第49話 『恋愛観の相違』
「そろそろ学校には慣れましたか?」
「ああ、だいぶ慣れた」
学園に通い始めてから数日が経過した。
授業が終わり、皆帰り支度をしている。
ボクらも帰るべく、クルマに向かう。
すると、1人の男子生徒が引き留めた。
「あ、あの……ちょっと話が……」
「なんだ?」
その生徒はボクの前の席に座る男子。
たまにこちらをチラ見する男の子。
その度に、顔が真っ赤になっていた。
そんな彼に、ボクは小首を傾げる。
すると、彼は真剣な表情で口を開いた。
「ちょっと、話があるんだけど……」
「デンカ様に何か御用ですか?」
教育係が割って入ってきた。
『デンカ』とは殿下たるボクの偽名だ。
何度呼ばれても、おかしな偽名である。
敬称に敬称が重なってしまっている。
しかし、教育係は素知らぬ顔。
そんな奴に、男子生徒は萎縮していた。
「教育係」
「はい、なんでしょう?」
「彼はボクに話があるらしい」
「私がデンカ様の目となり耳となります」
「いいから黙っていろ」
口の減らない教育係を黙らせる。
そして改めて、彼に向き直った。
「それで、話とはなんだ?」
「えっと……あの……」
言い淀む男子生徒。
びくびくボクの背後を気にしている。
振り返ると教育係が怖い顔していた。
ボクは呆れて、奴に命じる。
「教育係」
「はい、如何しましたか?」
「ちょっと向こうに行ってろ」
「ですが……」
「姿が見える範囲でかまわない」
「……わかりました」
渋る教育係をなんとか説得。
奴は少し離れたところに移動した。
それを見届けて、話の続きを促す。
「それで、どうしたんだ?」
「あの、僕、実は……」
「ん?」
「君のこと、一目見て可愛いなって」
んん?
なんだそれは。
いきなり何を言い出してるんだ?
目がおかしいのだろうか。
だけど、まあ、悪い気はしない。
恐らく、容姿を褒めてくれたのだろう。
ちょっとだけ自分の姿に自信が持てた。
だが、余りにも不可解だった。
だから、なんだと言うのか。
とりあえず、お礼だけ言っておく。
「そうか、ありがとう」
「そ、それで、もし良ければ……」
「ん?」
「僕と、付き合ってくれないかな?」
は?
付き合う?
意味がわからない。
困惑したボクは、彼に尋ね返した。
「付き合うとは、どこに?」
「えっ?」
「だから、場所を聞いてるんだ」
どこに付き合えばいいか尋ねるボク。
すると、キョトンと首を傾げる彼。
どうやら話が噛み合ってない様子。
困り果てていると、彼が口を開いた。
「デンカちゃんのことが好きです!」
「は?」
「だから、僕と付き合って下さいっ!」
ポカンと口を開けるボク。
彼はボクを『好き』だと言った。
だから、付き合って欲しいと。
意味を理解して、顔が真っ赤になる。
ええっ!? そういうこと!?
付き合うってそういう意味!?
つ、つまり、交際ってこと!?
急に焦り出したボク。
男子生徒は俯いて返事を待っている。
と、とにかく、返答をしなければ。
その前に、一応予防線を張っておこう。
「ボクは殿下の妃候補だぞ?」
「わかってる。だけど、伝えたくて」
お、おう。
どうやら冗談ではなさそうだ。
まあ、殿下の妃候補って嘘だけどね?
だって、ボクがその殿下だもの。
真剣な彼に、ボクも真剣な対応をする。
「お前の覚悟が聞きたい」
「覚悟?」
「お前はボクを妊娠させる気はあるか?」
男子生徒の覚悟を問いただす。
ボクにとって恋愛とは使命であり義務だ。
王位継承者として世継ぎを残す。
それが、絶対条件だ。
しかし彼には……その覚悟がなかった。
「に、妊娠って! そんなっ!?」
「その気はないのだな?」
「そんなつもりは、全然……」
「なら、この話は無しだ。じゃあな」
きっぱり断って、別れを告げる。
男子生徒は呆然と立ち尽くしていた。
だけど、気遣ってはやれない。
これだけは曲げられないことだった。
「話は済みましたか?」
「ああ、帰ろう」
教育係と共に帰路につく。
彼とのやり取りは聞こえてないだろう。
しかし、雰囲気で察したらしい
去り際に彼にあっかんべーをする奴。
袖を引いて、それをやめさせた。
ボクの教育係は、傷口に塩を塗る奴だ。
「教育係」
「はい、なんでしょう?」
「ボクの恋愛観はおかしいか?」
帰り道、車内で何気なく聞いてみた。
教育係は暫し黙考した後、口を開く。
「最終的な形としては正しいでしょう」
噛んで含ませる言い方。
最終的にそれは正しいと奴は言う。
では、その過程においてはどうか。
思案に耽るボクに、奴が諭す。
「以前、私の恋愛観をお話しましたね?」
「ああ、覚えている」
前に話してくれた奴の恋愛観。
恋愛とは、互いを求め合うこと。
または、互いに必要と思える関係。
そのように、教育係は語った。
それに対してボクはある程度納得した。
けれど、それでもボクの立場は同じ。
求め合うのも、世継ぎを残す為だ。
世継ぎを残す為に、相手が必要なのだ。
だから本質的な意味では理解出来ない。
「教育係」
「はい、なんでしょう?」
「恋愛とは……難しいな」
思わず弱音が漏れてしまうボク。
教育係がちらりと視線を向ける。
おもむろに、すっと手を伸ばす。
そして、スカートを、めくった。
「えいっ」
「ふあっ!?」
またしても!
またしても不覚を取られた!
すっごく大事な話をしてたのに!
ボクは裾を直しつつ、抗議する。
「どうしてお前は空気を読めないんだ!」
「いえ、ここはめくるべきかと」
「そんな場面など存在しないっ!!」
ボクが怒鳴っても奴は何処吹く風。
飄々とした態度でクルマを転がす。
そんな奴を見ていると気が晴れた。
悩んでいることが馬鹿らしくなった。
けれど、一応念を押しておこう。
「学校ではスカートをめくるなよ?」
「はい、当然です」
「えらく素直じゃないか」
「殿下のスパッツを見るのは私だけです」
おかしな独占欲を発揮する教育係。
とりあえず、学校ではやらないらしい。
それを喜んで良いのか、悪いのか。
せめて、フェアな条件に持ち込みたい。
だから、ボクは提案してみる。
「やっぱりお前もスカートを穿け」
「却下、でごさいます」
奴の却下と同時に離宮に到着した。
クルマから降りる前に目を瞑るボク。
すっかりこの習慣に慣れでしまった。
そんなボクに、奴を口付けを落とす。
今日は……耳の下辺りだった。
そして、奴は耳元で囁く。
「私のスカート姿は殿下だけの物です」
ボクの教育係は納得させるのが上手い。




