第52話 『摂理の崩壊』
「教育係」
「はい、なんでしょう?」
「食堂とやらに行ってみたい」
その日の昼休み。
ボクは食堂に行きたいと提案した。
王立学園には大きな食堂がある。
しかし、ボクは行ったことがなかった。
昼食は銀髪メイド手製の弁当だからだ。
いつもは教室で昼食を食べていた。
だからこそ、行ってみたかった。
「ふむ……たまには良いですね」
「よし、行こう」
教育係の了承を得て、食堂に向かう。
程なくして、食堂に辿り着いた。
「随分と混んでるな」
「社交界のようなものですからね」
食堂は人でごった返していた。
教育係はそれを社交界と表した。
王立学園には貴族や高官の子が多い。
皆、それなりの身分の者達。
彼らはこの場で親交を深めるのだ。
「あそこの席が空いてますね」
「では、そこで食べよう」
人波を掻き分けて、空席に向かう。
チラチラと好奇の視線を感じる。
しかし、いちいち相手にしてられない。
昼休みの時間が無くなってしまう。
それを振り切って、空席に座る。
そして、2人で弁当を広げようとした。
その時。
「ご一緒しても構わないかしら?」
相席の問いかけ。
見ると、そこにいたのは桃色髪の姫君。
お弁当を片手に、腰に手を当てている。
「ああ、構わないぞ」
「なら、お言葉に甘えるわ」
面喰らいながらも承諾する。
すると、向かいの席に着いた。
そのままお弁当を広げる彼女。
ボクは彼女に、この前のお礼を告げた。
「改めて、この前はありがとう」
「気にしなくていいわ」
素っ気ない桃色髪の姫君。
鳶色の視線も弁当に夢中だ。
そんな彼女に、疑問を投げかける。
「どうして助けてくれたんだ?」
「さて、どうしてかしらね?」
そこで初めてこちらを見た。
挑戦的な鳶色の視線。
探りを入れるつもりが探られていた。
ボクの正体に感づいているのだろうか。
藪蛇を突く前に、話題を切り替える。
「そういえば、彼の姿が見えないな」
「ああ、うつけの事?」
彼女の召使いの黒髪の男子がいない。
そのことを尋ねると、うつけと呼んだ。
彼は日常的にそう呼ばれているらしい。
半ば同情していると、彼女が手を鳴らす。
「はいはいっと! なんか用か?」
いきなり現れた、黒髪の男子。
なんか、天井から降りてきた。
召使いってそういうものなのか?
そんな彼の首には革製の首輪が。
その鎖をチャリっと引っ張る桃色髪。
そして、自分の隣に座らせた。
「別に用はないわ」
「用がないなら呼ぶなっての」
「この子があんたの話を出したのよ」
ボクに向けて顎をしゃくる桃色髪。
そこで、黒髪の男子はボクに気づいた。
「おっ! あの時のかわい子ちゃんか!」
「デレデレしないのっ!!」
「ぐえっ!?」
ヘラヘラする彼の首輪を引く桃色髪。
堪らず悲鳴を上げる召使い。
そんな彼にも、改めてお礼をする。
「この前はどうもありがとう」
「ん? ああ、気にすんな」
すると、教育係が割って入ってきた。
「口の利き方には気をつけなさい」
「いや、俺には関係ないし」
「貴方は相変わらず無作法ですね」
「お前も相変わらず慇懃無礼だな」
言い合いを始める2人。
不思議と険悪な雰囲気は感じない。
恐らく、決まり文句なのだろう。
かなり気心が知れている様子だ。
桃色髪は我関せずの態度。
だからボクも気にしないことにする。
とにかく、弁当を食べよう。
そう思って蓋を開く。
すると、鳶色の視線がこちらを向いた。
「美味しそうな卵焼きね」
ボクの弁当を見つめて一言。
銀髪メイド手製の甘い卵焼き。
ボクもこの卵焼きが大好きだった。
なんとなく、催促された気がした。
だから、提案してみる。
「食べて、みるか?」
「ええ、頂くわ」
一切躊躇なく、卵焼きをパクリ。
瞳を閉じて、モグモグ咀嚼。
食べ終えて、感想を一言。
「甘くてとても美味しいわね」
「口に合って良かった」
卵焼きを褒められてボクもご満悦。
帰ったらメイドを褒めてやろう。
そして、桃色髪は悔しそうに呟く。
「私の卵焼きはしょっぱいのよ」
「そうなのか?」
「ええ、うつけは卵焼きが下手なの」
自分の弁当の不満を述べる桃色髪。
どうやら召使いが作っているようだ。
すると、弁当箱を差し出された。
「食べてみなさい」
「わかった」
促されて、卵焼きをパクリ。
うん。確かにしょっぱい。
しかし、程よい塩加減が美味だ。
決して、下手ではないと思う。
作った本人も、鼻息荒く抗議した。
「卵焼きってのはしょっぱいんだよ!」
召使いの主張。
こればかりは好みだろう。
どちらも正しい気がする。
そんな彼にボクの卵焼きを勧めてみる。
「甘いのも食べてみろ」
「甘い卵焼きなんて食えるかっ!」
「いいから、ほら」
「うっ……そこまで言うなら……」
渋々ボクの卵焼きをパクリ。
彼は難しい顔をして、咀嚼。
そして不機嫌そうに感想を口にする。
「まあ……これはこれで、ありか」
「今度、桃色髪にも作ってやれ」
「仕方ないな……わかったよ」
彼が納得してくれて桃色髪も満足げ。
メイドの卵焼きは彼の価値観を変えた。
