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緒戦

 ノーザスト軍にまだ動きは見えない。

 しかし緊張が走ったのは伝わってきた。

 ルノアは言葉を続けた。


 「しかしながら、其方達もここまで遠征してきた以上、引き返すつもりがない事は承知している。我らミッドネアと一戦交える事を厭わぬ覚悟でもあろう。我々としてもここで剣槍を向けられれば引くわけにもいかぬ。しかしここで徒に戦を行い、兵力を消耗させるのはお互いにとって本意ではないのも事実のはず。」


 「そこで我から一つ提案がある。」


 その言葉を合図に俺は前に進んだ。

 黒づくめの鎧の部隊も後に続く。

 俺たち鎧の部隊は橋の手前まで進み、そこで止まった。

 そして俺だけが即席で作った巨大な石鎚を肩に担いで橋を渡る。

 一歩踏み出すごとに石造りの橋が不気味にたわむ。

 ちょっとでかく作り過ぎたか?


 「ここに控える漆黒鉄甲隊は我らが精鋭、一兵当千の兵である。比喩ではない、一人一人が其方達千人の兵士に匹敵する兵士だ。この漆黒鉄甲兵が其方達の中で最強の兵士に決闘を挑もう。」

 「何人であっても良い。我が兵を一人でも打ち倒せたのなら我が領土を通る事を許可しよう。しかし、倒せぬと思い知ったのなら大人しく引き下がるのだ。」

 「今ここで兵士の命を無駄に散らせる必要はなかろう。其方達の領土に引き下がり、好きなだけ命を散らすがいい。ただし、それは我が領土以外の場所でだ!」


 その言葉を聞きながら俺は一人橋を渡った。

 不思議と恐怖は感じない。

 アドレナリンが体中を駆け巡り、体の芯から冷えていくような感覚が走る。

 川の中間位まで来たところで橋が嫌な音を立ててきた。

 流石に槌が重すぎたか。


 真ん中の橋桁のところまで来た時点でそれ以上徒歩で進むのは諦め、膝を屈伸させると一気に力を解放した。

 全く重さを感じず一気に数十メートル飛び越え、俺は敵陣の目前に着陸した。

 着地の衝撃で柄の部分が大きくたわんだがとりあえず壊れてはいないようだ。


 「ば、馬鹿な……あの距離を飛んできただと……?」

 俺の常識を逸した跳躍にノーザストの兵達は明らかに動揺している。

 俺はその動揺を更に利用させてもらう事にした。

 肩に担いでいた槌を片手で持ち上げる。

 再びノーザスト兵達にどよめきが起こる。


 「な……なんて巨大な槌なんだ……」

 「化け物か……」

 「いや、あんなのはったりだ!」


 ひとしきりその言葉を聞いたのち、俺はその槌をすぐ後ろの橋へ視線も送らずに叩き込んだ。

 重い轟音と共に石とモルタルで出来た橋が崩れ落ちる。


 「は、橋が一撃だとっ?」

 「あり得ないっ!?」


 予想通り即席の槌は打撃の衝撃で柄を束ねていた針金が弾け切れ、槌の部分も粉々に砕けてしまった。

 しかしそれが返って好都合だ。

 俺は柄に使っていた鉄棒を掴み、川に向かって素早く投擲した。


 川にはノーザスト軍が作った渡河用のいかだが浮かんでいる。

 俺が投げた鉄棒は次々といかだに命中し、破壊していった。


 ここまでくるともはや言葉を失ったようで、ノーザスト軍は静まり返っている。

 俺は敢えて言葉を発しないことで威圧感を与える事にした。


 準備運動のように首を左右に倒し指で手招きをする。

 これで恐れをなして引き返してくれると嬉しいのだが。


 「面白い!」

 しかしそう上手くは行かないようだ。

 兵士達の中から一人だけ前に進んで来る者がいた。


 全身を金属の鎧に包み、巨大な戦斧を肩に担いだ髭面の大男だ。

 背は俺よりもゆうに五十センチは高く、体の厚みも倍くらいありそうだ。


 「我が名は”剛腕”のボーラス、見たところ不思議な技を使うようだが、そんなものでは我が目はごまかされん!」


 ボーラスと名乗った男は俺の前にずいと進み、睨め付けてきた。


 「おお、あれはボーラス殿だ!」

 「ノーザスト山脈の大熊を素手で縊り殺したという剛腕のボーラスだ!」

 「あの戦斧を見ろ!一振りで三人の男の胴を真っ二つにしたらしいぞ!」

 「ボーラス殿ならあの男にだって勝てるに決まってる!」

 ノーザスト兵達から口々に賞賛と鼓舞の声があがる。


 どうやらノーザスト軍の中でもかなり勇猛を馳せているらしい。

 「貴様のような小男があのような事を出来るものか。大方何か小細工をしたに決まっておる。我が軍を怯えさせて退却させようという魂胆だろうがそうは問屋がおろさんぞ。このボーラスと我が戦斧が貴様の魂胆毎葬り去ってくれるわ。」

 鋭いんだか鋭くないんだかわからないが、このボーラスという男は俺の企みを見抜いているらしい。

 とりあえずこのボーラスを倒し、はったりでないことを見せつけなくては。


 俺はボーラスの斧を指差し、肩のあたりをポンポンと叩いた。

 ノーザストの風習は知らないが、ここを打ってこいというメッセージだと言うのはどの国でもかわらないだろう。


 「き……貴様……」

 案の定ボーラスの顔が真っ赤に染まり、額にマスクメロンのように血管が浮き上がる。

 「よかろう、望み通り真っ二つにしてやるっ!」

 そう叫ぶや否やボーラスが斧を振り下ろしてきた。

 刃渡り五十センチはあろうかという巨大な戦斧をまるではたきのように軽々と振っている。

 普通の人間だったら気付く前に真っ二つ、というかぺしゃんこになったかもしれない。

 しかし俺は既に加速に入っている。


 ボーラスの戦斧が俺の首元に向かってゆっくりと降りてくるのが見える。

 ところどころ刃こぼれのした分厚い刃が首に触れる寸前で俺はその刃を摘まんで止めた。


 「ぬううっ?」

 予想外の出来事にボーラスは顔を歪めて振りほどこうとするが俺が摘まんだ戦斧はピクリとも動かない。

 いくらでかいとはいえ先ほどまで俺が持っていた槌に比べたら鉛筆みたいなものだから当然と言えば当然だ。


 「ぐおおおおっ!!」

 ボーラスは戦斧を脇に抱え、顔を真っ赤にして獣のような唸り声をあげて踏ん張るが俺にはそよ風ほども力は伝わってこない。


 手を軽く持ち上げると戦斧を持ったボーラスの足が地面を離れた。


 「なっ!?」


 驚愕の顔をするボーラスをよそに俺は戦斧を持ち上げた。

 旗のようにボーラスを掲げる。


 「き、貴様っ!降ろせ!降ろさんか!」

 足をじたばたさせてもがくボーラス。

 手を離せば降りられるという事まで気が回っていないようだ。


 俺は刃を摘まんだまま軽く戦斧を振り下ろした。

 その衝撃に先端にいたボーラスが吹っ飛んでいく。

 ボーラスは地面に水平に十メートルほど吹っ飛んで他の兵士数名と衝突し、倒れ伏した。

 死んではいないだろうが気絶したようだ。


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