冬時雨
ドリップ式コーヒーの粉が、湯を注いだ途端に派手に跳ねてカップに落ちた。よくやる失敗だった。我慢して、啜る。香りと味に違いはない。そろそろ胃が荒れるだろう。仕事が佳境でロクなものを食べていない。あれから、隣の部屋に三毛は何度か通って来ていたようだか、以前の住人が戻らないまま、別の住人に替わったようだ。どうやら、僕は厄介な物体に餌付けしてしまったらしい。仕事が一段落する度に、三毛は僕の部屋に通って来るようなった。普段は、どこで何をしているかも知らない得体の知れない物体だ。けれども思わず、黙って部屋に上げて食事を与えてしまう。これが本能というものか。思春期の男子でもあるまいし。成人男性の欲望は何でできているのであろうか。女子の成分が砂糖でできているのではないことは知っている。鮭に、かぶりついた三毛は正に獣だ。その夜の味噌汁の具は、豆腐とわかめだった。メインディッシュはアルミホイルで包み焼き。生鮭の切り身、その上に千切りの人参、シイタケ、さらにエリンギとしめじをのせて、塩胡椒とマーガリン。料理酒を少しだけ。いつも思うことだが、ホイルを開けると汁でたっぷり満たされているのは、どういう訳か。一切水分は使っていないというのに。仕上げにレモンを上から搾る。三毛は最後のなぞの出汁まで、きれいに平らげた。上手い具合に骨もなく、我ながら満足のいく食事であった。その後のうやむやまで反芻していて、腹が鳴る。牛乳を足せば、多少はましかと冷蔵庫を開けて、限りなく空っぽに近いことを思い出す。冷蔵庫だけではない。僕の本能は現在進行形、色々と飢えてしまっている。一両日中に、なんとしても仕事を終えねばなるまい。