Guardian前編
「…………どこだ、ここ。」
薄暗い空間の中、一人の男がポツリと呟いた。
壁面に生えるヒカリゴケがわずかな光源となり、周囲の状況が把握できる、ここは、鍾乳石がそこここに生える洞窟の中だ
「目が覚めたか、マスター。」
ふと、後ろから鈴を鳴らすような声がかかる
「…………誰?」
ローブを被っていて顔はよく見えないが、華奢な体躯をした人物がそこにいた。
「我は“コア“だ、この洞窟―――――ダンジョンのな。」
ダンジョン
ゲームなどでは定番の、所謂迷宮というやつか。
そんなふうに思いながら男は口を開く
「とりあえず……………、俺は今まで仕事してたはずなんだが。なんでこんなとこにいるのか説明してくれるか?」
「ほぅ、冷静だな。普通は驚くものなのだが。」
冷静?バカいえ。盛大に困惑しすぎてあわてふためく余裕すら無いだけだ。
心の中で毒づいて顔をしかめると、クスクスと笑いが返ってくる。
そのことにムカつきを覚えながらも、彼は静かに返答を待った。
「ここは君がいた世界とは別の、所謂異世界というやつだ。君は×××の意思によりここに呼ばれた。」
「………なんの意思だって?」
聞き取れない音の羅列。確信である彼を呼んだものの名前は男にはそんな風にしか認識できなかった。
「…………人の身では知ることすら許されない、か。」
ポツリと、ローブの人影にそんなことを呟かれて、ふと思い出す。
モーセが託された十戒、その中にある「主の名を妄りに口にするべからず」の一節。
クトゥルーにおける、神と呼称されるものを見た人間の末路。
往々にして上位存在というやつは、人の認識を拒む。それは男のもといた世界でもテンプレートだ。
「ここは彼らの遊び場で、我らは駒。我々はダンジョンを守り、それのみのために存在する。できなければ…………わかるだろう?」
そして、えてしてそういうものは愉快犯的に、「面白そうだから」というふざけた理由で人の人生を狂わす者だということも
「………………だいたい理解した………。」
なるほどつまりこれは、デスゲームなのだ。神、あるいはそれに相似するクソどもに強要される、デスゲーム。
ローブはニヤリと口を歪めて、そのルールを示す
「敵対者を、我を殺しに来る者たちをことごとく滅ぼせ。それがこの遊び場でのルールだ、ダンジョンマスター、いや……………魔王どの。」
****************************
さて、そうして男がだいたいの状況を理解して、それから
互いのことを知るための自己紹介を行うこととなった。
「我は先程も言った通り、このダンジョンの中核となるコアだ。我を守り切れなければダンジョンマスター、ダンジョンの管理者である君は君をここに呼んだ“もの“に消される。」
あぁ、理解した、予想した通り、シンプルかつ糞みたいなルールだ。
そう思いつつ、男が口を開く。
「俺はケネディ・ブローニング。アメリカのダウンタウンで店をやってる…………やってたしがないガンスミスだよ。」
ガンスミス、ケネディ・ブローニング――――――銃器類のカスタムや修理等を行う、銃のプロフェッショナル。
それが彼であり、この物語の主人公だ。
「ガンスミス…………スミス、か?」
「んー、まぁ、そんなとこだ。ところで、いいかな?」
ガンスミスとコアの言った鍛治師では少しどころでなく違うが、ケネディはあまり詳しく説明しても無意味だと判断し、スルーした。
そうして互いのことを最低限知ると、次は
「スゥ…………………クソッ〇レのファッ〇ンゴッデス!神の試練だなんだと単に人様に大上段から糞みたいな理不尽押し付けて楽しむくそ悪趣味なことしかしやがらねぇ!!だから宗教も神様も糞なんだだいたい戦争のひとつも止めてくれないで創造主とかアガペーとかちゃんちゃら可笑しいわ!」
恐らく彼をここに送り込んだであろう理不尽の権化なる邪悪への罵倒へと移った
……………あっけに取られるコアをよそに、罵りは一時間近く続いた
…………さて、そうしてひとしきり溜まった澱を吐き出したのち、ケネディはさっそく準備を開始した。
これより先、彼はこの洞窟に侵入するものを排除せねばならない、そのためには早急に迎撃のための戦力を整える必要がある。
