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殿下の教育係  作者: 戦乃作為
第2章 【学園生活と日常】
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第65話 『クロスライン』

この物語はフィクションです。

ここに描かれている走行シーンは決して真似しないでください。車を運転する際は交通ルールを守り、安全運転を心がけてください。

「開始の合図を頼めるかしら?」

「ボ、ボクが……?」

「ええ、よろしくね」


桃色髪の無茶ぶり。それも当然か。

他に合図を出せる者はいない。


教育係と召使いは神経を尖らせている。

桃色髪の姫君はバイクに2ケツ。

発進時に合図など出せる筈もない。

助手席に座ってるだけのボクが適任だ。


よって、ボクが合図を出すことになる。

なんだか緊張するな。

舌を噛まないように気をつけよう。


その前に。

気になっていたことを尋ねる。


「プロテクターは付けないのか?」


桃色髪の姫君に尋ねる。

彼女はスカートを穿いていた。

召使いのジャケットを腰に巻いている。

けれど薄着であることには変わりない。

転んだら、大怪我をしてしまう。


そんなボクの懸念は、杞憂だった。


「平気よ」

「いや、しかし……」

「うつけが私を怪我させるわけないわ」


きっぱりと言い切る桃色髪の姫君。

召使いに対して相当な信頼寄せている。

そして、彼の背中にぎゅっと抱きつく。

それに伴い、豊満な胸が彼の背中に。


「うはっ! たまらんっ!!」


召使いが下品な歓声をあげる。

ちなみに首輪の鎖は首に巻いてある。

走行中に鎖が邪魔にならないように。

意外と気が回る、姫君の召使い。

そんな彼のメットを無言で叩く桃色髪。

けれど、腰には手を回したまま。


またもや、見せつけられてしまった。


教育係が苛ついて、苦言を呈す。


「お喋りはそのくらいにして下さい」


グォングォンと、アクセルを吹かす奴。

これ以上機嫌が悪くなる前に始めよう。


「それじゃあ、始めるぞ」

「ええ、いつでもよくってよ」


同意を得て、片手を掲げる。

漫画ではこうして合図を出していた。

ええと、こんな感じかな?


