第91話 『殿下のご要望』
「そろそろ殿下のお誕生日ですね」
「ふむ……もうそんな時期か」
とある昼下がり。
この日は休日でのんびりしていた。
この数ヶ月、ボクらの関係は順調だ。
とはいえ、今までとそう変わらない。
それで最近気づいたことがある。
ボクらはずっと前からラブラブだと。
キスから恋が始まったと思いきや。
それよりも早く恋は訪れていたらしい。
召使いに一杯食わされたようだ。
それはさて置き、誕生日か。
ボクの14才の誕生日。早いものだ。
しみじみ感慨に耽っていると問われた。
「何か欲しい物はございますか?」
現在ボクは教育係に膝枕されている。
こちらの髪を梳きながら奴が聞く。
1年前と同じく、ボクの要望を尋ねた。
しかし、これと言って欲しい物はない。
13才の時もそうだが、恵まれた環境だ。
妃候補や姫君、そして教育係に囲まれ。
毎日大好きなスポーツカーで送迎。
これ以上の贅沢が存在するだろうか。
しばらく悩んで、思いついた。
「そろそろ赤ちゃんが欲しいな」
「ぶっふぉっ!? げっふぉっ!?」
何気なく漏らすと、奴が咳き込む。
何やら激しく動揺している模様。
そんなに変なこと言ったかな?
というか、そろそろ出来る筈だ。
毎日あんなにキスをしてるのだ。
ところが、ボクにも奴にも兆候がない。
だからこそ、欲しいと言ったのだが。
「殿下」
「なんだ?」
「子供はまだ早いです」
「早いに越したことはないだろう?」
「もうしばらくお待ちください」
取り澄ましたように教育係が諭す。
どうやらまだ子供は早いとのこと。
子供は自然に授かるものではないのか?
怪訝に思いながらも、気を取り直す。
まあ、お腹が大きくなったら困る。
一応、誕生日に向けて計画があるのだ。
それは今年の舞踏会の為でもある。
ボクは奴の膝から身を起こし、告げた。
「教育係、頼みがある」
「はい、なんなりと」
よし、言質は取ったぞ。
それでは、なんなりと頼んでやろう。
ボクは手を打ち鳴らしてメイドを呼ぶ。
「お呼びですか、殿下」
「例の物を持って来てくれ」
「かしこまりました」
メイドにとある物を取って来させる。
教育係はきょとんと首を傾げている。
敢えて説明はせずに、メイドを待つ。
程なくして、再び銀髪メイドが現れた。
「お待たせしました」
「それが頼んでおいたドレスか?」
「はい、如何でしょうか?」
事前に注文しておいたドレス。
メイドが広げて見せてくれた。
注文通り、赤と黒で彩られたドレスだ。
肩紐の存在しないスレンダーライン。
上半身の露出とは裏腹に下半身は清楚。
真紅のカラーが下にいくにつれて黒に。
見事なグラデーションが美しいドレス。
「素晴らしいな」
「ほう……とても綺麗なドレスですね」
見惚れると、教育係も感心した様子。
まじまじと眺めて、目を輝かせる。
そして、嬉しそうにボクに尋ねた。
「今年の舞踏会はこちらをお召しに?」
「いや、今年はボクはドレスを着ない」
「なら、このドレスはどなたに……?」
困惑する教育係を、ボクはゆび指す。
「お前がこれを着るんだ、教育係」
「わ、私が、これを……?」
「ああ、それがボクの願いだ」
今年のおねだりを奴に告げる。
今回の舞踏会では変装はしない。
父上から許可は頂いている。
だから今年は、ボクがエスコートする。
この美しいドレスを着た、教育係を。
「だから、どうか着てくれないか?」
「でも、私にこのようなドレスは……」
「気に入らないか?」
「そ、そんな、滅相もありません!」
「だったら着て。ね? おねがい!」
「うぅ……殿下の、御心のままに」
渋る奴を押し切った。よっしゃあ!
最近、教育係は甘ちゃんだからな。
チョロい。チョロ可愛い教育係だ。
「それでは採寸をしますので……」
「ああ、着てみてくれ」
「ええっ!? い、いまですか!?」
メイドがメジャーを持って意気込む。
ドレスを試着するように促すボク。
教育係は真っ赤な顔で尻込みをした。
「抵抗は許さん。メイド、やれ」
「かしこまりましたー!」
「ひぅっ!?じ、自分で着ますから!」
メイドを差し向けると奴は降参した。
いそいそと服を脱ぎ始める。エロい。
このまま着替えを眺めたいのは山々だ。
けれど、流石にマナーに反するか。
ボクはメイドに任せて退室する。
その前に。メイドにも渡す物があった。
クローゼットの奥からそれを取り出す。
「メイド、お前にはこれをやろう」
「へっ? なんですか、これは……?」
「お前のドレスだ」
「ふぇぇえええええっ!?!!」
去年はお留守番だった銀髪メイド。
今年は彼女も連れていくつもりである。
その為にこっそりドレスを用意した。
「舞踏会までに採寸して直しておけ」
「で、殿下ぁっ!ゔれじいでずぅ!!」
「ドレスに鼻水を付けるなよ」
感極まって大泣きするメイド。
そこでふと、悪寒が。教育係だ。
奴が、じと目でこちらを睨んでいる。
私にもドレスくれた癖に。
私だけ特別だと思ってたのに。
殿下はメイドに甘すぎです!