「ダンジョンマスターは我のようなコアを通して様々にダンジョンを改造できる。モンスターやトラップを仕掛けたり、ダンジョンそのものを拡張、改編したり……………」
「今はどんなことができるんだ?」
その問いかけに、コアはうぐっと言葉を詰まらせる
「日用品を手にいれることはほぼ無限にできる…………あと、クレイゴーレムやゾンビー、スライムの召喚。トラップはまだダメだ。あ、あと、人型モンスターには武器を持たせられる、それの作成もマスターの仕事だ。」
と、その中で戦闘に関わるであろうモンスターの強さについて聞いてみると
「芳しくないな、クレイゴーレムもゾンビーも耐久性にかけるし、動きも人並みだ。熟練の戦士相手にはキツいだろう。」
苦々しげな返答。
だが、ケネディにはそのラインナップで思い付いたことがあった。
「日用品で脱脂綿や鉛、鉄鋼は手にはいるか?水銀とエタノール……………できればジアゾニトロフェノールだ。あと、硝酸や硫酸は?武器生成はどうやるんだ?」
「脱脂綿やエタノールなら怪我の治療用に日用品で、鉄鋼や鉛はダンジョンから産出する、育ったダンジョンならアダマントなどの稀少金属が手にはいるが……ここではまだ無理だ。酸はスライムの排泄物としていくらでも。ジアゾニトロフェノールが何かは知らんが水銀なら洞窟の近くに鉱床があるぞ。」
困惑顔でコアはそう返す。
あまりピンと来ないようだ。
エクセレント!ケネディは思わずそう叫びそうになるのをこらえ、続きを促す。
「武器の作成はダンジョンマスターの知識と経験を元に作りたいものをダンジョンが作ってくれる。だから、鍛治に長じたドワーフとダンジョンマスターに適正がある。とはいえ、材料がなければいくら知識や技術があっても作れんが。」
なんだか、ここ以外にも育ったダンジョンやドワーフがダンジョンマスターをするダンジョンがあるかのような口ぶりだが、このガンスミスにとってそれはどうでもいいことだった。
「これは…………面白いことができそうだ…………。」
狂気じみた笑みで―――――“銃のプロフェッショナル“が動き出す。
何千何万と、銃を弄くり分解し組みたて、㎜単位でその部品一点一点を体と脳に刻み込んできた、一流ガンスミスが。
**************************
それから一週間。
森の中、ケネディたちのダンジョンへの入口の前にひとつの集団があった
黒く塗られたフルプレートメイルと、タワーシールドを装備した屈強な男たち――――――辺境で名を馳せる傭兵団である。
「これより我々はギルドからの指示によりダンジョンの討伐を行う、生まれたばかりで手安いだろうが、油断はするなよ。」
団長であり、壮年の刀傷のある男が部下たちに激を飛ばす。
彼らはこれまで幾度となくダンジョンに潜り、コアを討伐してきたベテランだ。
加えて、ダンジョンというものはそこに侵入してきたものを殺害し肥しとすることで強くなっていく。
まだ誰も入っていないケネディのダンジョンは、さしずめ良いカモであると認識していたし、それはこの世界の常識からすればおかしなことではなかった。
意気揚々と、彼らは洞窟の中へと足を進めていったのだ、
そこが、侵入者にとっての地獄となっているとも知らず――――――
「プライマー用のジアゾニトロフェノールが生成できたのは行幸だったな。日用品で手にはいる石灰を燃焼させて苛性ソーダ、ダンジョンで手にはいる硫酸ナトリウムを還元して、硫化ナトリウム、硝酸ナトリウムは近くの鉱床から、塩酸はスライムから手に入ったし日用品の絹を硫酸と硝酸にぶちこめばピクリン酸ができた。」
「ちょっと何いってるかわからん。」
にやにやと笑いながら訳のわからないことを呟く男に、コアがドン引きしている。
彼らは今現在武器作成で鉄の塊をどんどんと量産しつつゾンビーを召喚し続けていた。
「ん、巡回に出ていたゾンビーが敵を見つけたようだぞ。」
「ん、あぁ。」
それを聞いてすぐさま、ブローニングは産み出したゾンビーたちを増援に向かわせる。
パトロールに出ていたゾンビーはツーマンセル
加えて今出撃させたのが五体で七体である。
「さて、ダンジョン防衛だ、きっちり守ってくれよ?」
「言わずもがな」
軽口を叩いて、今、ガンスミスとダンジョンは侵入者を排除せんと動き出す。