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宣戦

 朝五時、ドアノブに手をかける音で俺は目を覚ました。

 この世界に来る時に獲得した超感覚は寝てる間も働いているらしい。

 ドアを開けたのはソリナスだった。


 「そろそろご準備を。」

 その言葉に俺はベッドから起き上がる。


 長旅なうえに寝る時間は遅かったが疲れは全くない。

 武器庫に行き、寝巻に使っていた服の上に鎖帷子を着、それから鎧を身に着ける。

 兜の面甲は取り払われ、替わりに薄い絹の黒布が貼られていた。

 ごく薄い布なのでこれなら前を見るのに支障はない。


 既に他の兵士達も黒い鎧を着て待っていた。

 総勢百名、これだけの人数が真っ黒い鎧を着ていると流石に迫力がある。

 「あれはどうなってる?」


 俺がそう聞くとソリナスは頷いて倉庫の奥へと案内した。

 そこには俺が注文した通りのものがあった。

 そのまま説明するなら、巨大な石槌だ。

 柄は鉄棒を何本も鉄のバンドで束ねたものを使っている。

 「一応ご注文通りに作ったのですが……なにぶん誰も持つ事が出来ないのでテストなどはしておりません……」

 「構わないさ。これは敵をビビらせるためだけのものだし。」


 そう言って柄に手をかけ、持ち上げた。

 手の中に鉄棒のたわむ感触が伝わってきたが、何とか柄は曲がらずに済んだ。

 肉体にはさほど重量は感じないものの、地面にその重さは伝わっているようで足が一センチほど地面にめり込んだ。

 周囲にどよめきが起こる。


 「あれを持ち上げるだと……?」

 「信じられん……」

 持ち上げはしたものの、正直これが武器として使えるかは未知数だ。

 おそらく一撃入れた時点で槌の部分か柄の部分が重量に負けてしまうだろう。

 とにかく、これならビジュアル面で更に敵を威圧させえる事が出来る。


 「よし、行こう!」

 俺はそう言って石鎚を肩に担いだまま外に出た。

 黒づくめの鎧達も俺に続く。

 外にはルノアが待っていた。


 背後には重厚だが煌びやかな輿が鎮座している。

 俺がノーザスト軍とやり合っている間、この輿にルノアはいる事になっている。

 言ってみればこの輿がミッドネアの中枢だ。


 「今日はよろしくお願いします、仁志様。そして、必ず無事で帰ってきてください。」

 そう言ったルノアの顔には昨晩の怯えた少女の表情はなかった。

 俺は頷き、橋へと向かった。

 ここから橋までは歩いて十分ほどだ。


 「者ども、仁志殿に続け!」

 ドラガルドが声を張り上げ、黒づくめの兵士達が俺の後に続いた。

 その後にドラガルド、ルノアの乗った輿が続く。

 橋の周囲は既に陣営が引かれていた。

 川沿いに沿って兵士達が倉庫で見かけた鉄棒を組んで簡易的なバリゲードを築いている。


 なるほど、あの鉄棒はこういう風に使うのか。

 そしてそのバリケードの中では兵士達が臨戦態勢を取っていた。

 その数はおおよそ千人。


 全員槍を携え、完全武装で指令を待っている。

 日の出の光に煌めく槍が遥かかなたまで続いているのは実際に肉眼で見ると壮観な光景だった。

 しかし、それでも俺にはそれが頼もしい光景には見えなかった。


 その理由は百メートル程先の橋の向こうにあった。

 川の対岸は二万のノーザスト軍で埋め尽くされていたからだ。

 対岸が見渡す限り槍を持った兵士が立ち並んでいて、その範囲はミッドネア軍が建設中のバリケードを遥かに超える広さだ。


 川岸に筏は何隻もの筏が浮かんでいる。

 いざとなれば強行突破をしようという意思がありありと見て取れる。

 見ただけで太刀打ちできないと分かる戦力差だけに作業をしている兵士達の目にも恐れと不安が浮かんでいる。

 その恐怖と打破すべく、俺は橋の前に立った。


 他の黒鎧も俺に続いて並ぶ。

 国境沿いとはいえ小さな街であり幹線路からは外れているため橋の大きさはそれ程でもなく、幅は十メートルもないだろう。

 橋の入り口にも小さな門と税関と衛兵の詰め所があるだけだ。

 そして橋の向こうには既に完全武装のノーザスト軍が待機していた。

 ミッドネアの出方次第ですぐにでも進軍を開始するだろう。

 

 「ノーザストの兵士達に告げる!」

 その時、声が響き渡った。

 ルノアの声だ。

 振り返ると天空に巨大な魔法陣が浮かんでいた。

 おそらくあれで声を増幅しているのだろう。

 そんなに大きな声ではないが魔法陣のおかげでノーザスト軍まで響いているはずだ。


 「我はミッドネア国二十三代目国王、ルノアリア・ロムノラ・ミッドネアである!」


 「即ち、我の意志はミッドネアの意志、我の言葉はミッドネアの言葉である!」


 「そして此度の其方達のサウザンに対する遠征、我らミッドネアには一切関わりのない事であるとここに宣言するものである。

  其方達がサウザンに侵攻するのは一向に構わない。

  我々には関係のない事である。

  しかし、そのために我が国を通る事は国王として容認できるものではないとここに告げる!

  サウザンに攻めたければ、攻めるがよい。

  だが我が領土を通る事は一切まかりならぬ!」


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