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殿下の教育係  作者: 戦乃作為
第2章 【学園生活と日常】
64/111

第63話 『恋の始め方』

「次は体育だったか?」

「はい、体育の授業でございます」


ある晴れた日の昼下がり。

その日の時間割には体育があった。

けれど、ボクには出席義務はない。


理由は簡単。ボクは変装をしている。

ウィッグとカラコンの脱落を防ぐ為。

その為、体育の授業を免除となった。

それが残念かと言えば、そうでもない。


なにせボクは運動が苦手だ。

だから、免除されて好都合だった。

同級生には身体が弱い為と説明された。


よって、ボクは授業風景を見学する。

これが、なかなかどうして、楽しい。

何故楽しいかと言えば、単純だ。


教育係の格好良いところが見れるから。


もちろん、それは奴には内緒だ。

影ながらこっそり活躍を覗き見るのだ。

でなければ、奴は調子に乗るから。


ワクワクと胸を踊らせるボク。

教育係はその場でお着替え。


事前に体操着を服の下に着てたらしい。

奴はあっと言う間に着替え終えた。

半袖、ハーフパンツの体操着姿。

教育係のレアコスチュームだ。


眩い白い肌。きめ細かく、滑らか。

その美しさに男女問わず感嘆のため息。

教室中の視線を集める教育係。


「お待たせしました」

「では、校庭に向かおう」


そうして、ボクらは校庭へと出た。


「今日こそ決着をつけてやるぜ!」

「本当に貴女は懲りない人ですね」


校庭で待ち構えていたのはオレっ娘。

彼女と教育係はライバルだった。

共に高い身体能力を持つ2人。


体育の授業の度に争い合っていた。


ボクはそそくさと定位置に向かう。

校庭の外周に植えられた木の下。

そこが、ボクの定位置である。


木陰の芝生に腰を下ろす。

ボクの他にも何人か見学者はいる。

皆、それぞれ別な木の下に座る。

本を持参して、それを読み耽る者。

中にはグループでお喋りする者も。


飛び級制度を取り入れている王立学園。

当然、年齢はまちまちとなる。

そして、身体能力もまた、まちまちだ。

その為、基本的には体育は自由参加だ。


ボクは特例として免除されているが。

免除されずとも顔さえ出せば出席扱い。

もちろん、高い評価はされない。

けれど、一定の配慮はされるらしい。


その影響もあり、授業内容も自由。

身体を動かすレクリエーションだ。

皆、それぞれ好き勝手やっている。


もちろん、身体能力の測定試験はある。

しかしそれ以外は遊びみたいなものだ。

運動神経が優れている者達の遊び場だ。


だが、別の理由で参加する者もいる。

例えば、ダイエット目的。

女子生徒の大半はそれが目的だろう。


キャピキャピ騒いで、柔軟体操。

これが実に目の保養となる。

なにせ、うちのクラスには爆乳が居る。


三つ編み眼鏡と、桃色髪の姫君。


今日は2人でペアを組んでいた。

意外な組み合わせだ。

普段は孤高な桃色髪の姫君。

それを見かねて声を掛けた様子。


三つ編み眼鏡は本当に面倒見が良い。


2人のたわわな胸に目を奪われる。

同時に沸き上がる激しい劣等感。

どうしたらあんな体つきになるのか。


いや、気にしたら、負けだ。

眼福と思って、大人しく眺めよう。

そんなボクの耳に、風切り音が届く。


シュルルルルルッ……スパァンッ!!


