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殿下の教育係  作者: 戦乃作為
第1章 【軟禁生活と日常】
45/111

第44話 『門出の朝』

「おはようございます、殿下」

「ああ、おはよう」


その日の朝は、特別な朝だった。

ボクの隣で寝転がる教育係。

奴の挨拶に返事をしてむくりと起きる。


「靴下を履かせて差し上げます」

「ああ、頼む」


もはや恒例となった朝の日課。

ボクの足を奴が優しく持ち上げる。

そして、靴下を履かせてくれた。


それは、いつも履く靴下とは違う物。

王立学園の校章があしらわれている。

学園指定の……靴下だった。


その後、奴の靴下も履かせる。

そうしていると、少し気が楽になる。

今日のボクは、少々緊張していた。


「こちらがお召し物でございます」


互いに靴下を履かせ終えた。

すると、奴が恭しく衣服を差し出す。

ボクはそれを大事に受け取った。


「それでは、私は席を外しますので」


教育係が一礼して、退室する。

それを見送ってからパジャマを脱ぐ。


教育係の匂いが染み付いた、パジャマ。

それを脱いだ途端に心細くなる。

今日着る衣服は……特別な物だった。


簡素な白のシャツ。

緋色を基調としたブレザー。

どちらも学園の校章が胸に刻まれている。


詰まる所、これは制服だった。


軟禁生活だったボクがこれを着るとは。

そんな日が来るとは思ってもなかった。

ついつい、感傷に浸ってしまう。


そろそろと、シャツに袖を通す。

ポチポチと、ボタンを閉めていく。


事前に採寸は済ませていた。

サイズはぴったりだ。

肘を曲げて、質感を確かめる。

ここまでは、特に違和感はなかった。


次の着衣に取り掛かる。

ブレザーを着る前にスラックスを穿こう。

そう思って手を伸ばす。

そこで、違和感を覚えた。


「スラックスが……ない」


愕然とするボク。

まさか発注ミスだろうか?

そう思って、焦りを募らせる。


そんなボクの目に、ある物が留まる。


「ん? なんだ、これは……?」


ブレザーの下に1枚の布切れがあった。

訝しみながらもそれを手に取る。

そして、その正体に、気づいた。


「ス、スカート……だと……?」


それは紛れもなく、スカートだった。

深緑色を基調に、朱色の2段フリル。

腰のところに学園の校章のワッペン。


それで、ボクは悟った。

これが王立学園のスカートであると。


そして、ボクは知った。

これが何者かの悪辣な作為であると。


誰の作為かって?

