第45話 『初登校の視線』
「そろそろ着きます」
「ああ、わかった」
離宮の裏手の小高い山を越え。
大きな時計塔が目の前に迫ってきた。
「準備はよろしいですか?」
「またこれを被る羽目になるとは……」
車内に置いてあったウィッグ。
薄桃色のそれをボクは被っている。
そして鳶色のカラコンも装着済み。
極め付けにフリフリのスカートも着用。
ボクの正体は完全に隠蔽されていた。
「やっぱりとっても可愛いです」
「……馬鹿」
生徒達の目にどう映るか不安だ。
そんなボクとは裏腹に奴はご満悦。
教育係はボクを可愛いと言った。
それなら……まあ、いいか。
誰が何と言おうと奴がそう言うのなら。
つい、そんな風に納得してしまう。
そうすると、ボクの不安は薄れた。
「着きました」
「ここが……学校か」
赤いスポーツカーを巧みに操り。
静かに校舎の裏手に停車させた教育係。
辺りは人気がなく、生徒達の姿はない。
それでも遠くから声が聞こえてくる。
ボクは初めて、学校の敷地に入った。
「ここで降りて、校舎に向かいます」
「ああ、わかった」
教育係がクルマのエンジンを切った。
降車する為にドアノブに手を伸ばす。
すると奴が手を引いて、引き留めた。
「どうかしたのか?」
「ドライブの終わりにキスをします」
「は?」
「早くお目を閉じて下さい」
また訳のわからないことを言い始めた。
登校の送迎もドライブの範疇らしい。
けれど、断る理由は、なかった。
ボクは頷いて、目を閉じる。
車内に響く、衣擦れの音。
特別な今日なら、もしかしたら。
そんなボクの淡い期待。
しかし、奴は頬に口付けを落とした。
「……今日はほっぺか」
「はい、大サービスです」
何が大サービスだ。
あれから何度もドライブしている。
それなのに、こんなキスばっかり。
手やら、首筋やら、耳やら。
そんなところばかりにキスをする。
そんなところにしか、キスをしない。
ボクの教育係は、けちん坊だった。
「さあ、殿下。行きましょう」
「……わかった」
むっとするボクに手を差し出す奴。
意地を張ることはせず、その手を握る。
そしてボクはクルマから降りた。
たとえほっぺでも嬉しいことは嬉しい。
登校初日の緊張を緩和するくらいには。
「まずは職員室に向かいます」
「そうか」
校舎の裏手から校内に入る。
人気のない校内を奴と歩く。
すぐに職員室とやらに行き着いた。
教育係がノックして、入室する。
「失礼致します」
「おお!これはこれは!」
ドアを開けると職員が一斉に振り返る。
一番奥にいた年配の男が前に進み出た。
「お初にお目にかかれて、光栄です」
彼が深々とお辞儀をする。
すると、職員が皆、お辞儀をした。
どうやらこの人物が代表者らしい。
「歓迎、感謝致します」
「何なりと、お申し付け下さい」
「ええ。ですが、くれぐれも内密に」
「はい。かしこまりました」
教育係と彼がやり取りを交わす。
職員の代表はぺこぺこ頭を下げている。
ボクは何だか申し訳ない気持ちになる。
突然の編入で彼らは大慌てだった筈だ。
だから、意を決して、口を開いた。
「よ、よろしくお願いしますっ!」
感謝と謝罪の意味を込めて頭を下げる。
すると彼は一瞬惚けて、笑顔になった。
好々爺のようなその笑顔。
どうやらボクの思いは伝わったらしい。
彼は深々とお辞儀を返した。
その後、1人の職員を呼び寄せた。
この人がボクの担任教師みたいだ。
担任に引率されて、教室へ向かう。
一歩進むごとに、緊張が増す。
隣に歩く教育係の手をぎゅっと握る。
すると、奴もぎゅっと握り返す。
何とか気持ちが落ち着いた、その時。
担任教師が立ち止まった。
どうやら教室に辿り着いたらしい。
教育係の手を離す。
途端にまた不安になる。
すると奴は頭を撫でてきた。
「私がついてますよ、殿下」
その言葉を後押しされて……
ボクは教室の中へと入った。
担任と共に教壇の上に登る。
ボクを見て教室内がざわめく。
やっぱり似合ってないのだろうか?