何かを叩きつけたような音が響く。

見やると、そこには教育係が。

奴の正面にオレっ娘がしゃがんでいる。


2人は、キャッチボールをしていた。


しかし、スピードがおかしい。

鋭い風切り音も。叩きつける轟音も。

同級生の中で奴らだけが、マジだった。


教育係が片足を振りかぶって、投げる。

それを、なんなく捕球するオレっ娘。

10球投げたら、交代。


今度はオレっ娘が投げる。

しゃがんだ教育係が捕球。

熾烈な投げ合いが繰り広げられる。


教育係が、オーバースロー。

オレっ娘が、アンダースロー。


高身長の奴と、低身長のオレっ娘。

それぞれの持ち味を活かす2人。

ストレートの威力は教育係が上。

変化球の変化の幅はオレっ娘の方が上。


一体何の勝負なんだか。

呆れてしまうが、視線は釘付け。

何故か奴は野球帽を被っていた。

悔しいけど、めっちゃ似合う。


ロージンバックを一揉み。

野球帽のつばをひと触り。

ぺろりと指を湿らせ、投球。


教育係の綺麗なフォーム。

ずり下がった野球帽を持ち上げる奴。

すると、目が合った。


ボクに気づき、にっこり微笑む教育係。


うわっ。やば。ちょーかっこいい。

奴の顎に滴る汗。キラキラ澄んでいる。

正直、舐めたい。いや、飲みたい。


赤面して、ごくりと喉を鳴らすボク。

すると、教育係が手を振ってきた。

慌てて、小さく手を振り返す。


そこに、オレっ娘の怒声が響き渡る。


「よそ見してんじゃねーよっと!!」

「貴女程度、よそ見しても平気です」


怒鳴りながらオレっ娘が返球。

視線を向けることなくキャッチする奴。

悔しそうなオレっ娘。得意げな教育係。


再び、熾烈な投げ合いが始まった。


その時。


一枚の木の葉が、頭上から舞い落ちる。


「ん?」


それを不審に思い、上を見上げる。

そこには木の枝に跨る、召使いの姿が。

そんな不審な彼の手には双眼鏡。

木の上で何かを眺めていた。


「ぐへへ……すげー胸」


下品な呟きを漏らす召使い。

その視線の先には、爆乳な2人。

桃色髪の姫君と、三つ編み眼鏡。


彼女らは縄跳びをしていた。

三つ編み眼鏡はゆっくり飛ぶ。

桃色髪の姫君は素早い二重跳び。


それに伴い、揺れるバスト。

ぽよんぽよん。ぽよよよん。

どうやらそれを眺めているらしい。


「おっ!黒髪のねーちゃんもすげーな」


召使いが目標を切り替えた。

その先には黒髪ロングが。

1人で鉄棒をしていた様子。


くるんと華麗に逆上がり。

ぴんと伸びた姿勢がとても美しい。

そのまま前後にくるんくるん。


最高に丁度いい胸もぷるんぷるん。


そんな彼女の周りに女子が集まる。

最近は孤立することが減った。

青髪とは違い、黒髪ロングは物静か。

クラスの皆も警戒心が薄れたようだ。


鉄棒を教わりに彼女の元に集う女子達。

黒髪ロングは困った顔をして苦笑い。

それでも丁寧に教えてあげていた。


そんな彼女に不埒な視線を送る召使い。

ボクはそんな彼に、苦言を呈す。


「節操がないぞ、召使い」

「ん? ああ、なんだ、あんたか」


ボクに気づいて彼は飛び降りた。

そして音も無く、着地。

そのままボクの隣に、どかっと座った。


そんな正体不明な彼に、物申す。


「お前は桃色髪が好きなんだろう?」

「まあ、そうなるな」

「だったらよそ見はよくないぞ」


そう言ってやると、彼は苦笑した。

そして、言い訳を口にする。


「どうせ俺には……高嶺の花さ」

「えっ?」

「なんでもない。気にするな」


意味深な召使いの発言。

問いただす前に、はぐらかされた。

ならば、追求するのはやめておこう。


それよりも。


ボクは、彼に話したいことがあった。


「召使い」

「なんだ?」

「好きな人が……出来た」


青髪の襲撃の際、ボクは彼に救われた。

そして、大切なことを教わった。

その結果、好きな人が、出来た。


そう告げると、召使いはにやにや。

顎に手をやって、ふむふむと頷く。

そして、訳のわからないことを抜かす。


「さては、俺に惚れたな?」

「は?」

「いや〜! モテる男は辛いな〜!」


なんだこいつ。殴りたい。

けど、我慢。彼には恩がある。

ボクは呆れて、否定するに留める。


「違う」

「そうか。だったら……」


否定すると彼は、追求してきた。


「三つ編み眼鏡の嬢ちゃんか?」

「違う」

「なら、黒髪のねーちゃん?」

「違う」

「だったら、風紀委員長?」

「違う」

「まさか、うちの姫さんとか?」

「違う」


矢継ぎ早に尋ねられ、それを全否定。

召使いは、再びふむふむと頷く。

見透かしたような顔をしている。


ヘラヘラする彼は、それっきり黙る。

ボクは急に焦りだした。

もしかして、気づかれただろうか?

