出国はあっさりと、その先が濃厚で。
人によっては少し残酷な描写と感じるかもしれません。
商人ナージン改めヤコブさんの情報を知ったからと言って、結局何ができる事もなかった。
既にヤコブさんとは距離が離れているし、私の居場所を逐一知る事など出来ないだろうし。
唯一気をつける事は、出来るだけヤヴォン国には近付かないようにする事だろうか。
もし、どこかで捕まったとしても、抜け出すのは容易だと思うしね。
いやこの考えがそもそもダメなのか!
これを油断していると言うのではないだろうか?
また私は痛い目に遭いたいのか?
今一度気を引き締めろ。
と自問自答しながら、両手で自分の顔を思いっきり叩いた。
……痛くなかった。
“怪我をしない”の予定が実行されていたため。
そんな事を一人で考えながらも、馬車は順調に進んでいて、また気付かぬ間にヨーク国の国境に着いてしまった。
巨大な砦。
悠に高さ三十メートルは超えているだろう。
門が見えてくると、そこには八人ぐらい兵士が並んでいた。
大丈夫かな……ここまで来てワンド国を脱出できないとか言わないよね?
「止まれ!」
兵士の一人が馬車に近づいてきてそう叫んだ。
ゆっくり馬車が止まり、近づいてきた兵士に乗客全員降り、身分証を提示せよと言われた。
初めに御者と護衛の冒険者が通行証のようなものを出し、すぐさま馬車に戻って良いと言われる。
次は私たち乗客の番。
一人ずつ身分証を出し、質問に答えていく。
私もドキドキしながら冒険者ギルドの身分証を渡す。
受け取った兵士は私に手のひらサイズの水晶を持つようにと渡してきた。
私は水晶を受け取り、兵士は私の身分証を見ながら、
「ヨーク国へは何しに?」
「故郷に帰るために通ります」
「国はどこだ?」
「日本です」
「ニホン?聞いた事ない国だな」
「はるか遠い国です」
「ふむ、嘘はついていないようだな。最後に、犯罪は犯していないか?」
「犯していません」
「ふむ、馬車に戻ってよし」
ふぅー、危なかった。
水晶を渡された時に咄嗟に鑑定をしておいて良かった。
▽▽▽
真偽の水晶:嘘をついていない場合青く、嘘をついた場合赤く光る魔道具
△△△
私が持って質問に答えた時、全て青く光ってくれたので検問から解放されたようだ。
初めの予定では、ヤヴォン国にいる師匠に会いに行くと言おうとしていたので、水晶を鑑定せず答えていたら赤く光って、拘束されていたかもしれない。
この世界にニホンなんて国は無いけど、実際には異世界に存在しているし、私が帰ろうとしていることに嘘はない。
ただ、国王や宰相達を殴ったのが“暴行罪”や、慰謝料を勝手にもらったのを“窃盗罪”だと言われたら完全に罪を犯しているし、水晶は赤く光っていただろう。
でも、犯罪は犯していないかとの問いに犯していないと答えて、水晶は青く光った。
これは誰が判定しているのだろうか?
とにかく無事乗り切れた事に安堵する。
私もまた馬車に乗り込み、同乗している乗客全員通行許可が降りると、砦の門の前まで馬車は進んだ。
門をくぐるところで、乗客一人ずつ入国税銀貨一枚を払って入国する。
やった……これでワンド国を抜けた……
抜けられたんだ!!
