第57話 『劇的な変化』
「殿下ぁぁあああああああっ!?!!」
召使いが人を呼んで、数分。
真っ先に教育係が駆け込んできた。
そのままボクを抱きしめる奴。
平らな胸にゴリゴリ押し付けられる。
ちょっと、いや、かなり痛い。
けれど、ボクはされるがまま。
教育係の背中に手を回す。
そのまま抱きしめ返すと、ほっとした。
教育係も安心した様子。
随分と、心配をかけてしまったようだ。
「デンカ、無事かっ!?」
「ああ、大丈夫だ」
遅れてオレっ娘もやってきた。
ボクの無事を確認して胸を撫で下ろす。
そして床に転がる青髪を見やった。
「この糞野郎。やっぱり狙ってたか」
青髪を睨みつけるオレっ娘。
こうなることを危惧していた様子。
忠告を軽んじたことが悔やまれる。
他の風紀委員もぞろぞろ入室。
青髪を縛りあげていく。
それに乗じて桃色髪が入ってきた。
「うつけ、平気?」
「大丈夫だ。問題ない」
「そ。なら、いいわ」
素っ気なく彼をねぎらう桃色髪の姫君。
そのまま召使いを連れて退室する。
そんな彼女達の背に、声をかけた。
「た、助けてくれて、ありがとうっ!」
召使いが居なければ、危なかった。
そんな彼を差し向けたのは彼女だろう。
そう察して、心からの感謝を告げる。
すると桃色髪はちらりと振り返った。
腰に手を当てて、鼻を鳴らす。
高慢そうに、返事を寄越した。
「甘い卵焼きのお礼よ」
「えっ?」
何のことかわからず、困惑。
見かねた召使いが説明した。
「姫さんに作ってやったら喜んでな」
「作ってあげたのか?」
「ああ。不本意ながら、な」
そう言ってにやりと笑う召使い。
なるほど。食べ物の恩を返したのか。
納得するボクに、桃色髪が付け加えた。
「あなたを助けるのは私の務めだから」
「務め?」
「ええ。将来の同盟相手としての、ね」
意味深な桃色髪の姫君の物言い。
彼女の国はボクの国の隣国だ。
そして、ボクの国と彼女の国は同盟国。
だからこそ、こうして留学している。
そんな彼女がボクを同盟相手と呼んだ。
将来的にこの国の王位に就く、ボクを。
やはり、正体に気づいているのか?
訝しむボクをくすりと笑う桃色髪の姫。
彼女は恭しく一礼して別れを告げた。
「それでは、ご機嫌よう」
召使い共々、謎の多い人物だ。
けれど、少なくとも敵ではなさそう。
彼女を見送っていると声を掛けられた。
「デンカ」
「どうした?」
「場所を変えるぞ」
「ああ、わかった」
オレっ娘が場所を変えると言う。
ボクには異論はない。
抱きしめている教育係の背中を叩く。
それでも奴はボクを離さない。
黙って、ボクを抱きしめ続ける。
困ったボクは、教育係に囁く。
「教育係、行こう?」
「はい……かしこまりました」
すると教育係は少し力を緩めた。
ボクの肩を横に抱いて、そのまま歩く。
どうやら離すつもりはないらしい。
心配をかけた手前、文句はなかった。
オレっ娘に先導されて、校内を進む。
風紀委員達が青髪を担いで運んだ。
しばらくして、目的地に着いた。
そこは、職員室だった。
入るや否や、青髪を床に転がす。
ぎょっとする教職員達。
そんな彼らにオレっ娘が説明した。
「こいつがデンカを襲った」
「な、なんですと!?」
「釈明の余地はねぇ。身柄は預かる」
一方的な宣告。
教職員に動揺が広がる。
オレっ娘は身柄を預かると言った。
将軍の娘たる彼女。
つまり、青髪は軍に逮捕されるのだ。
それに対して、異論は出なかった。
だが、ボクは、気になった。
「オレっ娘」
「なんだ?」
「青髪は、どうなるんだ?」
逮捕された青髪。
軍に逮捕された彼がどうなるのか。
それを尋ねてみた。
すると、あっさりと返答をされる。
「もちろん、斬首だろうな」
斬首。
それは首を落とされる処刑。
もちろん、極刑だ。
ギロチンによって、斬首される。
その光景が頭によぎり、吐き気がした。
こめかみが痛い。痛くて堪らない。
ボクはそんな光景を、見たくない。
「……オレっ娘」
「どうかしたのか?」
「なんとか、ならないか……?」
思わず減刑を求めるボク。
するとオレっ娘は難しい顔をした。
ボクの立場を考えれば当然だ。
何より、父上が許さないだろう。
そして、教育係もまた、許さなかった。
「殿下っ!! 斬首は当然です!!」
「いや、しかしだな……」
「罪には罰です!!ご理解下さい!!」
教育係の主張は、もっともだ。
けれど、認めるわけにはいかない。
召使いの苦言が蘇る。
この件は、ボクにも責任があった。
軽率な言動が招いた、結果。
その罪を、青髪に押し付けるのか?
