第82話 『初めてのライブ』
「いよいよ、本番か」
「ええ、次が我々の出番です」
ついに、最終演説の日となった。
体育館のステージの裾で出番を待つ。
既に他の候補者は演説を終えていた。
残るは我らが姫君ただ1人。
ボクらの前の候補者は奇抜だった。
風紀委員から派遣された刺客。
スケバンが、先程演説を行った。
応援演説者はオレっ娘。
風紀委員から生徒会長を選出する野望。
それで校内における権力を高める。
その為に彼女はサラシを大衆に晒した。
全校生徒の前でサラシ姿になって。
赤面したスケバン。高笑いのオレっ娘。
男子生徒は大盛り上がり。狡猾である。
しかし、ボクらだって負けてない。
なにせゲリラライブを仕掛けるのだ。
もちろん、前代未聞の所業だろう。
というか、全く意味がわからない。
やっぱり、おかしな発想だと思う。
選挙でライブとか、間違っている。
なんだか、今更ながらやりたくない。
だけど、ボクらだって本気なのだ。
その為に何度もセッションを重ねた。
そんな暇があれば公約を考えるべき。
そんなことは重々承知だ。それでも。
ボクらボクらのやり方で、勝つ。
「ステージ上の準備は完了したぜ」
召使いがステージを整え終えた。
選挙管理委員会がポカンとしている。
そりゃあそうだ。さぞ、不思議だろう。
ピカピカのドラムセット。
床を這わせたコード。
そして大きなスピーカー。
完全に選挙とは関係ない道具だ。
それでもそれを咎める声はない。
ボクらには強い味方がいるのだ。
「それではデンカ様、頑張って下さい」
「ああ、三つ編み眼鏡。恩にきる」
「いえいえ! お気になさらずに!」
選挙管理委員の三つ編み眼鏡。
学級委員長の彼女は選挙の管理者だ。
三つ編み眼鏡の父親は国会の議長。
ゆくゆくは彼女も国政に携わる。
その勉強の為に、選挙を仕切っていた。
「時間よ」
「ああ、締まっていこう」
「とびっきりのライブにしてやるわ!」
全ての準備が整い、ステージへ。
機材を運び入れる為に幕は閉じている。
その向こうには沢山の生徒が存在する。
それにボクらは4人で挑む。
数百名の生徒に、立ち向かう。
緊張と不安で吐き気がしてきた。
肩にかけたギターがずっしりと重たい。
そんなボクに、奴が声を掛ける。
「デンカ様、怖いですか?」
「ああ、怖い。怖くて、堪らない」
「大丈夫。我らは1人ではないのです」
ボクらは1人ではない。そうだ。
4人で数百の生徒に挑むのだ。
もちろん、彼我の戦力差は、明らか。
でも、それでも、負ける気はしない。
自信満々な桃色髪の姫君。
ヘラヘラ不敵な笑みを浮かべる召使い。
そして、天下無敵の、ボクの教育係。
勝てる。このメンバーなら、勝てる。
胸の内に、熱い炎が宿る。勇気である。
勇気。そう、勇気だ。勇気を燃やせ。
そして、最高の演奏を。
エアギターを、お見舞いしてやる。
いや、演奏する訳ではないけども。
「さあ、デンカ様。ライブの時間です」
幕が、ゆっくりと、上がっていく。
体育館を埋め尽くす、生徒の群れ。
皆一様に、惚けた表情を浮かべている。
ボクらの持つ道具に驚いている。
ざわざわと、動揺が伝播していく。
圧倒的な困惑。ボクも思わず冷や汗。
駄目だ。呑まれるな。ボクは強い。
制服のスカートの下にはニーソ。
桃色髪の姫君と同じ格好をしていた。
端から見ればまるで姉妹だろう。
ならば、隣に立つ姫君を見習おう。
少しも臆することなく堂々とした様を。
桃色髪をかき上げて、彼女は言い放つ。
それが、開戦の、合図であった。
「私の歌をきけぇぇえええっ!!!!」
なんとも乱暴な演説の始まり。
