第58話 『三人一組のデッサン』
「次は美術の授業だったか?」
「はい、デッサンの授業です」
青髪に襲われかけて数日が経った。
事件はボクが強権を振るい揉み消した。
その甲斐あって、平穏な日常が戻った。
次の授業は美術。
つまり、美術室へ移動となる。
筆記用具を持参して、教室を出る。
他の生徒達も美術室へ向かう。
そのクラスメイト達を、観察する。
青髪が退学してクラスに変化が出た。
青髪の派閥はリーダーを失い弱体化。
何人かは彼と共に学園を去った。
それに伴い女子の方にも変化があった。
黒髪ロングの取り巻きは激減。
青髪の影響力を失い、散り散りに。
端的に言って、黒髪ロングは孤立した。
しかしながら、悪意的ではない。
三つ編み眼鏡が虐めなど許さない。
委員長である彼女は上手く立ち回った。
だから、今はそっとされている状態だ。
黒髪ロング自身もそれを受け入れた。
取り巻きを迷惑に感じていたのだろう。
1人になれたことに、安堵している様子。
けれど、孤立は孤立だ。
例えば、美術のデッサンの時間。
それが肖像画となると浮き彫りになる。
彼女とペアを組む相手がいない。
キャンバスの前に座る黒髪ロング。
仕方なく、窓の外の風景を描くようだ。
何だか居た堪れなくなり、声をかける。
「黒髪ロング」
「デ、デンカ様……」
ボクに気づくとびっくりした様子。
そして周囲をキョロキョロ。
恐らく、ボクを気遣ったのだろう。
孤立している自分に話しかける。
そんなボクの立場が悪くならないかと。
だが、そんなことは、どうでもいい。
ボクは彼女に孤立して欲しくなかった。
「デッサンに付き合ってくれ」
「は、はい。 それは構いませんが……」
戸惑いつつも承諾する黒髪ロング。
そんな彼女の視線の先には教育係が。
今日の授業は二人一組のデッサン。
ボクの相手は当然教育係。
だから、奴を気にしているのだ。
何かいい方法は無いものか悩むボク。
それを見かねた教育係が、口を開いた。
「三人一組でデッサンをしましょう」
「そんなこと、出来るのか?」
「それぞれが別々の相手を描くのです」
ふむ。なるほど。
つまり、ボクが黒髪ロングを描く。
そして、教育係がボクを描く。
黒髪ロングは、教育係のことを描く。
そうすれば、問題はなかった。
「よし、そうしよう」
「あ、あの、よろしいのですか?」
「ああ、一緒に描こう」
申し訳なさそうな黒髪ロング。
そんな彼女を強引に引き入れた。
この前の一件で、彼女に非はない。
ボクは黒髪ロングを詰るつもりはない。
そうして3人でデッサンを描き始めた。
「ん〜……なかなか難しいな」
ボクが描く対象は黒髪ロング。
凛として、正面に座っている。
絹のように流れる黒髪。
その先端は若干青みがかっている。
それを鉛筆のみで再現するのは難しい。
眉根を寄せて苦戦するボク。
そんなボクに彼女は微笑みかけた。
「私は気にしませんよ?」
「どんなに下手でもか?」
「デンカ様が描いてくれて嬉しいです」
そう言いながらも淀みなく動く白い手。
彼女は教育係をデッサンしていた。
それが気になって、尋ねる。
「ちょっと見てもいいか?」
「ええ。どうぞ、ご自由に」
許可を貰って、キャンバスを覗く。
すると、そこには、奴の横顔が。
教育係はボクのデッサンをしている。
その真剣な表情が、描かれていた。
「……上手いな」
「お褒めに預かり、光栄です」
お世辞ではなく、本当に上手だ。
彼女は絵画の才能がある。
授業の終わりに、その絵が欲しい。
そんなボクの心情を見透かして。
黒髪ロングはさらさらと手を動かす。
線が紡がれ、奴の隣にボクの姿が。
そのボクは、横目で教育係を見ていた。
何だか指摘された気がして恥ずかしい。
あの日、青髪に襲われかけた日の晩。
教育係に押し倒されたボクは自覚した。
奴のことが……好きであると。
恋愛感情を初めて抱いたボク。
内心の変化は劇的であった。
とはいえ、特に何をすることもない。
初めての感情に戸惑うばかり。
何をすればいいかも、わからない。
だけど、奴を視線で追うようになった。
無意識に、教育係を見てしまう。
そんな様子を黒髪ロングに見られた。
めちゃくちゃ恥ずかしい。
ぼっと赤面するボク。
それを見て、彼女はくすりと笑った。
そして、こんな問いかけをしてきた。
「何か、良いことがあったのですか?」
「い、いやっ!? 別に何もっ!?」
慌てて否定するボク。
そんなボクをくすくす笑う黒髪ロング。
彼女はそんなボクにこんな囁きをした。
「デンカ様」
「な、なんだ……?」
「とても可愛らしい表情でしたよ?」
それはデッサンで描いた瞬間だろう。
ちらりと奴を横目で見るボク。
その瞬間が、キャンバスに描かれた。
ボクは何も言えずに、その絵を見る。
若干、デフォルメされて漫画調だ。
ボクはこんなに可愛くない。
けれど、奴は絵の中でも格好良い。
それに見惚れていると、隣に奴の気配。
教育係が、キャンバスを覗いていた。
「これは素晴らしい絵ですね」
「絵の対象が素晴らしい方達なので」
ぎょっとして見やると、感心した様子。
黒髪ロングは謙遜している。
ボクは顔が熱くてたまらない。
すると、奴がキャンバスを差し出した。
「上手く描けたので、ご覧下さい」
「わ、わかった」
面食らいながらも、受け取る。
教育係が描いたボクのデッサン。
す、すす、好きな相手が描いた、自分。
教育係に自分がどう見えているのか。
奴はボクをどう描くのか。
それは、様々な意味を持つだろう。
とても、興味があった。
恐る恐るキャンバスに視線を向ける。
すると、そこには。
「……教育係」
「はい、なんでしょう?」
「なんだ、これは?」
「デンカ様の太ももとふくらはぎです」
キャンバスには……ボクの下半身が。
無駄に、リアルに、描かれていた。
産毛なんかも忠実だ。なんかエロい。
「教育係」
「はい、如何しましたか?」
「お前はボクの足しか見てないのか?」
「すっごく、魅力的な御足ですので」
いや、今更驚いたりしないけどさ。
だけど、改めてドン引きだ。
真剣な顔で人の足を描いてやがった。
えっ? これがボクが好きな相手?