ボクのメイドは本当に大したものだ。
和んだ空気で弁当を食べる。
しかし、教育係だけが浮かない顔。
そんな奴に、尋ねる。
「どうかしたのか?」
「まさかあの者が料理をするとは……」
彼が作った弁当に驚いている様子。
何やら対抗意識を燃やしている。
余計なことをしなければいいが。
しかし、本題は別にあった。
「それはさて置き、デンカ様」
「なんだ?」
「あの姫君に少々違和感を感じます」
桃色髪に違和感があると言う教育係。
言われて見るが、変わった様子はない。
ボクのウィッグよりも鮮やかな髪色。
ボクのカラコンよりも鮮烈な瞳の色。
陶器の人形のような滑らかな白い肌。
さくらんぼのように仄かに色付く唇。
改めて見ると、絶世の美少女だ。
けれど、ボクの周りには美少女が多い。
違和感を感じる点は見受けられない。
そんな桃色髪のある部分を奴は指差す。
教育係の人差し指の先に視線を送る。
そこには、ブレザーを突き上げる胸が。
「あれは絶対おかしいです」
「あれって、胸のことか?」
「ええ、間違いなく、作り物です」
作り物だと断言する教育係。
その根拠がわからず困惑するボク。
そして、桃色髪は、激怒した。
「ちょっと! 喧嘩売ってんの!?」
「喧嘩を売ってるのは貴女です」
「はあっ!?」
「古今東西、桃色髪は貧乳なのです」
「何訳わかんないこと言ってんのよ!」
教育係のおかしな主張。
古今東西、桃色髪は貧乳らしい。
だから、立派なバストがおかしいと。
ボクには全く理解出来ない。
しかし、黒髪の召使いは理解した様子。
訳知り顔で頷き、口を開いた。
「確かに、それは世界の常識だな」
「ええ、自然の摂理です」
久しぶりに摂理が追加された。
そこまで桃色髪には貧乳が多いのか?
無知なボクは後学の為に耳を傾ける。
「だが、その摂理を俺は打ち破った」
「う、 打ち破った……?」
「ああ。その胸は……俺が育てたんだ」
な、なんだってーっ!?
衝撃的な真実。
彼は、胸を育てたと豪語する。
もしそれが本当なら、まさに神の御業。
是非ともボクの胸も育てて欲しい。
驚愕の視線を一身に浴びる召使い。
彼はにやりと笑い、タネを明かした。
「方法は簡単だ」
「言ってみなさい」
「毎晩、先端を引っ張るだけだ」
ええーっ!?
それでデカくなるの!?
でも、ちょっと痛そう!?
目を見開くボク。
それとは対照的に疑惑の視線の教育係。
召使いはボクらを手招いて呼び寄せる。
「本当だって! いま見せてやっから」
「ちょっ!?あんた、何すんのよ!?」
壁際まで桃色髪を連れて行く召使い。
ボクと教育係もついていく。
そこで教育係がボクに告げる。
「デンカ様はそこでお待ち下さい」
「は?」
「私が確認して来ますので」
取り残されるボク。
周りの生徒達と同様に、傍観者。
喚く桃色髪の背中しか見えない。
そして、検証は、終わった。
「このっ!変態っ!信じらんないっ!」
「いてっ! わ、悪かったって!!」
ゲシゲシ蹴られる召使い。
桃色髪は顔真っ赤で大変ご立腹。
青筋を立てて、叱責する。
「ご、ごご、ご主人様の胸を……!!」
「つい、自慢したくてさ……あははっ」
「うるさいっ!!この、大うつけっ!」
「うぎゃあああああっ!?!!」
バチンとビンタされた召使い。
白目を向いて卒倒した。
一撃で意識を刈り取った桃色髪。
ふんっと鼻を鳴らして、こちらを一瞥。
「それでは、ご機嫌よう」
そのまま、召使いを引きずっていく。
まるで嵐のような一幕。
桃色髪は怒らせたら怖いと知った。
教育係は、呆然として突っ立っている。
そんな奴の袖をくいくい引く。
そして、検証結果を聞いた。
「どうだった?」
「一言で言って、『ロケット』でした」
奴は彼女の胸を『ロケット』と評した。
子供心をくすぐる単語だ。
けれど、意味はさっぱりわからない。
「ロケット?」
「ええ、にょきっと突き出てました」
「それはすごいことなのか?」
「はい、理想の形の一つかと」
それはすごい。
巨乳嫌いの教育係が理想と言い切った。
さぞかし、素晴らしい形なのだろう。
「色、サイズ、グラデーションが……」
ブツブツと何やら呟く教育係。
だいぶショックが大きいらしい。
それを拝めなかったことは残念だ。
しかし、打ちのめされるよりはマシだ。
やれやれと首を振り、弁当を片付ける。
そして、教室に戻る間際、奴が囁いた。
「先端を引っ張ってあげましょうか?」
突然の提案。
それは黒髪の召使いが語った豊胸術。
興味がないと言えば、嘘になる。
だけど、ボクはキッパリと断わった。
「遠慮しておく」
「どうしてですか?」
「引き千切られそうで、怖い」
理由を述べると奴はにやり。
再び、耳元で悪戯っぽく囁いた。
「では、私の先端を引っ張って下さい」
「それは無理だな」
「は?」
「摘むところすら、無さそうだ」
「あ?」
ひぇっ。また怖い顔された。
客観的事実を述べただけなのに。
「殿下」
「な、なんだ……?」
「寝ている間に千切って差し上げます」
ボクの教育係は有言実行しそうで怖い。




