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殿下の教育係  作者: 戦乃作為
第2章 【学園生活と日常】
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第85話 『商談成立』

「では殿下、行ってきます」

「ああ、気をつけてな」


武道会を翌週に控えた休日。

教育係は出かけて行った。

クルマのオイルを替えに車屋へ。


そして、この機会を逃す手はない。

奴の居ない隙に、計画を進めよう。

教育係へのプレゼントを購入するのだ。


「メイド」

「はい、殿下」

「宝石商を呼べ」

「かしこまりました」


クルマの排気音が遠ざかっていく。

それを聞いて速やかにメイドに命じた。

近辺に待機させていた宝石商を呼べと。


メイドが退室してすぐに。

恰幅の良い宝石商の中年男が現れた。

彼は揉み手をしながらにこにこ。


深々と頭を下げて、口上を述べた。


「初めまして、殿下」

「ああ、よく来てくれた」

「お目にかかれて光栄です」


頭を下げたままの宝石商を手で制する。

彼が顔を上げるのを待って。

ボクは本題である商談を持ちかけた。


「注文した物は持って来たか?」

「はい。こちらが注文のピアスです」


手に提げていた宝石箱を開く。

そこにはキラキラと輝くピアスが。

白金の台座に光るブラックダイヤ。

思わず見惚れて感嘆のため息を漏らす。


「美しいな……素晴らしい」

「天然のブラックダイヤモンドです」

「とても貴重だと聞いたが?」

「それはもう。極上品でございます」


どうやら極上品とのこと。

顔を近づけて、じっくりと眺める。

不純物が混じった様子はない。

サイズもそれなり。カットも美しい。


これに即決してしまおうか。

幸いにも資金はそれなりにある。

ボクの溜め込んだ金額は相当だ。


自由に使える金は山ほどあった。

長年の幽閉生活の思わぬ副産物だ。

屋敷に居ると、金を使う機会は皆無。


だから、貯まる一方だったのだが。

弊害としてボクは買い物の経験はない。

だからこそ、ちょっと迷う。


もしかしたら、他に良い物があるかも。

持ち前の優柔不断さを発揮して。

他のピアスも見せて貰うことにした。


「他のピアスも見てみたい」

「どうぞ存分にご覧下さい」


宝石箱の下段の引き出しを開く宝石商。

そこには沢山のピアスが並んでいた。

流石は一流の宝石商だ。用意が良い。


暖かな橙色のトパーズ。

深い蒼色のサファイア。

爽快な翠色のエメラルド。

清廉潔白なオパール。


それらを眺めているとつい目移りする。

それぞれ、妃候補達に相応しいだろう。

そう言えばオレっ娘に催促されていた。

この機に買ってしまおうか。


彼女にはエメラルドがぴったりだ。

きっと薄緑色の髪と瞳に映える筈だ。

でも、彼女だけを贔屓したら良くない。


他の妃候補も平等にあげるべきだろう。


三つ編み眼鏡にはトパーズを。

黒髪ロングにはサファイアを。

世話になってるメイドにはオパールだ。


しかし、そんなに買って平気だろうか。

ボクの手持ちで足りるかな?

宝石の相場が全然わからなくて困る。

こんな時に教育係が居れば。


しかし、この買い物は奴には秘密だ。

甘えることは出来ない。自分で決める。

けれど、なかなか決められない。


困ったなと思ったら、それはあった。

宝石箱の最下段にそれは鎮座していた。

鮮やかに佇む真っ赤なルビーのピアス。


それはまるでボクの瞳と髪のようで。

もしも、これを教育係が付けたら。

きっとあいつをボクの虜に出来る筈。

何故かそんな確信を持った。


それに伴い、迷いは吹っ切れた。


「宝石商」

「はい、決まりましたかな?」

「全部くれ」

「ぜ、全部……で、ございますか?」

「ああ、手持ちはこのくらいある」


ドサッと金の入った袋を置く。

いそいそと彼が中身を拝見。

みるみるうちに顔が青ざめていく。


やっぱり足りないのかな?

流石に全部は無理だったのか。

不安になって、尋ねてみる。


「足りないか?」

「い、いえっ! 充分でございます!」

「本当か!? では、商談成立だ」

「いや、あの、これでは多すぎて……」

「気にするな! 釣りはとっておけ!」


これにて商談成立だ。

いや、全然商談にはなっていない。

本来ならば価格交渉をするべきだ。


けれど、価格など、どうでも良かった。

物の価値などあってないようなものだ。

似合うならば、プライスレスである。


「それでは下がれ」

「は、はい。ありがとうございました」


宝石商は呆然とした面持ちで去った。

ピアスの入った宝石箱を残して。

どうせボクには使い道のない金だ。

だから、彼に使って貰うのが最善だ。


そんな風に1人で納得してホクホク顔。

キラキラ光るピアス達を眺める。

これを彼女達に渡すのが楽しみだ。


そして一番気に入ったルビーのピアス。

見れば見るほど、愛着が湧いた。

教育係に渡すピアスはこれに決まりだ。


もともとボクは赤は好きではなかった。

それは自分の髪と瞳の色だから。

赤色の髪と瞳でボクは縛りつけられた。


だが、それを教育係は好きだと言った。

ボクの髪と瞳の色だからと。

奴のクルマも真紅のスポーツカーだ。


だからボクの赤への苦手意識も薄れた。

奴が好きなら、なんとなく嬉しい。

だって、自分が褒められてる気がして。

あいつに好かれてると言われたような。

そんな勝手な解釈をして勝手に有頂天。


しかし、困ったぞ。

ルビーを奴にあげるとして。

ブラックダイヤモンドはどうしよう。


そちらも教育係にあげようか?

