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恐怖

 それを見た瞬間、頭の中が破裂するように膨らんでいくのを感じた。


 (刺された!?本当に?誰に!?)


 視界が狭まり、赤く濁っていく。


 (誰がこんな?死ぬ?俺は死ぬのか?)


 急速にパニックになっていく自分がわかるが抑える事が出来ない。

 今までどこかで自分は大丈夫なんじゃないかと思っていた。

 この世界に転送された時に凄い力が手に入ったし、誰かに襲われてもどうにかして撃退できるんじゃないかと。

 そんな夢想をわき腹から生える剣が粉々に砕いていく。


 「う、うわああああああっ!!!!」


 パニックになって力任せに蹴り飛ばす。

 剣を持っていた兵士は他の兵士を巻き込んで剣ごと吹き飛んでいく。


 剣が抜けたことで傷から血が噴き出してきた。

 周囲では矢を射た兵士や槍や剣で襲い掛かってきた兵士が周りの兵達に取り押さえられている。


 だが俺の目にはそんな騒動も遠い世界の出来事に思えた。

 今はこの流れる血をどうにかしたい、助かりたいという一心しかなかった。

 ルノア、ルノアならこの怪我をどうにかしてくれるかもしれない。


 頭の中にルノアの姿が浮かび、俺は傷を手で押さえながらよろめくように輿の中に転がり込んだ。

 思っていた以上に力が出ない。

 血と一緒に体力が全て流れ落ちていくようだ。


 転がったはずみで兜が落ちる。

 床から見上げた先にいたのはブレンダンに抱きかかえられ、怯えた顔のルノアだった。

 ブレンダンの肩口からは矢が一本生え、右手に握った剣は俺に向けられている。

 それを見た瞬間、俺の頭の中の赤い濁りが霧のように晴れていった。


 俺は何をしにここにいるのか、それを思い出しだ。

 ルノアを守るためだ。


 頭の中でパズルが嵌っていくように冷静になっていく。

 俺が今やるべきことは一つしかない。


 俺に気づいたルノアが駆け寄ってきた。

 傷を押さえた手から溢れ出している血を見て顔面が蒼白になる。

 よろめきかけたものの、気丈にも堪えると俺の腹に手をかざすと呪文を唱え始めた。


 「血……血を止めるだけでいい……」

 息も絶え絶えに言葉を発した。


 「喋らないでください!」

 ルノアは叫ぶと更に呪文を唱える。

 俺はそんなルノアの肩を掴んだ。


 「いいから今すぐ血だけを止めてくれ!俺はノーザストの所に戻らなくちゃいけないんだ!」

 「で、でもそれでは……仁志様の体が……」


 「ルノア!俺達は何のためにここに来た?戦争を止めるためだろ?」


 「ノーザストの奴らはこれで終わらせるつもりじゃない。今あそこに戻らないとここは間違いなく戦場になる。俺もルノアもそれだけは絶対に止めないと駄目なんだ!」

 そう言ってルノアの目をしっかと見据える。


 言葉にすると覚悟が決まった。

 そう、今の俺の仕事はここで戦争を起こさせない事だ。

 そのためにはまたあそこへ戻らなくてはいけない。

 体が再び沸き立つのを感じる。

 まだだ、まだ俺の体は動ける。


 「……わかりました。」

 涙で滲んだルノアの瞳に輝きが戻る。

 そして再び手を俺の体にかざす。

 手から朱色の光が放たれ、俺の傷へと流れ込んでいく。

 傷口を入り口に体の中にルノアの魔力が流れ込んでくるのを感じる。


 「命の水よ

  体の深奥に流れる大河よ

  流れるが汝の性

  消えゆくが汝の定め

  されど今我が命じる

  ミッドネアの女王ルノアが命じる

  今一度その性を曲げよ

  今一度その定めに目を伏せよ

  命の水よ、今はその身に留まれと命ずる!」


 呪文と共に流れる血が止まった。

 傷口も塞がっている。

 「血は止めましたが、体の中の傷は完全には塞がっていません。無茶はしないでください。」

 そういうルノアの顔には汗がびっしり浮かんでいる。

 よくはわからないが相当負担が大きい魔術だったようだ。


 ぐらりとルノアの体が揺れ、崩れ落ちた。

 俺はその体を抱きとめる。


 「ああ、わかった。ありがとう、もうこんなに元気になったさ。」

 俺はそう言って笑った。

 それは本当だった。

 ルノアと抱きとめるために腕を伸ばしただけで全身に激痛が走ったがそんなことは問題じゃない。

 俺はこの娘とこの国を守ると決めた。

 そして俺の体はまだ動く。


 「約束……約束してください。必ず生きて戻ってくると。」

 「ああ、約束する。せっかくここに生き返ったんだ。死ぬつもりなんか毛頭ないさ。」

 そう言って俺は笑った。

 ルノアも涙をこらえて微笑もうとしている。


 「ブレンダン、ルノアを頼む。今はあんたしか頼れる人がいないみたいだ。」

 俺はルノアを床に寝かせ、ブレンダンに言った。


 「誰にものを言っている。貴様こそ、さっきの言葉を忘れるな。貴様は女王様にこの国を守ると誓った。それが果たされぬ時はこの俺が貴様を殺す。」

 肩口に刺さった矢をへし折りながらブレンダンが言う。

 相変わらず容赦のない男だ。


 「これを飲んでいけ。」

 ブレンダンがガラスの小瓶を投げてよこした。


 中に茶褐色のドロリとした液体が入っている。

 俺は一瞬の逡巡もなくそれを飲みこんだ。

 目の前が真っ暗になる位苦いが飲み込んだ瞬間に全身に火が付いたように熱くなり、全身を苛んでいた痛みが嘘のように消えていく。

 「効果は1時間だ。」

 そう言ってブレンダンがもう一本投げてよこした。


 「それを飲む時は死ぬ時だと思え。」

 「ブレンダンッ!」

 ルノアが驚いて非難の声をあげるが俺はそれを受け取った。

 「参考にするよ。」

 そう言って兜をかぶり直し、輿を出る。


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