第47話 『下校とチャック』
「どうでしたか、学校は」
「すごく……新鮮だった」
帰りの車内で教育係に感想を述べる。
とても新鮮で、刺激的な1日だった。
あれほどの大人数と接したのは初めてだ。
しかし、気になることもあった。
あの青髪の少年のことだ。
彼とその取り巻きは戻って来なかった。
どうやらあのままさぼったらしい。
青髪の少年の呟きが耳に残っている。
彼に向けられた敵意。
なによりあの髪の色が気になる。
こめかみの疼きが危険だと告げている。
それに、挨拶の時のあの視線。
今思い出しても鳥肌が立つ。
酷く不快な感覚を覚えた。
「外の世界には様々な者がいます」
教育係が不意にそう呟く。
視線は前を見据えて運転している。
奴の言葉には深い意味が感じられた。
「それも含めて知って貰いたいのです」
教育係がブレーキを踏む。
充分に制動してからコーナーへ。
またアクセルを踏んで立ち上がる。
「怖いですか?」
そこで初めてこちらを横目で見た。
ボクの覚悟を問いただす為に。
それでも学校に通うかと問うように。
ボクが怖いと言えばそれを汲むだろう。
また離宮で安全に匿われる。
しかし、それは軟禁生活への逆戻りだ。
軟禁生活は一言で言って乾いていた。
ただ起きて、食べて、寝る生活。
それでも、近頃は楽しかった。
教育係が来てから、楽しいと思えた。
散々な目に遭いつつも、充実していた。
だからボクは思う。
それと同じく、学園生活も楽しもうと。
前途は多難かも知れない。
けれど、それが生きるということだ。
奴と過ごして、そう思った。
そう思えるくらい、ボクは学んだ。
教育係が教育してくれたのだ。
こいつはボクに新鮮さを与えた。
ならば、尻込みなど出来ない。
たとえこの先、何があろうとも。
ボクは逃げないことを、決めた。
「教育係」
「はい、なんでしょう?」
「ありがとう」
ボクは短くお礼を囁く。
それがボクの返答であり決意だ。
学校に通わせてくれたことへの感謝。
ボクに対する気遣いへのお礼。
そして、傍に居てくれる奴への気持ち。
教育係はその全てを察して、頷いた。
そしていつもの調子で、戯言を吐く。
「私からもお礼を言わせて下さい」
「ん?」
「殿下の制服姿を見れて幸せです」
にやっと笑う教育係。
シリアスな雰囲気など微塵もない。
真面目に返答して損した気分だ。
だからボクも戯言には戯言で返す。
「お前の制服姿を見れてボクも嬉しい」
「おや、惚れちゃいましたか?」
「はぁっ!? そ、そんな訳ないだろ!」
戯言は奴の方が上手だった。
思わず慌てふためくボク。
奴は前を見据えてニヤニヤ。
クラッチを操作する奴の足。
深緑色と朱色のチェック柄。
ボクが着る筈だったスラックス。
でも、きっと、こいつの方が似合う。
その長い足のペダル操作にうっとり。
ボクは完全に気を取られていた。
だから、奴の暴挙に対処が出来ない。
シフトノブに置かれたその手が、一閃。
「えいっ」
「うひゃんっ!?」
ぺろりとスカートをめくられた。
スカートを、めくられた。
教育係が、スカートを、めくった。
スパッツが露わになり、慌てて隠す。
「な、なにをするんだっ!?」
「私に惚れたか確認しようと……」
「どこを見て確認するつもりだ!?」
ボクが激昂しても奴は知らんぷり。
鼻歌を歌って運転している。
これだから変態は困る。
スカートの裾を撫で付ける。
そして膝の上に手を置いておく。
まためくられない為の対抗措置だ。
防御を固めて、奴をチラ見する。
機嫌良さそうに運転している。
コーナーの度に黒髪がサラサラ。
シフトチェンジの度に長い足が動く。
それを見て、ふと思った。
「教育係」
「はい、なんでしょう?」
「お前、今日もノーパンなのか?」
何気なく聞いてみた。
普段はノーパンの教育係。
制服の下に穿いているか否か。
穿いてなかったら大問題だ。
では、穿いていたらどうだろう?
例えば、この前のいちごパンツ。
それを今、もしも奴が穿いていたら?
……大問題だ。
それはそれで、大事件である。
もう完全に変態だ。
人外と言っても過言ではないだろう。
つい、妄想してしまう。
スラックスの下のいちごパンツを。
……き、極めて、遺憾だ。
だめだよっ! そんなのだめっ!!
ボクは頭をふりふり。
顔が充血してあっつい。
でも、のーみそはフル回転。
鮮明に妄想を脳裏に映し出す。
やばい。どーしよう。
こんなに格好良い教育係がそんな。
で、でも、ちょっとかわいいかも。
もう……鼻血が出そうになってきた。
そんなボクを、教育係が煽る。
「ズボンのチャックは全開ですよ?」
「ぶっふぉっ! げっふぉっ!?」
堪らずむせ返るボク。
呼吸を落ち着かせてチャックをガン見。
すると……本当に開いていた。
それを知って視線を逸らす。
顔があっつい。完全に熱がある。
パタパタ手で仰ぐ。
すると奴がクラッチを操作。
チャックがさらに広がる。
ボクはきゃっと両手で顔を覆う。
だけど、指の隙間から見えてしまう。
ボクの意思とは無関係に。
けれど、奥までは暗くて見えない。
うぅ……あとちょっとなのに。
ボクはもう見たくて仕方なかった。
その中がどうなっているのか。
奴の膝にダイブしてこじ開けたい。
そんなボクを見て、奴がくすりと笑う。
「くふっ」
「な、なんだよっ」
「殿下は変態でございますね」
意地悪な奴の言葉。
変態って言われた。
よりにもよってこの変態に。
ボクはもうチャックを見ない。
だって、変態じゃないし。
変態のチャックなんて興味ないし。
ぶいっと顔を背けると、奴がくすくす。
身体の火照りが収まらない。
内股でモジモジするとジンジンする。
そしてボクを見て奴は上機嫌。
巧みなステアリング捌き。
適切なシフトチェンジ。
絶妙なペダルワーク。
あっと言う間に屋敷に着いた。
「では、キスをします」
「朝にやっただろう」
「帰りも当然キスをします」
どんだけキス魔なんだこいつは。
呆れながらも目を閉じる。
どうして何も言い返せないのだろう。
自分でも不可思議だった。
「……帰りは瞼か」
「そのうち眼球も舐めたいです」
「やめてくれ、頼むから」
最近、ボクの教育係が本気で怖い。
恐怖を感じつつも右瞼をごしごし。
先程の妄想がぶり返して来そうだ。
そんなボクに、奴が囁く。
「ちなみに今日はいちごパンツです」
ボクの教育係は、正鵠を射抜く奴だ。




