第56話 『その男、正体不明につき』
「貴様、いつからそこに……!」
「いつからって、最初からだけど?」
我に返った青髪の男子の問いかけ。
それに平然と返答する黒髪の召使い。
召使いは最初から寝てたらしい。
もちろん、全然気づかなかった。
「俺のことは気にしなくていいぞ」
ヘラヘラ笑って、そう取りなす召使い。
気にするなと言う方が、無理な話だ。
当然、青髪は怒り心頭で食ってかかる。
「ヘラヘラしやがって……!」
「元からこんな顔なんだよ」
「黙れっ!貴様には誇りはないのか!?」
「誇り? 何だそれ、食えんのか?」
青髪と召使いとのやりとり。
何やら因縁がある様子。
ボクは固唾を飲んで、推移を見守る。
「黒髪の一族の誇りはどうした!?」
「だから、んなもんないっての」
「ふんっ!揃いも揃って飼い犬か!?」
「良いご主人様ならそう悪くないぜ?」
激昂する青髪。
それを小馬鹿にした様子の召使い。
青髪はギリギリ歯ぎしり。
召使いは耳をほじって上の空。
そんな召使いを、青髪が嘲笑った。
「あの桃色髪が良いご主人様だと?」
「……あん? なんか文句あんのか?」
桃色髪の姫君の話題。
その瞬間、召使いの雰囲気が変わった。
気怠げな様子からは一変。
目が据わり、剣呑な雰囲気だ。
そんな召使いを、青髪が挑発する。
「うつけと呼ばれているそうだな」
「だから?」
「いや、今の貴様にはぴったりだ」
「そりゃどうも」
どんどん、目が据わる。
だが、青髪は気づいていない。
虎の尾を踏み潰そうとしていることに。
「うつけ同士、お似合いじゃないか」
「は?」
「桃色髪のうつけ姫の靴でも舐めてろ」
「あ?」
桃色髪のうつけ姫。
それがどうやら、禁句だったらしい。
召使いがすっと姿勢を落とした。
その表情は、見覚えがある。
教育係が怒った時。
奴の凄んだ顔と、瓜二つだった。
「てめぇ……調子に乗んなよ?」
チャリっと首輪の鎖の鳴る音が響く。
その瞬間、召使いの姿が消えた。
次の瞬間、ボクの上から青髪が消えた。
「ぐはっ!?」
飛びかかった召使いにぶっ飛ばされた。
ベッドから転げ落ちる青髪。
背中をしたたかに打ち付け、悶絶。
その青髪の背後に回る召使い。
そのまま首輪の鎖を彼の首に。
ぐいっと背負う形で首を絞めた。
「ぐぇっ……ぎっ……!」
「もう二度と、姫さんの悪口を言うな」
「ぎぇっ……んがっ……!」
「わかったかこのボンクラァ!!」
召使いの怒鳴り声が室内に響き渡る。
普段の彼からは、想像もつかない。
それほど、召使いは怒っていた。
息が出来ずにジタバタ暴れる青髪。
しばらくして、くたっとなった。
だらだらと液体が床に広がる。
どうやら、失禁したらしい。
「うわっ! きったねっ!!」
慌てて青髪を下ろす召使い。
ドタンと床に転がる失禁した青髪。
召使いは彼の口に手のひらを当てた。
どうやら、呼吸を確認してるらしい。
「しぶといな。まだ生きてやがる」
そう言って、唾を吐きかける。
青髪は気絶したらしく、動かない。
そこでようやく、ボクも一息吐く。
そんなボクに、召使いが歩み寄った。
「大丈夫か?」
「えっ、あっ……だ、大丈夫」
「全然大丈夫そうには見えないな」
ボクはもう、いろいろ限界だった。
怖かったし、ほっとしたし……疲れた。
召使いはボクの前に立ち、呆れていた。
「今回の件は、あんたにも責任がある」
腕を組んでこちらを見下ろす召使い。
まるで教育係に叱られている気分だ。
ボクは彼の言葉を重く受け止めた。
教育係のいない時に誘いに乗った。
オレっ娘の忠告を重要視してなかった。
そして何より……間違っていた。
ボクの恋愛観が間違っていた。
だから、こんな事態を招いた。
妊娠させる覚悟を尋ねたボク。
妊娠する覚悟なんてない癖に。
使命だの、義務以前の問題だ。
覚悟すら、持っていなかった。
心底反省すると、疑問が浮かんだ。
ならば、どうすれば良かったのかと。
恋愛とは、何なのか。
この場には召使い1人だけ。
だから、ボクは彼に尋ねた。
「召使い」
「ん? なんだ?」
「恋愛とは、何なんだ?」
素朴で、純粋な疑問。
