第71話 『くわばら、くわばら』
「ひと雨きそうだな」
「……そう、ですね」
教育係の運転で離宮に帰る。
山道を登っている間に天候が悪化。
今にも降り出しそうな模様だ。
道中、口数が少ない教育係。
怒っているのだろうか。
妃候補にニーソを履かせたことを。
とりあえず、謝っておこう。
「皆にニーソを履かせて、ごめんね」
「えっ?」
教育係はキョトンと首を傾げた。
どうやら怒っている訳ではなさそう。
ほっと胸を撫で下ろして、一安心。
けれど、やっぱり奴の挙動は不審だ。
時折、空を見上げる仕草。
顔色も青ざめて、不安げな様子。
不安げな教育係?
そんな姿は見たことがない。
いつもこいつは自信たっぷりだ。
きっと、見間違いだろう。
気のせいかと思ったら、空が光った。
暗雲に稲妻が刻まれる。
その直後ドドンッ!と轟音が鳴り響く。
今のは近かった。目がくらむ程。
これには流石のボクもびびった。
あー怖かった。やめてよね、もう。
雷は嫌いだ。あの日も雷雨だった。
悪夢の日が脳裏によぎり、頭痛がする。
だけど、取り乱す程ではない。
なにせ隣には奴がいる。安心の源が。
教育係が傍に居れば、へっちゃらだ。
ちらっと視線を運転席へと向ける。
隙があれば、手でも繋ごうと思った。
けれど、そこには。
ボクよりびびっている、教育係がいた。
「怖くない、怖くない、怖くない……」
「きょ、教育係……?」
「は、はいっ! な、なんですか!?」
真っ青な顔で冷や汗を流す奴。
受け答えにもいつもの余裕がない。
あれっ? もしかして、怖いのか?
いやいや、いくらなんでもそれはない。
あの教育係が、雷を怖がるなんて。
その時、再び雷光が空に走った。
「ひぐぅっ!?」
「お、おいっ! ぐえっ!?」
その瞬間、急ブレーキを踏む教育係。
突然の急制動で息が詰まるボク。
シートベルトが胸を圧迫して苦しい。
そのまま、クルマは路肩に停車。
ケホケホと咳き込みながら、奴を見る。
教育係は両耳を押さえて、震えていた。
ゴロゴロと雷鳴が鳴り響く。
その音を遮断するように耳を塞ぐ奴。
呆気に取られていると、雨音が。
ついに、降り出してきたようだ。
かなり強めの雨が降りしきる。
クルマの屋根にボタボタ打ち付ける。
それで、少しばかり、頭が冷えた。
そして、完全に、理解した。
ボクの教育係は、雷が苦手らしい。
「教育係」
「くわばら、くわばら、くわばら……」
雷に対してくわばらと唱える教育係。
それを口にする者を初めて見た。
ボクはもう一度、奴に声をかける。
「教育係」
「あっ……で、殿下……?」
ようやくボクの存在に気づいたらしい。
完全に我を忘れていた様子。
そんな教育係にボクは尋ねる。
「雷が、怖いのか?」
「い、いえ、別に……ひぅっ!」
否定しかけたところに、再び雷鳴が。
またもや両耳を塞いでびくつく奴。
うっすらと目尻に涙まで浮かんでいる。
意外な弱点が露呈した教育係。
けれど、それは弱点とは呼べない。
奴だって人間だ。苦手な物くらいある。
それが知れて、何故だか嬉しく思った。
「強がらなくていい」
「べ、別に、強がってなど……」
「実はボクも雷が苦手だ」
「そ、そうなのですか……?」
自分も雷が苦手だと打ち明ける。
すると教育係の気持ちが緩んだ様子。
そんな奴に、ボクは手を伸ばす。
そして、こんなお願いをしてみる。
「だから、ちょっと抱きしめてくれ」
「へっ? あっ、で、殿下……?」
そのまま教育係の頭を引き寄せる。
身を乗り出して、ぎゅっと抱く。
困惑している奴の頭を撫でてやった。
すると、教育係は大人しくなった。
「落ち着いたか?」
「……もうしばらく、このままで」
「ああ、わかった」
しばらく、そうして奴を抱いていた。
なんだか、いつもと逆の状況だ。
教育係にはいつも助けられている。
だが、今はボクが奴を支えていた。
いや、ボクらは、支え合っていた。
それに気づいて、胸が温かくなる。
好きな相手を支えられることが嬉しい。
「ありがとうございます……殿下」
「それはこちらの台詞だ」
「えっ?」
「ボクは雷が怖くてこうしているんだ」
そんな建前が口から出た。
なんとなく、気恥ずかしかった。
こんなことでお礼を言って欲しくない。
ボクがしたくて、してるのだから。
「殿下はどんどん立派になられますね」
「そうか?」
「ええ、こちらが焦る程に」
よくわからないやり取りを交わす。