いやいや、待て待て。名案を閃いた。

これはボクが成人したら付けよう。


そうすれは奴の色に染まれるかも。

身も心も教育係の虜に。最高だ。

素晴らしい。そうしよう。なんて。


1人で盛り上がっていると排気音が。

どうやら奴が帰って来たらしい。

それを裏付けるように、メイドが入室。


「教育係さんが帰って来ました!」

「よし、絶対に感づかれるなよ!」

「はい! お茶のご用意をします!」


メイドと口裏を合わせて宝石箱を隠す。

とりあえず、ベッドの下に置いといた。

ここならば、奴に気付かれないだろう。


その間にメイドが紅茶を淹れた。

優雅に席に着き、雑誌を読むふり。

程なくして、教育係が帰ってきた。


「ただいま帰りました、殿下」

「ああ、おかえり」

「むむっ? 何やら様子が変ですね」


くんくんと室内を嗅ぐ教育係。

まるで犬のように嗅ぎ回り、感づいた。

冷や汗を流して素知らぬふりをする。


すると、教育係がボクに詰問した。


「殿下」

「な、なんだ……?」

「おっさんの匂いがします」

「いやいや!馬鹿な!気のせいだろう」

「また私に隠し事をしてますね?」

「な、なんのことやら……」

「ベッドの下が怪しいです」

「あっ! こら、待て!! やめろ!」


何という鋭さ。隠し場所まで当てた。

ベッドの下に潜り込もうとする教育係。

それを必死にやめさせる。勘弁してよ。


図らずも、下半身にしがみつく格好に。

するときっと睨まれた。めっちゃ怖い。

教育係はボクの手を払いぷんぷん叱る。


「お尻に触らないで下さい!」

「いや、そんなつもりは……」

「触るなら地肌を直接触って下さい!」

「もう何なんだよお前は……」


触るなと言った側から触れと言う。

生尻を触る勇気はもちろんない。

そもそもそんなつもりはさらさらない。


白けた視線を送ると、また睨まれた。

ずいっと顔を近づけられて、たじたじ。

後ずさりすると、奴が這って迫る。


「隠し事はエッチなことですか?」

「どうしてそうなる!?」

「ベッドの下が怪しかったので」

「お前の判断基準はめちゃくちゃだ!」


的はずれな問いかけを否定する。

感違いも甚だしい。エッチじゃない。

しばらくボクの瞳をじっと見られた。


やがて、奴はぷいっと視線を逸らす。


「わかりました。追求はしません」

「ああ、そうしてくれると助かる」

「まったく、殿下には困ったものです」


愚痴愚痴と不満を漏らす教育係。


「最初はあんなに素直だったのに……」

「ボクは今でも素直だ」

「どうしてこんなに生意気に……」

「ボクは生意気じゃない」

「すっかり反抗期になって……」

「だから違うと言ってるだろう!?」


流石にイライラしてきたぞ。

これではまた喧嘩が勃発しかねない。

そんなボクらの間に割って入って。


「さあさあ、おやつは如何ですか?」


銀髪メイドが、おやつを告げた。

それを受けてボクらも一時休戦。

一応、長引かせないように言っておく。


「教育係」

「なんですか?」

「ボクを信じて」


真剣に奴に訴える。信じろと。

全ては奴の為。教育係の為なのだ。

それはちゃんと伝わったようで。


教育係は優しくボクの頭を撫でた。


「わかりました。信じます」

「ありがと。ごめんね?」

「いえ、こちらこそ、ごめんなさい」


あっさりと身を引いてくれた教育係。

寂しそうだけど、どこか嬉しそう。

そんな複雑な表情を浮かべている。


あの喧嘩以来、時々そんな顔をする。

それがなんだがくすぐったくて。

おやつのクッキーを食べながら尋ねた。


「何か言いたいことがあるのか?」

「……殿下は、成長が早すぎます」

「えっ?」

「それが嬉しくもあり、寂しいのです」


成長が嬉しくて、寂しい。なんだそれ。

よくわからないが、一つだけわかる。

ボクが成長したのは、それはきっと。


「それはきっと、お前のおかげだよ」

「くふっ。ならば、自業自得ですね」

「ああ。だから、これからも頼む」

「はい、かしこまりました」


教育係はボクに様々な影響を与えた。

これまでも、そしてこれからも。

隣に座るこいつに、教育されるだろう。


ボクに恋愛感情を芽生えさせた教育係。


その責任は取って貰おう。

いや、取りに行こう。受け身じゃなく。

その為にプレゼントは用意した。


あとはこれを渡すだけ。

ならば、言うべきことは一つだ。

せっかくの贈り物を無駄にしないよう。

ボクは教育係に厳命した。


「教育係」

「はい、なんでしょう?」

「武道会で絶対に優勝しろ」

「ええ。必ずや、勝利を殿下に」


ボクの教育係は、勝利を約束した。

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