勇者召喚って知らんがな。
初投稿です。とても拙い文章ですが、ご容赦下さい。
仕事を終え、20時台の電車に乗って家路を急ぐ。
帰宅ラッシュ時だけど、タイミング良く席に座る事ができた。
今日は、新フェア開始日で朝一から慌ただしく、数時間メールのチェックが出来ていなかった。
鞄からキーボード付きのタブレットを出し、メールのアプリを開く。
おっ、K社さんから返信が来てる。
商談は6月15日の13時からうちの本社でか。
スケジュールを確認するとその日は問題なさそうだ。
承諾の返信をして、早速スケジュールアプリと手帳に予定を入れておく。
私は、3店舗ある雑貨店を営む会社の「販売部」に所属している。
「販売部」では、各店舗で取り扱う商品の仕入れや、ディスプレイ方法の指導などを行っている。
元々は就職活動に失敗して短大を卒業、アルバイトで今の会社の雑貨店に入社した。
二年のアルバイト経験を経て、正社員登用からの販売部に配属となり、現在四年目の25歳。
日々様々な商品に触れ、自分が仕入れた商品が店頭に並ぶ事に喜びとやりがいを感じている今日この頃。
「ありがとうね」
左隣からの声に、予定を入力していたタブレットからそちらに顔を向けると、隣に座った年配の女性が、向かいの高校生らしき男性にお礼を言っていた。
笑顔で頷く男子高校生。
なんて爽やかなこと。
席が入れ替わっていることにも気づかなかったから、男子高校生は声をかけるでもなく、サッと立ち上がったんではないだろうか。
仕事のメールとは言え、タブレットに夢中で周りが見えていなかった私は、その爽やかな笑顔に情けなく恥ずかしい気持ちになった。
それでも、親切な子がいるんだなとちょっとホッコリしいてると、急に足元が明るくなる。
直後、鮮烈な光とともに急激な目眩と浮遊感が私を襲った。
「……成功だ!!」
「四名とは、素晴らしい!!」
「おい!急いで報告してこい!」
「やっと……報われた……」
まだ先ほどの眩しさから視界ははっきりしないが、近くからザワザワと多くの人の声がする。
「うっ……うん?」
なんだ、何が起きた?
脱線事故にでも巻き込まれたとか?
でも体は痛くないな……
ぼやけた視界が少しずつ回復してくると、辺りの様子がわかってきた。
明らかに、さっきまでいた車内ではない。
体育館ほどはありそうな大きな広間、大理石のようなツルッとした床に、今私は直に座っているようだ。
目の前には、とある夏の祭典でよく見る西洋風の様々なコスプレをした人達。
いや、コスプレと言うにはあまりに着慣れている感が漂っている。
「どうなってるんだ?」
この光景に私の脳の処理は追い付かず呆けていると、右隣から男性の声が聞こえたので顔を向ける。
そこには、電車で年配の女性に席を譲っていた男子高校生がいた。
「ここは?……ゴホゴホッ」
左隣から女性の咳が聞こえ、見ると電車で隣に座っていた年配の女性がいた。
「有り得んだろ……」
背後から声がしたので振り返ると、四十代ぐらいのスーツを着た男性がいた。
この人は見覚えがないけど、状況的に電車で私の近くにいたのではないだろうか。
今この場でコスプレをしていないのは、私、男子高校生、お婆さん、サラリーマンの四人のみ。
状況は飲み込めないけど、超常現象が起きたことだけは理解できた。
だって、一瞬で電車内からこんな広間に移動できるわけがない。
「皆様、混乱しておられると思いますが、状況をご説明させていただきます」
コスプレ集団から一歩前に出た男性が話しかけてきた。
あれ?よく見ると外国の男性?
顔の作りが日本人じゃない。
だけど、とても流暢な日本語。
「ゴホゴホッ」
「大丈夫ですか?」
「ええ、ちょっとお薬を……」
私が話しかけると、お婆さんは持っていた鞄から喘息用の吸入器を取り出し、吸引した。
「話を遮ってごめんなさい。落ち着いたので話を進めて頂戴」
薬のおかげでお婆さんも少し落ち着き、話しかけてきた男性に続きを促した。
「このままでは失礼ですので、場所を変えさせていただいても宜しいでしょうか?」
確かに。
冷たく硬い床に座ったまま聞くほど苦痛はない。
他の皆さんも同意見だったのか、動揺しながらも立ち上がる。
男子高校生は素早くお婆さんに手を差し伸べてあげるところから、好感度爆上がり。
サラリーマンは何かぶつぶつ独り言を言ってたけど、聞き取れなかった。
私は、足元に転がっていたタブレットを鞄にしまい、一番後ろからついていく。
誰も文句を言わずコスプレの人たちについて行くあたり、日本人っぽいなと呑気に考えたけど、そんな私も流される典型。
歩きながら、明らかに日本で見たことのない室内に、キョロキョロしてしまう。
絨毯の敷き詰められた広い廊下、脇には煌びやかな調度品が並び、等間隔に騎士のような服装をしたコスプレさん達が直立している。
兜を被っているから日本人なのか外国人なのか判別は出来ないけど、鎧を着ているからかみなさん一様に体が大きく見える。
心なしか張り詰めていてプレッシャーすら感じるのは気のせいだろうか?