いやいやいや、それはないだろう。
やっぱりあの日の認識は錯覚かも。
自分の感情に自信を持てなくなった。
そんなボクを置き去りに奴は勝手放題。
黒髪ロングのデッサンに注文をつけた。
「次は濃厚に絡む様子を描いて下さい」
「の、濃厚に絡む様子、ですか……?」
「ええ、お互い半裸がよろしいですね」
美術の授業で何を描かせるつもりだ。
ボクが止める間もなく、絵画が完成。
それを見て、教育係が真剣な表情。
べ、別に、興味はないよ?
でも、ちょっとだけなら。
ボクもちらっと覗いてみた。
するとそれは、とんでもない絵だった。
「どうしてボクが吸われてるんだ!?」
絵の中でボクは吸われていた。
半裸の教育係に、胸を。
堪らず抗議すると、奴も抗議した。
「私の胸はこんな平らではないです!」
抗議する点がおかしい。
というか、デッサンは忠実だ。
むしろ、目立たないような構図。
黒髪ロングなりの配慮だろう。
あ、怖い顔された。
仕方ない。ボクも話に乗っておこう。
「ボクの胸も大きめで頼む」
「か、かしこまりました」
ささっと新しく描き直す黒髪ロング。
うむ。まあ、そんなものだろう。
程よい美乳のボクが、描かれた。
すると、教育係がまたもや抗議。
「何故私の方が小さいのですか!?」
だいぶ盛って貰った奴の胸。
けれど、ボクの方が大きめ。
黒髪ロングは正しい眼を持っている。
「ボクの方が大きくて当たり前だ」
「デンカ様は小さい方が可愛いです!」
「ボクだって大きくなりたいっ!」
「私の願望の方が切実ですっ!!」
そんな醜い言い争い。
それを見て黒髪ロングが微笑んだ。
くすくす笑う彼女を見れて嬉しい。
教育係は本気で憤慨しているけど。
そんな一幕もありつつ、授業を終えた。
筆記用具を片付けながら、尋ねる。
「さっきの絵、貰っていいか?」
「はい、どうぞお納め下さいませ」
彼女からデッサンを受け取る。
お気に入りはやはり、最初の1枚。
大事に丸めて、鞄に仕舞った。
すると、黒髪ロングがおずおずと尋ねる。
「あの、デンカ様……」
「どうした?」
「私も、貰ってよろしいでしょうか?」
「何がだ?」
「デンカ様が描いた、デッサンを……」
「ああ、それのことか」
ボクが描いた黒髪ロング。
控えめに言っても下手くそだ。
だけど、断る理由はなかった。
「下手くそで済まないな」
「いえ、宝物に致します」
それを受け取った彼女は嬉しそう。
大切そうに胸に抱いていた。
そんな彼女に、もう一つ尋ねる。
「黒髪ロング」
「はい、なんでしょう?」
「お前は絵を描くのが好きなのか?」
これだけ上手いのだ。
普段から描いているのだろう。
そう思って聞くと彼女は恥ずかしそう。
そして、意外なことを口にした。
「お、弟の漫画などの影響で……」
彼女の弟。
ボクを襲おうとした青髪の少年。
彼のことを口にした彼女は慌てていた。
気分を害してしまったと思ったらしい。
だが、ボクは気分を害してなどいない。
「なら、今度また何か描いてくれ」
「は、はいっ! よろこんで!!」
それだけ告げて、話題を打ち切った。
弟のことは、それはそれだ。
姉である彼女が気に病む必要はない。
ちなみに教育係はと言えば。
「今度は全裸での絡みを期待してます」
ボクの教育係は、本当に変態で困る。




