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殿下の教育係  作者: 戦乃作為
第2章 【学園生活と日常】
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第95話 『終わりの始まり』

「父上!? 父上ぇええッ!!」

「殿下、危険ですっ!!」


駆け出したボクを教育係が引き止める。

しかし、その声が耳に入ることはない。

奴の制止を振り切り、父上の元へ。


「ああ、父上!どうしてこんな……!」

「げほっ! がはっ!ぐぅ……ぐふっ!」


ぐったりした父上を抱き起こす。

顔色が悪く、呼吸が辛そうだ。毒だ。

激しく咳き込んで虚ろな目をしている。


駄目だ駄目だ駄目だ。このままでは。

あの時のように、あの悪夢のように。

母上のように、父上も死んでしまう。


「父上、父上!死んじゃ駄目ですっ!」

「ぐ、うぅ……に、逃げろ……!!」


虫の息の父上が枯れた声で絞り出す。

逃げろと。でも、出来る筈もない。

父上を置いて、逃げ出すなど。


そんなボクの背後に迫る凶刃の閃き。


シェフの帽子を取り払った眼鏡の青年。

彼が手に持ったナイフを投擲した。

振り返って身構えても、既に万事休す。


その刹那。


身を起こした父上が、ボクを庇った。


「ぐあっ!?」

「ち、父上!?」


もはや動ける身体ではないのに。

父上の鮮血がボクの身に降りかかる。

温かなその血が、生命の最期の灯火。


肩にナイフが刺さり、ぐったりする。


急速に力を失っていく。生命が抜ける。

ああ、そんな。父上が、死んでしまう。

どうして、どうして、こんなことに。


動転して頭が真っ白になる。

そんなボクの頬を、最期の力で撫でる。

哀しそうな笑みを浮かべて。それでも。

心から安堵したような顔をする父上。


「無事か……?」

「大丈夫です。だから父上もしっかり」

「そうか……良かった……良かった」


父上の瞼がゆっくり落ちていく。

会場内にも動揺が広がる。

青髪が何かを喚き散らしている。


将軍も、議長も、青ざめている。

妃候補達も固まっている。

教育係がこちらに向かっている。


周囲の状況が、まるで他人事のようで。

あの悪夢を見ているかのような感覚。

あの時は、母上だった。記憶が蘇る。


そして、今度は……父上が、死ぬ。


嫌だ、駄目だ、なんで、どうして!?


どうして死んでしまうんだ!?

もう見たくないんだ!

死んで欲しくない!

誰でもいいから助けてくれ!!


「がはっ……はぁ……はぁ……我が子よ」

「ボクはここにいます!だから……!」


手を握って逝かないでくれと念じる。

どうか、ボクを1人にしないでっ!

頼むから、お願いだから、死なないで!