しかし、一体いつの時代だ?
日本ではこんな重装備を見たことがないから、日本でないとは思う。
終いには肖像画らしき絵画を見た時、描かれている文字が英語ですらなかった。
だけど、何故か不思議と読む事が出来た。
“初代国王 エルバルト・ワンド”
誰? 聞いたことが無いんだけど。
もっとちゃんと世界史を勉強しておけば良かったか……
いやいやいや違う、そもそもなぜ見たこともない文字が読めるの?
♢♢♢
ここは海外の城か?と思うような作りの廊下を抜け、大きな扉の前に案内された。
先頭のコスプレさんが扉をノックし、入室の許可を取ると扉が開かれた。
「よくぞ参られた!ささ、こちらへ!」
扉が空いた瞬間、近世? 中世? どこの時代かわからないような、煌びやかな衣装を着た小太りの男性が、手を広げて歓迎の言葉を述べた。
案内してくれた人たちは魔法使いっぽいコスプレだったけど、この人は貴族風だな。
ちょっと偉そうな雰囲気を感じるし。
貴族コスプレに促され、中のソファに無言で座る私たち。
「いきなりこんな場所に説明もなく申し訳ありません。私はこの国ワンド国で宰相を務めておりますシェーマス・アルガンドと申します。端的に申し上げて、あなた方を召喚の儀により異界よりお呼び立て致しました」
「「はっ?」」
「やっぱりか」
私と男子高校生の声が重なり、サラリーマンがやっぱりかと呟いた。
ワンド国? サイショウ? 聴き慣れない国に、聴き慣れない役職。
宰相って何だっけ? 中国の歴史漫画で聞いた記憶があるけど、間違いでなければ王様の補佐的な人だった気がする。
偉い立場である事は理解できる。
しかし、召喚ってなに?
「つまり、私たちの力が必要で違う世界から呼び寄せたって事ですか?」
「おおー、話の解るお方ですな。そうです、この国は現在魔族に攻め込まれようとしています。ですので、貴方方のお力をお貸しいただきたいのです」
「魔族か……と言う事は魔物がいたり、魔法が使える世界ですか?」
「はい、おっしゃる通りですーー」
「ちょっと待って下さい!話が全然見えないんですけど!」
勝手にシェーマスって人とサラリーマンが話し出して止まらない。
全然言ってる意味がわからないから話を遮った。
「……チッ、異世界召喚知らないクチかよ」
サラリーマンに舌打ちされる。
いや、知らんがな!
「異世界召喚って、まさか漫画の世界でしょう?」
男子高校生はわかるみたいだ。
お婆さんは呆けている様だから、私たち二人は状況が掴めないまま。
そんな私たちにサラリーマンが掻い摘んで説明してくれた。
曰く、ここは地球が存在する世界とは異なる世界である。
お約束として魔法を使うことができ、凶暴な生物がひしめいており、異界から召喚された者には世界を渡る際に例外なく特殊な能力が与えられる。
そして、召喚された国に、魔王なる邪悪な存在や強力な力を持った魔物を倒して欲しいと頼まれる。
そんな小説や漫画が日本で流行っているとか。
「いやいやいや、ファンタジーにも程があるでしょ!」
「本当にここは地球じゃないのかい?」
「ええ、確実に地球じゃないですね。現実的に考えて、乗っていた電車からあの広場へ瞬時に移動できると思いますか?」
そう言われて私とお婆さんはまた黙り込む。
そんな事はわかってる! でもすぐに信じろっていう方が可笑しいでしょ! って言いたかったけど堪えた。
心の中で叫ぶに留める。
「オホンッ。そろそろ話の続きをよろしいですかな?」
「失礼しました。それで私たちに魔族との戦に加われと言うのですよね?」
「ええ、是非とも魔族の王、魔王を倒して欲しいのです」
「キタキタキター!小説読んでて良かったわ!」
また宰相とサラリーマンで話し始め、1人テンションの高いサラリーマン。
せめて男子高校生がテンション高いなら納得できるけど、いい歳したサラリーマンが……所謂厨二病か?
その言葉は知ってるぞ?
「ご納得いただけない方も勿論おられると思いますが、この後は我が王の前で鑑定の儀にご参加頂きます。その後改めて今後の予定などをご説明させて頂きます」
えっ? 王って? 拒否権なしなの?
話がどんどん先に進んでいって、私の思考は置いてけぼり。
非現実的すぎてついていけないんだけど。
その後、宰相の部屋に国王の準備ができたと知らせが来て、またまた部屋を移動することに。
それにしても、お茶くらい出してくれよ。
ここに来てから一時も落ち着けないし、考える時間すらもらえない。