「カウントいくぞっ!!」


声を張り上げ、注目を集める。

恥ずかしいけど、ちょっとウキウキ。

指を折って、カウントダウンを開始。


「5!」


教育係が1速にギアを入れる。

召使いもガチャンとギアを入れた。


「4!」


両者、アクセルを煽る。

凄まじい排気音と熱気。

張り詰めた緊張感が辺りに漂う。


「3!」


教育係がちらりとこちらを見た。

ボクは視線に力を込めて、見返す。

奴は頷いて、再び視線を前に向ける。


「2!」


召使いの姿勢が下がる。

桃色髪も彼に寄り添い、腹ばいに。

ニーソに包まれた膝で彼を挟み込む。

完全に2人は一体化していた。


「1!」


両者一気にアクセルを開ける。

回転数を自分の望む位置に固定。

あとはクラッチを離すだけ。


「GO!!」


掲げていた手を、振り下ろす。

フライングはなく、綺麗なスタート。

両者、絶妙なクラッチミート。


ホイルスピンは一瞬。

すぐに路面をタイヤが捉える。

猛烈な加速感が、ボクを襲う。

背中をシートに押し付けられる。

教育係はゼロヨンの天才だ。

ボクは興奮して、叫んだ。


「いっけぇぇええええええっ!!!!」


教育係と召使いのバトルが幕を開けた。


出だしを制したのは、教育係。

ミッドシップのトラクションの良さ。

それを生かして、飛び出す。


その斜め後方。

出遅れた召使いがスロットルを全開。

超高回転域まであっと言う間に到達。

桃色髪の嬌声が、響き渡った。


「きゃっほー! さいこーっ!!」


パァーンッ!と吐き出される排気音。

その音と、姫君の声が、混じり合う。

僅かにフロントタイヤが持ち上がる。

すぐにそれは、ボクらを追い抜いた。


「やはり、軽さは強力な武器ですね」


躍り出たバイクを見据えて奴が呟く。

軽さは武器だ。それも非常に強力な。


パワーウェイトレシオ。

馬力と車重の比率を表したものだ。

それが小さい程、高い加速性能を誇る。


バイクはその点クルマに比べて有利だ。

絶対的な馬力数値はクルマの方が上。

しかしバイクの車重はクルマより軽い。


車重1キログラム当たりの馬力で勝る。


もちろん、トラクションも重要だ。

軽すぎて力を伝えられなければ無意味。

トルクも太さもまた、同様。

けれど、あまりにも、バイクは軽い。


それでも、最高速度はクルマが有利。

安定性も高く、伸び代は豊富。

けれど、バイクに追いつくよりも早く。


離宮へと向かう峠道に、到達する。

待ち構える第1コーナー。

そこに、ボクらは、飛び込んだ。


先に前を走る召使いが減速。

彼のバイクとの距離が詰まる。

続いて教育係も減速。


ぐんっと、フルブレーキング。

その間に、バイクがアクセルを開く。

パタンと車体を倒しながら、曲がる。


まるで、吸い付くようなコーナリング。


教育係もそれを追う。

アウト・イン・アウト。

両者、コースの幅を目一杯使っている。


そして、ストレートを立ち上がる。

その立ち上がり加速に、違和感。

別にミスをしたわけではない。

それなのに、一歩、先を行かれる。


「バイクのコーナーが遅すぎますね」


教育係が恨み言を漏らす。

どうも、コーナーが遅すぎるらしい。

それもその筈、何せ向こうは2ケツだ。


召使いはハンデを背負っている。

特に減速時とコーナリングの際。

荷重が重要な場面では致命的だ。


けれど、それでも、バイクは、速い。


「加速が無駄に良いのがむかつきます」


教育係はイライラしてる様子。

バイクのペースに付き合うと失速する。

当然、回転数も落ち込む。


すると、パワーバンドに乗せられない。

エンジンの一番美味しい回転数。

そこまで上げる間に、引き離される。


では、コーナリングで抜けばいい。

しかし、そう簡単にはいかない。

コースの横幅いっぱいのバイクの走り。

それが、難点だった。抜くに抜けない。


しばらく、苦しい展開が続く。

バイクのペースに付き合うこと、数分。

離宮の裏山の山頂まで来てしまった。


残りは半分。

離宮まで下る、ダウンヒル。

ここで勝負を決めないと、負ける。


召使いは大したものだった。

ハンデを物ともせずに、走り抜ける。

ヒラヒラと、まるで木の葉のように。


それに感心していると教育係が動いた。


「仕方ありません。あの手を使います」


何やら秘策がある模様。

ボクは漫画の知識から閃いた。

もしや、あの技だろうか?


「路肩の溝を使う走りか?」

「下回りを擦るので無理ですね」


ばっさりと却下。

教育係はこんな時でも至ってクール。


「じゃあ、地元スペシャルか?」

「殿下を危険に晒すことはできません」


跳んだり、側溝を飛び越えたり。

そんなのを期待していたのに、却下。

ボクの安全の為なら文句も言えない。


「だったら、どうするんだ?」

「くふっ。こうするのですっ!」


次のコーナに差し掛かる、直前。

ガンッ!と、教育係がクラッチを蹴る。

その瞬間、一瞬駆動力が失われる。

次の瞬間には、またクラッチが繋がる。


エンジンの駆動力が、一気に伝わった。


そして、タイヤのグリップが失われた。


ギャッギャッギャーッ!!