そんな切実な願いを現実は許容しない。


「……すまな、か……った」


まるで遠い誰かに謝るような口調。

王たる者は後悔するなと言った父上。

しかし、最期の言葉は懺悔のようで。


パタリと、父上の手から力が抜けた。

薄っすらと開いた赤い瞳に輝きはなく。

身体は重く、ゆすっても動かない。


「父上……? 父上……父上ッ!?」


何度も、何度も、父上を呼ぶ。

しかし、返事はない。死んだのだ。

父上は、国王は……死んだ。


ああ、そんな。どうして、こんな。


死んで、しまった。もう起きない。

もう、笑わない。もう、喋らない。

もう、大きな手のひらで頭を撫でない。


もう、ボクの父上は、死んでしまった。


生きている時は、生き物だった。

死んでしまうと、ただの物となる。

父上はもう、ただの亡骸になった。


「あ……」


ボクは知っている。この光景を。蘇る。

母上もただの物となった。ボクの前で。

それから沢山これを見た。沢山亡骸を。


「あ、ああ……ああああ……!」


頭が痛い。割れそうだ。涙が出る。

心が痛い。裂けそうだ。胸が痛い。

魂が叫ぶ。壊れそうだ。喉が熱い。


「あああああああああああっ!!!!」


慟哭が響き渡る。あの悪夢のように。

頭を掻きむしって、喚き散らす。

自分の声だとは思えない。哀しい慟哭。

他人事のように、ただひらすら虚無的。


そんなボクを、青髪が、嘲笑った。


「ぶっ! ひゃっひゃっ! 死んだな!」


さも愉快そうに、腹を抱えながら。

ボクに向かって軽い足取りで歩み寄る。

当然、教育係が許す筈もなく、動く。


それを制するように、青髪は忠告する。


「おっと、動くなよ?」

「殿下に近寄るなッ!!」

「黙れ。将軍と議長が人質だぞ?」


怒鳴る教育係に人質を突きつける。

将軍と議長が床に倒れていた。

2人共、足にナイフを刺されている。

くすんだ青髪の眼鏡の仕業だろう。


議長は悶絶し、将軍は唸る。

議長はともかく将軍までとは。

恐らく酔っていたから不覚を取られた。

ギラギラした怒りの眼差しをする将軍。

しかし唐突にその視線に力が失われる。


ぐったりして、その場で沈黙した。


「麻痺の毒だ。死にやしねーよ」


嘲るように言って、ただしと付け足す。


「邪魔するなら、ぶっ殺すけどな」


気絶した議長と将軍の背後に眼鏡が。

感情のこもっていない目をしている。

やれと言われたら、すぐに殺すだろう。


動けない教育係を尻目に、青髪が来た。


「よお。貴様が王位継承者だな?」

「あ、あぐっ!?」

「やっと会えたな、引きこもり野郎!」


髪を掴まれて、引きずられた。

父上から引き離されて、転がる。

なす術ないボクの腹を青髪が蹴る。


「姉上を奪った貴様は許せねぇ!」

「ぐあっ! あぎっ!?」

「無様だなぁ!口も利けないのか!?」


馬乗りになられて、顎を掴まれる。

ぐいっと顔を正面に向かせられて。

血走った青眼と、視線がぶつかる。


彼は軟禁生活で髪が伸びていた。

少しこけた頬は青白く痛ましい。

その青眼には憎しみがこもっていた。


「予定では麻痺らせてさらうとこだが」


さっきの投げナイフの意図。

彼はボクをさらうつもりだったらしい。

父上が庇ってくれて目論見は外れた。


「このまま嬲り殺しにするのもいいな」


その青髪の暴言に、会場が殺気立つ。

他の招待客が騒ぐ。ボクを庇おうと。

青髪は舌打ちをして、苛立つ。

眼鏡が無線で何かを呟く。すると。


会場の出入り口に青髪の手勢が現れた。


「貴様らは全員俺様の人質だぁ!!」


武装した青髪の手勢が取り囲む。

武装と言っても厨房にある包丁等。

手勢を城内に忍ばせていたらしい。


「青髪の一族を下働にした報いだ」


唾を吐いて、青髪は言い捨てる。

手勢達はそれぞれ恨みがあるようだ。

それぞれ、ボクと父上を恨んでいた。


きっと、あの悪夢の事件の禍根だろう。


「さて、貴様にも報いを受けて貰おう」

「ぎっ!? ぐがっ! あぐっ!?」


また髪を掴まれて、頭突きをされた。

そのまま首に手を置かれ、締められる。

息が吸えずにもがくと、彼は要求した。


「おい、あの妃候補はどこだ?」

「あ、あが……?」

「薄桃色の貴様の女だ!どこにいる!」


ギリギリ首を締められて問われる。

薄桃色の女。きっとそれはボクだ。

ボクがウィッグをつけて変装した姿だ。


そうとは知らずに青髪は執着している。


「あの女を貴様の前で辱めてやる!!」

「ぐぎぃ!? ぐはっ! かはっ!」

「それで釣り合いが取れるだろう!?」


姉である黒髪ロングを奪った恨み。

妃候補を辱めて償わせるつもりらしい。

でも、それは無理だ。ボクなのだから。


もしも、その正体がボクだと知ったら。

きっと激怒するだろうな。間違いなく。

そしてボクも父上と同じく、殺される。


父上を殺したこいつが憎い。殺したい。


けれど、力がない。覚悟もない。

こんな状況でも、ボクは弱虫だ。

青髪の手を振り払うことも出来ず。

彼に向かって恨みを返すことも出来ず。


そこで、ふと違和感を覚える。


恨み? 憎しみ? ボクが? 何故?


だって、おかしな話だ。

彼は、あの時処刑される筈だった。

学園でボクを襲った時に。

それを揉み消したのは誰だ?


無理矢理強権を発動して。

教育係とオレっ娘の忠告も無視して。

口封じをして、父上にも知らせず。

そんな無責任なことをしたのは誰だ?


