第53話 『オムライスと大人の嗜み』
「ただいま」
「お、おかえりなさいませっ!!」
桃色髪の姫君と昼食を共にしたその日。
帰宅したボクをメイドが出迎える。
しかし、何やら様子がおかしい。
いつもはきっちりメイド服を着る彼女。
だが、今日は少々だらしなかった。
シャツのボタンが上まで留まってない。
それに、スカートもしわくちゃだ。
極め付けに、口元にはよだれの跡も。
「……ふむ」
それを見た教育係は顰め面。
ボクの背後で嘆息して、指摘した。
「お昼寝でもしていたのですか?」
「め、滅相もございませんっ!」
動揺を隠せない銀髪メイド。
その様子を見れば明らかだ。
教育係が叱る前に、ボクは彼女を許す。
「留守中に何をしようがお前の自由だ」
「で、殿下……」
「だから、気にしなくていい」
「あ、有難きお言葉っ!」
感極まったメイドが頭を下げる。
それを手で制して、話題を打ち切る。
教育係は不満げだが、不問とする。
たまにはメイドにも休みが必要だろう。
「そう言えば、メイド」
「はい、なんでしょう?」
「今日も卵焼きが美味かった」
メイドお手製の弁当。
彼女の甘い卵焼きがボクは大好きだ。
桃色髪の姫君も気に入ったようだ。
そして姫君の召使いの価値観も変えた。
だから、ボクはメイドを褒めた。
すると、メイドはポロポロ泣き始めた。
ぎょっとして、慌てて尋ねる。
「ど、どうしたんだ、急に」
「だっで……ゔれじぐでぇ……!」
どうやら嬉し泣きらしい。
それを聞いて、一安心。
ボクは自室に入る前に、一言添える。
「これからもよろしく頼む」
「はいっ! 頑張りますっ!!」
勢い良く頭を下げる銀髪メイド。
靡く銀髪と共に、胸元がちらり。
それに見惚れていると、教育係が囁く。
「殿下はメイドに甘すぎです」
その諫言には取り合わないことにした。
確かにボクは甘いかも知れない
けれど、甘い卵焼きの礼なら構うまい。
卵焼きに免じて、今日は甘やかす。
だけど、これだけは言っておこう。
「メイド」
「はい、なんですか?」
「身だしなみは整えておけ」
「あっ……も、申し訳ありませんっ!」
慌てて身だしなみを整えるメイド。
ボクも部屋着に着替えるべく自室へ。
教育係も着替える為に別室へ。
「よい、しょっと……」
1人、部屋で制服を脱ぐ。
パサッとブレザーをベッドの上に。
そして、スカートに手をかける。
その間際。
「ん? ……なんだ、これは?」
ベッドの上に、何かある。
訝しみながら、拾いあげる。
すると、それは、黒いスケスケの何か。
間違いない。
メイドのパンツである。
そして、すぐ傍に黒いレースのブラも。
あいつは一体何をやってるんだ?
ボクは首を傾げつつも、着替え終えた。
そして、メイドを呼ぶ。
「入っていいぞ」
「それじゃ、お洗濯しちゃいますね!」
すぐに入ってきたメイド。
テキパキと洗濯物を回収。
そんな働き者なメイドに、尋ねる。
「メイド」
「なんですか?」
「この下着はなんだ?」
メイドに先程の下着を見せる。
すると、彼女の血の気が引いた。
真っ青になって、自分の胸元を確認。
次の瞬間には真っ赤になって、絶叫。
「ち、違うんですこれはぁああっ!!」
「お前は一体何をやってるんだ」
百面相なメイドに呆れるボク。
メイドは胸元を庇い、内股でモジモジ。
そこで、教育係が戻ってきた。
「一体何の騒ぎですか?」
首を傾げて室内を見渡す教育係。
次いで、ボクが翳す下着を一瞥。
そして、おもむろにベッドに向かう。
「ふむ……まだ温かいですね」
ベッドをペタペタ触る奴。
どうやら温かいらしい。
それが意味するところは、つまり。
「メイド」
「は、はい……」
「お前、ボクのベッドで寝てたのか?」
「うぅ……じ、実は、魔が差して……」
「魔が差して、下着を脱いだのか?」
「ご、ごめんなぁああいっ!!」
追求すると、銀髪メイドは白状した。
どうやらボクのベッドで寝てたらしい。
しかし、どうして下着を脱ぐ必要が?
首を傾げていると、教育係が尋ねた。
「くちゅくちゅしてたのですか?」
「は?」
あまりに意味不明な奴の問いかけ。
ポカンとするボク。
くちゅくちゅ?
くちゅくちゅって、なんだ?
歯磨きとか、うがいの際の擬音か?
意味がわからず困惑する。
解説を求めてメイドに視線を送る。
すると、メイドは顔が真っ赤だった。
そんなメイドに、教育係が詰問する。
「くちゅくちゅ、してたのですか?」
「……は、はぃ」
二度目の問いかけでメイドは頷いた。
教育係の推理は当たったらしい。
何のことか全然わからないけど。
「全く、昼間から何をやってるんですか」
「ご、ごめんなさぃ……」
呆れた様子の教育係。
メイドは両手で赤い顔を覆って反省。
教育係は長嘆して、口を開いた。
「貴女に一つ頼みがあります」
「た、頼み、ですか……?」
「ええ、それを呑めば不問に致します」
何やら条件をちらつかせる教育係。
銀髪メイドはそれに食いついた。
「な、何なりとお申し付け下さいっ!」
そんなメイドをじっと見つめる教育係。
そして、頼みとやらを、口にした。
「私に卵焼きの作り方を教えなさい」
「えっ?」
教育係の頼みに驚愕する銀髪メイド。
ボクだってびっくりしている。
恐らく、召使いに感化されたのだろう。
桃色髪の召使いの料理の腕前。
それに、対抗心を刺激されたのだ。
「美味しい卵焼きが作りたいのです」
「へ? あ、はい」
「教えて貰えますか?」
「は、はいっ! わかりました!」
唖然としながら頷くメイド。
その返事を受け、教育係が大きく頷く。
画して、この一件は不問となった。
結局、くちゅくちゅって何だったんだ?