けたたましいスキール音。

それと共に、向きを変える車体。

教育係は逆側にハンドルを当てている。


ボクはこの日……


初めて、『ドリフト』を経験した。


「怖いですか?」

「ううんっ! すっごく楽しいっ!!」


真横に振られながら、はしゃぐボク。

教育係は口の端を上げて格好良く笑う。

ボクの教育係は本当に運転が上手い。


流れるように軽やかに。

ハンドル捌きは緩やかに。

グリップを失いながらの制御。

絶妙なアクセルワークで立ち上がる。


するとさっきよりもバイクに近づく。


一般的にドリフト走行は遅い。

タイヤを空転させてるから当たり前だ。

しかし、コーナー時のストレスを発散。

回転数を落とすことなく曲がる術。

教育係はそこに目を付けたのだろう。


ドリフト走行で、勝機を見出した。


「さて、反撃返しといきましょう」


次のコーナーが迫る。

差し掛かる直前に逆向きに振る。

その慣性力を活かしてスライド。


慣性ドリフトを披露する教育係。


どんどん差は詰まる。

バイクはもう目と鼻の先だ。

けれど、峠道の終わりも近い。


残すコーナーは、あと1つのみ。


最終コーナーの先にはすぐに離宮が。

このコーナーを制した者が、勝者だ。


コーナリングは内側が有利。

インを抜けるのが、最短のライン。

だからこそ何としてもインに入りたい。


バイクをせっつくように動向を伺う。

すると、召使いはラインをブロック。

右に左に、邪魔をしてくる。


インに入りたいのに、入れない。


「そっちがその気ならばっ!!」


教育係がステアリングを切る。

奴はアウトからアプローチを仕掛ける。


けど、駄目だ。それじゃあ抜けない!

インだっ! インにいけぇぇええっ!!

思わず叫びそうになる。けど、我慢。

ボクが教育係を信じなくてどうする!


ギリギリのレイトブレーキング。


教育係が、召使いと、並んだ。


けれど、インを走る彼の方が、速い。


すぐにバイクが前に躍り出る。


そこで、ちらりと、翻る。

桃色髪のスカートが、風に靡く。

ブレザーが巻かれた彼女の腰元。

しかし、横からの風圧には弱い。

桃色髪の姫君のパンツのゴムが露わに。

見ると、くりっと、捻れている。


桃色パンツのゴムが、クロスしていた。


衝撃的な光景に、思わずボクは呟く。


「パンツラインが、クロスする……?」


時を同じくして。

クルマのラインが切り替わる。

まるでパンツのゴムと同じように。

ラインが拗れ、クロスしていく。


突っ込みすぎてアウトに膨らむ召使い。

それによって、インがガラ空きに。

そこに教育係が飛び込んだ。

ぐぐぐっと、鼻先がバイクに並ぶ。


そしてコーナーを抜け、立ち上がる。

そのまま、サイドバイサイド。

けれど、こちらの回転数は十分。


失速したバイクをゆっくり引き離す。


このまま……! このまま、いけっ!


ここはボクの離宮のホームストレート。


召使いには、絶対抜けないっ!!


「ぶっちぎれぇぇええええっ!!!!」


ボクの命令に答えるように引き離す。

やがて、召使いがアクセルを抜いた。

上体を持ち上げ、戦闘姿勢を解除した。


その時点で、勝敗は、決した。


まるで夢のようなひと時。


見果てぬ夢の果てに、勝利を掴んだ。


ボクの教育係の……勝ちである。


教育係はそのままサブロクターン。

駒みたいに回り、一回転する。

真後ろを向いて、敗者を迎える。


召使いのバイクと正面から対峙する。

彼はヘルメットを脱いで肩を竦めた。


「まったく、ヒヤヒヤしたぜ」

「ブロックラインなんてするからです」


互いに呆れた口調の両者。

それでも微笑み合っている。

バトルの醍醐味がそこにあった。


桃色髪の姫君がすたっと降り立つ。

ヘルメットを脱いで桃髪を振り払う。

そして、腰に手を当てて、敗北宣言。


「負けたわ。あなた達は……速かった」

「お前達も、速かったよ」


ボクと彼女は互いの健闘を讃え合う。

いや、ボクらは運転してないけどね?

けど、バトル後の余韻に浸りたかった。

そのくらいは、許して欲しい。


すると、彼女はボクの背後を指差した。


「あれが、あなたの離宮ね?」


そう、ここが、ボクの家だ。

長らく幽閉され軟禁生活を送った場所。

そして、それを彼女は、離宮と呼んだ。


ならば、もはや隠す意味は、あるまい。


「そうだ。そして、ボクこそが……」


ウィッグを脱いで、カラコンを外す。

露わとなった赤髪、そして赤い瞳。

それを見ても桃髪の姫君は動じない。


腕を組み、鼻を鳴らして見据える彼女。


鳶色の視線から目を逸らさず、告げる。


「この国で唯一の、王位継承者である」


ボクは桃色髪の姫君に正体を暴露した。

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