ボクが、教育係のことを、好きだと。


テンパるボクを、彼はくすりと笑う。

そして、ボソッと、独りごちた。


「へへっ……それは重畳」

「えっ?」

「いや、こっちのことだ。気にするな」


またもや、はぐらかす召使い。

一体彼は何を考えているのだろう。

緩みきった仮面の下に狡猾さが見える。


どことなく、教育係と同じ匂い。


そんな彼の正体に迫るべく、尋ねる。


「オレっ娘とはどんな関係なんだ?」

「オレっ娘?ああ、風紀委員長か!」

「無線でやり取りをしてただろう?」

「そりゃあ、俺は風紀委員だからな」


問いただすと彼は風紀委員らしい。

だらけきった彼には似合わない役職。

それを怪訝に思い、また尋ねる。


「どうして風紀委員に?」

「姫さんを守る為さ」


あっさりと彼は答えた。

単純明解な理由。納得せざるを得ない。

好きな人を守る為。正当な理由だった。


「風紀委員の肩書きは便利だからよ」

「そうなのか?」

「ああ、校内の警察みたいなもんだ」

「なるほどな」


護衛には最適な役職なのだろう。

けれど、疑問が残る。

あの日、風紀委員はランニングしてた。

スケバンが起こした問題の連帯責任。

校庭を10周していた筈だ。


それなのに、何故彼はあの部屋に?


「何故ランニングをしなかったんだ?」

「えっ? だって、怠いから」


これまた単純明解な理由。

要はサボッていたらしい。

怠惰な風紀委員に半眼を向ける。


すると、慌てて彼は言い訳をした。


「いや、姫さんに頼まれてたんだよ!」

「頼まれていた?」

「ああ、あんたから目を離すなってよ」


やはり桃色髪の姫君が手を回した様子。

何故、そこまで気にかけてくれるのか。

本当に彼らは不思議な2人組だった。


ひとまず、改めて礼を述べておく。


「あの時は、助かった。ありがとう」

「いいって。気にすんな」


それを適当にあしらう召使い。

どうやら照れ臭い様子。

彼は話題を変えるべく、尋ねてきた。


「あんた、好きな人が出来たんだろ?」

「ああ、そうだな」

「その後、なんか行動したか?」

「いや? 特に、なにもしていない」

「はあ〜……これだから素人は」


ありのままを素直に答える。

すると召使いは盛大にため息を吐いた。

素人と言われて、カチンときた。

だから、むっとして、言い返す。


「では、何をすれば良いと?」

「そりゃあ、決まってる」

「なんだ?」

「恋を始めるのさっ!」


得意げな顔で召使いが言い放った。

恋を、始めろと。

そんなことを言われても、困る。


ボクは、恋の始め方など、知らない。


「どうやったら始まるんだ?」

「知りたいか?」

「ああ、教えてくれ」


勿体振る、召使い。

ボクは是が非でも知りたかった。

恋の始め方を。この気持ちの扱い方を。


教育係と、恋がしてみたかった。


「なら、『授業』をしてやる」


彼は偉そうに腕を組んで、宣言した。


まるで、奴のように。

『授業』を始めると。


ボクは、その講義に、耳を傾ける。


「恋の始め方なんてのは、簡単だ」

「そうなのか?」

「ああ、一瞬で恋に落ちる方法がある」

「是非、教えてくれ」


簡単だと、彼は語る。

そして一瞬で恋に落ちると。

ボクは前かがみになって、食いつく。

なんとしても、知りたかった。


そんなボクに、彼は教示した。


「キスをしろ」

「えっ?」

「ファーストキスから、恋が始まる」


それは予想の斜め上をいく方法。

キス? そんなもので恋が始まる?

俄かには、信じ難かった。


というか、ボクは経験済みだ。

毎日、ドライブ終わりにキスされてる。

その事実を召使いは知っているのか?


