はったり
「諸君!」
俺が声を荒げた時、円卓の奥で野太い声が響いた。
声の主はドラガルドだった。
大きくはないがその響きに円卓は一気に静まりかえった。
「申し訳ないがうちのソリナスが仁志殿に説明してる途中でな。
いましばらく静かにしてもらぬだろうか。」
静かな声だが有無を言わせぬ響きがある。
俺はこの円卓での力関係を垣間見た気がした。
「……とりあえず、大体の概略は説明しましたが、何か質問はありますか?」
ソリナスがその沈黙を破って俺に聞いてきた。
「つまり、ミッドネアとしてはノーザスト軍を通したくはないが戦争になるもの避けたい、という事なんだろ?」
俺の言葉にソリナスは肩をすくめた。
「理想論ではありますが、そういう事です。」
「だったら俺に考えがある。」
俺の言葉にソリナスの眉がピクリと持ち上がった。
「ふむ、それは興味深いですね。
どのような考えがあるのかお聞かせ願えますか?」
表情は変えずにソリナスが聞いてきた。
「ミッドネアがノーザスト軍を通したくないなら、まずはその意思表示をすべきだ。その上で、力づくでは通れない、通るのは割が合わないと見せつけてやればいい。」
「そんな方法があればとっくにやっておるわ!」
グラードンが吐き捨てるように言った。
その言葉に俺は頷く。
「確かにその通りだ。多分ここにいるみんなもそれが出来ないからこうして議論してるんだと思う。だが、俺ならそれができる。」
出来ると思う、と言いたくなるところを敢えて俺はそう言い切った。
できるかどうかわからない時はとりあえず出来ると言う、実際に出来るかどうかは社内に持ち帰ってから検討しろとは営業で散々叩き込まれた事だ。
お蔭で現場からは散々恨まれてきたし胃けいれんで入院する羽目にもなったが。
「つまり、先ほどの異様な力で二万のノーザスト軍をたった一人で撃退させる……と?」
ソリナスの目が細くなった。
「いや、流石にそれはできな……そこまでさせないようにするんだ。」
できない、という言葉をすんでの所で俺は飲み込んだ。
ネガティブな事を言えばそこを付け込まれるのは間違いない。
今はソリナスや円卓にいる全員がクライアントだと思え。
「まず俺が目立つ鎧を着る。そして同じような鎧を着た兵士を百人位用意するんだ。そうした上で俺がただの兵士じゃない事をノーザスト軍に見せてやる。つまり、俺と同じような強さを持った人間が百人はいると思いこませるんだ。」
「馬鹿な!そんなはったりが通用するものか!」
グラードン大臣が吠えた。
そう、俺の作戦は言ってしまえばはったりだ。
しかし、事の始まりにはったりで相手にマウントを取るのは実際効果があるのも事実だ。
俺の頭に一人の先輩の顔が浮かんできた。
クライアントの要求に全く確認せずにその場でイエスというどころか、勝手な仕様追加までして仕事をゲットし、それを全て設計や現場に丸投げする人で、尻拭いはいつも俺の役目だった。
ああはなるまいと心に固く誓っていたが、それでもそのはったりで仕事を取りまくってくる人だった。
皮肉な話だが、今はそのはったりが必要な時だ。
「絶対に駄目です!」
その時、澄んだ声が響き渡った。
声の主はルノアだった。
「仁志様にそんな事をさせる訳にはいきません!」
そう言いながら歩み寄ってくる。
「これはミッドネアの、私の国の問題です。仁志様にそのような危険を冒させるわけにはいきません!」
今まで聞いたことのない位のきっぱりとした口調だ。
「しかし、そうなるとやはり戦争か屈服かという事に……」
「それを考えるのがこの場です!」
ソリナスの横車も切って落とす勢いだ。
「だが、ソリナスの言う通りだ。」
俺はルノアの説得に回った。
「ここで何もしない選択はできない。そして時間がないんだ。俺だってできればこんな事はしたくないんだ。できれば部屋で大人しく寝転がって戦争のことなんて考えずに昼寝でもしてたいよ。でもここで手をこまねいていてもすぐに戦争が起きるか、いずれ戦争が起きるかのどちらかだ。」
「でも……」
ルノアの言葉が揺らいだ。
彼女も現実は分かっているのだ。
今、行動を起こさない事は緩慢な死を迎えることに他ならないと。
「俺だって死ぬつもりはない。むしろこれが一番リスクが少ない方法だと思ったから提案したんだ。別にノーザスト軍を殲滅しようとか思ってる訳じゃない。」
「俺の目的は戦争に勝つ事じゃなくて戦争を回避する事なんだ。そのためには兵同士が戦いを始める前に向こうに戦いを考え直させなきゃいけない。だから俺の力でまずミッドネアに攻め込むのはリスクが高いと思わせるんだ。」
「……。」
俺の言葉にルノアは押し黙った。
彼女もまた国の行く末を考えているのだ。
そして今、国の未来と俺を天秤にかけている。
それでいい。
俺だって俺のためにミッドネアと俺の命を天秤にかけている。
国を思うルノアと俺のためにミッドネアを護ろうという俺の思惑は一致するはずだ。
「待て待て待てーーーいっ!」
そこに突然怒号が割って入った。
確かめるまでもなくその声の主はグラードンだと分かった。