第72話 『兄妹ごっこ』
「授業を始めます」
「久しぶりの授業だな」
とある日の夕食後。
突然授業を始めると言う教育係。
こいつが唐突なのはいつものことだ。
気にせず久しぶりの授業に耳を傾ける。
「こちらが本日の教材でございます」
「また漫画か」
「はい、どうぞご覧ください」
教育係が差し出したのは1冊の漫画。
如何わしい表紙なのはいつも通り。
けれど、中身は少々変わっていた。
「これは兄妹の物語なのか?」
「ええ、妹がメインヒロインです」
兄妹の漫画は以前読んだことがある。
だが、よもや妹がメインヒロインとは。
世の中にはそんな作品もあるのか。
驚きつつも、読み進める。
しかし、ボクには妹が居ない。
その為内容が上手く理解できなかった。
「いまいち妹の良さがわからんな」
「この可愛さがわからないのですか?」
「兄に対しての接し方が酷すぎる」
作中の妹はまるで暴君だった。
兄を敬う素振りはなく、冷たい妹。
たまに素直になるけど、あまりに酷い。
いつも素直に甘えるべきだと思う。
顔を顰めるボクを、教育係が挑発した。
「やれやれ、殿下はまだまだですね」
「なんだと?」
「仕方ありません。実践教育をします」
教育係は実践教育をすると宣言した。
恐らく、妹の良さを諭すのだろう。
言われっ放しは癪なので、受けて立つ。
「いいだろう。ボクを教育してみろ」
「くふっ。お任せ下さい」
画して、実践教育が、始まった。
「まずは、私を兄だと思って下さい」
「は?」
最初から意味不明な教育係。
奴を兄だと思え? なんだ、それは。
そこはかとなく、不快である。
苦い顔をするボクに奴が催促してくる。
「ほら、お兄ちゃんと呼んで下さい」
「嫌だ」
「殿下は素直じゃないですね」
「素直とか、そう言う問題ではない」
頑として拒否するボク。
教育係の好きにさせるつもりはない。
それに、めちゃくちゃ、恥ずかしいし。
そんなボクの態度を見て、奴がポツリ。
「このままでは漫画の妹と一緒ですね」
言われて、はっとした。
そう言えば、漫画の妹と同じ態度だ。
知らぬ間に、同じ態度を取っていた。
これは良くない。由々しき事態だ。
可愛くない妹などに、なりたくない。
仕方なく、ボクは奴を兄として呼ぶ。
でも、お兄ちゃんは、恥ずかしいな。
うん。お兄ちゃんは、やめておこう。
だから、せめて、こう呼ぶことにする。
「……あ、兄上」
「ぐはっ!?か、可愛いすぎます!!」
なんか教育係が興奮してる。
単に兄上と呼ばれたかっただけなのか?
胡乱な視線を向けると、奴が咳払い。
そして、次の要求をしてきた。
「それでは今度は姉だと思って下さい」
いやいや、何を言ってるんだ。
どう見ても調子に乗っている教育係。
本来の趣旨から完全に逸脱してる。
これには堪らず、苦言を呈す。
「それに何の意味があるんだ?」
「殿下の精神を鍛え直すのです」
「ボクの精神を鍛え直す?」
「はい。殿下は最近、生意気ですので」
ボクが生意気だと? 聞き捨てならん。
そんなことはない。ボクは素直だ。
それを言うなら教育係の方が生意気だ。
一応、事実確認をしておこう。
「ボクがいつ生意気なことをした?」
「最近キスをせがむようになりました」
「それがどうした?」
「それが、生意気なのです」
あまりに理不尽な奴の物言い。
キスをせがんだら生意気らしい。
もちろん、そんなつもりはない。
ボクはただ、恋が始めたいだけだ。
「お前だっていつもしていた癖に」
「私がする分には構わないのです」
「そ、そんなの横暴だっ!!」
教育係の暴論に断固抗議をする。
こいつは以前、頻繁にキスをしていた。
首筋やら、頬やら、耳やら、足やら。
そんなところにばかり、キスをしてた。
でも、ボクは唇へのキスがしたかった。
そうしないと、恋が始まらないから。
それをせがんだら、生意気だと言う。
ボクの教育係は、本当に意地悪な奴だ。
意地悪な教育係はやれやれと首を振る。
嘆かわしいとばかりに、嘆息。
そして出会った当初のことを口にした。
「殿下は最初はとても初心でした」
「そんなことはない」
「耳に息をかけたらびくついてました」
「う、うるさいっ!!」
言われて、思い出す。
そう言えば、そんなこともあった。
今となっては懐かしくも思える。
性感帯の授業を受けていた時のことだ。
あの時は、それだけで取り乱していた。
確かに、それに比べたら成長したかも。
けれど、それは恥ずかしい過去だった。
「足にキスした時も動揺してました」
「わぁっ!? もうやめてっ!!」
あまりの恥ずかしさにギブアップ。
足にキスされた時は不意打ちだった。
あれは舞踏会の翌日の出来事だった。
慣れないヒールで靴擦れをしたボク。
それに絆創膏を貼ってくれた教育係。
そのついでに……足にキスをされた。
当時のことを思い出すと今でもはずい。
だから、もう勘弁して貰いたい。
生意気なボクを、許して欲しい。
「もう、許してよぉ……姉上」
「ようやく素直になりましたね」
涙目で縋り付くボク。
教育係は自虐的な笑みを浮かべる。
そんな意地悪な奴から、命じられる。
「お姉ちゃんごめんねと言って下さい」
「ご、ごめんね……お姉ちゃん」
「くふっ。では、許してあげましょう」
素直に謝ったらあっさり許してくれた。
そのまま頭を撫でられた。気持ちいい。
姉上が居たら、こんな感じかも。
たまにはこういう遊びも、悪くないな。
あとで、妃候補達にも試してみよう。
桃髪の姫君と召使いにも教えてやろう。
しかし、その前に、検証しておこう。
ボクも姉や兄の立場を味わいたかった。
「教育係」
「はい、如何しましたか?」
「ボクをお姉ちゃんと呼んでみてくれ」
ボクのストレートな要請。
それを受けて教育係は思案顔。
暫し悩んで、口を開いた。
「ふむ……嫌でございます」
「な、なんで……?」
「妹とは、素直ではありませんから」
漫画の妹のような態度を取る教育係。
散々ボクをおもちゃにした癖に。
そんな冷たい態度はあまりに酷い。
思わずむっとすると奴はくすりと笑う。
そして、悪戯っぽく、囁いた。
「そんなに怒らないで下さい……姉君」
「ぐあっ!?その言い方はずるいっ!」
たまに素直になる生意気な妹。
その破壊力を、身を以て、知った。
しかも、教育係が妹役。かなりレアだ。
なるほど。これは確かに良いものだ。
納得したボクに、教育係が教訓を諭す。
「これが、妹の可愛さですよ……兄君」
ボクの教育係は何役もこなせるらしい。