そんな怨念がひしひしと伝わる。
ここは逃げるが勝ちだ。逃げよう。
ボクは尻尾を巻いて退室した。
「もう入ってよろしいですよ」
しばらく部屋の外で待っていた。
すると、教育係から入室の許可が。
なんだか緊張するな。ドキドキする。
自分の部屋なのに恐る恐る、扉を開く。
「ふあっ!?ちょ、待って!ぴぎゃ!」
開けたらメイドが転んだ。
背中のファスナーが開いたままだ。
ドジっ娘にも程がある彼女に手を貸す。
「大丈夫か?」
「も、もも、申し訳ありません!」
「ドレスは無事なようだな」
「えへへ。ど、どうですかね……?」
矯めつ眇めつ眺める、その前に。
メイドの背中のファスナーを上げる。
そして回り込んで、じっくり鑑賞。
純白のプリンセスラインのドレス。
露出は控えめでフリル多め。可愛い。
やはりメイドは白が似合うな。うん。
「とっても可愛い。最高だ」
「びぎゃー! ゔれじいでずぅ!!」
ありのままに褒めるとメイドは号泣。
キラキラ光る涙が綺麗でドキッとした。
メイドは目をウルウルさせて上目遣い。
「ウェディングドレスみたいですね」
「ああ、言われてみればそうだな」
「もし良ければ、私を貰って下さい!」
「ボクで良ければ、よろこんで」
つい、流れでメイドを貰ってしまった。
抱きついてきたメイドとくるくる回る。
なんだかおかしな展開だ。あれっ?
何かを忘れているような。寒気がする。
室内に視線を巡らせると目が合った。
やば。血走ってる。教育係マジおこだ。
さっと視線を逸らして口笛で誤魔化す。
当然、教育係は誤魔化されなかった。
「殿下」
「な、なんだ……?」
「私という恋人がありながら……」
「待て。落ち着け。今のは間違いで」
「へっ?」
そこでメイドがポカンとした。
何言ってるの?みたいな表情。
くいくいと袖を引っ張ってくる。
「殿下、間違いだったのですか?」
「えっ? いや、これは……」
「殿下は私を貰ってくれますよね?」
「あ、ああ。それはもちろん……」
「殿下っ!!」
メイドに押されていると教育係が喝。
お、怒んないでよ。思わず涙目になる。
そんなボクを教育係は手招きして呼ぶ。
おい、ちょっとこっち来い。みたいな。
びくびくしながら奴の元に向かう。
すると、教育係は床を指し示す。えっ?
まさか、ボクに床に座れと?
いやいやいや、そんな馬鹿な。
いくら教育係だってそれは流石に。
「そこに正座して下さい」
「……はい」
問答無用で正座を強要された。悔しい。
ボクを誰だと思ってるんだ。こいつめ。
そんな文句は口から出ない。怖いもん。
ガクガクブルブルと震えるボク。
そんなボクの顎を掴み顔を上げる奴。
凄絶な笑みを浮かべてまるで魔王だ。
そんな魔王様は、ボクに感想を求めた。
「私のドレスは如何ですか?」
「えっ?あ、うん。とっても素敵だよ」
言われて本来の趣旨を思い出した。
正座のままドレス姿の教育係を眺める。
スレンダーラインで大人っぽい。
元から長い足がさらに長く見える。
肩紐がないから白い肩が丸見えだ。
漆黒の髪と瞳も相まって、高貴な印象。
胸がないのが惜しいところだが。
あっ。こめかみに青筋が。怒ってる。
いけない。胸なんかどうでもいいです。
「綺麗だよ、教育係。大好き」
「くふっ。それなら許してあげます」
お許しが出たところで採寸開始。
白いドレスのメイドがテキパキ測る。
舞踏会までに手直しすれば完璧だ。
それを眺めながら、ボクは呟く。
「舞踏会……楽しみだな」
「ええ、とても楽しみです」
教育係がにっこり笑って同意して。
「待ち遠しいです!ワクワクします!」
メイドがメジャー片手にウキウキ。
良い舞踏会になる予感。確信があった。
きっと楽しいだろうとそう思っていた。
ボクにとって二度目の、そして運命の。
舞踏会が、目前に、差し迫っていた。




