞いてきてくれた。
私も小声で、大丈夫じゃない気がしますと答えた。
その後、この世界の成人平均ステータス(レベル1)が私ぐらいであると教えてもらい、国王が何やら言ってたけど、落ち込んだ私の耳には入ってこない。
今後の話し合いをするので別室にまた移動だと言われ、今いる謁見の間というところから出された。
出るときに国王と宰相が何やら話してたけど、私にはやはり聞こえない。
移動の最中サラリーマン賢者のカジさんが隣に来て、
「裏主人公じゃないですか、良かったですね。表の主人公はアガツマ君でしょうね。私は異世界に来てもモブのままなようです」
とかほざいて来た。
「裏主人公って何ですか?モブの意味くらいは知ってますよ。”サラリーマン賢者”のカジさんがモブなわけないじゃないですか」
ちょっと怒気を強めて”サラリーマン賢者”に嫌味をのせて反論する。
「……その内わかりますよ」
カジさんはちょっとムッとしたような顔をしたけど、含みを持たせた笑みで小さくそう呟いて私の先に進んで行った。
裏主人公って何?
意味わからないこと呟かれても余計混乱するだけじゃん!
あの人絶対この状況を楽しんでるわ。
♢♢♢
移動した先の部屋で私たち四人椅子に座るよう言われ、しばらくして今度はお茶が出された。
緊張と不安で喉はカラカラ。
なのに、熱いお茶とか一気飲みできないじゃない……
そこに宰相が入ってきて、今後のことを詳しく話してくれた。
宰相の説明では、魔王を倒すことで元の世界に戻れること。
魔王を倒す力をつけるため、各経験を積みレベルなるものを上げること。
力をつける環境はこの国が保障し、一人一人に適した人材をつけるなど。
もちろん皆戦うことを拒んだけど、何も知らないこの世界に放り出すことになるなんて言われたら拒否権なんてないでしょ!
何が保障だ! 命の保障もないくせに!
なんて憤りはあるが、この話は私以外の能力の高い三人用。
「スズキ様には申し訳ありませんが、御三方とは別で後方支援を行って頂く事となります」
「まあそうですよね、どう見ても戦闘能力無いですし」
「皆様には明日より個別の人材を派遣させて頂きますので、本日はご用意した各お部屋でお休みくださいませ」
「あの、この後の夕食はどうなりますか?」
私は仕事帰りでお腹がペコペコなので聞いてみた。
ご飯ぐらい出してくれますよね?
「はい?もうこのようなお時間ですから皆様召し上がられていると思っておりました。ご用意できるものを手配しますので、ご希望の方は他におられますかな?」
手を挙げたのは私とカジさんだけだった。
どうやらアガツマ君とテラツカさんは既に友人と食べ終え、その帰りだったそうだ。
聞くとこの世界の夕食は大体十七時から十八時頃なんだと。
何でこんな時間に召喚なんて事したんだ!
後々聞いた話だが、勇者召喚の儀は何十人の魔法使い達により何十時間もかけて行われ、何千回に一回成功するかしないかと言うくらいシビアなもので、ましてや時間の指定など出来ないそうだ。
もちろんこの儀式は世界で禁忌とされているし、その方法すら秘匿されていたはずなのに、この国はどこかから調べてやり続けていたみたい。
話は戻り、お腹の空いている私とカジさんは広い食堂に案内され、食事済みの二人は先に各部屋へ案内された。
食堂では、ちょっと硬いパンとチキンステーキのようなおかずと具のないスープが出された。
味は……何と言うか全体的に薄い。
塩胡椒少々で、素材の味をいかしています!って感じの味。
わざわざ作ってくれたんだから文句言うなんて失礼なんだけど、ちょっと残念さは否めない。
カジさんもそんなような顔をして食べていた気がする。
さっき嫌味を言ってしまったせいか、お互い食事中は話すこともなく黙々と食べ終えた。
「初めまして、スズキ様のお世話を任されましたエヴァと申します。どうぞ宜しくお願い致します」
そう言って私に声をかけてきたのは、二十代前半ぐらいに見えるメイド服を着た女性だった。
背筋がスッとしていて、とても綺麗な立ち姿勢。
流石、王城で働くメイドさんだなと感心する。
カジさんにも別のメイドさんがつくようだ。
カジさんの顔が赤いのは気のせいかな?
確かに二人ともとても美人である。
「宜しくお願いします」
「それではお部屋へご案内致します」
そう言って歩き出したエヴァさんの後に付いていく。
カジさんとは部屋の方向が違うようで食堂で別れた。
歩き方も隙がないくらい綺麗だなーっと見惚れている間に部屋に到着。
「こちらがスズキ様のお部屋となります。ナイトウェアはベッドの上に、着替えはベッド脇に複数掛けておりますので、明日の朝お好きなものをお召し下さい」
案内されたのは六畳ほどの部屋。
扉を開けて、エヴァさんが入室を促し、中の説明をしてくれる。
見た感じ、シングルベッド一つ、サイドテーブル一つ、ベット脇に洋服の掛かったラックが一つ、テーブルと椅子が二脚のみ。
とってもシンプルな部屋だけど、灯りが蝋燭だからか若干薄暗い。
「はい、ありがとうございます。ところでお手洗いとお風呂はどちらですか?」
「お手洗いはこちらです」
と、部屋から少し離れた場所に案内されて行ってみたが、ぼっとん式でした。しかも藁で拭くんだと。
それもショックだったけど、もっとショックだったのが、
「浴室のご用意はございませんので、お湯で体をお拭き頂く事となります」
えっ? ここは城なんだよね?
お風呂ぐらいあるって思うのは私だけ?
それこそ他国のお偉いさんとか迎え入れるのってお城じゃないの?
それともお風呂はあるけど、私は入れないとか?
そっちの方がなんかしっくり来るのは考えすぎ?
「そ、そうなんですか……わかりました」
それからお湯を持ってきてくれたエヴァさんは、明日朝起こしに来ると言って帰って行った。
「はあぁぁぁ……」
私はお湯を見ながらため息しか出なかった。
なんて事に巻き込まれてしまったんだ……
もうキャパオーバーも良いところだよ。
とりあえず、顔を洗おうと思ったけど、化粧落としも洗顔料も持ってないんだよ?
この世界の人はどうしてるんだ!?
あぁ……肌荒れがひどくなりそう……泣けてきた。
顔を洗って、お湯と一緒に持ってきてもらったタオルで体を拭く。
タオルもゴワゴワしていて全然さっぱりしない!
あああああ、お風呂に入りたい!!
寝間着に着替えベッドへダイブ。
ベッドは硬すぎず柔らかすぎず。
だめだ……眠い。
あぁ、歯……磨いてない……