そんなこと、出来る筈もない。
それに、何より。
人が死ぬところを、見たくなかった。
「お前たち、ボクを誰だと思ってる?」
決意を込めて、口を開いた。
オレっ娘が、たじろぐ。
教育係も、目を見張って驚いた。
教職員達は、慌ててその場に跪いた。
ボクはこの日、初めて強権を振るう。
「ボクは王位継承者だっ!!」
大きな声で自分の立場を示す。
「そのボクが命じる! 不問にせよ!」
大きな声で自分の意向を示す。
「斬首など、ボクは認めない」
確固たる意思。
そんな厳罰など望まない。
当然、ボクには権限はない。
けれど、意を唱える者はいない。
ボクより立場が上の者は王だけである。
だから、口止めをしておく。
「父上にはこの事は伏せろ」
「で、ですが……」
「一切、他言無用だ」
教育係が窘めようとした。
それを無理矢理封じ込める。
無茶を言ってるのはわかってる。
教育係は父上に言いつけるだろう。
ボクの為を思って。
そんな奴に、釘を刺しておく。
「父上に知れたら、また軟禁生活だ」
せっかく手に入れた外の世界。
この一件が明るみに出たら終わりだ。
教育係にそのことを知らしめる。
奴は沈痛な表情を浮かべて、頷いた。
それと同時に、再び苦言を呈す教育係。
「いつか必ず、後悔しますよ?」
「それでも、斬首は認めない」
頑ななボクの態度に、項垂れる奴。
それでも渋々、ボクに恭順してくれた。
そんな教育係に感謝して、宣言する。
「他の者も、わかったな?」
『殿下の御心のままに』
教職員達は恭しく頭を下げた。
けれど、オレっ娘は口を挟んだ。
「デンカ」
「なんだ?」
「デンカは甘すぎる」
薄緑色の視線が、ボクを射抜く。
彼女はボクの甘さを指摘した。
ボクもそれは自覚している。
それでも、斬首など、嫌だった。
しばらくこちらを睨んだオレっ娘。
ややあって、呆れたように首を振る。
そして、折衷案を、提示した。
「青髪は退学処分にする」
「退学?」
「ああ、更生するまで軟禁する」
「牢屋に入れるのか?」
「嫌ならこいつの実家に送り返す」
退学と軟禁。
彼の実家に送り返す。
けれど、殺しはしない。
それなら、異論はなかった。
「わかった」
「なら、すぐに親を呼ぶぞ」
「ああ、頼む」
しばらくして、彼の親がやってきた。
それは、舞踏会で会ったあの男。
白髪混じりの青髪の男。
隣には、黒髪ロングの姿も。
ボクは驚いて、目を見張る。
黒髪ロングと、その父親。
それが、この青髪の関係者なのか?
