野営
地平線の向こうまで見ることができるような広大に広がる平野、馬を走らせる軍隊の影が映る。
彼らは王国の騎士団の中でも選りすぐりの騎士団。
『タイド騎士団』
騎士団長アナード・グヴィナが率いる王国最精鋭と呼ばれる騎士たちである。
しかし、彼らは魔物や人の両方を相手にしてるせいか基本的に特化部隊と比べるとやはり遅れを取ってしまう。
それでもあまりある連携や練度、適応力などは圧倒的に高く最精鋭と呼んでも恥ずかしくない戦力である。
「そろそろ日がなくなる頃間だな」
「いえ、団長…まだお昼でございます」
アナードがそう言うと二番部隊長ロクルード・イェサスが指摘する。
しかし、ほかの部隊長や副隊長は黙ったままだった。
それもそのはず、この辺りの平野は暗くなると光を遮るものがないのにも関わらず異常に暗くなるのだ。
故に星が見えるのにも関わらず方向感覚を見失うという事例が多発している。
故にそれを知っている隊長格達は暗くなる前に極力野営の準備をしたいのである。
それをアナードが伝えるとロクルードは恥ずかしそうに何度も謝り野営の準備に入る。
その時だった。
「あれ、騎士団の方々ですかい?」
と言ってこちらに来る男の姿があった。
その男は少し深めにフードを被っており髪などは見えないがはっきりとその表情は見えた。
「いかにも、して、あなたは何者ですかな?」
アナードは警戒しながら男に話しかける。
部下達は自分達で対応しようとした矢先のことだった。
「団長、いい加減その悪い癖をやめてください」
副団長、ケレイド=ミールは呆れながらそう言う。
しかし、団長は無視した男を見据える。
「へぇ、どうやら団長さんみたいですね。
まぁ、そんな警戒しないでくれないか?
俺はしがない情報屋なんだから」
「なるほど、情報屋が何の用かな?」
「まぁ、俺もここらで野営しようとしていたんですけどね、安全も手に入りますしね」
「そうか、好きにするといい」
「いやー、ありがたいですね。
そうだ、せっかくなので正確じゃないんですけど、今からあなた方の向かう町の事件は解決したと言う風の噂が届いて来ましたよ」
男はそう言って一人でせっせと野営の準備を始める。
アナードは無言で何かを考えるように男を見る。
「団長、いいんですか?
あんな得体の知れない存在を近くで野営させるなんて…」
「大丈夫だ。
たしかに得体は知れないが俺たちに何かをするならもう既に終わってるよ」
「は?」
「分からないならいい。
ケレイド、金に糸目はつけない。
必要だと思われる情報を買え」
アナードはそう言って部下と一緒に野営の準備を始める。
「情報を買えって…どうすんだよあの、脳筋団長」
と、毒を吐くケレイドを残して…。
**
そうして、日は暮れていく。
アナード達騎士団は予算の都合上、最も質素な食事とスープを飲む。
篝火や焚き火などがあるが辺りが見えないほどに暗い平野がそこには存在していた。
そこに二人の男が座っていた。
一人は情報屋と名乗るフードを少し深めに被った男とアナードだった。
「お前、名前は?」
「それは高くつきますぜ団長さん」
「それは何故?」
「名を売りたくないから」
「なるほど」
普通は名を知れ渡らせて儲ける人間が多いが彼違った。
アナードの予想では広まった結果知られては困る事情があるのだと思い何も言わない。
「なら、さっきの事件が終わったというのはどういうことだ?」
「どうもこうもAランクパーティが討伐したとしか聞いてないのでね」
「Aランクパーティがか?」
妙にアナードは引っかかる。
Aランクは基本的に単騎になることが多い。
にも、関わらずパーティである。
協力したのではなくパーティ…要するに単騎であるはずのAランクの中に連携できるものが存在する事を表す。
「世の中広いものだな…俺たち騎士団のレベルでも連携させるのが難しいというのに…」
「そうですねぇー。
こっちとしてもこの情報に対して疑問を抱くほどで…」
その言葉を聞いて何故この情報をただで提供したのかアナードは納得する。
間違ってるかも知れない。
それ故にその状況の可能性を示唆してくれているのだ。
「一つ…聞きたい。
お前はニホンジンというやつなのか?」
