第70話 『オレっ娘のお部屋』
「ここが私の宿敵の部屋でございます」
「いつから宿敵になったんだ……?」
オレっ娘の部屋の前まで来た。
教育係がなんか物騒な事を言ってる。
オレっ娘は宿敵になったらしい。
険しい表情を浮かべる教育係。
大事にならない事を祈りつつ、ノック。
はいよ〜と、声が返ってきて扉が開く。
「おっ! なんだ、殿下じゃねーか!」
「突然尋ねてすまないな」
ボクを見て目を丸くするオレっ娘。
そんな彼女にとりあえず詫びを入れる。
すると、オレっ娘はにっこり笑う。
100万ワットの白い八重歯が眩しい。
そして訳のわからないことを口にした。
「もしかして夜這いに来たのか?」
「いや、今は昼間だろう」
冷静に妄言に対処する。
そして、ボクは気づいた。
オレっ娘の格好が、おかしいことに。
彼女の薄緑色の髪がしっとり濡れてる。
そして、身体に纏う、バスタオル。
ふわっと爽やかなボディソープの香り。
鈍いボクでも流石に察した。
どうやら彼女は入浴中だったようだ。
目のやり場に困るボク。
しかし、オレっ娘は気にしてない様子。
「ま、とりあえず上がれよ」
「あ、ああ。邪魔するぞ」
入室を促すオレっ娘。
戸惑いつつも、それに従う。
彼女の先導で、室内へ。
バスタオル一枚のオレっ娘のお尻。
それに引き寄せられるように進む。
尻に夢中で、部屋を見渡す余裕がない。
これは困った。予想外の事態だ。
オレっ娘はタンスからタオルを出した。
それで濡れた髪を拭いている。
そのまま、ベッドの上に腰掛ける。
その動作を食い入るように見つめる。
オレっ娘の一挙一動に、釘付けだった。
あらかた拭き終えた彼女が口を開いた。
「それで? 何しに来たんだ?」
その問いかけで、我に返った。
あれっ? 何しに来たんだっけ?
待て待て。とりあえず、落ち着こう。
深呼吸して、ボクは気づく。
今の今まで、呼吸を止めていたことに。
「実は、渡したい物があるんだ」
正気を取り戻したボクは用件を告げる。
深呼吸によって部屋の匂いは把握した。
オレっ娘の爽やかな香りが充満してた。
それは、さておき。
ボクはいそいそとニーソを取り出す。
それは厳選した、縞々ニーソ。
彼女にはこの縞ニーソ以外ありえない。
「もし良ければ履いてみてくれ」
「おう! お安い御用だぜ!」
快諾したオレっ娘。
ニコニコ笑って、八重歯を光らす。
しかし、受け取る素振りを見せない。
なんだか、意地悪そうな顔をしてる。
「せっかくだから、殿下が履かせて」
「えっ?」
唐突な、彼女の、おねだり。
小首を傾げて、薄緑色の瞳をキラキラ。
そ、そんな目で見られたら。
仕方ない。履かせてやろうではないか。
「わかった。それじゃあ、履かせるぞ」
「ちょいまちー!」
履かせようとしたら、待ったがかかる。
まさか焦らすつもりか?勘弁してくれ。
ボクはもう履かせたくて仕方なかった。
そんなボクに、彼女は口を尖らせる。
「正面からはダメだ」
「なんで?」
「今のオレの格好を考えろっての」
なるほど。正面からはダメだった。
だって彼女はバスタオル一枚だもの。
倫理的にも道徳的にも、よろしくない。
では、どうしたものか。
首を捻って、思案に耽る。
見かねたオレっ娘が解決策を示す。
「後ろから履かせればいいだろ?」
「それは名案だ」
前がダメなら後ろに回ればいい。
それに従って、ベッドに上がる。
後ろからオレっ娘を抱擁する形になる。
すっごく近い位置に彼女の後ろ頭が。
オレっ娘のシャンプーの香りが強まる。
思わず、くんくんと嗅いでしまう。
オレっ娘がくすぐったそうに身を捩る。
「だから、嗅ぐなってばっ!」
「ご、ごめん。つい」
「ん。いいから、早く履かせて」
オレっ娘が、足を持ち上げる。
ボクはニーソを両手で広げ持つ。
もっと手を伸ばさないと、届かない。
完全に抱きしめるような格好になった。
何故だろう。すごくドキドキする。
ただ靴下を履かせるだけなのに。
何にもやましいことなんてないのに。
身体の奥が、ジンジンと熱くなる。
気がついたら、息が上がっていた。
オレっ娘の息も荒い。耳が真っ赤だ。
その耳を齧りたくてたまらない。
でも、怒られるかも。だけど齧りたい。
いや、待て。落ち着け、落ち着くんだ。
二兎を追う者は一兎をも得ず、だ。
今はニーソだけに専念しよう。集中だ。
明鏡止水。
その境地に達したボク。
時間の流れは緩慢で緩やか且つ穏やか。
さあ、ニーソを履かせる時が来た。
覚悟を決めて、ボクはニーソを睨む。
1発で、確実に、履かせてみせる。
オレっ娘の肩に顎を乗せて狙い定める。
タイミングを見計らって。
相手の呼吸を読み、動きを見極める。
まだだ。焦るな。慎重にいけ。
よし、ここだっ!!