駈けつけるなり父親は平伏した。
そしてボクに謝罪をする。
「この度は愚息が迷惑を……」
「お前の息子なのか?」
「はい。本当に何とお詫びしたら……」
泣きながら謝罪する父親。
その隣で黒髪ロングも口を開いた。
「私の弟が、申し訳ございません」
「彼はお前の弟なのか?」
「……申し開きのしようもありません」
そうか、弟か。
恐らく、飛び級したのだろう。
そして、姉と同じクラスになった。
ならば、やはり斬首しなくて良かった。
黒髪ロングの家族を、殺さずに済んだ。
そのことに胸を撫で下ろすボク。
そこで、オレっ娘が口を挟んだ。
「そいつを家に閉じ込めておけ」
「は、はいっ!」
「あと、デンカの正体はバラすな」
「わ、わかりました」
父親と黒髪ロングが頷く。
これにて、一件落着だ。
青髪はそのまま連れていかれた。
その間際。
ボクは黒髪ロングに声をかけた。
「黒髪ロング」
「殿下……本当に、すみません」
彼女は泣いていた。
弟のしたことを気に病んでいるのだ。
だけど、黒髪ロングのせいではない。
ボクだって、悪かったのだから。
「お前は気にしなくていい」
「ですが……」
「また明日、学校で会おう」
最近覚えた帰りの挨拶。
それを告げると、彼女は泣いた。
泣きながら、頭を下げる。
そして、そのまま帰っていった。
その後ろ姿を見送りながら、ふと思う。
青髪は王に全てを奪われたと言った。
ボクの父上が奪ったものとは何か。
それはもしかしたら、彼女のことか?
青髪の姉である黒髪ロング。
それがボクの妃候補となった。
だから、奪われたと言った。
だから、後継者のボクを恨んだ。
そう考えると、辻褄が合う。
そこで、声が掛けられた。
「殿下、帰りましょう?」
「ああ、帰ろう」
固い表情の教育係。
怒っているのだろうか?
けれど、肩を抱く手つきは優しい。
ボクはそのまま、帰路についた。
帰りの車内は、無言だった。
何度も口を開こうと思った。
いろいろなことを、謝りたかった。
けれど、それが口から出てこない。
それでも、安心感だけはあった。
怒っていても、黙っていても。
傍に居てくれるだけで、安心した。
そして、離宮に到着した。
シートベルトを外すと奴は先に降りた。
そしてこちら側のドアを開ける。
今日はドライブ後のキスは無しらしい。
やっぱり怒っているのだろうか?
しゅんとするボクに、手を差し出す奴。
教育係が差し出す手を取る。
すると、強い力で引かれた。
そのまま、離宮の中へ。
「お帰りなさいま……せ?」
出迎えたメイドが小首を傾げる。
それに答える暇もなく、自室へ。
手を引かれて、ベッドに連れられる。
そしてそのまま、押し倒された。
「きょ、教育係……?」
「……ご無事で、何よりでした」
びっくりして尋ねると、そんな返答が。
その声は、涙に濡れていた。
教育係が……泣いている?
驚いて、表情を伺うよりも、早く。
教育係はボクの胸に顔を埋める。
そして、何度も首筋にキスをした。
くすぐったくて、そして冷たい。
教育係の涙が、感じ取れた。
「心配をかけて、ごめん」
「……少しは反省して下さい」
「ごめん」
心から謝罪する。
すると奴は、再び首筋にキスをする。
そして、自らも反省を口にした。
「……私も、反省してます」
「えっ?」
「……救出が遅れて、すみません」
どうやらそれを悔やんでいるらしい。
教育係は怒っているわけではない。
自分の不甲斐なさが情けなかった様子。
そんな奴の頭を、掻き抱く。
すると、教育係も強く抱きしめてくる。
ボクの足の間に、奴の細いウエストが。
全身に、教育係の存在が伝わる。
こんなに密着したのは初めてだ。
そこでふと、召使いの言葉がよぎる。
どうしたら好きだとわかるか尋ねた。
押し倒されればわかると彼は言った。
それが、なんとなく、わかった。
好き、かも。
なんとなく、好きかも。
ボクは、なんとなく……
教育係のことが……好き、かも。
そのまましばらく、抱きあっていた。
そして、なんとなくが確信に変わる。
教育係が泣き疲れて眠った時だ。
ボクに抱かれたまま。
ボクを抱いたまま、眠る奴。
黒髪を撫でると、少し身じろぐ。
その寝顔が……たまらなく、愛おしい。
ボクは、自分の気持ちを理解した。
この日ボクは、恋愛感情を、理解した。
「教育係」
「くぅ……くぅ……」
寝ている奴に、囁く。
胸がドキドキする。
好きだと自覚すると、劇的だ。
「恋愛とは……良いものだな」
そんなボクの独り言。
寝ている奴には当然、聞こえない。
けれど、どうしようもなく照れ臭くて。
なんだか、頭がおかしくなりそうだ。
そうなる前に、このまま寝てしまおう。
うん。そうしよう。
「おやすみ、教育係」
ボクの教育係は、劇的な変化を与えた。