それは他ならぬ、ボクだ。

ボクが、青髪を生かした。

その結果、父上が、殺された。


なんだよそれ。それじゃあまるで。


ボクが、父上を、殺したも同然だ。


そうだ、ボクが殺した。

青髪を助けた、ボクが。

だから父上は、死んだ。


そして、ボクも彼に殺される。


報い。報いか。言い得て妙だ。

もちろん、青髪の恨みとは違うだろう。

だけど、勝手に納得した。納得できた。


『罪には罰』と。


そう、教育係は言っていた。

何度も、何度も、忠告していた。

それをボクは聞かなかった。


だから、死んだ。父上が。ボクの罪だ。

だから、死ぬ。ボクが。罪には罰、だ。

ほら当然じゃないか。実にくだらない。


本当に、くだらない人生だった。


ボクは、生きることを、諦めた。


「……殺して、くれ」

「ああん?」

「……お願いだ……ボクを、殺して」


その願いはすんなりと口から出た。

青髪はきょとんとして、目を丸くした。

そしてややあって、けらけら嗤った。


「ぶはっ!なにそれ、唆るんだけど!」

「お、お願いだ……死にたいんだよ」

「ばぁーか! 知るかっての!!」

「あぅっ!?」


懇願したら、頬を張られた。

右、左、右、左、右、左。何度も。

口の端が切れて、血が滲む。痛い。


また髪を掴んで、彼は罵倒する。


「なに楽になろうとしてんだよ!?」

「頼む……お願いだから……!」

「うるせえ! 貴様は苦しんで死ね!」


すんなり殺す訳ないだろうと。

彼は再び首を絞めてくる。じわりと。

これからずっと、生かさず殺さず。


じわじわと嬲って、壊されて、残酷に。

ボクは青髪に殺され続ける運命なのか。

絶望して、嗚咽を漏らすと、奴が動く。


「殿下は死なせませんっ!」

「大人しくしていて下さい」


教育係がボクを助けようとして。

くすんだ青髪の眼鏡に阻まれた。速い。

ドレスでヒールの教育係には不利だ。


「召使い、私の許嫁を助けて!」

「ま、やるだけやってみるさ」


桃色髪の姫君も召使いを差し向ける。

くすんだ青髪の死角をついた、一撃。

それでも、眼鏡はすんなりとかわした。


「なんだよお前、随分と強いな」

「黒髪の一族には敵いませんよ」


感情のこもっていない平坦な声音。

敵わないと言いながらやすやすと阻む。

くすんだ青髪は、眼鏡を持ち上げて。


飛び出そうとしたオレっ娘を牽制した。


「父親がどうなってもいいのですか?」

「ぐっ……てめぇ!」


オレっ娘でも隙をつけない。

将軍の首元にナイフを突きつけられた。

もう、打つ手はない。終わりだ。


その時、黒髪ロングが叫んだ。


「もうやめて! 殿下を離して!!」

「ちっ。姉上は黙っていて下さい」


苦々しげに舌打ちをする青髪。

その間に白髪混じりの青髪が割り込む。

黒髪ロングの父親が、問いただす。


「私の過ちを繰り返すつもりか!?」

「父上、俺様はあなたの野望を叶える」

「私の野望だと……?何のことだ!?」

「もちろん、国を乗っ取るんだよぉ!」


青髪は父親に牙を剥いて言い返した。

まるで哀れな敗者を見るような視線で。

舞踏会の来場者に向けて、宣言をする。


「今日からこの国は俺様のものだ!!」


溜め込んだ恨みを発散して、怒鳴る。


「飼い慣らされた父上と俺様は違う!」


そして、黒髪ロングに向かって告げる。


「すぐに自由にしてあげますよ、姉上」


この国を乗っ取って、自由にすると。

王族を排除して、貴族を人質に取り。

この王宮を支配して、新たな王となる。


そんな野望を、青髪は抱いている。

そしてそれは今夜実現するだろう。

もう王はいない。議長も将軍も。

有力な貴族も捕らえた。道は拓けた。


あとは民衆に適当な嘘をつけばよい。

国王は病死で王位継承者は失踪など。

この舞踏会の出来事は闇に葬られる。

王位継承者のボクという存在と共に。


「仕方ない、ここは逃げるに限るな」


やれやれといった様子の召使い。

そんな彼に青髪は胡乱な目つき。

馬鹿にするように、召使いに釘を刺す。


