第55話 『青髪の罠』
「今日も女子に呼び出されてるのか?」
「はい。少々お待ち下さい」
「ああ、わかった」
スケバンの謝罪会見の翌日。
帰宅前のいつもの告白イベント。
教育係は今日も呼び出されていた。
ボクはその間、教室で待つ。
「デンカちゃんまた明日〜」
「うん。また明日」
クラスメイトと帰りの挨拶を交わす。
ボクもすっかりクラスに馴染んだ。
それを実感して、嬉しくなる。
内心ガッツポーズをするボク。
そこで、声を掛けられた。
「あの、ちょっといいかな?」
見ると、そこにはクラスの男子が。
眼鏡を掛けた、大人しそうな少年。
髪の色は灰色がかった青髪。
恐らく、青髪の派閥の一員だろう。
ボクが話したことがない生徒だった。
「どうかしたのか?」
「えっと、話があるんだけど……」
その言葉を濁す態度で、察した。
何度も経験している告白イベント。
大抵、こんな形で切り出すことが多い。
「場所、変えてもいいかな?」
こうして場所を変えるのも常套手段だ。
皆、人気のないところで告白をする。
そのようなルールがあるらしい。
しかし、今日は教育係が居ない。
だが、奴が戻る前に済ませればいいか。
そこでふと、思い出す。
そう言えばオレっ娘に忠告されていた。
青髪の派閥には気をつけろと。
けれど、話をするくらいなら構うまい。
そう思って、彼の誘いに、乗った。
「わかった」
「ありがとう。じゃあ、ついてきて」
彼に従い、ボクは教室を出た。
しばらく歩く。
すると、中庭まで来た。
「おら! チンタラ走るなっ!!」
『うすっ!』
校庭から、掛け声が聞こえる。
よくよく聞くと、オレっ娘の声だ。
連帯責任でランニング中らしい。
本当に律儀な娘だ。
「どこまで行くんだ?」
「時計塔まで来て欲しいんだ」
尋ねると、時計塔まで向かうらしい。
時計塔は王立学園のシンボルだ。
見上げるほど高い、大きな時計塔。
ボクはそこに行ったことがなかった。
その理由は、簡単だ。
時計塔の内部は図書館になっている。
様々な書物が収められた空間。
そこには当然、沢山の資料もある。
もちろん、あの悪夢の事件の資料も。
だから、足を運ぶのは躊躇われた。
しかし、良い機会かも知れない。
別にそんな資料など見なければいい。
純粋に、時計塔を見学してみよう。
そうしてボクは、時計塔に入った。
「意外と閑散としているのだな」
「もうすぐ閉館時間だからね」
中には数人の生徒がいた。
皆、帰り支度をしている。
それを横目に、彼についていく。
すると、昇降機の前まで来た。
ボタンを押すと、ガチャンと扉が開く。
そのまま、中に乗り込んだ。
昇降機に乗るのは初めてだった。
思わずはしゃぎたくなるが、我慢。
同乗するのは、教育係ではないのだ。
彼がまたボタンを操作。
すると、扉が閉まり、上昇した。
重力が増えた感覚。
ややあって、今度は軽くなる感覚。
目的の階層に着いたらしい。
「こっちだよ」
昇降機から降りると、静かな廊下。
人の気配は感じられない。
足音だけを響かせて、進む。
そして、部屋の扉の前で立ち止まる。
「入って」
彼はその扉を開いて、入室を促す。
それを受けて、ボクは室内に入った。
部屋の中は、埃っぽい。
けれど、生活していた気配はある。
シンプルな調度品が置かれていた。
机や、ソファや、ベッド。
どうやら司書の私室だった様子。
今は使われていないようだ。
こちらに背を向け置かれているソファ。
その向こうの窓に絶景が広がっていた。
だいぶ傾いた夕陽。
高所から望む王立学園の建屋。
それに見惚れていると、扉が閉まった。
ぎょっとして振り向く。
すると、彼の姿がない。
代わりに、扉の前に佇む、何者か。
真っ赤な夕陽に、青髪が染まっていた。
「よお。待ちくたびれたぜ」
青髪の男子はにたりと笑った。
彼の赤く染まる青髪。
それを見て、こめかみが疼く。
危機感を覚えて、身構えた。
青髪がジリジリ迫ってくる。
ボクもジリジリ後ずさる。
なんとか隙を見て、逃げないと。
