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殿下の教育係  作者: 戦乃作為
第2章 【学園生活と日常】
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第61話 『オレっ娘の意外な一面』

「デンカ様」

「どうした?」

「何か飲みたい物はありますか?」


その日の昼休み。

昼食を食べたボクに奴が尋ねてきた。


今日もメイドの弁当は美味だった。

甘い卵焼き選手権があれば優勝だろう。

それは、さておき。


飲み物……だと?

確かに、ボクは少し喉が渇いていた。

だが、直感的に嫌な予感がした。


「教育係」

「はい、なんでしょう?」

「飲み物を飲めばトイレが近くなる」

「左様でございますね」

「よからぬことを企んでいるのか?」

「いえ、滅相もございません」


白々しい奴め。

記憶に新しいトイレ事件。

恐らくそれを再現するつもりだろう。


まったく、こいつは困った奴だ。

どれだけボクが恥ずかしかったか。

あんなのは、たまにでいい。


そう、たまになら、悪くない。

でも、しょっちゅうは、ダメ。

だって、恥ずかしいもん。


だから、きっぱり言ってやる。


「教育係」

「はい、如何しましたか?」

「今日はトイレしてから帰るからな」


すると、奴は頬を膨らませて不満げ。

おお、レア顔だ。

なかなか見れない表情である。


「素直になればよろしいのに」

「人として、当然の恥じらいだ」

「ならば、一緒に獣になりましょう」


また訳のわからないことを。

獣はお前だけだろうが。

ボクは捕食される側。


そんな現状を、いつか変えてやる。


「いつか、お前を食ってやる」

「その日を心待ちにしています」


ボクの捕食宣言。

奴は飄々と受け流した。

悔しいから、さっさと注文を告げる。


「……ミルクティーがいい」

「はい、かしこまりました」


注文を受け付けた教育係。

飲み物を買いに向かう。

その背中に、快活な声が掛かる。


「オレ、炭酸入りグレープジュース!」


見ると、いつの間にか隣にオレっ娘が。

ボクの肩に手を回して、注文する。

まるで、教育係をパシらせるように。


それを見た奴は反転。

つかつかと、こちらに戻ってくる。

そして、腕を組み、オレっ娘を睨む。


「貴女は水でも飲んでなさい」

「ケチケチすんなよ。金は払うからよ」

「ならば、自分で買って来なさい」

「オレはデンカに話があっからよ!」


ぷんすか怒る教育係。

にっこり受け流すオレっ娘。

そしてボクをぎゅっと引き寄せた。

それを見て、教育係はぴきぴき。


「デンカ様から離れなさい」

「なんだ? 嫉妬か?」

「だったら、なんだと言うのです?」

「やめとけやめとけ。嫉妬なんて」

「貴女に指図される覚えはありません」

「束縛しすぎると、嫌われちまうぜ?」


教育係とオレっ娘の応酬。

口を挟む隙すらない。

当事者のボクは視線をいったりきたり。


すると、珍しく奴が折れた。


「……嫌われるのは、嫌です」

「なら、さっさと行ってこい」

「ふんっ。行って来ますとも!」


教育係は肩を怒らせ、買いに行った。

上手く奴を丸め込んだオレっ娘。

その見事な手腕にボクは思わず拍手。


オレっ娘は悪戯っぽい笑みでウインク。

それがとても様になっていて格好良い。

思わず、見惚れてしまった。


すると、彼女はボクの制服の袖に注目。


「ボタン、取れかかってんぞ?」

「えっ? あ、ほんとだ」


見ると、袖口のボタンが取れそう。

恐らく、この間のトイレ事件の時だ。

茂みにしゃがんだ時に引っかけたのだ。


さて、困ったぞ。

このままではボタンが取れてしまう。

そんなボクに、オレっ娘が提案する。


「オレが直してやろうか?」

「えっ? 直せるの?」

「ああ任せろ!ほら、脱いだ脱いだ!」


びっくりして目を白黒させる。

そんなボクの上着を脱がせるオレっ娘。

そしてポケットから、何かを取り出す。


「それ、なに?」

「ん? ソーイングセットだけど?」


ソーイングセット。

そんな女子力高い物を持っているとは。

ボクは信じられなかった。


「どうして、そんなものを……?」

「花嫁修業の一環さっ!」


花嫁修業。

オレっ娘が、花嫁?