けれど、どうやら褒められたようだ。
それならば、素直に喜んでおこう。
「褒めてくれて、ありがとね」
「私は褒めて伸ばす教育係ですので」
それは絶対嘘だ。
いつもガミガミうるさい癖に。
そんな奴をくすりと笑う。
すると教育係もくすくす笑った。
雷雨も峠を越えたようだ。
雷鳴が遠ざかり、雨足も弱まってきた。
するとなんだか恥ずかしくなってきた。
というか、とっても良い雰囲気だ。
これなら、いけるかも。
以前に断念した、恋の始め方。
もう一度、チャレンジしてみよう。
ボクはこの機を逃さず、提案してみる。
「教育係」
「なんですか?」
「キスをしよう」
「ぶっふぉっ!?」
直球勝負したら教育係が噴き出した。
ゲホゲホ咳き込む奴。なんだその反応。
むすっとしてると、教育係が弁明した。
「そ、それはまだ早すぎるかと」
「さっき立派になったって言った癖に」
「ダ、ダメなものはダメなのですっ!」
またガミガミ教育係に戻っちゃった。
こいつはいつもボクを子供扱いする。
そんな教育係なんてもう知らないっ!
「じゃあ、もう抱っこ終わり」
「それでは、とっとと帰りましょう」
すぐさま抱っこを取りやめる。
教育係は悪びれることなく発進。
じろっと睨んでも効果は見られない。
ボクの教育係は、強情な奴だ。
そのまま、お互い無言でドライブ。
ボクもボクで、強情だった。
結局キスは出来ず終い。極めて残念。
けれど、こんな関係も、悪くない。
それに今日改めてわかったことがある。
妃候補のニーソ姿を検証して確信した。
やっぱり、教育係がメインヒロインだ。
雷が苦手なところもポイントが高い。
けれど、なかなかキスまでいけない。
進展しているのか、してないのか。
好きだとわかっているのにもどかしい。
早く恋とやらを始めてみたいものだ。
とりあえず今のところはそれが目標だ。
すぐに裏山を下り終え、離宮に到着。
雨はすっかり上がって、晴れてきた。
雲の切れ目から夕陽が覗いている。
ボクらはクルマから降り、帰宅した。
「おかえりなさいませ、殿下」
「ああ、ただいま」
玄関を開けると銀髪メイドがお出迎え。
そう言えばメイドの存在を忘れていた。
彼女にも、贈り物を渡しておこう。
「銀髪メイド」
「はい、如何しましたか?」
「お前にこれをやろう」
メイドにもニーソを渡す。
厳選したそれは、スケスケニーソ。
彼女はスケスケが好きだから似合う筈。
しかし、メイドは困惑した表情をする。
「これは……ニーソ、ですか?」
「ああ、気に入らないか?」
「いえ、嬉しいです。ですが……」
「どうかしたのか?」
「ニーソは私の標準装備なので……」
言われて、気づく。
銀髪メイドは普段からニーソだ。
しまった。これは盲点だった。
いらない贈り物をしてしまった。
「すまない。ニーソは不要だったな」
「いえいえっ! 有難く使いますっ!」
それでも銀髪メイドは嬉しそうだった。
ニーソを胸に抱いて、微笑むメイド。
一安心してもう一つの用件を切り出す。
彼女の部屋の香りも、確認しておこう。
「もし良ければ、部屋を見せてくれ」
「私のお部屋ですか?」
「ああ、構わないか?」
「はいっ!ご自由にご覧くださいっ!」
快諾してくれた銀髪メイド。
彼女に先導されて、部屋に向かう。
そう言えば、メイドの部屋は初めてだ。
どんな部屋なのか、気になるところだ。
すぐに部屋の前に辿り着いた。
そしてメイドが扉を開けて招き入れる。
「ここが私のお部屋です」
扉を開くとそこにはやや手狭な部屋が。
洗濯好きなメイドの石鹸の香りがする。
その部屋は生活感に溢れていた。
いや、そこまで散らかってはいない。
けれど物が散乱している場所があった。
それは、彼女のベッド。
様々な物が散らばっている。
はっきり言って、ゴミが沢山あった。
「銀髪メイド」
「はい、なんでしょう?」
「どうしてベッドにゴミがあるんだ?」
「これは私の宝物なのです!」
指摘すると、メイドは宝物と言った。
けれど、何処からどうみても、ゴミだ。
誰が見たって、ゴミと呼ぶだろう。
使い古した歯ブラシやら。
穴の開いた靴下やら。
挙句の果てに丸まったティッシュまで。
これが、メイドの宝物らしい。
首を傾げて、歯ブラシを手に取る。
そこで、ボクは、気づいた。
「これ、ボクの歯ブラシじゃないか?」
「はいっ! その通りですっ!!」
おい。なんでそんなに誇らしげなんだ?