涙が込み上げてくるけど、まだ国境を越えたばかり。
涙を堪えて馬車の進む先を見つめた。
♢♢♢
それから二時間ほど走り、一時休憩しようと馬車が速度を緩めた時、御者台から、
「おい、兵士が倒れてるぞ!」
と声が上がった。
馬車は止まり、冒険者達三人が様子を見に向かう。
「大丈夫、近くに魔物はいない。だが、兵士はダメだった」
冒険者が一人戻り、御者に伝える。
私の隣に座っていたお婆さんに遺体はこう言う場合どうするのか聞くと、遺体の身分証のみ持ち帰り、遺体はその場に埋葬するか燃やすかするらしい。
これは他の魔物が餌と思って寄ってこないためにするそうだ。
確かに関係のない兵士の死体を馬車に乗せる義務はない。
でも、この場で埋葬か燃やすのは……街にはその人の身内がいるかもしれない。
家族が帰りを待ってるんだと思うと、全く私に関係ない兵士のはずなのに、居ても立っても居られなくて、私は馬車から降りてその場に向かっていた。
遠目で冒険者二名が、倒れている兵士の鎧などを脱がせようとしているのが見えた。
そこで止まっておけば良かったんだ。
冒険者の近くにより、
「あの、私アイテムボッ……」
そう言いかけた時、仰向けにされているその兵士の体を私の目が捕らえてしまう。
左胸から腹部にかけて爪で抉られたような大きな傷があり、そこから赤黒い血と、どこの部位かも判別できない内臓が出ていた。
そのあまりにも惨い体を直視してしまい、腹から込み上げる物を抑え林に駆け込む。
間近で見た人の死があまりに生々しいもので、先程の光景が脳裏に焼き付き、何度も吐く。
もう既に胃液しか出ない。
ワームと対峙した時よりも、体はガクガク震えている。
ブヒヒン……
いきなり私の耳元で鳴き声がして、魔物かとバッと顔を上げた。
そこには鞍を付けた傷だらけの馬がこちらを見たまま佇んでいる。
その距離は余りに近く、馬の顔と私の顔が触れるか触れないかの距離。
驚きすぎてヒュッ、と喉がなり息を止めてしまい声が出せなかった。
それでも馬に敵意はないようで、突進したり蹴り飛ばされるような事はなく、つぶらな瞳で私を見つめてくる。
ハッとして、私は馬から少し離れ、ストレージから水の皮袋を取り出し、汚れた口を濯ぐ。
よく見ると、馬の鞍には砦にいた兵士の鎧と同じ模様が刻まれている。
兵士が乗っていた馬なのか。
「こっちへおいで」
馬はゆっくり私に近寄ろうとしているが、どうやら後ろ足にも怪我を負っているようで、引きずっていた。
「ちょっと待っててね」
私はまだ先程の衝撃から立ち直れていないが、冒険者の元に戻る。
「大丈夫か?」
どうやら遺体に布を掛けて見えなくしてくれているようだ。
それでもまだ震えるし、思い出してしまう。
「はい、ごめんなさい、だいぶ落ち着きました。そこの林に彼が乗っていた思われる馬がいるんですが、足を怪我しているらしくて」
と、馬の方を指すと女性冒険者の方が向かってくれた。
「あの、彼はどうするんですか?」
「ああ、連れて行けないからな。埋めてくよ。一人って事はおそらく伝令役だろう」
やはり埋葬か……
どんな人かも知らないのに、連れて帰ってあげたいなんて、私の自己満だけど、
「あの、アイテムボックス持ちなので彼をフレイまで連れていくことは可能ですか?」
と、言ってしまっていた。
「!?ああだから荷物が少ないのか。構わないし、向こうでは礼を言われるだろうよ」
そう言われたので、布に包まれたままの兵士をストレージの⦅停止空間⦆に入れた。
包まれた状態でも一瞬触るのに躊躇ってしまった私は偽善者でしかない。
「この子フレイまでは持たないかも」
そう言って馬のところに行ってくれた女性の冒険者が足を引きずった馬を連れてきた。
「そうか、仕方ないな。あんたは見ない方が良いぞ」
と、男性の冒険者が剣を抜き、私に言ってきた。
「えっ?助けないんですか?」
「この傷を完治させるには中級を二本ってところか……ポーションも貴重だからな。軍が金出して引き取ってくれるんなら良いんだが、怪我を負った馬は基本処分されるんだ。それにこの傷ならこれから先進めんだろ?そうすると魔物の餌になっちまうから、その前に眠らせてやるんだ」
「ちょっと待って!私治します!処分しないで!」
グシャグシャになった顔で叫んだ。
これ以上この場で命が消えるのは耐えられなかった。
そう思ったら勝手に回復魔法を馬にかけてしまっていた。