完璧且つ、絶妙な間合い。
狙いは正確だった。絶対成功してた。
完全に、ニーソを履かせられた筈。
しかし、奴に、邪魔された。
「何を馬鹿なことをしてるんですか!」
「ああっ!? きょ、教育係っ!?」
「それを寄越しなさいっ!!」
思わぬ伏兵。その名も教育係。
むんずとニーソを奪い取る。
そしてそのまま履かせる奴。
あっという間の、出来事だった。
そんな……あんまりだ。
それはボクの役割だったのに。
ボクは……目の前が真っ暗になった。
フェードアウトする意識。
ボクの耳にオレっ娘の怒声が伝わる。
「てめぇ! 邪魔すんじゃねーよ!!」
「小娘が。何を色気づいてるんですか」
「てめぇには関係ねぇだろうが!!」
「ふん。まだ毛も生え揃ってない癖に」
「なっ!?どこ見てんだよ変態っ!!」
オレっ娘と教育係が言い争っている。
けれど、もはや、どうでもいい。
オレっ娘は毛が生え揃ってないようだ。
だけど、今は、どうでもいい。
生え揃ってないとは、どういう意味だ?
そんなことなんて、どうでも良かった。
ボクは失意に飲み込まれていた。
目尻から涙が溢れる。畜生。
悲しくて、悔しくて、堪らない。
ポロポロ泣いているボクをよそに。
教育係がずいっとオレっ娘に迫る。
堪らず仰け反るオレっ娘。
そのまま、ボクごとベッドに倒れる。
教育係が上に乗って、喧嘩してる。
オレっ娘の下敷きになったボク。
虚ろな目で、室内をキョロキョロ。
オレっ娘の部屋は彼女らしかった。
飾り気のない簡素な調度品が多い。
それと、ダンベルなどの筋トレ用品。
さすが軍人の娘と言ったところか。
そこでふと、ある物に目が留まった。
壁に立てかけられている一振りの剣。
柄も、鞘も、ごくシンプルだ。
たぶん、彼女の剣だろう。
それが気になって、尋ねる。
「オレっ娘」
「あん? どうかしたか?」
「あの剣は、お前の物か?」
「ああ、オレの剣だ」
オレっ娘は喧嘩を切り上げて剣の元へ。
すらりと鞘から抜いて見せてくれた。
磨き上げられた、白銀の刀身。
ボクには剣の知識などない。
それでも純粋に、美しいと思った。
「綺麗な剣だな」
「まだ誰も切っちゃいないからな」
さらっと恐ろしいことを言う彼女。
ぎょっとしていると、鞘に収めた。
キンッと、冷たい金属音が響く。
「ま、しばらく使う機会はないだろ」
「そ、そうか」
ぶっきら棒にそう言うオレっ娘。
それにボクは胸を撫で下ろした。
剣を使う機会など訪れないことを祈る。
「だけど、訓練だけはしとかないとな」
「訓練?」
「ああ、ついさっきまでやってたんだ」
どうやら剣の訓練をしてたらしい。
なるほど。だから風呂に入ったのか。
恐らく、訓練の汗を流してたのだろう。
「ようやく、燕返しを習得したぜ!」
「なにそれ、すごい」
「へへっ。すげーだろ!」
燕返しとやらを習得したらしい。
知らないけど、なんかすごそう。
字面と語感からして、強そうだ。
オレっ娘は得意げに胸を張る。
それに伴い、彼女の胸が強調された。
バスタオルを突き上げる、微乳。
それを、教育係が見逃す筈がなかった。
「えいっ」
「痛っ!? つねんなよっ!!」
「失礼。目障りだったもので」
ぎゅっと胸をつねった教育係。
オレっ娘がキレて喧嘩勃発。
ほっとくべきか、止めるべきか。
ぼんやり眺めていると、思い出した。
そうだ、縞々ニーソはどうなった?
