山岡圭史~魔王からの挑戦状(1)~
ーー某県桜川市。
人口約100万強のこの街は、春になると満開の桜が咲き乱れ、一大観光名所と化す。
また、都市部と密接した関係にあり、年々人口は増加してゆく。
桜川市中央警察署に勤務する刑事第一課長の山岡圭史は、じ若くして警部に昇任したエリート。
冷静沈着でありながら人一倍熱い男と評価が高く、人望も厚い。どのような事態であっても臨機応変に指示し、部下からは憧れの的となっている。
「山岡課長。例の挑戦状の件ですが」
山岡の前に立つのは刑事第一課巡査部長の森本剛。そして同課同階級の茂野重蔵。
年若く、細身でありながらその服の下は筋骨隆々。毎日の鍛錬を欠かすことなく、柔道、剣道などの武術は3段以上。誰よりもストイックでありながら、甘いマスクと柔和な対応は女性被害者の心をも開く。
対して、何十年と渡り勤めあげてきたベテランの風格を漂わせるのが茂野重蔵。波乱万丈な警察人生であったが、それゆえに経験と知識は豊富な叩き上げの刑事だ。
「ああ、そうだったな」
山岡は「挑戦状」のコピーを眺める。次に口を開いたのは茂野。
「愉快犯か、悪ガキか。ただなぁ、文章が幼稚なんだよな。なんだい魔王って」
「どちらにしても、挑戦状・・・犯行予告通りであれば今夜11時に桜川市総合体育館が爆破される、ということだ。この内容は既に署長以下各幹部に報告し、周辺の警備体制は強化している」
「あと半日っすか・・・」
森本は腕時計を見て呟く。
事の発端は2時間前に遡る。
桜町市中央警察署宛に送り主不明の薄封筒が届いた。
当初、危険物が入っているのでは、との疑念からあらゆる確認が行われたが、封を切れば、中には紙が一枚入っているだけであった。
文字はパソコンで打たれたようで、堂々と「挑戦状」と記載されている。
私はこの世界を変革するため顕現した魔王だ。
諸君らには、絶望を味あわせてやる。
本日午後11時 桜川市総合体育館を爆破する。
警戒を怠るな。私は必ず実行する。
爆破させたくなければ、私を滅ぼしてみせよ。
勇者たる諸君らの活躍を期待する。
「・・・なぁにが魔王っすかね。そして俺らは勇者ですか」
「この挑戦状の指紋分析などは?」
「既に鑑識に渡してます」
「目的はなんだろうねぇ。絶望していた味あわせてやる…恨み辛みかぁ?にしても、ちょいと恨み部分がこう…弱い気がするよなぁ」
「手紙の特定に関しては茂野部長と森本部長に任せたい。何かあれば私に言ってくれ」
「了解っす」「了解」二人は同時に返事をし、山岡の前から離れる。
――――――――――――――――――
二人が離れると同時に山岡の卓上の電話機が鳴る。
「山岡だ」
『桜川通信の長谷川という方からお電話です』
「…はぁ。繋げてくれ」
数秒の間の後、陽気な声が山岡の耳を貫く。
『どーも!桜川通信の』
「用件はなんだ」
「桜川通信」とは仮の名。電話の相手は「月間サクラ」という雑誌のライター、長谷川。
この長谷川という名前も偽名なのかもしれないが、山岡とはある事件をきっかけに度々連絡を取り合う。
もちろん山岡は情報漏洩に繋がる会話はせず、かといって長谷川の情報が求めるものであれば、ある程度の共有はする。信頼はしていないが、多少なり信用はしているといったところか。
『つれないなぁ、山岡さん。あれ?忙しい?忙しいよね?』
「このタイミングで連絡してくるということは」
『そちらさんにも届いてるでしょ、挑戦状ってヤツ』
山岡は大きくため息をつく。
「30分後に会えるか?」
『えぇ、いつもんとこで待ってますよ』
「わかった」
山岡はメガネの位置を直し、席を立った。
「山岡課長!」
山岡が席を立つと同時に坊主頭の課員が声を掛ける。
「組織犯罪対策課の大村課長が山岡課長を探してましたよ」
「…わかった」
山岡は重い表情で刑事課の部屋を抜けた。
――――――――――――――――――
「大村先輩は…屋上か」
組織犯罪対策課の大村大吾は、山岡が刑事課に入って間もない頃、一から教え上げた先輩。
大柄な見た目通り、豪快な性格であり、何十何百もの暴力団を相手にしてきた歴戦の刑事である。
完璧主義に近い山岡にとって、大村は適当な性格であり、正反対であるが、それでも山岡は今でも大村に憧れを持っており、二人きりのときは「先輩」とつける。
「山岡ぁ!探したぞぅ!」
案の定、大村は屋上で煙草を吸っていた。
「先輩、屋上で煙草吸ってたらまた始末書ですよ」
「知るかよ。…それよりどうなんだ、例の件」
「挑戦状ですか…。特定には時間がかかりそうです」
「そうか。おぅ、それでな。今回ワシそっちに協力できそうにないわ」
「というと?」
「暴力団員…あ、元か。アレの恋人殺害事件だよ」
一昨日、桜川市の住宅街である女性が殺害された。
死因は鋭利な刃物による刺殺。
自宅マンションには鍵がかかっておらず、部屋には争った形跡があり、女性の体にはアザなどがみられたことから、物取りが犯行を見られた末に女性を刺した…と思われた。
しかし、その女性の彼氏の行方が不明であること。
更には刃物から彼氏の指紋が検出されたこと。
これにより、その彼氏が犯人である線が強まった。
というのも、その彼氏は「黄龍組」という暴力団組織の一員であり、組織犯罪対策課長である大村も知る人物だった。
もちろん殺害された女性のことも情報として知っていた上、不仲であることも聞いていた。
そのため、早い段階で彼氏の犯行という線も浮上させていたのであった。
「…んまぁ、まだ容疑ってところだがな。だが濃厚とみて悪くはないだろうよ」
「…なるほど」
山岡も知っていたが、複数の別の事件に関わっていたことからその事件の全てまでは把握していない。
「それだけ言いたかったんだ。わりぃね。もしそのヤマに何処ぞの組が関わってたら教えてくれ。多少なり力になれるかもしれないからな」
「わかりました。ありがとうございます」
山岡は深く頭を下げ、その場を後にした。
かくしてようやく、山岡は長谷川の元へ向かった。
――――――――――――――――――
一方その頃、桜川市の外れの公園には子ども達が集まっており、そこには、男が一人佇んでいた。
周りには物珍しそうに目を光らせる子どもたち。
「……なんだ……これ」
呆然とした表情で呟く男は、まるでゲームのキャラクターに出てきそうな勇者風の格好をしていた。