花婿の間違いじゃないのか?


そんなボクの怪訝な顔。

それを見咎めた彼女は口を尖らせた。


「一応、オレだって妃候補なんだぜ?」


言われて、納得した。

そう言えば、そうだった。

すっかり男友達の感覚だった。


意識すると、女の子の香りがした。

甘くて、爽やかな、オレっ娘の香り。

思わず、口走ってしまう。


「……良い匂いがする」

「こ、こらっ! 嗅ぐなよ!?」


慌てて、赤面するオレっ娘。

けれど、距離を取ろうとはしない。

ボクにぴったりと寄り添う彼女。


ふんっと鼻を鳴らして髪を耳にかける。

そうすると、また甘く爽やかな香りが。

嗅ぐなと言うわりには、積極的な仕草。


それっきり黙って、裁縫を始めた。

ボクのブレザーを膝に広げる。

取れかけたボタンを外す。

そして糸を針に通す。


伏し目がちに、ペロリと糸を舐める。

落ちて来た髪を、また耳にかけ直す。

一つ一つの仕草が、女の子らしい。


チクチク、ボタンを付け直す。

ボクは黙って作業を見ていた。

すると、不意に彼女は口を開いた。


「まだ告られまくってんのか?」


一瞬、何のことかわからなくなる。

すぐに質問の意味を理解した。

男子生徒からの告白の件だろう。


青髪に襲われかけて以来。

ボクは告白に対して慎重に返答した。

難しいことは言う必要はなかった。

あの日以来、明確な理由が出来た。


ただ、単純に。

好きな人が居るから、と。


それだけで、相手は諦めてくれた。


「最近は上手く断ってる」

「そうか……なら、いい」


彼女なりに気にかけてくれたのだろう。

またボクが迂闊なことをしていないか。

オレっ娘はボクの護衛を任されている。

彼女を困らせないように気をつけよう。


だけど、ボクにはわからなかった。


「なんで、ボクなんだろう」


それが、未だにわからない。

学園には女子生徒が大勢いる。

それを差し置いて、何故ボクが。


そんな疑問を、オレっ娘は鼻で笑った。


「へっ。自惚れんじゃねぇよ」

「自惚れ……?」

「惚れられた理由なんか、考えるな」


チクチクと裁縫をするオレっ娘。

目線を下に向けたまま、ボクを叱る。


「好きになるのはそいつの勝手だろ?」


揶揄うような口調。

それをボクは至言だと感じた。


好きな相手ができた今だからわかる。

好きになるのは、その人の勝手だ。

それに理由を求めるなどおこがましい。


ボクは、納得して、反省した。


「なるほどな……確かに、勝手だ」

「煩わしいかもしんねぇが、我慢しな」

「うん……わかった」


素直に返答すると彼女は微笑んだ。

そして、すぐに自嘲的な笑みに変わる。


「軍人の子ってのは、難儀なもんでな」

「えっ?」

「戦争が始まれば、すぐ死んじまう」


それは、将軍の娘の、独白。

いつの世も、戦争は付き物だ。

今は平和だけど、また起きる日がくる。


あの、悪夢のような、事件が。


「特に貴族ってのは面倒だ」

「貴族?」

「奴らは誇りや名誉の為に犬死する」


視線を上げることなく、彼女は語る。

非難するように。そして、悲しげに。


「決闘を申し込まれれば逃げられねぇ」

「決闘……」

「勝つか、死ぬかだ。選択肢はねぇ」


貴族の決闘。

それは剣で物事を決める手段。

古の時代から今日に至るまで続く儀式。

そんなことが当たり前に行われる。


「領民の手前、逃げることは出来ねぇ」

「領民、か」

「勝って、初めて領主と認められる」


貴族は領地を持っている。

そこには当然領民が住まう。


領民の彼らは領主を見定める。

自分達の上に立つに相応しいかどうか。

相応しくなければ、引きずり下ろす。


だからこそ。

貴族は力を示さなくてはならない。

領民を守る為の、力を。


「戦争に民を駆り出す時代は終わった」


ポツリと、オレっ娘が呟く。


そんな時代は終わったと。

誰だって戦いたくはないのだと。

戦うのは、貴族だけの義務であると。


「オレ達はいつ死ぬかわからない」


ボクは何も言えない。

それはとても悲しいことだ。

もし、オレっ娘が死んでしまったら。

