会議
戦争が起きたと知らされたのはこの世界に来てからちょうど三週間目の朝だった。
その日、何かピリピリした空気を感じて目を覚ますと、城全体が騒然としていた。
扉を開けると幾人もの兵士が廊下を走り回っている。
窓の外からは兵士達の怒号が聞こえ、大勢の兵士達が槍や剣、あるいは樽や木箱を荷馬車に積み込んでいる。
何かが起きた事はすぐにわかった。
「何が起きたんだ?」
俺は扉の横で待っていたニッキーに尋ねた。
「詳しくはわかりませんが、おそらくノーザストかサウザンが国境を越えて攻め込んできたようです。」
「ルノ……女王は?」
「女王様は大臣と会議中です。」
「案内してくれ!」
俺はそう言うなり応接室に走り出した。
「仁志様!」
ニッキーが呼び止めた。
しかし俺は止められても行くつもりだ。
「そっちではありません、女王様は会議室にいます。こっちです!」
そう言ってニッキーは反対方向に走り出した。
慌てて俺は後を追う。
長い廊下をぐるりと回り、おそらく城の反対方向位の場所に会議室があった。
いつものように扉の両側に衛兵が立っているが、俺がメダルを見せると引き下がった。 ここでもメダルの効果は健在なのか、このメダル結構凄いな。
扉を開けると中には巨大な円卓があり、二十名ほどの人間がその周りに座っていた。
更にその人達の横に一人ずつ従者と思わしき人間が立っていて、一歩下がった所には更に二十名ほどの侍女が待機している。
つまり、部屋の中にはざっと六十名の人間がいるわけだ。
その六十名の目が一斉にこちらを向いた。
その威圧感に気圧されそうになりながらも俺は一歩部屋に入った。
「誰だ、この男は!?」
真っ先に口を開いたのは部屋の反対側にいる口髭を蓄えた固太りの老境に差し掛かろうかという男だった。
確かこの男の名前はグラードン、ミッドネアの外務大臣だ。
一応この国の政治に関わる人間は全員講義で教わっている。
しかし見慣れない人間もちらほらいるようだ。
グラードンの横にいる自分と同じくらいの年の男がグラードンの耳に何か囁いた。
「ふん、女王殿下が召喚したとかいう怪しげな輩か。」
グラードンは俺を一瞥して見下すように鼻を鳴らした。
「おい貴様、今は貴様に構ってる暇はないんだ。突然入ってきた無礼の措置は後で行うからさっさと出て行け。」
グラードンはまるでこの場のトップは自分だと言わんばかりに居丈高にそう言い放った。
俺はグラードンを無視してルノアを見つめた。
ルノアは戸惑いながらも首を横に振っている。
「仁志様、申し訳ありませんが今は大切な会議中です。どうかお引き取りを…」
「ノーザストが攻めてきたんだろ。」
俺の言葉に室内が一瞬ざわめき、深いため息があちこちから漏れた。
「どこのものとも知れぬ者にまで知られているのか…」
「もはや国内に知らせるよりないのでは…」
「俺にも手伝わせてくれ。」
室内のどよめきを無視し、俺はルノアにそう言った。
「貴様のようなどこのものとも知れぬ奴に何ができる!」
顔を真っ赤にし、口角泡を飛ばして叫ぶグラードンに俺は右手を上げた。
「これ、あんたのだろ?」
その手には赤いフェルトで出来た帽子が握られている。
グラードンが慌てて頭に手を当てたがそこには何もない。
当然だ。
俺が加速を使って取ったのだから。
「な……何が起きたんだ……?」
「グラードン殿の帽子がいつの間に……?」
場内のどよめきが更に大きくなる。
「俺は、この国の戦争を止める手助けをするためにここに来た。」
俺の言葉に一瞬部屋の中が静まり返った。
「見てわかる通り、俺には普通の人間にはない力がある。ルノア女王にはここに住まわせてもらっているという恩義もある。俺にも手伝わせてくれ。」
そう言って再び加速してグラードンの頭の上に帽子を戻し再び戻った。
「……何者だ……この男は……?」
「見ろ!グラードン殿の帽子がまた戻ってるぞ!」
「魔術の発動は感じなかったぞ!どういう原理なんだ??」
「仁志様……!」
ルノアが目をひそませながら俺に問いかけてきた。
俺はそこで敢えてルノアの前で膝をつき、胸の前で腕を組んだ。
講義で教えてもらったこの国での服従と謝罪を示すポーズだ。
「ルノア女王、俺、いや私がこの国を護る力に加わる事をお許しください。」
「……で、でも……」
困ったような声を上げるルノアだが、その声は途中で止まった。
俺が顔の前に出した手にナイフが握られていたからだ。
正確に言うと、俺は飛んできたナイフの刃の腹の部分を摘まんでいた。
「なっ!?」
騒然となる室内。
俺はその中で一人の男を指さした。
白髪と言っても差し支えのない銀髪と豊かな顎ひげを蓄えた偉丈夫の後ろにいる金髪の優男だ。
「返しておいたぞ。」
俺の言葉にその金髪がベルトを見下ろす。
そこに今さっきまで俺が掴んでいたナイフが収まっていた。
「おや、いつの間に?」
おそらく全く知覚していなかったはずなのだがその金髪の優男は動じる様子もなくおどけたようにそう返してきた。
「さっきのナイフはソリナス殿が……?」
「しかしさっきまであの男が持っていたはず……?」
会議室の中は更に騒がしさを増してきていた。
「皆のもの、静かにされよ。」
そこに静かな、それでいてはっきりとした声が響き渡った。