すっかり忘れていた。遺憾である。
ボクは本来の目的を果たすことにする。
教育係と喧嘩するオレっ娘を観察。
細いオレっ娘の足に、縞ニーソが。
童顔の彼女に、とても似合っている。
しかも、バスタオル姿ときたものだ。
バスタオルと縞々ニーソの組み合わせ。
オレっ娘の魅力は格段に上昇していた。
だからボクは、率直に彼女を褒めた。
「オレっ娘」
「なんだよ?」
「縞々ニーソが、とても似合ってる」
「そ、そうかな……?」
「ああ、とっても可愛い」
思ったことをそのまま口に出した。
するとオレっ娘の顔が真っ赤になった。
喧嘩を切り上げて、ボクの元へ来る。
そして、モジモジと、口を開いた。
「あ、ありがとね」
照れ臭そうにはにかむオレっ娘。
久しぶりに彼女の素が見れた。
嬉しくなって、ボクはにっこり。
すると、オレっ娘もにっこり微笑んだ。
顔が真っ赤なオレっ娘。
とても可愛い。ギャップの力である。
そんな彼女がおかしな事を言い始める。
「なんか……ムラムラしてきちゃった」
「えっ?」
「わかんだろ? なあ、いいだろ?」
突然スイッチが入ったオレっ娘。
そのままボクをベッドに押し倒す。
どんなタイミングでムラムラするのか。
よくわからないけど、とても不味い。
だけど、なんか、良い雰囲気かも。
いや、でも、ボクには教育係が。
そう、教育係が、許す筈もなかった。
「殿下から離れなさいっ!!」
「うわっ! タ、タオル取るなよ!?」
タオルを剥ぎ取ろうとする教育係。
堪らずタオルを押さえるオレっ娘。
正面に居るボクには状況はわからない。
しかし、どうやら背中は大変な模様。
たぶん、オレっ娘のお尻が丸見えだ。
そんな彼女のお尻を、奴が叩いた。
「この、盛りのついたメス猫がっ!」
「いってぇっ!? なにすんだっ!!」
「去勢して差し上げますっ!!」
「悪かった!だから叩かないでよぉ!」
ペチペチ尻を叩かれるオレっ娘。
教育係に背を向けたのが運の尽き。
ボクも背を向けないようにしよう。
「くそっ! 覚えてやがれよっ!」
「もう二度と殿下を唆さないで下さい」
「へっ! やなこった!!」
結局、オレっ娘は教育係に成敗された。
赤く腫れた尻を押さえて泣き喚く彼女。
それでもあっかんべーをするオレっ娘。
その負けん気は本当に大した物である。
そんな彼女に手を振って別れを告げる。
「それじゃあ、またね」
「おう! またな〜!」
良い笑顔で手を振り返すオレっ娘。
それに見送られて、退室。
教育係はむすっとして、ご立腹。
けれど、本気で怒ってる訳ではない。
そのくらいは、ボクにもわかる。
「縞々ニーソ、似合ってたな」
「……まあ、それなりに」
なんだかんだ言って、仲の良い2人。
喧嘩友達みたいなものなのだろう。
そんな奴をくすりと笑う。
すると、教育係が口を尖らせた。
「ほら殿下、さっさと帰りますよ」
「ああ、帰ろう」
時刻は夕暮れ。
随分と長居をしてしまった。
離宮の方を見ると、黒い雲が。
ゴロゴロと雷の音も聞こえる。
雨に降られる前に、帰ろう。
教育係もそう思った様子。
奴と一緒に足早に学園を後にする。
一応、クルマの屋根は閉めておく。
発進してすぐ、黒い雲が、一瞬光った。
それと同時に、教育係がシフトミス。
「し、失礼しました」
「いや、気にするな」
珍しいこともあるものだ。
この時ボクは然程気にしていなかった。
全然まったく、気づいて、いなかった。
ボクの教育係が、雷に怯えてることに。