疑問符を浮かべるボク。
そんなボクを置き去りに2人は退室。
早速、教えて貰うつもりらしい。
ボクは雑誌を読みながら、待機。
しばらくして、教育係が戻ってきた。
「お待たせしました、殿下」
夕食を載せたトレイを掲げる教育係。
銀髪メイドの姿は見えない。
今日は奴が給仕を担当するらしい。
「本日の夕食はオムライスです」
「おおっ! それは楽しみだ!!」
オムライスと聞いて大喜びのボク。
卵焼きを習った奴にはぴったりだろう。
急いで雑誌を片付けて、待ち望む。
そんなボクの前に、奴は夕食を置いた。
そこには……得体の知れない、何かが。
「これが、オムライス……だと……?」
「はい、オムライスでございます」
薄っぺらい胸を張る教育係。
ボクにはオムライスが見えない。
目の前には、赤いチキンライスがある。
それはまずいい。
美味しそうなチキンライスである。
しかし、その上に乗る物が、問題だ。
ボロボロの、団子状の、何か。
それが、乗っかっていた。
申し訳程度にかかっているケチャップ。
恐らく、これは卵焼きだろう。
けれど、これはオムライスではない。
芯まで火が通っていて、固そうだ。
ぱかっと開いても、とろっとはしない。
それが、チキンライスに乗っていた。
それを指摘するべきか、否か。
迷うボクの目に、奴の手が留まる。
絆創膏だらけの、教育係の手。
それが気になって、尋ねる。
「その手は、どうしたんだ?」
「卵焼きを作る際に、切ってしまって」
ええっ!?
卵焼きで手を切ったのか!?
なんで!? どうして!?
その驚愕をなんとか飲み込む。
何にせよ、一生懸命作ったのだろう。
ボクは奴の労をねぎらうことにした。
「ボクの為に、ありがとう」
「勿体無きお言葉でございます」
礼を告げると奴は嬉しそうに笑う。
その笑顔にボクも何だか嬉しくなる。
食べる前に、一応褒めておこう。
「チキンライスがとても美味そうだ」
「それは、メイドが作ったものです」
「そ、そうか……」
ダメだっ!?
余計なことは言わない方がいい!
とにかく、食べよう! そうしよう!
ボクは黙って、スプーンで一口。
固い卵焼き。
チキンライスは普通に美味い。
けれど、卵焼きが固い。
固いけど……甘くて、美味しい。
だから、文句なんて、なかった。
「うん。美味しい」
「お口に合って、何よりです」
感想を告げると奴はほっとした様子。
そして、自分の分を食べ始める。
見ると、そこには黒焦げの卵焼きが。
失敗した分を自分で食べるのだろう。
その健気さが……とても、いじらしい。
だから、ボクは奴に提案した。
「教育係」
「はい、なんでしょう?」
「そっちのと、半分交換してくれ」
そう言って、皿を差し出す。
教育係はキョトンと首を傾げた。
そして、とんでもないと、首を振る。
「いえ、こちらは失敗したので……」
「いいから、寄越せ」
「は、はい、わかりました……」
半ば強引に、半分交換する。
そして、黒焦げの卵焼きを一口。
うん……苦い。
とても、苦い。
だけど、優しい味がした。
「うん。こっちも美味いな」
「……殿下は、甘すぎます」
「ボクは甘い方が好きだからな」
そんなやり取りをしながら、完食。
普段完璧な教育係の意外な欠点。
だが、それは欠点とは呼べないだろう。
奴が一生懸命なことには、変わりない。
「紅茶は如何ですか?」
「ああ、頂く」
食後に教育係が紅茶を入れてくれた。
芳しい香りのストレートティー。
食後には、ぴったりだ。
それを飲みながら、何気なく尋ねる。
「教育係」
「はい、如何しましたか?」
「くちゅくちゅって、何のことだ?」
ずっと気になっていた疑問。
教育係は言葉を選ぶように、答えた。
「年頃になれば、誰しもする行為です」
「お前もか?」
「ええ、たまに」
「たまにするものなのか」
「ええ、週に20回程度」
ええっ!?
それってたまになのか!?
1日2回以上してないか!?
けれど、ボクには判断つかない。
20回程度でも、少ない方なのかも。
そう思い直して、納得することにした。
だけど、やっぱり気になる。
「ボクもくちゅくちゅしてみたい」
「殿下には、まだ早すぎるかと」
「そうなのか?」
「ええ。時期が来たら、お教えします」
「今はまだ駄目なのか?」
まだ早いと言う教育係。
そう言われると余計に気になるボク。
すると奴は片目を瞑って、囁いた。
「これは、大人の嗜みですから」
ボクの教育係はたまに子供扱いをする。