不安で仕方ないボク。
そんなボクの正面に燕尾服の奴の姿。
奴は教室の後方で控えていた。
ボクの意を汲み、親指を突き出す仕草。
元はと言えばこいつのせいだ。
けれど、少し気持ちが落ち着いた。
担任が簡単にボクについて説明をする。
ボクは遠い国の姫君という設定だった。
それに従って、挨拶をする。
「な、名前はデンカですっ!」
ボクの名前は『デンカ』。
もちろん、偽名である。
考案者は教育係。
酷いネーミングセンスだ。
けれど、奴に押し切られた。
なんでも、呼び慣れているかららしい。
ボクとしても、呼ばれ慣れている。
だから、仕方なく、受け入れたのだ。
「よ、よろしくお願いしますっ!」
結局名前だけ告げて挨拶終了。
我ながら口下手にも程がある。
深々と頭を下げて、顔を上げる。
教室後方で、奴が親指を突き出す仕草。
ボクは何だか照れ臭くて顔を逸らす。
すると、教室内の見知った顔に気づく。
教壇を取り囲むような半月状の長机。
ひな壇となって、生徒達が座っている。
その最前列の向かって左端。
そこには見知った薄緑髪の少女。
スカートは穿かずに、スラックス姿。
彼女はにっこり笑って八重歯を見せる。
間違いなく、オレっ娘だ。
ボクもほんの少し微笑み返す。
そして、最前列の中央。
そこには見知った丸眼鏡の彼女。
亜麻色の髪を三つ編みに結っている。
彼女はギョッとした表情をしている。
何度か後方の教育係をチラチラ。
その後、何やらじろっとこちらを睨む。
何故かは知らないが機嫌が悪いらしい。
そして、最前列の向かって右端。
そこには長い黒髪の彼女の姿が。
清廉な雰囲気で静かに座っている。
軽く目を見開き、驚いたようす。
ボクと目が合うとすぐに目を逸らした。
黒髪ロングは学校ではシャイらしい。
ここに、ボクの妃候補が揃っていた。
明らかに作為的であるが、構うまい。
ボクとしてもその方が安心する。
見知った顔が居るだけで、心強い。
ほっとしていた、その時。
安心感に浸っていたボクに悪寒が走る。
悪寒の原因を探るべく視線を巡らす。
すぐに、原因を発見した。
最後方の向かって左端。
そこに桃色髪の少女が座っていた。
舞踏会で見かけた隣国の姫君。
その彼女が強い視線を送ってくる。
それはもう、ガン見と言っていい。
彼女の鳶色の視線が、ボクを射抜く。
この前は気づかなかった。
今のボクの瞳の色と同じ色をしている。
どうやら相当に不信感を持った様子。
だけど、悪寒の根幹は、別にいた。
最後方の向かって右端。
そこに1人の少年が座っている。
年の頃はボクと同じくらいだろうか。
周りの生徒と比較するとかなり幼い。
そんな彼の髪の色は……青。
その青髪に、ボクのこめかみが疼く。
そして、何より気になる、彼の視線。
じっとりと、値踏みするかのような目。
ボクの顔から、胸元、つま先まで。
じろじろと、無遠慮に見つめてくる。
ボクは青髪の少年に恐怖を感じた。
思わず両手で身体を庇いたくなる。
一刻も早く視線から解放されたい。
そこで、担任が席に着くよう促した。
それに従って逃げるように席に向かう。
向かう先はもちろん、奴のところ。
「ご立派でしたよ、殿下」
教室の最後方の中央。
そこに座ると、すぐ後ろから奴の声。
ボクはほっとして、ひと息つく。
両脇から強烈な視線が注がれている。
けれど、教育係の傍にいれば平気だ。
どんな視線も気にならなくなった。
しかし、そんな教育係にも問題があった。
「殿下、ほら!早く手を挙げるのです!」
授業が始まってからずっとこの調子。
教師が生徒に質問をするとすぐこれだ。
何がなんでもボクに答えさせたい様子。
何がなんでも目立ちたくないボク。
けれど、奴の声がデカくて目立つ。
居てくれなければ困る。
だけど、居たら居たで困った奴だ。
ボクが無視していると奴が囁く。
「答えられたら後で褒めてあげます」
そんな奴の甘い囁き。
ボクは仕方なく、挙手して答える。
特に何事もなく、正答だった。
すると、教育係がまた囁く。
「殿下が優秀で私も鼻が高いです」
ボクの教育係は授業を妨げる厄介な奴だ。




