食事
「何か用ですか、女王様。」
こんな状況に陥れてくれた事の腹いせのようにぶっきらぼうな口調で尋ねる。
「……食事の用意ができましたのでご一緒にどうかと思いまして。」
俺のつっけんどんな言葉に一瞬ひるんだものの、努めて平静を保ちながらそう言ってきた。
そう言えばこの世界に来てから何も食べていないし飲んでもいない。
そう気づくと途端に空腹になってきた。
しかし、まだ信用もしていない相手の用意した食べ物をほいほい食べても良いものか…
そんな俺の逡巡も食事と聞いて盛大に鳴り始めた腹の根には勝てなかった。
俺は立ち上がり、ルノアリアと共に部屋を出た。
「まさか女王様自らお出迎えとはね。」
ルノアリアに付いてやたらと長い廊下を歩きながら俺は皮肉交じりにそう呟いた。
廊下は大人が四~五人横になって歩いても平気な位広く、床には分厚い臙脂色の絨毯がどこまでも敷かれている。
壁には所々に絵がかけられていて、それを部屋にあったのと同じような照明が照らしている。
数メートルおきに彫刻や花を活けた巨大な花瓶が置かれている。
どうやらここは城の中でもかなり主要な廊下らしい。
「異邦者様の了承も得ず、勝手に召喚したのは私です。
謝罪のしようもありませんが、私にできる事であれば何でもいたします。」
俺の皮肉に気付いているのかいないのか、ルノアリアは静かな口調で返した。
その落ち着きぶりに急に俺が子供じみた癇癪を起こしている事に気付き、気恥ずかしくなった。
「い、いや…それはもういいんだ。起こってしまった事だし…」
なんとなく後ろめたさを感じて取り繕っていると金で飾られた大きな扉の前にたどり着いた。
扉の横には二人の兵士が立っていて、俺達が前に立つと同時に扉を開けた。
中は恐ろしく巨大な部屋だった。
小学校の体育館位の広さで天井もその位あり、壁も天井もびっしりと装飾が施されている。
壁も床も真っ白な大理石で、花や絵画、彫刻が嫌味にならない程度に配置されている。
素人目に見ても分かる、信じられない位豪華な部屋だった。
中央には巨大な細い長方形の形をしたテーブル(これも大理石でできている)が置かれていて、その周囲に十数脚のこれまた豪華な椅子が配置されている。
テーブルには既に食器が二セット、向かい合うように置かれていた。
どうやら食事をするのは俺とルノアリアだけらしい。
俺とルノアリアが席に着くと間もなく食事が運ばれてきた。
それぞれの目の前に褐色の温かなスープ、パン、旨そうな匂いを放っている巨大な焼いた肉の塊、野菜が並べられ、分厚いガラスでできたゴブレットには葡萄酒のような色の飲み物が注がれた。
俺の腹の音は嫌が応もなくなり続けている。
が、俺は躊躇していた。
果たしてこれをそのまま食べても良いのだろうか?
何か盛られている可能性はないか?
ここまで俺はルノアリアの頼みを聞き入れてはいない。
仮に彼女が俺を不要と判断して新たな人間を召喚しようと考えているなら、俺の存在は返って邪魔になるのでは?
どうにも最初の一口を運べずかといって空腹には勝てずで迷っていると、ルノアリアがツと席を立ち、俺の横の席に座ってきた。
そしておもむろに俺の前に置かれている肉の皿を自分の元へ引き寄せ、真ん中あたりを切り取って口へ運び、何口か咀嚼した後に飲み下した。
それからパンを取って大きくちぎって食べ、ゴブレットの中のものも一口飲むと俺に微笑みかけてきた。
ここまでされたら嫌でもわかる。
彼女は自らこの食事は安全であると身をもって示したのだ。
女王である彼女が間違って服毒してしまう可能性のある毒見役を引き受けるわけがないし、なによりここまでされたうえで尚も躊躇しているのは返って自分の立場が危うくなる可能性の方が高い。
俺の脳裏に、かつて会社で大失敗をした時のことが浮かんできた。
あれは入社して二年目の頃、下請けとの契約の見直しを担当していて下請けから提示されたギリギリの条件を渋っていたら相手が切れ、今後一切の取引はしないと言われたのだった。
お蔭で現場のスケジュールがボロボロになり現場からはボロクソに言われ、上司からは大目玉を喰らい、下請け先に伺って平謝りに謝ってなんとか関係を戻してもらったのだ。
一週間で体重が五キロ減って学んだのは、”相手にも限界値があり、そこを超えるまでレスポンスを伸ばしてはいけない”という事。
そしておそらく今がその時だ。
というか既に腹の音が限界を超えていた。
俺は覚悟を決めて目の前にある肉を口に運んだ。
美味い。
口いっぱいに濃厚な肉の味が広がっていく。
豚肉に似ているが、それよりも遥かに味が強い、が香辛料が効いているおかげで肉の臭みはほとんど感じない。
むしろ香辛料によって肉の臭みが強烈な肉の味に変化してると言っていいかもしれない。
肉はしっかりとローストされていて、間にニンニクなど様々な野菜が挟まれている。
この野菜から出てきた旨味が肉とマッチして複雑な味わいを形成している。
パンは普段食べているパンと違いどっしりと重く、かなり酸味が強いがそれがまた肉によく合っている。
スープはクリーム主体で芋のような根菜を茹でて裏ごしした物も入っているようだ。
野菜はシンプルに茹でた温野菜に塩をかけただけのものだが、これが肉を食べた口の中の脂を洗い流す役割を果たしている。
ゴブレットの中のものはまさにワインそのままだったが、今まで飲んだワインよりもかなり濃厚で酸味と苦みが強く、アルコール分はあまり無いようだ。
気が付けば俺は夢中で目の前の料理を胃に詰め込んでいた。
食事はあっという間に終わった。
俺が食べ終わってもルノアリアはまだ食事が途中で(結局俺の横の席で食べている)、
俺の目の前の食器は全て片付けられ、お茶とケーキが運ばれてきた。
日本で売ってるケーキとは違い、どっしりしていてクリームではなく蜂蜜がかかっていたが中に様々なドライフラワーが入っていて美味しいケーキだったし、お茶は何とも言えない不思議な香りのするお茶だったがケーキによく合っていた。
食事が終わり、二人の食器が下げられるとしばらく沈黙が訪れた。
「……」
「………」
「……………」
「で」「あの」
二人が口を開いたのは全く同じタイミングだった。