すると彼は首を傾げた。
しばらく何やら考えこむ、召使い。
そして、にやりと笑い、嘯いた。
「せっかくだ。俺が『教育』してやる」
まるで教育係に言われたような感覚。
ボクは動揺しつつ、尋ね返す。
「きょ、教育……?」
「ああ、まずはさっきの再現だ」
そう言って、彼が覆い被さってきた。
さっきの再現。青髪と同じ体勢。
けれど、不思議とボクは怖くなかった。
「怖いか?」
「……怖く、ない」
「どうしてだと思う?」
「お前に、その気が……ないから」
それは明らかだった。
召使いは全然本気ではない。
ボクの肌に触れる気配すらない。
だから、怖くなかった。
しかし、その回答は間違いらしい。
「んじゃ、ちょっと真剣にやるか」
「えっ? あっ! こらっ!」
ボクのシャツのボタンを外す召使い。
上から3番目のボタンで手を止めた。
そして、再びボクに尋ねる。
「怖いか?」
「……怖く、ない」
「どうしてだと思う?」
同じ問いかけ。
先程は不正解だった。
つまり、別な回答を求めているのだ。
必死に思案を巡らせる。
怖くないのは、本当だ。
どうして恐怖を感じないのか。
先程はとても怖かった。
しかし、今は怖くない。
青髪と、召使いとの、違い。
そこでふと、気付く。
それは両者の視線の違いだ。
青髪のじっとりとした視線。
召使いのあっさりとした視線。
前者は執着心に塗れ。
後者はどうでも良さげ。
それが意味するところは、つまり。
「お前が、ボクを好きじゃないから?」
「ま、半分正解ってとこだな」
回答すると、彼は退いてくれた。
ボクを身を起こして、ボタンを留める。
そして、また思案を巡らせる。
半分正解?
半分は間違ってる?
もしかしたら、対象が違うのかも。
彼がもし、別な誰かを好きならば。
ボクは、正答らしきものを見つけた。
答え合わせの為に、召使いの袖を引く。
「召使い」
「ん? 」
「お前は桃色髪の姫君が好きなんだ」
「ほう? それで?」
「つまり、ボクには本気じゃない」
「続けろ」
「だから、ボクは怖くなかった」
たぶん、これが正解だ。
召使いが好きな相手。
それがボクじゃないから、怖くない。
好きな相手が他にいる。
だから、彼は本気じゃない。
本気じゃないから、怖くない。
すると召使いは、ボクの頭を撫でた。
「なかなか優秀だな。偉い偉い」
撫でられて、ボクも満足。
どうやら満点だったらしい。
けれど、釘を刺された。
「あとは自分の気持ちに早く気づけ」
「ボクの気持ち?」
「ああ、好きな相手を早く見つけろ」
召使いが難しいことを言う。
好きな相手を見つけろ。
そう言われても、困る。
何かしら、前提条件が必要だ。
「どうしたら好きだってわかるんだ?」
「さっきの状況の再現をしてみろ」
「ベッドに押し倒される状況をか?」
「ああ。その時、わかる筈だ」
なんだか投げやりな返答。
召使いはどうでも良さそう。
要するに、自分で知れってことらしい。
とりあえず、胸に留めておこう。
納得すると、召使いが立ち上がった。
「んじゃ、そろそろ人を呼ぶぞ」
「呼べるのか?」
「ま、見てろって」
そう言って、部屋の窓を開ける。
そして、ポケットから何やら取り出す。
それはなんと、警笛だった。
その笛を咥えて、吹き鳴らす。
甲高い警笛の音色が響き渡る。
周囲の生徒が気づきこちらを見上げる。
「召使い」
「なんだ?」
「その笛はなんなんだ?」
「これは風紀委員の警笛だ」
どうやら警笛は風紀委員の装備らしい。
そして彼は再びポケットをゴソゴソ。
取り出したのは、小型の無線だった。
「えーこちらうつけ、目標を発見」
『本当かっ!? 現在位置はっ!?』
「時計塔の上層階、笛の音が鳴る部屋」
無線から聞こえてくるオレっ娘の声。
それに届けと言わんばかりに笛を吹く。
すると、時計塔に人が群がってきた。
「召使い」
「なんだよ?」
「お前は何者なんだ?」
ストレートな問いかけ。
聞きたいことは山ほどあった。
けれど、召使いはどこ吹く風。
ヘラヘラ笑って、こう答えた。
「俺はただのうつけ者さ」
桃色髪の姫君の召使いは、正体不明だ。