そう考えると、辛くてたまらなかった。


すると彼女は、にやりとほくそ笑んだ。

そして、おちゃらけた口調で、諭す。


「だから、オレ達は皆、色ボケなのさ」

「えっ?」

「それだけ、生殖本能が強いんだよ」


ポカンとするボク。

裁縫をしながらくすくす笑うオレっ娘。


まあ、言いたいことはわかる。

いつ死ぬかわからないから子を残す。

それは王族だって同じだ。


けれど、それは、つまり。


「オレっ娘も、子供が欲しいのか?」


ストレートな問いかけ。

そこで初めてオレっ娘がこちらを向く。

彼女は、にやにやしながら囁いた。


「ま、たまにムラムラする時はあるな」

「ム、ムラムラ……?」

「それで寝れない日もあるんだぜ?」


そう言ってペロリと舌を出すオレっ娘。

蠱惑的な台詞。扇情的な仕草。

思わず、どきりとしてしまうボク。


すると、彼女は身を寄せて、囁いた。


「今度夜這いに行くから、よろしく」


甘い吐息が、耳朶を打つ。

オレっ娘の香りが、鼻腔をくすぐる。

堪らず、赤面してしまうボク。


そんなボクを、彼女はカラカラ笑う。


「デンカって、エッチだな」

「お、お前が言うなっ!?」

「悪い悪い。ほら、出来たぜ」


軽薄な謝罪をして、ブレザーを放る。

それを受け取って、着用。

ボタンは綺麗に直っていた。


最初よりも、より強固に。

薄緑色の糸で、留められていた。


「ありがとう」


素直に感謝を述べる。

なんか、感動してしまった。

オレっ娘の意外な一面を見た。


そんな家庭的な彼女がまた身を寄せる。


「どういたしまして……あ・な・た」

「なっ!?」


それは聞いたことのない声音。

そして言われたことのない呼び方。

普段の彼女からは考えられない。


やはり、ギャップの力は恐ろしい。


改めて、その魔力を思い知った。

オレっ娘は満足げに八重歯を光らす。

そんな彼女の背後に忍び寄る魔の手。


「はい、お待たせしました」

「うひゃほぅうぉうっ!?」


帰ってきた教育係が彼女に何かした。

とんでもないリアクションが出た。

余程の災厄が降りかかったのだろう。


ジタバタと暴れるオレっ娘。

そんな彼女の背中から何かが落ちた。

それは注文した、ジュースの缶。


教育係は、それを背中に入れたのだ。

冷たいジュースを、彼女の背中に。

なんて恐ろしいことを。

心臓が弱い者なら一発でお陀仏だろう。


ボクも背筋か寒くなってきた。


そしてオレっ娘が食ってかかる。


「この野郎っ!? 何すんだっ!?」

「発情したメス猫には丁度良いかと」

「お前だって万年発情期だろうが!!」

「デンカ様の前では致し方ありません」


ギャーギャー吠えるオレっ娘。

それを軽くいなす教育係。

ボクが口を挟む隙なんてない。


涙目のオレっ娘。

犬歯を剥き出しに唸る。


「いつかてめぇを去勢してやるっ!!」

「それでは早く子を成すとしましょう」


そう嘯いて、教育係は何やらゴソゴソ。

手に持っているのはボクの注文した品。

ミルクティーの缶のプルトップを開く。


そのまま奴は、一口、飲んだ。


そして、それを、ボクに手渡す。


「えっ?」

「さあ、デンカ様、間接キスです」


間接、キス。

それって、不味くない?

えっ? 本当に子供が出来るかも。


赤面して狼狽えるボク。

意を決して口をつけようとして。


「デンカ、そいつを寄越せっ!!」


オレっ娘に掻っ攫われた。

そしてそれを飲み干すオレっ娘。

ボクは呆然として、動けない。


「小娘が……余計なことを……!」

「へへんだっ! どんなもんだいっ!」


バチバチと火花を散らす2人。

しくしくと涙を流すボク。

間接キスが……ボクの赤ちゃんが。


立ち直れないボクをよそに喧嘩する2人。


「私の間接キスを返してください!!」

「今時間接キスなんざ古いっての!!」

「年長者を敬いなさいっ!!」

「年増は引っ込んでろっ!!」


しくしく泣きながら、理解した。


ボクの教育係は、どうやら年増らしい。

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