考えていても、埒があかない。

わからないことは、聞いてみよう。


「召使い」

「なんだよ?」

「ボクは毎日キスされてるぞ」

「そーなのか?」

「ああ。足とか、首筋とか、頬にな」

「ぶっふぉっ!? なんだそりゃ!?」


そう言ってやると、彼は笑った。

ゲラゲラと、腹を抱えて。

そんな召使いに腹を立てて、尋ねる。


「何がそんなにおかしいんだ?」

「そりゃあ、キスじゃないからさ」

「どういう意味だ?」

「俺が言ってるのは、唇とのキスだ」


唇とのキス。

それは確かに、したことがない。

ボクは理解して、納得した。


一応、念を押して聞いておく。


「唇とキスすれば恋が始まるんだな?」

「ああ、騙されたと思って試してみろ」


真剣な問いかけにヘラヘラ返答する彼。

はっきり言って、信憑性は乏しい。

けれど、試してみる価値は、あった。


「わかった。やってみる」

「おう。健闘を祈ってるぜ」


画してボクは恋を始めるべく行動する。


「教育係」

「はい、なんでしょう?」


学校からの帰り道。

いつものように教育係の運転で帰宅中。

もうすぐ離宮に到着する。


その間際、ボクは教育係に提案した。


「今日はボクがお前にキスをする」

「へっ?」


宣言した瞬間、奴がシフトミス。

グンッとエンジンブレーキがかかる。

あたふたと、ギアをガチャガチャ。

どうやら動揺している様子。


慌てた教育係は、ボクに尋ねてきた。


「ど、どうかしたのですか?」

「体育で頑張った……褒美だ」

「ふぇっ!?」

「格好良かったぞ」

「ふぇえええええええっ!?!!」


かなり無理がある理由をこじつけた。

教育係はおかしな悲鳴をあげる。

今までで一度も聞いたことがない声。

そこまで、嫌なのだろうか?


「嫌ならやめておくか?」

「いえっ! バッチこいですっ!!」


バッチこいと言われた。

ならば、こちらも覚悟を決めよう。

それっきり黙りこくるボクら。


教育係の運転が怪しい。

あっちにふらふら、こっちにふらふら。

それでもなんとか、離宮に辿り着いた。


「つ、着きましたっ!」

「じゃあ……目を、閉じろ」

「か、かしこまりましたっ!」


シートベルトを外して、身を寄せる。

教育係は固く目を瞑っていた。

その顔はリンゴのように真っ赤。


あれっ?

こいつこんなキャラだっけ?

思わず首を傾げてしまう。

けれど、せっかくのチャンスだ。

意を決して、顔を近づける。


教育係の艶やかな唇が迫る。

心臓がバクバクいってる。

きっと今、ボクは顔が真っ赤だろう。

そして同じく、顔が真っ赤な教育係。


それが無性に可愛く、愛しく見えて。

奴の頬に、そっと触れた。

すると、びくりと身を震わす教育係。


やばい。めっちゃ可愛い。

すごい。いつもと立場が逆だ。

完全にボクのペース。

だからつい、悪戯心が芽生えてしまう。


そっと、口づけを落とす。


教育係の……額に。


「ええーっ!?」


びっくりして目を開ける教育係。

ボクは思わず顔を逸らす。

死ぬほど照れる。恥ずかしい。


額にキスしただけで、この威力。


唇にキスなんて、到底無理だった。


「殿下っ! 今のはなんですかっ!?」

「う、うるさいっ! 文句言うなっ!」

「酷いですっ! 期待してたのにっ! 」


ガクガクと肩を揺らされる。

どうやら相当期待していた様子。

けれど、ボクにも言い分はあった。


「これでわかっただろう?」

「な、何がですか?」

「ボクがいつもどんな思いをしてるか」


そう、ボクはいつもお預けされる側だ。

教育係に弄ばれる、損な役回りだ。

だから、これはその仕返しなのだ。

そういうことにしておこう。


それを受け、教育係は悔しげに呟いた。


「うぅ……生意気ですっ」


そんな、子供のような文句。

ボクは思わず笑ってしまった。

すると、教育係は怒って宣言した。


「当分、キスはお預けですからっ!」


ドライブ後のキスは、当分お預け。

それは、極めて残念だ。

だけど、少しだけ、何かが変わった。


それが何かは、まだよくわからない。

けれど、わかったこともある。


ボクの教育係は、意外と初心らしい。

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