そんなの、決まりきっている。

ボクの教育係……奴の作為に違いない。


「お着替えは終わりましたか?」


しばらくして、奴が部屋に戻ってきた。

しれっとして、何か問題が?みたいな。

ボクは涙目で唸り声を上げる。


「うぅ……お前という奴は……」

「おや? 見違えましたよ、殿下」


ボクの怨嗟の声も何処吹く風。

教育係は制服姿のボクをまじまじ見る。

顎に手をやって、ふむふむ頷く。


そして、笑顔で感想を述べた。


「可愛すぎて押し倒したいくらいです」

「黙れ変態っ!!」


本当に何なんだこいつは。

ボクに何の恨みがあるんだ。

スカートの裾を握って怒り心頭なボク。


そんなボクに奴は歩み寄る。

そして、くしゃりと頭を撫でる。

教育係はボクに優しくこう諭した。


「これも殿下をお守りする為です」


ボクを守る為だと奴は説明した。

恐らく変装させるつもりだろう。

舞踏会と同じく正体を隠す為に。


だけど、幾ら何でも、あんまりだ。


「さ、採寸の時は普通だったのに!」

「駄々を捏ねられたくなかったので」


悪びれもせずに奴は開き直る。

まんまと奴の策に嵌ってしまった。

むくれるボクに教育係がまた諭す。


「その制服が殿下に相応しいですよ」

「で、でも、ボクは恥ずかしい……」

「大丈夫です。すぐに慣れます」


こんなフリフリのスカート。

ボクは恥ずかしくてたまらなかった。

奴はすぐ慣れると言う。

だけど、どうにもこの感覚が、嫌だ。


「スースーするのが、やだ」

「その為のスパッツでございます」


教育係が秘策を持ち出してきた。

それはオレっ娘に貰ったスパッツ。

それをボクの手のひらの上に乗せる。


ボクはいそいそとそれを穿いてみた。

すると、多少はマシになった。


「ん……まあ、これなら、平気か」

「殿下は本当に素直で良い子ですね」


納得したボクを教育係がぎゅっとする。

そうされると、どうでもよくなった。


教育係の匂いでボクは駄目になる。

もう先程の怒りなど何処かにいった。

ボクも奴の背中に手を回す。


すると、奴は……尻を撫でてきた。


「教育係」

「はい、如何しましたか?」

「お前、いい加減にしろよ?」

「おや、もっと触って欲しいのですか?」

「こらっ! 手を入れるなっ! 馬鹿っ!」


ボクの教育係は本当に変態だ。

スカートの中を弄られながら確信した。


特別な日でも奴はいつも通り。

酷い奴だと心底思う。

だけど、それが……こいつの良さだ。


教育係のおかげでボクもいつも通りだ。

緊張など何処かに吹っ飛んでしまった。

尻を揉まれながら、奴にしがみつく。


精一杯の……感謝を込めて。


そうこうしていると、ノックが響いた。


「朝食をお持ちしました」


メイドが静々と朝食を持って来た。

今日の彼女は何処か陰があった。

体調でも悪いのだろうか?


「メイド、どうかしたのか?」

「へっ?」

「いや、元気がないように見えてな」


尋ねると、メイドは目を見開いた。

そしてみるみるうちに涙が溜まる。

ついには決壊して、泣きだした。


「ゔぁああんっ!殿下ぁあああっ!!」

「ど、どうしたんだ、急に」

「わだぢ、ざみじいですぅううう!!」


ボクに縋って泣き喚く銀髪メイド。

どうやら彼女は寂しいらしい。

何をそんなに寂しがっているのか?


「ど、どうして寂しいんだ?」

「殿下が学校いっぢゃうがらぁあ!!」


ボクが学校に行くから寂しい。

銀髪メイドはそう言って涙を流す。

ボクはそんな彼女に言い聞かせる。


「大丈夫だ。夕方には帰ってくる」

「でもぉお!ざみじいですぅうう!!」


本来ならば全寮制の王立学園。

特例として自宅通学を認められていた。

ボクの身分を考えての措置だ。


しかし、それでもメイドは寂しいらしい。

困り果てたボクは、教育係に尋ねる。


「教育係」

「はい、なんでしょう?」

「メイドは学園に通えないのか?」

「入学自体は可能かと。ですが……」


一縷の望みにかけた問いかけ。

教育係は珍しく言葉を濁す。

ボクは首を傾げて問いただした。


「何か問題でもあるのか?」

「非常に言いづらいのですが……」

「なんだ?」

「メイドの知能では初等科行き、かと」

「そんなぁっ!?」


メイドの知能では初等科行き。

それを聞いて納得せざるを得ない。

メイドは堪らず悲鳴を上げた。

しかしこればかりはどうにもならん。


このメイドは、頭が悪すぎた。


「メイド」

「うぅ……な、なんですか?」

「それでも学園に行くか?」

「お、お留守番してます……」


さすがに初等科行きは嫌らしい。

メイドは大人しく引き下がった。


ちなみにボクは高等科に編入する。

離宮で受けた編入試験の結果である。

王立学園は完全実力制の学校だった。


「それじゃあ、行ってくる」

「はいっ! どうか、お気をつけて!」


朝食を食べ終え、部屋を後にする。

メイドはぺこりと頭を下げてお見送り。

それに会釈して、部屋の外に出る。


「緊張しますか?」


屋敷の廊下を進みながら、奴が問う。

メイドとは違い、教育係は同伴だ。

ボクは奴の手を握って、返事を返す。


「お前が居てくれるなら……平気だ」

「くふっ。勿体無きお言葉です」


教育係が隣に居てくれる。

それならば怖いものはない。

教育係はボクの手をしっかり握り返す。


そして、屋敷の玄関を開いた。


天気は快晴。

雲ひとつない空。

暑くもなく、寒くもない。

門出には、丁度いい朝だ。


ロータリーに停まる、真紅のクルマ。


教育係の運転で、ボクは登校する。

本当に……夢みたいだ。

数ヶ月前までは想像もつかなかった。


奴は軽々とボクを連れて行く。


まだ見たことがない、その先へ。


助手席のドアを恭しく開ける。


そして口元に笑みを浮かべて宣言する。


「さあ、殿下。学校のお時間です」


ボクの教育係は、新しい世界へと導いた。

これにて第1章は終わりです。

次回から第2章が始まります。


これからもどうぞよろしくお願いします!

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