というか、このゴミは全部ボクのゴミ?
メイドはゴミを漁って回収してたのか?
えっ。なにそれ、こわい。
「こんな物、捨ててしまえ」
「ああっ!? 勿体無いですよぉ!?」
ポイッとゴミ箱に歯ブラシを投げる。
メイドが勿体無いと叫ぶが気にしない。
けれど、教育係が歯ブラシをキャッチ。
「物を粗末にしてはいけませんよ?」
いやいや。だってそれ、ゴミじゃん。
しかも、ボクのゴミだぞ。
そんな不満を口にする前に。
教育係はメイドに歯ブラシを手渡す。
「あとで私にも貸してくださいね?」
「はいっ! 一緒に使いましょうっ!」
何やらシェアをする2人。
ボクの使い古した歯ブラシ。
一体何に使うつもりなのだろう。
しかし、聞いても答えてはくれまい。
仕方なく、ボクは話題を変更した。
「それはそうと、銀髪メイド」
「はい、なんでしょう?」
「さっきのニーソを履いてみてくれ」
「かしこまりましたっ!」
ビシッと敬礼して、メイドがモゾモゾ。
その場でスカートをたくし上げる。
ギリギリ下着が見えない位置だ。
まずは履いてるニーソをスポンと脱ぐ。
いそいそとスケスケニーソを履き直す。
あっと言う間に、履き終えたメイド。
スケスケニーソが似合っている。
幼さと色気のコラボレーション。
銀髪メイドはスケスケニーソが似合う。
それは間違いない。しかしそれよりも。
気になる存在が、ニーソの上に。
「ガーターベルトも標準装備なのか?」
「はいっ!メイドの証ですからっ!!」
力いっぱい、肯定された。
ガーターベルトはメイドの証らしい。
でも、本来ならばドロワーズの筈だ。
そんなイメージはボクの気のせいか?
なかなか納得出来ないボク。
それを見て、何やら感違いした教育係。
奴はおかしな提案を、口にした。
「殿下もきっと、似合いますよ」
「は?」
「ガーターベルトを付けてみましょう」
「へっ?」
思わずポカンとするボク。
その致命的な隙を奴は見逃さなかった。
現在、ボクは学校指定のスカート姿。
桃色髪の姫君のニーソを履いている。
そのスカートに手を伸ばす教育係。
堪らず逃げようとすると背後にメイド。
銀髪メイドがボクを羽交い締めにした。
「お、おいっ! 何をするっ!?」
「すみません。どうしても見たくて」
メイドが申し訳なさそうに謝ってきた。
だけど、その謝罪に含まれる愉悦。
銀髪メイドの鼻息が何故か荒い。
同じく教育係の鼻息も荒い。
そんな2人の魔の手にかかり。
ボクはガーターベルトを装着された。
「うぅ……恥ずかしいよぅ」
「とっても可愛いですよ、殿下」
「私、殿下のメイドで良かったです!」
モジモジガーターベルトを気にする。
なんだか拘束されてる気分だ。
そんなボクを絶賛する2人。
こいつらは本当に変態だった。
しかしガーターベルトは確かに便利だ。
これを付ければニーソが下がらない。
実に理にかなった装備だった。
「まるでサスペンダーみたいだな」
「ふむ。サスペンダー……ですか」
思わず独りごちると、奴が反応した。
パチンと指を鳴らす教育係。
するとメイドが恭しく何かを手渡す。
それは、先程口にした、サスペンダー。
どこからそんなものを。
そう問いかける間もなく。
上着を脱がされサスペンダーを装着。
上も下も、釣り上げられてしまった。
そんなボクを見て、2人は満足げ。
「ふむふむ。これは素晴らしい」
「ピカピカの1年生みたいですねっ!」
「しかも、ガーターベルトですからね」
「マジで破壊力抜群ですね!エロい!」
「お前ら、いい加減にしろっ!!」
怒鳴ったところで、焼け石に水だ。
この格好で怒鳴るのが堪らないらしい。
可愛い可愛いと言われてしまった。
くわばら、くわばら。
まさに、災害級の変態コンビだ。
そんな2人を見て、ボクは思う。
教育係とメイドを組ませては危険だと。