教育係がスティックを鳴らす。
そして、演奏が始まった。
イントロはボクのギターの見せ場。
必死にそれっぽく、弾く振りをする。
でも、身体が、指が、上手く動かない。
あんなに練習したのに。乗り切れない。
ああ、駄目だ。やっぱり駄目だった。
ボクは結局、何をしても駄目駄目だ。
自分自身が恥ずかしくて消えたくなる。
俯いて、悔しさで、視界がうるむ。
もう、やめたい。逃げたい。
苦しくて、恥ずかしくて、くじけそう。
そんなボクの肩を姫君が抱き寄せる。
召使いが、ベースをかき鳴らす。
教育係が、力強いリズムを叩く。
それで、ボクは立ち直った。
ボクは1人じゃない。みんなが居る。
顔を上げて、がむしゃらに弾きまくる。
どうせさっきので底が知れてしまった。
完璧にエアギターだと気づかれた。
だからこそ、吹っ切れた。やけくそだ。
綺麗に、上手くやろうとか。
振りだとバレないようにしようとか。
そんなのは、やめだ。もう、終わりだ。
もっと、楽しく。もっと、ノリノリで。
馬鹿みたいに身体を揺らして。
狂ったようにリズムを刻もう。
そんなボクを見て、姫君は微笑み。
すぅっと息を吸って鳶色の瞳を輝かせ。
その美しくも可愛らしい歌声を奏でた。
すると、体育館の雰囲気が一変した。
戸惑っていた生徒が、引き込まれる。
惹かれ、引き寄せられ、熱く震える。
震える。奮えた。打ち慄えた。
戦慄にも似た感覚。ボクも鳥肌が立つ。
姫君はすごい。最高のアイドルだ。
生徒達に向かって手を差し伸べる。
すると彼らも手を伸ばしてくる。
姫君に届きたくて、近づきたくて。
ステージのすぐ傍まで大挙してくる。
ボクらの足元に群がる生徒達。
そんな熱狂を煽り立てるように。
体育館の照明が、絶妙に操作される。
視線を上げると照明室に1人の生徒が。
体育館の二階からこちらに手を振る。
黒髪ロングが、照明を鮮やかに操る。
全体的に暗くして、雰囲気を出す。
眩いスポットライトで引き立てる。
スティックを振る教育係のソロパート。
ピックを使わない召使いのソロパート。
それぞれに、見せ場を作っていた。
黒髪ロングは本当に気が効く娘だ。
そして会場の熱気が、最高潮に。
そこで桃髪の姫君がアドリブを入れた。
サビの途中で、可愛く、きらっ☆と。
片目を瞑り、愛機ある仕草でウインク。
それを受け観客の生徒達は猛り狂った。
吠える者叫ぶ者。もう収拾がつかない。
その時、風紀委員の長たる彼女が動く。
風紀委員を手足のように動かし、統制。
持ち前のカリスマを発揮するオレっ娘。
そして身振り手振りでエールを送る。
悪戯っぽく八重歯を光らせながら。
誘導棒を使ったキレの良い即興ダンス。
まるでアイドルのコンサートのように。
対立候補のスケバンも踊ってくれた。
それに乗っかる生徒達。盛り上がる。
盛り上がって、まだまだ熱さが増す。
選挙管理委員会の三つ編み眼鏡が。
ライトアップしてくれた黒髪ロングが。
体育館を統制してくれたオレっ娘が。
それぞれ、ボクらを助けてくれた。
そこで気づいた。4人ではないと。
彼女らも、ボクらの仲間であると。
そして歓声を送ってくれる生徒達も。
教師達ですら注意するのを躊躇った。
体育館全体が、ボクらの味方だった。
ならば、もう怖い物はない。
もはや、敵など1人も居ないのだ。
ボクらはこの体育館を完全に占拠した。
そこで満を持してボクのソロパート。
絶妙なタイミングでスポットライトが。
その光に照らされて観客の姿が消える。
伝わるのは熱気と歓声だけ。
すごい。すごく、熱い。熱すぎる。
頭が真っ白で、狂いそうだ。