「ふふ、さて、ニホンジンとは何かよくわかりませんがその情報は金貨をちょっとやそっと積んだ程度じゃ話せませんよ」
「そうか…」
そう答えながらもアナードは気付く。
彼の先ほどから話をはぐらかす原因に対して…。
「なら、あんたはどこを目指してるんだ?」
「これなら…まぁ、いいでしょうか。
王都ですかね…あそこにはどうも外せない用事があるようなので…」
男はそう言って立ち上がる。
その顔はどこか寂しそうに見える。
しかし、その表情はすぐにフードで隠れて自分の寝床に行ってしまった。
「ひょっとして…あいつが『斎藤 優希』なのか?」
一人残ったアナードはそうポツリと呟くだけだった。
**優希
俺は簡易テントの中に入ると自作の布団に埋もれる。
一時期洞窟だったとはいえでも一度でも宿の快適さを味わってしまえば、かなり寝づらく感じてしまうものだ。
「にしても、今回は騎士団に会うとはな…」
いや、どこかで会うことは分かっていたことだ。
ただ、接触するつもりは本当はなかった…なかったのだが…どうやらサムニウムの情報であのアナードという男に洸夜達が世話になったようで、ちょっとしたお礼である。
「サムニウム…本当にあそこにいるのか?」
俺は小さな声でそう呟く。
騎士団を見てると間違いなのではないかと思えるほどに良い奴ばかりだ。
『優希様、その気持ちは分かりますがあの騎士団は奥にはいません。
奥深くにいる一部の騎士だけがそれを知っています』
分かっている。
国なんだ…一枚岩なんかじゃないことくらい。
でも、あの人達を見てるとどうしてもそれを否定したくなる。
それでも、そうも言ってられなく俺は動かなくてはならない。
囚われた秩序の勇者を助けるために…。
俺は向かわなくてはならない勇者を呼び出した…えっと、あ…アイドル帝国?
『アルグラ皇国です、あとそれだと別の意味になりそうです』
あ、そっか。
最近、日本の知識とは忘れかけてたわ。
まぁ、とりあえず今警戒するのは三番の騎士…非公式騎士団『ナイト』がどれだけ俺の情報を掴んでるか…だな。
そう決意してる時だった。
「すまないが少し聞きたいことがあってな…」
おかしいな、見張り以外の騎士は寝てると思うのだが…。
とりあえず、俺はフードを少し深めに被ってテントから出る。
「どうか…ってアナードさんですかい」
「あぁ、どうしても気になったことがあってな…今なら殆どの騎士も寝てるし」
何の用だろうか…。
しかし、わざわざ夜遅くにしたあたり他には聞かせられない話か。
「分かりやした」
「助かる。場所を変えようか」
そう言うとアナードは歩き出す。
俺は後ろからついて行く。
そうして、少し野営地から外れてかなり暗い場所に来たあたりで止まった。
「この辺りで良さそうだな」
「そうっすね…ここなら誰に聞かれる心配もないですからね」
俺がそう言うと僅かにアナードは同意する。
そして、すぐに話を切り出してくる。
「斎藤 優希、フードを取ってみてくれないか?」
「また、それですかい……え?」
またそれかと思い呟いた瞬間に違和感を感じた。
そう、違和感がない。
なぜなら、違和感のある情報屋と呼ばれるはずなのに…今、この男は俺を呼んだ。
『斎藤 優希』
俺は驚きを隠せずにいたが…すぐに己の失態に気がつく。
これでは自分が『斎藤 優希』だと言ってるものだと…。
「別に警戒はしなくていい。
確認さえ取れればな…誰かに言うわけでもない」
俺はじっとアナードを見て微笑んでしまう。
そして、俺はフードに手を掛けて外す。
「全く、その言葉を聞いて安心した。
存外、あいつらはおしゃべりだったようだな」
俺はあいつらの顔を思い浮かべつつそう言ってアナードを見る。
先程とは違い、フードもなく自分の素顔を晒して…。
「悪いな、正体を暴くようなことをしちまって…」
「いいよ、そのうちバラす予定ではあったことだし…それに俺も知りたいことがある」
俺は真剣な表情に変えてそう言う。
「なんだ?」
「いや、俺よりあんたからどうぞ」
俺はアナードにそう言うと「参ったな」と言った表情でアナードは頭をかく。
それにしてもまさか早々にバレるとは思わなかった。
普通、中盤近くまでバレないものじゃないのか?