そんなボクを見て、青髪は嘲笑う。
逃すつもりはないと、言わんばかりに。
「ようやく、お前を俺様の物にできる」
舌舐めずりをする青髪。
彼の青い瞳に宿る、所有欲。
それに射抜かれて、ぞっとした。
彼がまた一歩、踏み込む。
ボクも一歩下がろうとして、躓いた。
膝に何かがぶつかり、倒れこむ。
するとそこには、埃を被ったベッドが。
身を起こそうと悪戦苦闘。
その間に、青髪が迫り来る。
ベッドに寝転がるボクを見下ろす彼。
また、にたりと笑い、舌舐めずり。
そのまま、覆い被さってきた。
焦ったボクは、咄嗟に説得した。
「ボ、ボクは殿下の妃候補だぞっ!?」
それは教育係のでっち上げ。
それでもその意味は大きい。
妃候補のボクを襲うなど、重罪だ。
まともに考えれば、思い直す筈。
だが、彼は予想外の反応を見せた。
「だからこそ、意味があんだよ」
ボクを見下ろして、意味深な物言い。
その青い目には、怒りが宿っていた。
「この国の王から全てを奪ってやる!」
唾を飛ばしながら、怒鳴る青髪。
この国の王。つまり、ボクの父上。
父上から全てを奪うと青髪は言う。
動揺を隠せないボクに、彼は続ける。
「手始めに臆病者の後継者からだっ!」
臆病者の後継者。
この国には王の後継者は1人だけ。
それは、このボクに、他ならない。
「だから、お前を俺様の物にしてやる!」
妃候補であるボクを奪う。
それが彼の目的らしい。
しかし、ボクは妃候補ではない。
この国の後継者本人だった。
だが、それに気づいている様子はない。
改めて、変装しておいて良かったと思う。
ボクが殿下と知れれば、危険だ。
恐らく、殺されてしまうだろう。
そのくらい、狂気を感じた。
そして彼の手が、ボクの胸元に伸びる。
「や、やめてっ……!」
堪らず、か細い悲鳴が漏れる。
怖い。
とても、怖い。
目尻に涙が溜まる。
そんなボクを見て、青髪は嘲笑う。
「はっ! 今更何言ってやがる」
「えっ?」
「知ってんだぜ。妊娠したいんだろ?」
妊娠したい? ボクが?
一瞬困惑して、ふと思い至る。
告白された際、こう問いかけていた。
ボクを妊娠させる覚悟があるのか、と。
後継者を残す義務がボクにはある。
だから、そう問いかけた。
これまでは皆、その覚悟がなかった。
だが、もし覚悟があったら?
相手がボクを妊娠させようとしたら?
その選択肢を、まるで考えてなかった。
「お望み通り妊娠させてやんよっ!」
青髪の彼はボクを妊娠させるつもりだ。
高笑いして、太ももを触ってくる。
ざわりと鳥肌が立った。
触られたくない。
義務や、使命など、関係ない。
とにかく、嫌で嫌で、たまらなかった。
世継ぎを残す義務。
それを考えると、抵抗の必要はない。
使命に従い、受け入れるだけだ。
だけど、嫌だ。
脳裏に、妃候補達の顔が浮かぶ。
三つ編み眼鏡。
黒髪ロング。
銀髪メイド。
オレっ娘。
そして、最後に浮かぶ……教育係。
教育係に会いたい。
教育係に抱きしめて欲しい。
全て悪い夢だと言って欲しい。
ボクは堪らず、叫んだ。
「教育係ぃぃいいいいいいっ!!!!」
けれど、奴は現れない。
代わりに、青髪が嘲笑った。
「ばーか。何階だと思ってんだよ」
言われて、気づく。
ここは時計塔の上層階。
いかに教育係とて、呼んでも来れまい。
その間にも、青髪の魔の手が蠢く。
スカートの中に進入しそうだ。
ボクは懸命に抵抗しながら、涙を流す。
けれど、助けは、来ない。
そう諦めかけた……その時。
チャリっと、鎖の音が聞こえた。
「ふあ〜あ」
次いで、場違いな欠伸の声。
見ると、ソファに誰か寝ていた。
むくりと起きあがって、頭をぽりぽり。
その髪の色は……漆黒だった。
「うるせぇな……寝れないだろ」
不満げに寝ぼけ眼を擦る……召使い。
桃色髪の姫君の召使いが、そこにいた。
固まるボクと青髪の男子。
そんなボクらに、召使いが気づいた。
「あ、お取り込み中だったか?」
そう言って、彼はヘラヘラ笑う。
桃色髪の姫君の召使いは、神出鬼没だ。