息を吐くのも煩わしくて、苦しい。
心臓は飛び跳ねて、せわしない。
空調は効いているのに汗が止まらない。
エアギターをしながら見回す。
ステージ上にはボクの仲間達の姿が。
それぞれ、熱く演奏をしていた。
桃色髪を頬に貼り付ける姫君。
不敵な笑みでベースを指で弾く召使い。
そしてスティックを振り回す教育係。
ちらっと奴が視線を向けてきた。
漆黒の視線と白く光る綺麗な歯並び。
額に張り付く黒髪が酷く色っぽい。
教育係と視線が絡み合う。
ボクの胸の熱量が跳ね上がる。
楽しい。嬉しい。愛おしい。幸せだ。
そして、曲はクライマックスに。
スポットライトが姫君に当たる。
最後のサビを熱く、真剣に、熱唱。
観客の歓声を掻き消すように。
それはもう、絶叫の如き大音声。
終わる。ボクらの演説が。
この最後の一小節に全てを込めて。
清き、熱い一票を、奪い取るように。
そして、歌い切り、深々と頭を下げる。
最後まで具体的な事は言わない。
一票をよろしくなんて野暮なことだ。
ただただ、頭を下げて気持ちを伝えた。
それだけで、良かった。
盛大な拍手がボクらに降り注ぐ。
ゆっくりと、幕が降り、閉幕。
これにて生徒会長選挙は終わった。
熱い熱狂の、余韻を残して。
「教育係」
「はい、なんでしょう?」
「今日はとても楽しかった」
「くふっ。それは何よりでございます」
帰り道、素直な気持ちを奴に伝えた。
今日は人生で一番燃えた1日だった。
ボクはエアギターだったけれど。
とはいえ、それでも、燃えた。
まだ歓声が頭に響いている。
選挙の後に生徒達から掛けられた声。
皆、ボクらを褒め讃えてくれた。
桃色髪の姫君の歌声を。
召使いのベースの素敵さを。
教育係のドラムの格好良さを。
そして、ボクには暖かな言葉を。
「エアギター可愛かったよ!」
「エアギター上手だねっ!」
「エアギターに痺れたよ〜!」
完全にエアギターだとバレていた。
けれど、それでも良かった。
皆が楽しんでくれて、嬉しかった。
しかし、終わってみると寂しいものだ。
そんな心境が顔に出ていたのだろう。
教育係は運転しながらボクに囁いた。
「帰ったら今日のライブを観ましょう」
「えっ?」
「黒髪ロングが撮影していたのですよ」
なんと。全然知らなかった。
あのライブを撮影していたとは。
それはもちろん観てみたい。
でも、少しだけ、照れ臭かった。
思わず赤面すると奴は目ざとく気づき。
照れるボクを揶揄うようにまた囁いた。
「早く殿下の可愛い姿が観たいです」
そう言ってアクセルを踏み込む教育係。
一刻も早く帰宅する為に。急くように。
恥ずかしいけど言われっぱなしは癪だ。
「ボクもお前の素敵な姿が早く観たい」
すると、奴はくすぐったそうに微笑む。
ボクもそれにつられて、にっこり。
その日の晩は、ライブの上映会をした。
「殿下!めちゃくちゃ可愛いです!!」
一緒に映像を観た銀髪メイドは大興奮。
映像の中で教育係はやっぱり素敵で。
やっぱり、ボクはこいつが好きだった。
そんな奴は斜め下から画面を眺める。
何のつもりだろうと思い、尋ねる。
「何をしてるんだ?」
「殿下のパンツが見えないかと」
この変態め。そんなの見えてたまるか。
斜め下から画面を見ても無駄だ。
けれど、今日だけは、大目にみよう。
教育係は変態だけど。
やっぱり素敵な奴だから。
そんな奴が、ボクは好きだから。
さて、気になる選挙の結果だが。
そんなことは語るまでもないだろう?
帰り際の桃色髪の姫君の満面の笑み。
それを見れば開票結果は明らかである。
桃色髪の姫君は、生徒会長に当選した。