「逃げられると思っているのか?」

「ああ、姫さんを危険に晒したくない」

「そこのうつけ姫も、俺様のものだ」

「……また姫さんを侮辱したな?」

「この前とは状況が違うだろう?」

「どんな状況でも、許さねぇ……!」


召使いの目が据わった。殺気が迸る。

青髪がびくりと震える。身が竦んだ。

きっとトラウマになっているのだろう。


召使いは前回青髪を簡単に倒した。

鎖を使って首を絞め、あっけなく。

今回も何か策があるのかも知れない。

びくつく青髪に、見せつけるように。


「今回は逃げるのが優先だ。あばよ」


懐から取り出した球を、床に投げた。


「なっ!? 目がっ! 耳がぁっ!?」


眩い閃光と、耳をつんざく高周波。

恐らく、閃光弾だろう。それが炸裂。

視力と聴覚を失って、身体が浮いた。


目が見えずとも、耳が聞こえずとも。

この手の感触が教えてくれた。

教育係が、ボクを抱き上げた。


次第に視界が回復する。耳はまだだ。


白煙が立ち込め、招待客はうずくまる。


瞬時に行動出来たのはごく少数。

くすんだ青髪の眼鏡は青髪を庇い。

召使いは桃色髪の姫君を抱えて。

オレっ娘はメイドと三つ編み眼鏡と。

ようやく聴覚も戻ってきた。しかし。

黒髪ロングがいない。どこだ?


視線を巡らせると、丁度、目の前に。


「私が弟を抑えます!逃げて下さい!」

「頼みます! 貴女だけが頼りです!」

「すみません殿下!どうかご無事で!」


短く、教育係とやり取りが交わされた。

黒髪ロングの謝罪に返答出来ない。

彼女に謝って欲しくない。違うんだ。


ボクが……ボクが、父上を殺したんだ。


涙が溢れる。嗚咽が漏れる。悔しい。

それを聞きつけた青髪が、吼える。

まるで地獄から来た、死神のように。


「王位継承者が逃げるのかぁ!?」


教育係は振り返ることなく、出口へ。

立ち塞がる青髪の手勢をかわして。

ボクを抱いたまま、足を払う。


彼らが転んだ隙に外へと出た。必死に。


「俺様は貴様に宣戦布告をする!!」


青髪の怒鳴り声が響いてくる。執拗に。


「どこに逃げようとも必ず探しだす!」


逃げ場はないと、脅してくる。残酷に。


「戦場で、貴様をぶっ殺してやる!!」


一方的な宣戦布告を受けながら逃げる。

それは敵前逃亡と同義。ボクは負けた。

会場内の貴族達にも見られた。敗北を。

それは決闘を尻込みするより決定的だ。

もう誰もボクを王位継承者と認めない。


この日、ボクは王位継承権を、失った。


「早く、リムジンへ!!」


乗ってきたリムジンの元へと向かう。

教育係が運転席に乗り込み、運転を。

召使いは助手席、他は後部座席に乗る。


5〜6人は乗れるリムジンで良かった。

問題なく、皆乗れた。不幸中の幸いだ。

車内は沈黙で満たされ、重い空気。

王宮が遠ざかり、出来事が蘇る。


とめどなく、涙が溢れてくる。


父上が死んだ。死んでしまった。

議長も将軍も来場客も人質になった。

オレっ娘と三つ編み眼鏡の父親達が。


彼らを救えなかった。力がなかった。

ボクは無力で死に損ないだ。ゴミだ。

ボクには何の価値もない。無価値だ。


既に王位継承者でもない、負け犬だ。


そんなボクを誰も責めてくれない。

責められたかった。それは甘えだ。

誰かにボクを、殺して欲しかった。

それはつまり単純に逃げの精神だ。

皆、言いたいことを我慢している。

その優しさが余計に悲しい。辛い。


隣に座ったメイドが手を握ってくれた。

桃色髪の姫君もハンカチを差し出した。

オレっ娘は悲痛な表情を浮かべて。

三つ編み眼鏡は悲しげに俯いていた。


姫君が頬の傷にハンカチを当てる。

痛い。痛いよ。だから、夢じゃない。

これは現実で、父上はもういないのだ。


声を上げてむせび泣く情けないボク。

リムジンは離宮に向かって走る。

ボクら全員の、不可逆な痛みを乗せて。


これが、終わりの始まりだった。

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