いや、秩序の勇者の救出ってよくよく考えたら今の俺に取って丁度中盤か…。
「んじゃ、お前は魔王を倒す気はあるのか?」
「うんない」
ノータイム。
即答。
完全な否定。
その返答の速さにさすがにアナードも驚いたようだ。
「それはなんでだ?」
その問いに関しては俺は隠すことでもないので話す。
「そもそもが…『魔王』というのはハーフだからって迫害、差別してきた故の存在じゃないか。
そんな被害者を倒す気は起きないよ」
注意、これは『秩序の魔王』ではなく『魔王』という存在の話です。
その件に関してはハーフじゃない方の自業自得であり、庇う気なんてさらさらないね。
「そうか、お前は知ってるんだな。
本当の事実を…」
「まぁな…情報屋を一応名乗ってるからな」
それに親戚みたいな認識か気になってサムニウムに調べさせたというのもあるんだけどね。
「そうか、なら秩序の魔王なら?」
「悪いが…ここからは対価を出してもらおうか」
俺が笑ってそう言う。
「なんの情報が欲しい?」
「三番の騎士団『ナイト』の情報…それもお前の知る限りの深い情報だ」
その瞬間、アナードの表情が止まる。
そして、目を見開いて俺を見る。
「どこでそれを?」
「さぁ、仮にも情報屋だ。
言えないな」
実際、サムニウムが持ってきてる情報である程度知ってるがあくまで上辺だけだ。
深いところまでサムニウムの情報収集能力じゃ探れない。
「分かった。
俺が知る限りの情報を教える」
それから俺は三番の騎士の話を聞く。
三番の騎士とは現在、存在する騎士の中で最も機密レベルが高い騎士団である。
アナードの所属する騎士団は二番であり、知名度はそこまで持たないが最前線レベルの実力を持つ。
一番騎士は特化騎士と呼ばれ魔物専門、人相手専門などと限られた範囲でしか使えないが名声を得やすい立ち位置だそうだ。
そして、最後に三番騎士とは存在そのものが機密であり、聞いたことがある人間でも本当にあるのかすら怪しい。
それはそのはず…まず、三番騎士は各騎士団の三番部隊の大半が所属している。
しかし、あくまでもその騎士団の三番部隊なので誰も違和感を感じない。
更に言えば、他の隊の中にも三番騎士が混ざっていると言う話があるそうだ。
そして、その話の殆どが事実でアナードの元部下の友人が三番の騎士に加入したことを確認していると言うこと…そして、それは完全なる国王直属の騎士団ということ。
「そんな、ところだな」
アナードは話終わると僅かに見える星空を見上げる。
その表情はどこか寂しそうで悔しそうだった。
「…あー、やめだ。
情報は提供した。早くおしえてくれ」
「そうだな、簡単な話だ。
俺が秩序の魔王だからだよ」
その瞬間、沈黙が支配した。
流石に予想外のようでアナードは何かを考えているようだった。
そして、ハッと思い出したように口を開く。
「お前の目的はなんだ?」
予想外でもなんでもない質問…俺はおもわず笑ってしまう。
目的か…今思えば突拍子もなく、遠いものだな…
そう、俺は誓った…俺は願った…だから堂々と胸を張る。
「こんな絶望しかない世界を救うために、その元凶をぶっ潰すことだ」
なんてことないように俺は言う。
俺の考えは勝手に俺の意思を押し付けるような傲慢な考えだと分かってる。
それでも、こんな先なんて無い世界に絶望以外の何があるのだろうか?
だから、振るうのだ。
傍若無人で厚顔無恥で自分勝手に独裁的にいかにも魔王らしく俺は立とう。
「俺が新しい秩序を作る…それが俺の役目だから」
ひさびさに書けた!
どの辺から書くか非常に悩んだ!